幼馴染みが「彼氏が欲しい」と俺に相談してきたので仕返ししたら効き過ぎた

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

幼馴染みが「彼氏が欲しい」と俺に相談してきやがった



宗昭むねあき、私は彼氏がほしい!」



 そんなことをファミレスのテーブル席で真向かいに座っている俺に言ったのは水無月みなづき れき、俺の幼馴染だ。



「ほぉ、そうか」



 俺は適当な相槌を打ちながら、たった今 彼女の目の前に届いたチーズインハンバーグの鉄板からポテトだけを俺の鉄板に移していた。



「宗昭! これは真剣な話なのだ。ちゃんと聞いてくれ!」



 歴はショートカットで顔立ちは整っている。若干眠そうな目も俺にとっては魅力的なチャームポイントの一つ。背は低めで一緒に歩いていると妹に間違われることもあるが、背の低さも俺の好みにバッチリマッチしていた。


 いや、「俺の理想」が彼女なのではなくて、彼女を見て育った俺は「彼女が理想」なのかもしれない。



「おう、聞いとる聞いとる」


「あ! ポテトとか要らんけど、ミックスベジタブルは野菜要素だからいる!」



 ポテトのついでに同じ位置にある付け合わせのミックスベジタブルのいくつかまで取ってしまった。



「分かっとる。ニンジンがいくつか付いてきただけだ。俺の分も少しやるから怒るな」


「別にミックスベジタブルくらいで怒ったりはせんけど……そうじゃなくて、私の相談に乗れ!」


「相談というか、願望だろ。それ」


「んーーーーー。私は『好き』が分からない。初恋をまだ経験していないのか、乙女回路が壊れているのか……」



 俺からナイフとフォークを受け取りながら、歴が変なことを言った。



「なぜ、このタイミングでそんなことを言いだした? いま2年の2学期だぞ。しかも、夏休みも終わった。夏休み前に雰囲気だけで付き合い始めたカップルが、そろそろ目を覚まして別れ始める時期だろ」



 俺は自分用に頼んだミックスグリル和食セットのソーセージを頬張りながら質問した。



「由美に彼氏ができたらしい。千広と三人で話している時に聞いた」



 由美と千広は、岡田由美と松田千広だったか。どちらもクラスで歴と仲のいい女子。よくつるんでいるこの三人はそれぞれ違った可愛さがあるので、クラスでも人気な方だ。



「でも、それがどうした」


「由美が色々報告してくるのだ。遊園地に行ったとか、ショッピングモールでデートしたとか……」


「あー、いいなぁ。付き合い始めはなんでも嬉しそうだ」


「そう! それだ! 由美の顔が嬉しそうだ。とても羨ましい」



 少し難しい顔をして、顎を触りながら歴が言った。惚気られて悔しいのだろう。



「んー、じゃあ、どんなヤツと付き合いたいんだ?」


「まず、イケメンだ」


「じゃあ、俺だな」


「宗昭は幼馴染過ぎて彼氏ではないな。そもそも一切ドキドキせん」



 酷いことを言いやがる。



「第一、宗昭程度のイケメンはそこら辺にいくらでもいる」



 俺も程々にはモテるんだけどなぁ……ただ、俺の場合、目の前のこいつにモテないと意味がない。



「じゃあ、他には?」


「優しいのがいいな」


「じゃあ、俺だな。お前の嫌いなポテトを黙ってもらってやってるだろ?」



 好き嫌いを指摘されたと思ったのか、半眼ジト目で俺の方を見た。この表情も俺は好きなんだがなぁ。



「ポテトごときで優しさとは大きく出たな」


「まぁ、そう言うな。お前が残すと捨てられてしまうんだぞ? そのポテト達は。お前もそう考えたら残しにくいだろ?」


「それは、まぁ……そうだが……ちょっと待て! 条件はまだある!」


「ほぅ、言ってみろ」



 歴が少し右を見たり左を見たりしてから答えた。絶対いま考えてるだろ、それ。



「彼氏は頭がいいのがいい」


「じゃあ、俺だな。成績は常に学年10位以内をキープしている」



 俺はナイフとフォークを一旦置いて、今日返ってきたばかりの定期テストの結果表をカバンから取り出してテーブルの上に置いた。ちなみに、今回は学年8位だった。



「マジか、宗昭そこまで頭が良かったのか!」


「まぁな、いつだったか、お前が頭のいい彼氏が欲しいと言ってたから、そこそこ頑張ってるぞ?」


「ちょっと待て! 条件はまだある!」


「ほぅ、言ってみろ」



 また顎を触りながら考えている。天井を見ているんだが、そこにお前の理想が書かれているのか?



