王生らてぃ

本文

 いつも仲良しで一緒に遊んでいた橙子ちゃんは、ある時を境に人が変わったように性格が暗くなってしまった。元気でいつも笑顔を見せていた橙子ちゃんは、ため息ばかりで、難しい顔ばかりする様になった。両親が離婚し、おばあさんを亡くし、家の中がごちゃごちゃでうまくいっていないことを後から知った。



「橙子ちゃん、何かあったらいつでも相談してね。わたし、橙子ちゃんの親友でしょ」



 まだ小さかったわたしは、無邪気にそんなことを言って、彼女を慰めているつもりだった。ほんとうはわたしだって子どもだから、できることなんか何もなかった。ただ、目の前にいる親友を手放したくなかった。



「ありがとう」



 橙子ちゃんは優しいから、わたしが手を繋ぐと笑ってくれた。



 しばらくして橙子ちゃんの体には、怪我ややけどが多くなってきた。それはお母さんに殴られたりしているせいだと知ったのも、また後になってからだった。いつも体のあちこちに絆創膏や湿布が貼られていて、学校に来たら教室よりトイレより先に保健室に通う毎日。

 わたしは、そんな橙子ちゃんと一緒に痛くて、保健委員になった。



「橙子ちゃん、怪我、大丈夫? 痛くない?」

「ありがとう」



 橙子ちゃんは笑う。

 笑ってくれて嬉しかった。



「橙子ちゃん、わたしたち、ずっと親友よ。いつまでも、そうでしょ?」



 小学校を卒業して中学生になっても、そんな日々は続いた。橙子ちゃんは、心無いクラスメイトたちにいじめられていた。

 ひどいことを言われたり、制服を切られたり、叩かれたり、髪の毛を引っ張られたり、そういうことを毎日のように。



「橙子ちゃん。だいじょうぶ?」



 いつも橙子ちゃんはぼろぼろだった。わたしはその度に橙子ちゃんのそばに行き、抱きしめてあげた。



「安心して、そばにいるからね。橙子ちゃんはわたしの親友だもん、ね? そうでしょ?」

「ありがとう」



 また橙子ちゃんは笑った。

 あざだらけで血の滲んだ笑顔。

 許せない。橙子ちゃんの顔をこんなふうにした全てが許せなかった。









 ある日わたしは、カッターナイフで背中をいきなり切り付けられた。

 痛みと衝撃で混乱していると、誰かが銀色に光る刃を顔に振り下ろした。咄嗟に身をよじると、頬にざっくりと刃が突き刺さり、奥歯にぶつかった。

 悲鳴がした。

 カッターを手にした人影が、すぐにわたしから離れた。橙子ちゃんはクラスメイトや先生に取り押さえられて、手にしていたカッターを、かちゃりと落とした。

 その時急に切られた場所が痛み出した。口の中の血が喉に流れ込んでわたしはゲホゲホと咳き込んだ。痛い。痛い。痛い。



「お前なんか死んじゃえばいいんだ! 死ね! 死ね、お前なんか!」



 ひどい。

 だれ? そんなことを言うのは。







 それきり橙子ちゃんはわたしの前から姿を消した。どこに行ったんだろう橙子ちゃん。

 わたしは今日も鏡に向かい、カッターナイフを手にする。頬に大きく刻まれた一生消えない傷に、銀色の刃を滑らせる。

 つーっと顎をつたっていく赤い血。

 橙子ちゃんはここにいる。大好きな橙子ちゃん、いつまでも一緒だよ。鏡に映ったわたしの顔は、あなたの笑顔によく似ている。

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王生らてぃ @lathi_ikurumi

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