第12話 円環の終わり

 本性を露わにした怪異は集めた魂から2つを選出し、あぐらをかいて座った康平の前に怪異が立ち、右回りに捕らえた魂1、内田、晴彦、魂2の順で囲み終える。正面で相対する二者の間で異様な雰囲気が漂っており、どちらとも1歩も引かないことを眼光が示していた。



【お前、もう後戻り出来ないぞ】



 瞳孔も無く白だけが支配するその目がただ康平を捉えて離さない。紫と黒のモヤをその仮初の肉体から発しており、髪が重力に逆らって上へと向かっている不可思議な現象が併発している。しかしそれ以上に、そのモヤが康平へと流れているがそれを全く意に介さない様子で彼は睨みを利かせていた。



「随分優しいんだな、今からお前を負かすのに」


【ほざくなよ人間、お前ごとき今この場で死人に出来るのよ】


「なら何故いますぐそうしない? こんな遊びに拘る必要なんて無い筈だ」


【そんなもの決まっている】



 恐怖を煽るかのように怪異の顔は歪みはじめ、まるで子どもの落書きが現実となったかのように口と両目が大きくなったあと顔を鼻先が触れそうは程まで首を伸ばして近付ける。普通の人間ならばここで恐怖に支配されてしまうだろう、だが最初に怪異と出会ってから康平は目の前の敵に対してイヤに冷静になっていた。



【恐怖に呑まれながらじっくりと食らうのが、とても美味だからよ】


「そうか、なら僕は不味くて吐き出しそうだな」


【あ?】


「僕はお前を恐れていない。今この時も、お前を倒す事だけを考えているのだから」


【その虚勢がいつまで続くか見物ね】



 首を引っ込めて顔を離れさせ、しかし恐怖を誘発させるこの顔だけは変わらずに怪異は自身の両側に位置する魂に向けて手を伸ばす。それに合わせて2つの魂の両手と、晴彦と内田の両手が繋がれ1つの輪が作り上げられその中に康平は囚われた。籠の中の鳥か、封じられたバケモノであるかはこれから決まる。ゆっくりとその輪は動き始めた。




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 時は戻って、日曜。喫茶店で事情を説明し終えて怪異を退治する方法を決める話をしていた頃、“どうやって後ろに居る人ないし怪異を当てるのか”といった課題が発生していた時。「方法そのものはある」と康平は言ったが、次のようにも言った。



「ただ、これがバレた場合どんな手を打ってくるか分かりません。ですのであくまで、これは相手が油断しきった時に使う切り札として取っておきます。」


「油断って、何をするつもり?」



 基本人間は後ろに誰か立たれた場合、気配に敏感でも無ければ大半は気付きもしない。ましてや後ろに誰か居ることが分かっていても、それが誰であるのかを当てるというのは殆ど運頼みの領分である。視覚を閉ざされなければ誰が後ろに立つのか予測出来るが、それはかごめかごめのルール上では意味の無い思索だ。しかし誰が何処に居るか、という点で見れば大まかな位置を把握する方法は実行可能となり得る。



「まず、わざとバレやすい位置把握の方法をしてもらいたいんだ」


「具体的には?」


「今思いついているのですと、足を止めるさいに普通とは違う止まり方をしてもらう、というのがあります」


「というと?」


「たとえば、歌が終わって足を止める際に靴と地面を擦り合わせて音を出してもらうとかですね。こんなふうに」



 店の床を使い、靴底から音を出す。このように動いてもらい、相手に本命の作戦を悟らせないようにするというのが康平の策であった。



「1つ良いか?」


「はい」


「怪異はその作戦を実行する余地を私と彼に与えるだろうか? あの時完全に体が自分の意思とは関係なく動いていた、それを考慮するとそもそも出来ないのでは」


「多分ですが、その辺は大丈夫かと。確かに僕らはあの怪異に行動を操られていましたが、それでも首や目線は動けていました。また確かに行動を操るとは言っても、あくまでストップ&ゴーという一連の流れが達成されるのなら、どのような動き方も止まり方もやれる余地は残されている筈です」


「そればかりは完全に当日の賭けになるか……分かった、やってみよう」


「お願いします。そしてこの作戦はあくまでバレる事が前提のため、多少なりとワザとらしく動いてもらって構いません。おそらく怪異は調子に乗って僕の恐怖を煽ってくるでしょう」


「でもその前に、康平君の言っていた条件を受け入れてもらう必要がある。その辺は多分、簡単に乗ってくれそうだけど」


「相手はあくまで自分に都合良く、こちらに理不尽を与えてくるからね。ならこちらが多少なりとこちらに有利な条件を出したところで、勝ち目なんて無いと思って必ず承諾してくれるよ」