「スポーツもできて欲しい。自慢できる彼氏が欲しいのだ」



 ずっと前からそうだったみたいに歴がどや顔で言った。



「じゃあ、俺だな。バスケ部のレギュラーだ。割と女子からもモテてるぞ?」


「ふっ、所詮は宗昭だろ」


「お前の中で俺の評価低いのな」


「そんなことはないぞ? ただ、条件はまだあるのだ」


「ほぅ、言ってみろ」



 今度は水を飲みながら考えている。水を飲むことで今考えているのを誤魔化せていると思っているようだ。実に可愛いな。



「私のことをよく見ていて、よく知っているヤツがいい」


「んー、じゃあ、俺だな。物心ついたときからマンションの隣同士に住んでいるし、小中高と同じ学校だ。8割くらいは同じクラスだったしな」



 コップの下に溜まった水滴を紙ナフキンで拭きながら俺は続けた。



「お前の好きな食べ物とか嫌いな食べ物くらいは把握してるぞ? 俺程お前のことを知っているヤツは他にいないんじゃないか?」


「ちょっと待て! それだけじゃないんだ! 私のことが大好きで、ずっと好きでいてくれるヤツじゃないとだめなんだ」



 歴がちょっと焦ってきた。段々退路がなくなってきていることに気づいたらしい。



「じゃあ、俺だな。最初は小2の時に告白して、待ってくれと言われてから毎年告白しながら高2の今まで誰とも付き合わずに待ってるぞ?」


「ちょ! ちょ! ちょっと待て! 私のことを泣かさない、という条件もある!」


「俺はお前を泣かしたことないと思うけどなぁ」



 ハンバーグをもぐもぐしながら、俺は中のチーズの風味を楽しんでいる。これ3種類はチーズを使ってるな。相当に風味がいいな。



「でも、宗昭は幼馴染だし……彼氏って感じじゃないし……」


「まぁ、そう言うのも理解していた。俺ももう物心ついたときから17年は歴を追いかけていても、振り向いてもらえないので脈なしと思うことにした」


「え?」


「それで、予てから告白されてた子と付き合ってみようと思って。断り続けるのも悪い気がするしな。そういう話の流れになるのは分かってたから、この後ここに挨拶に来るらしい」


「……え?」



 俺は注文したメニューはほとんど食べてしまって、付け合わせの漬物をポリポリやっていた。ご飯が残っていたら一緒に食べたいところだが、ハンバーグのソースがうますぎた。ご飯が進み過ぎて漬物の分が足りなくなってしまった。



「いらっしゃいませー、おひとり様ですか?」


「いえ、ツレが先に来ていると思います」



 そんな声が聞こえたので、ファミレスの入り口を見ると黒髪ロングの制服の女の子が立っていた。


 店内をきょろきょろ見渡していたが、俺が少し頭を高くして軽く右手を上げて合図すると、俺を見つけたのか笑顔になってこちらにやってきた。


 少し小走りで来てくれるところが可愛らしい。



「あ、水無月みなづき先輩、初めまして! 1年の槇野まきの聖蘭せいらんです!」



 その黒髪ロングで少したれ目の彼女はテーブルの横に来たら、歴に挨拶をして「よいしょ」と言って、俺を押しのけて横の席に座った。



「何か頼む?」


「んーーーー、お話は終わりました?」



 せっかく来たので、何か奢ってやろうと思ったのに質問を質問で返されてしまった。



「まぁな。予想通りというか、今まで通りというか……」


「じゃあ、濱砂はますな先輩! 約束通り私と付き合ってください! 絶対後悔させませんから!」



 輝く笑顔で言われてしまった。



「自信満々だな」


「だーって、これくらい言わないと先輩全然こっちを見てくれないじゃないですか! バスケ部マネージャーの加藤先輩とか、1年で人気がある中村絵里ちゃんとかも先輩を狙ってるって噂なんです! 少し強引に行かないと幸せになれません」



 男バスマネの加藤さんは知ってるけど、中村なんとかちゃんは誰だ!? 多分、話したこともないぞ。



「お話終わったんなら、これからうちに来ませんか? これからのことをお話したいです!」


「いきなり家かよ」


「大丈夫です! お母さんもいるので変な感じにはなりません!」



 いきなりお母さんがいるのも何だけどなぁ……



「先輩! 行きましょう!」



 そう言われて袖を引っ張られて店を出ることになってしまった。



「ちょ! ちょっと! そんな突然!」



 歴がちょっと慌てている。話が急すぎたかな。騒がせてしまって申し訳ないとも思う。お詫びに今日くらいは俺が奢ってやろうと歴の分の伝票もまとめて俺が持って会計に行った。



 ■数日前の学校 昼休み



「私、彼氏が欲しいの!」


「歴には濱砂くんがいるでしょ?」



 千広に相談したのに、反応がいまいちだった。松田千広は、私、水無月歴の親友だったはず。



「宗昭は幼馴染だし。付き合いが長すぎて全然ドキドキしない! 私は焼ける様な熱い恋がしたいの!」


「私からしたら、その長年連れ添った夫婦感のある関係の方が魅力的なんだけど……」



 千広ちゃんは机に肘をついて向こうを向いてしまっている。ちょっとちゃんと話を聞いてほしいのだけど!



「ちょっと他校のイケメン男子との合コン的なものを企画できないかと思って!」


「確かに、由美ちゃんは他校の男子と付き合い始めたけど、あれは生徒会関係で元々つながりがあったから、かなり特殊なケースだし……」


「でも、つながってる! そのルートを手繰るとなんとかなったり……」


「まぁ、彼氏が欲しいんだったら一応ツテがあるから当たってみるわ」



 千広ちゃんが少し右上を見ながら提案してくれた。あれ? 右脳が活発に動いている時人は無意識に右側を見るんじゃなかったっけ? 右脳が活発に動く時は空想している時……嘘をついている時? あれ? 右と左が逆だったかな? まあいいか。



「ホント!? さすが千広ちゃん! ありがとう! お願いね!」



 ■同日学校 放課後



「……という相談を持ち掛けられたんだけど! 私、どうしたらいい? 濱砂くん」


「それは報告ありがとう、松田さん」



 放課後に呼び出されてすごい情報をもらってしまった……



「もう結構長いこと押しまくってるけど、あいつは反応よくないからなぁ……」


「じゃあ、演劇部の後輩がいるんだけどぉ……」



 松田さんから「ある提案」を受けた。まぁ、正直、これ以上手はないと思っていたので、思い切って乗ってみることにした。



 ■数日後



「……おはよ、宗昭」


「おはよう、歴」



 私、水無月歴と宗昭はほぼ毎朝玄関先で顔を合わせる。別に狙っているわけではないけど、同じ場所から同じ学校に向かうのだから、所要時間も同じくらい。必然的に家を出る時間も近くなっているのだろう。


 顔を合わせるとそのまま一緒に学校に行くことも多かった。


 この日は、あいさつの後は無言のままエレベーターに乗ってマンションの1階に降りた。つい昨日、ファミレスであんな宣言を受けたので少し気まずい思いをしていた。


 宗昭が変なことを言ったし、なにやら可愛い女子を連れてきたりしてなんか落ち着かなかった。昨日は中々寝付けなくて色々考えてしまった。大体、あんな可愛い子だったら私も彼女に欲しいわ! 今までどこに隠しとったんじゃ。宗昭のくせに生意気な!


 でも、今朝、顔を合わせればいつも通り。私もいつも通りにいこう。



「あ、濱砂先輩! おはようございます! 迎えに来ちゃいました!」



 マンションのエントランスに昨日のあの子が待っていた!



「ホントに来てくれたんだ」


「それくらいしないと気にしてくれないでしょ? 濱砂せーんぱいっ♪」


「そんなのいいのに……」



 宗昭もまんざらじゃない感じ。



「じゃあ、水無月先輩、失礼します♪ じゃ、濱砂先輩、行きましょう♬」



 宗昭が当然の様に連れて行かれてしまった。昨日まではあそこは私の席だったのに!


 あ、腕組んでる!