「それで、本命の作戦というのは」


「はい。それは────」




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 康平を囲むようにかごめ歌が聞こえる。何十秒か、何分かと経ったように錯覚してしまうほどの緊迫感の中、かごめ歌が終わった。当初の作戦通り、地面と靴底を擦り合わせ晴彦と内田は音を出す。足音から察するに右回りの異動であり、そこから二人はそれぞれ康平の右斜め前後に居る事が分かった。とすれば魂2が後ろに居るはずであると、そのように考えながらも別の可能性を念頭に起きながら魂2と口を開いた。しかし怪異はその答えに対して、こう答えた。



【1回目──外れ】



 2人は驚愕する。確かに康平の後ろに居るのは魂2であり、それを確認していたのだから間違っていない。にも関わらず外れと言ったという事に、何がどうなっているのか分からずにいた。康平だけは何の反応も示さなかった。


 続く2回目が行われ、かごめ歌が康平の耳へと入ってくる。2人の生者に混ざって魂だけの2名から発せられる、かろうじて声とわかるような雑音と不愉快にさせるような怪異の声が辺りに響いており、この空間も助長するように魂達の呻き声をそこかしこから発生させていた。この場に長く留まれば発狂してもおかしくないのだが、駈剛という存在と1度怪異を倒して僅かばかりにことで康平の中にある恐怖という感情が薄れていた。


 そうして2度目のかごめ歌が終わった。足音から察するに右回りで移動していて、止まる際の摩れた音と2人の位置を鑑みて今後ろに立っているのは、内田であると予測できたが今度は直ぐに答えなかった。



【じゅう】



 怪異がカウントを開始した。その声はこの領域の全てから発せられているようで、上下左右どころか康平の背後からも聞こえていた。間髪入れずに怪異はカウントを減らし続け、5に到達した辺りから目と口を細めて笑っているような表情に変わると、恐怖を煽るようにゆっくりと焦らし始めた。



【よぉぉぉん……さぁあぁぁん】



 だがこのような状況になっても康平は動きを見せなかった。早く答えなければ強制的に負けになってしまう事に内田は焦りを覚えたが、そんな焦りとは裏腹に宣告は進んでいく。



【にぃいいいい……ぃいいちぃぃいい……!】


「内田さん」



 カウントが1になったところで、冷静に後ろに居る内田の名前を呼ぶ。しかし怪異から伝えられたのは、またしても康平の負けを示したものであった。



【2回目──はぁあずれぇぇええ!】



 もはや本性を隠すことなく、おぞましい笑みと声でそう言った怪異は嘲笑って言った。



【残念だったわねぇええ、貴方達の作戦なんて意味無いのよぉぉ。止まる時にワザと足と地面を擦り合わせて位置を伝えていた事ぐらい、お見通しなのよォオオ! そんな無意味なことをして、自分の首を締めていた気分はどうだったかしらぁ?!】



 そこかしこから聞くものの精神が削られそうな声が聞こえ、そのあと同様の笑い声が響き渡る。もう負けは確定したようなものであると決めつけ、ただ己の悦楽のために笑い続ける怪異であったものの輪の中心に居る康平は何の反応も示していない。それが分かると笑い声を止め、康平に語りかける。



【あらぁ? 怖くて声も出ないのかしらァ。さっきからだぁんまり、何とか言ったらどうなの? 負け惜しみの言葉をさあ!】


「……まだ勝負はついてない。あと1回、残されている」


【2回とも間違えたのにぃ? とんだ自信ねぇ……それともヤケになっただけかしらぁ?】


「ハッ、寧ろ2回とも間違えただけで勝ちを確信するお前に笑いを堪えてるよ」


【……まぁいいわ、その減らず口もこの1回で最後になるのだもの。全て間違えて、お前は死ぬ】


「ならやってみろ、お前の妄想が当たるのならな」



 怪異は内心、僅かに困惑した。この男の根拠の無い自信は一体どこから来るのだろうかと、しかしもうすぐ死を迎えるのだからと考えをそこまでにして、最後のかごめ歌をそのおぞましき声で唱えた。それに合わせるようにかごめ歌が2人の口から勝手に発せられる。



【かぁぁごぉぉめぇえ、かぁぁごぉぉめぇえ。かぁぁごのなぁあかのとおりぃはぁああ】


「「いーつ、いーつ、でーあーう。よーあーけーのばーんーに。つーるとかーめがすーべーったー」」



 足音がゆっくりと進んでいく。怪異の発声を起点に移動速度が決められているかのようであったが、その予想は正しいのだろう。終わりに近付くにつれて、まるで位置を調整しているかのような足取りであることを足音から察せられたのだから。



「「うしろのしょうめん──」」


【だあぁぁれぇ?】



 康平の背後から怪異の声が囁かれる。この時点で既に怪異は食らう準備を整えているらしく、口を大きく開け始めていた。ねちゃりと音をたてて開かれた口には、まるで生き物のように蠢く鋭利な歯と屋上の床に滴り落ちる涎が怪異の異様さを物語っていた。怪異は勝ちを確信しているのかカウントを数えながらゆっくりと康平に近付いていく。



【じゅうぅぅぅ、きゅうぅぅう、はぁあぁちぃいい】



 怪異の口の中で、同じような歯並びの歯が元あったものとは別に生え始める。まるで獲物を取り逃がさないようにと蠢いているそのサマは、怪異の恍惚な表情に呼応しているようであった。



【なぁぁなあああ、ろぉおくぅぅう、ごおぉぉおお】



 減り進んでいくカウントを数えていく声が、ドンドンと大きくなっていた。この学校を模したような領域の全てから怪異の声が発せられ、そうなっていくこの領域の状態に恐怖に支配されつつある晴彦と内田であったが、ただ1人康平だけは依然として変わらず口を閉じていた。



【よぉおおおん、さあぁあああん、にぃいいいい】



 そしてカウントは減り続け、ついに怪異は康平のあまりの無謀さに笑わずにはいられなかったらしく、領域の全てから笑い声を発しながら目を上へと向けて最後のカウントを唱えた。



【ぃいいいいちぃいいいいい!】



 恐怖を煽り、食らったその時。怪異はとても満足な表情になる。それこそ怪異の趣向にして生きる糧なのだ、そして勝ちを確信した時こそ──最大の油断を生むのもまた必然なのであろう。





 そう答えた瞬間、笑い声が途端に止み何を言っているのか分からないといった様子で怪異は康平を見た。怪異の思考は止まっていて、ただ呆気ない一言を発するしか無かった。



【────はっ?】


「聞こえなかったのか? 誰も居ないと言ったんだ。ああ、それとも──」



 振り向かずにそう強く言い切った康平は、目を閉じたまま怪異の居る後ろへと振り返って言った。



「今は、僕自身とでも答えた方が良いか?」


【な、なっ────何でそれをぉおおお!?】


「お前の能力である行動の強制のアラを見つけたら、ふと昔を思い出してね。むかーし、まだ僕の父さんが生きていた頃に聞いた話だ。後ろの正面って、どういう意味なのかを父さんに聞いた時こう答えたよ。

、つまり基本的に鬼役の事だと思うってさ。それを思い出したのは、行動は強制されていたのに首や目線だけは動かす事が出来ていたと勘づいた時だ。

そこからヒントを得た僕はもしも後ろに居る奴が見ている先の対象こそが本当の正解なんじゃないかって予想した。案の定そうだったようだけど……まぁ、ここまで語ったがその前に決めておく事があるよな」



 ゆっくりと康平はその瞼を開き、そのおぞましい姿となっている怪異の絶望の表情を視界に捉える。



「お前の負けを」


【ぁ、ぁ…………ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙?!】



 条件として認めていたルールの上で、怪異は自分が負けていることを思い知らされた。これは何かの悪い夢だとそう思いたかったが、徐々に薄れていく自身の姿と領域が負けを嫌でも認めなければならぬ事態だと示していた。


 それを確認すると、康平は勢いよく立ち上がり消えかけている怪異の眉間に触れると自身に取り憑く存在に向けて叫んだ。



「駈剛ッ!」


【応よォッ!】



 瞬間、怪異と康平の触れている左手を中心に紫の何かが広がり、この琥蒲第三小学校を模した領域が支配された。同時に行動を強制されていた晴彦と内田は解き放たれたように腕が重力に従って落ち、自身の思い通りに体が動くことを確認し安堵する。


 怪異は支配された自身の領域に戸惑いを隠せず、辺りを忙しなく見回しているが目の前に立つ康平の方へと注目した。



「もうここはお前の領域じゃなくなった、今度はこっちの番だ」


【なぜ……なぜぇだぁ?! 分かっていたとしても、目線など知る由もないのにぃい!】


「ああ、それは──こういうことだ」



 康平は手のひらを見せる。するとその手のひらから目玉が1つ現れた、本来人間にはあるはずの無い動く目玉が意志を持っているかのように動いていた。



【なっ、なっ……?!】


「僕の中には今、取り憑いてる鬼が居てね。前に別の怪異と戦った時、その怪異を取り込んで力を手に入れたんだ。これを利用して後ろ髪で隠れた首に目を出したってわけだ、まあそれはそれとして……ズルしてたとはいえ、勝ちは勝ちだ。そう決めただろ?」