「な、なんでもないわ。なんでも。よかったな、宗昭。私もはよ彼氏作ろーーー……」



 私の声は誰にも届かず、空を切った。



 *



 昼休みは、いつも宗昭と一緒に屋上でお弁当を食べるのが常だった。朝はペースを乱されたけれど、あの子は1年生。私たちは2年生。それぞれの生活は何ら交わることはない。


 私たちはいつも通りで大丈夫。いつも通り、弁当の包みに手をかけたタイミングだった。



「濱砂せんぱーい! 待ちきれなくて迎えに来ちゃいましたー!」


「すまん、遅くなった」



 宗昭が頭を掻きながら教室外にいるあの子のところに歩いて行く。私は……? あれ? 宗昭はお弁当を持ってない。


 あ! あの子が2つ持ってる! 宗昭に作って来たってこと⁉ あんな可愛い子が手作りのお弁当を持ってくるとか最強やんけ! 宗昭なら簡単に落ちるやないけー!



『誰あれ? めちゃくちゃ可愛くね⁉』

『1年らしいぜ。濱砂のとこに来たらしい』

『濱砂⁉ 水無月さんは?』

『全然相手にされんって嘆いてたからなぁ。乗り換えたんじゃね⁉』

『あのレベルの子なら俺なら秒で乗り換える!』

『お前には誰も良い寄らんわ!』



 早速、クラスでも話題を掻っ攫って行っとる! あの子の可愛さによるものか、宗昭の人気によるものか⁉



「お弁当作って来たんですけど、どこで食べます? 教室ここ?」


「勘弁してくれ。ただでさえ注目されてるのに、見られまくったまま食べるとか無理」


「じゃあ、屋上行きますか? それとも中庭?」


「中庭は砂ぼこりがすごい。せっかくの弁当だ。屋上に行くか」


「はーい♪ 聖蘭は先輩とならどこへでもー♪」



 やつら、屋上に行くのか。私は行けないじゃないか。由美と千広は部活の人と食べてるし、私教室でぼっち飯……?


 いつも宗昭と屋上で食べてたのに、ひとりここで食べててたら私フラれたみたいになってない⁉


 いやいやいやいや! 私ら付き合ってないから! 付き合ってすらいないから!


 あれ? 弁当の味がせんぞ? クラス中の視線が私に集まってる気もするし! あれ? あれ? おかずがよく見えない。なんだよ。ご飯に雫が垂れている。汚くて食べられなくなるじゃないか! こんなの宗昭でも食べんわ!


 なんだよ。私はどこで弁当を食べたらいいんだよ。それにしてもなんだよ、これ。ご飯が水びたしだよ。いじめか、こら!



 *



 なんだよ! お腹減ったなぁ……今日は謎の怪奇現象で弁当が水びたしになったから半分も食べられなかった。それというのも宗昭がいけないんだ。帰りに文句言ってやるか。


 テストも終わったし、そろそろ部活か⁉ 1度も見に行ったことがないけど、体育館に見に行ってみるか! 一言文句言ってやる!



「きゃーーーーー! 濱砂先輩ーーーーー!」



 体育館は黄色い声援がすごかった。なんだこれ?



 体育館ではゼッケンをつけた何人かがバスケをしていた。AB戦というやつだろうか。男子バスケットボール部のはずが、数人の女子が試合を見ている。宗昭のやつやたら名前を呼ばれているな。活躍しているのか?



 しばらくすると休憩らしく全ての選手がコートを出た。宗昭のところにはタオルを渡す子、スポーツドリンクを渡す子、なんか分らんけど話しかける子と3人も集まって来とる。タオルを渡しているのが昨日のあの子。ここにもいやがったか。


 5分くらい遠くから試合を見たら、その後 私は静かに体育館を出た。


 帰りがけ、また前が見えない怪奇現象が起きた。何なんだよ今日は! 目を拭っても拭っても前が見えない。危ないだろ! 事故にでもあったらどうしてくれるんだ。


 夜には絶対、宗昭に文句を言ってやるんだ! 部屋に乗りこめば さすがにあの子もいないだろう。



 *



「宗昭、今日なんだが……」



 宗昭の家に行ってみた。おばさんが歓迎してくれて、何も言ってないのに宗昭の部屋を案内してくれた。



「お、歴めずらしいな。うちに来るなんて」


「おう、おばさん入れてくれたぞ? 顔パスだ」


「まぁ、歴だからな」



(ピコピコポン、ピコピコポン)



「お、すまん、電話だ。適当に待っててくれ」


「おう、分かった」



 言われた通り、いつものように宗昭のベッドに寝転がり宗昭が買ったマンガやラノベを読み始めた。


 宗昭は勉強机の椅子に座って電話を始めた。誰と話しているんだろう? またあの子かな?