【……そんな話が、罷り通るかぁ!】



 怪異が康平に向かって襲いかかるが、その強襲は康平の手のひらから飛び出してきた駈剛によって阻まれる。突如現れた駈剛に驚きを見せたのは怪異と、晴彦と内田の3名。怪異の頭を掴んでいた駈剛は怪異を屋上の床へと叩き付けると、床の一部が破壊され怪異の頭はめり込んだ。



「ハッ、この間抜けが。お前も必ず自分が勝つような規則を決めておいて何を言うか、それにこんな子ども騙しにも気付けぬ方が悪い」


「子ども騙しってお前……」


「こういうのは本来、人間を驚かすぐらいの使い方で良いのだよ」


「まだあの朝のこと許してないからな」


「いつまで引っ張っておるつもりだ戯け」



 あの朝、というのは康平が転けて室外機にぶつかった時のことである。当時転けた理由は、駈剛が手の甲にこの目玉を出現させたのちに見るように誘導したことで、それを初めて見た康平が驚いて転けたのだ。


 兎も角、何かを言いたそうな様子の2人を腕を出して静止させる。顔を上げた怪異が駈剛と康平の両者を見やり、不敵な笑みを浮かべた駈剛が怪異へ向けて言い放つ。



「さぁ、負けたお前にはこちらの遊びに付き合ってもらおうか。今から10数える故、お前はその間この領域の中で逃げてもらう。そして10数え終えた後に30の間、鬼ごっこをしてもらう。30が経って捕まえられなければお前の勝ち、30の内に捕えられれば俺様たちの勝ちだ。分かるだろう?」


「もうここはお前の領域じゃない。僕と駈剛に勝たない限り、ここから逃げる事は出来ない」


「さぁ選べ! この場で大人しく負けを認めるか、みっともなく足掻いてみせるか!」



 屈辱であった。やり場のない怒りが込み上げてきているが、このまま襲っても埒が明かないのは否が応でも理解させられた。怒りの形相のまま康平と駈剛を睨みつけ、その様子を見た駈剛がまた言い放つ。



「ならば、これより鬼ごっこを始めさせてもらおう。では──始めるとしようかァッ!10!】



 カウントが開始する。怪異がそれを皮切りにこの場から逃走したと同時に駈剛は康平の中へと入り込み、康平はあの時と同じように苦しみ始めた。



「があ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」


「こ、康平君?!」


「お、おい大丈夫か?!」


「ゔあ゙あ゙ あ゙ゔぅ゙ぅ゙ゔゔゔ!」



 苦悶の叫びをあげ続ける康平を他所にその体躯はカウントが減っていく毎に変貌を遂げる。領域から聞こえる駈剛の声が5を唱えた時、既に2mを優に越す骨と皮だけの肉体となり両目と歯のあった口の中は闇が支配していた。その変わっていく様を見ていた2人は開いた口が塞がらず、何も言えずに居た。絶望の表情のようであるその顔で俯く中、駈剛は3のカウントに差しかかる時康平に伝えた。



(おい、今回はお前が鬼をやれ)


【……どういう、意味だ?】


(そのままの意味だ。今回はお前が鬼となってあの怪異を追いかけろ、前回はお前の肉体と俺様の力を馴染ませるために俺様が出張ったが、今後領域の支配に注力せねばならん時がやって来る可能性も否めん。故に今回はお前が動きに慣れるために、お前が鬼となれ)


【……良いだろう、やってやる】


(その意気だ、では先ずは1つお前に忠告してやる。怪異を倒すのならば、お前もまた理不尽になれ。人間の常識に囚われるな)



 そのように駈剛の言ったことを考えながら、残り2のカウントはすぐに減った。0と駈剛が言った途端、康平はその場から目にも留まらぬ速さで跳んだ。発生した風圧は晴彦の肉体を吹き飛ばしかけるが、間一髪のところで内田が入り大事には及ぶこと無く屋上のフェンスに当たって事なきを得た。


 跳んで行った康平はというと、先の風圧で吹き飛ばされた2人を見て“しまった”と思い罪悪感が生まれたものの、今は怪異を追い詰める方が先だと切り替えた。とはいえ慣れぬ力の制御に手間取っているのか、領域の端まで到達し怪異の居場所が分からないと焦っていると駈剛から声がかかる。



(悩んでいるようだな)


【駈剛、奴がどこにいるのか分かるか?】


(自分で捜せ、と言いたいが時間が無い。助力はしてやる。━━百々目鬼どどめき)



 駈剛がそう言うと、変貌した康平の痩せ細った肉体から無数の目玉が生まれていく。まるであの時戦った怪異の再現のように。そして生まれた目玉は肉体を飛び出し領域中にばら撒かれ、幾つかの目玉が反応を示した。



(分かるな?)


【あぁ、2階の東校舎教室!】


(よし、思い切って飛べ!)



 康平はもう一度体を屈ませ、また勢いよく跳んだ。今度は多少力の調整を加えつつ目的地である場所まで障害物となる壁や扉などを破壊しながら辿り着き、天井に張り付いて怪異と対峙した。この時カウントは20。



【ッ?!】


【見つけた】



 怪異は教室内にある机や椅子を康平へ向かわせながら破壊された後から教室を抜け出す。一斉に襲いかかる机や椅子を避けようとした康平であったが、まだ力の調整が上手くいかず壁に激突し隣の教室にまで移動してしまう。怪異は東校舎の東階段から3階に登っているのは目玉で確認出来るが、追いかける本人がこれでは制限時間が来てしまう。それに苛立ちを覚える康平であったが、そこでまた駈剛が語りかけた。



(かなり苦労しているな)


【体が上手く言うことを効かないんだよ! くそっ、このままじゃ……!】


(焦るな、落ち着け。何事も落ち着かなければ話にならん。上手く制御出来ぬのならば、その力について行こうとしてみろ。力をお前に合わせようとするのではなく、お前が力に合わせてみろ)



 一旦少しだけ落ち着き、力に合わせてみるという駈剛の言葉を念頭に起きながら立ち上がる。残りカウントは12、今いるこの教室と先程までいた教室の机や椅子が全て康平へと襲いかかるところで、康平は息を整えて向かってくる1つの机に向かって跳び、それを足場にして教室の天井を突き破り3階に突入した。


 飛び出させた目玉の反応から怪異が後ろの方に居ることを確認し、振り返って康平は走る。異常なまでの力について行く康平はその疲弊からか息が上がり始めるが、その視界に怪異を捉える事は出来た。残りカウント10。


 そうして廊下を走り抜けていき、校舎間を繋ぐ連絡通路に差し掛かったところで怪異が何かをした途端、その床がうねり波のように康平を襲う。それを見た康平はその足を止め、波をどうするのか考えたところで駈剛が最初に言っていたことを思い出す。理不尽になれと。


 康平はすぐに走り出した、しかし波のように迫る床ではなく通路の壁に向かってだ。波との距離が5mをきった地点で康平は通路の天井スレスレまで上がりきり、波のようにうねる床と真っ平らな天井との隙間をくぐり抜けた。残りカウント7。


 あの波をくぐり抜け壁を走りながら追いかけてくる康平に怪異は恐怖を覚えた。



【く、来るな来るな来るなぁッ! 】



 通路の床や壁をうねらせ迫る波を作り、植木や収納棚や額縁に入れられた歴代校長の肖像画など手当り次第に康平へと向かわせるが、波が発生しない場所へと飛び移って回避し迫り来る物体も体を少しだけそらしたり、スライディングやジャンプなどで避け、冷静に対処した。残りカウント5。


 そして怪異との距離が近くなったところで康平はスパートをかける。更に速度が上がり怪異と肉薄した、残り4。



【ひぃいいいいッ!】


【もう逃がさんッ!】



 康平は更に加速し怪異を追い越し、行き先に回り込んで壁となる。それを回避しようと怪異がブレーキをかけるがもう遅く、その隙を突き一気に加速した康平が怪異を右手で捕らえた。残りカウント2で漸く捕まえることが出来た康平は、肩で息をしながらもその勝利を実感する。



(初めてにしてはよくやれた方だな)


【はぁっ、はぁっ……やかま、しい】


(よし、ここからは俺様に変われ。コイツを取り込む)


【任せた】



 康平と駈剛が交代すると、捕まって力が抜けている怪異の顔面を自身の顔に近付けその闇に怪異を吸収し始めた。苦悶の叫びをあげながら必死に逃れようとするが、それは無慈悲に叶わぬ夢と化した。かくして琥蒲第三小学校に蔓延る七不思議の7つ目は鬼に食われて終わりを迎えたのだった。

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