「あ、今日はサンキューな。え? いや、うまかったよ! 料理もできるんだな。あんなのってどこで習うんだよ」



 昼間の弁当の話だろうか。やっぱりあの子みたいだ。おかしいぞ、このラノベ人気らしいけど、全然内容が入ってこない。ホントに面白いやつなのか!?



「なんで6巻の次が6.5巻なんだよ。7巻じゃないのかよ!」



 ラノベに集中しようと思って30分くらい頑張ってみたけど、まるで内容が入ってこない。


 それどころか、漏れ聞こえる電話の内容から明日の宗昭の弁当のおかずは全部把握できてしまった程だ。おかしい。帰って寝よう。


 いつ宗昭の部屋を出たのか覚えてない。いつの間にか自分の家のベッドで寝ていた。でも、胃の辺りがむかむかする。全然寝れない。横になると、宗昭とあの子が楽しそうに笑って話している場面が思い出される。



「……ねこ」



 寝落ちするまで猫動画を見ていればいいんだ。ちくしょう。猫動画が全然見えないじゃないか。目の前が見えなくなる怪奇現象はついに家でも起こるようになってしまった。


 宗昭はハイスペックだ。私が見てなかっただけ。そりゃ他に目がいかない訳だ。一番すごいのが目の前にずっといたんだから。他でドキドキしない訳だ……


 ちくしょう。怪奇現象で枕がぐずぐずだ。拭っても拭っても目から水が出てくる。ちくしょう。なんだよ、これ。現実の世の中か⁉ 明日、目が覚めた時に全部夢だったらいいのに……



(ぐずっ……ずず……)



 翌日は、全然ダメだった。朝から具合が悪かった。胃が痛いし、そう言えば、食事は最後に食べたのいつだっけ……


 お母さんからは「今日は寝てなさい」って言われた。きっと、宗昭は学校ではあの子と……悔しい、悔しい、悔しい……



「顔色悪いなぁ……」



 宗昭の声⁉ 私の部屋に宗昭が⁉ 私はいつの間にか眠っていたみたいだ。宗昭の顔を見たら心臓の鼓動が激しく打ち始めた。静まれ! 私の心臓! 全部バレてしまうじゃないか!



「んー、熱もあるなぁ……」



 宗昭が私の額に手を当てた。静まれ! 静まれ! 静まれ! 私の心臓止まれ!



「珍しいなぁ、体調崩すなんて……」



 誰のせいだと思ってやがる! 一言文句言ってやる!



「ごめんなさい……」



 文句を言ってやるつもりなのに……全然真逆の言葉が出た。自分でも驚いた。



「あ、すまん、起こしたか⁉」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


「どうしたどうした⁉」


「ずっと気付かずにごめんなさい! あなたの気持ちに気づかずにごめんなさい! ずっと好意を向けてくれていたのに! 私……(ぐずっ……ずず……)」



 *



 歴が休みだって聞いて、今日、俺 濱砂宗昭は早く帰宅した。部活も休みにしてもらった。お見舞いに行ったら、おばさんが部屋に通してくれた。仮にも年頃の娘の部屋にいいのだろうか。しかも、本人は寝てるし!



「あっつ!」



 額に手を当てて分かった。熱がある!



「ごめんなさい……」


「どうしたどうした⁉」



 うわ言の様に「ごめんなさい」を繰り返してる。どんな夢を見てるんだよ。これじゃあ、作戦もへったくれもないな。


 今はそっとして帰るか。



「ずっと気付かずにごめんなさい! あなたの気持ちに気づかずにごめんなさい! ずっと好意を向けてくれていたのに! 私……(ぐずっ……ずず……)」



 あれ? 起きた? それとも起きてた? 目の前の俺の好きな人は涙でボロボロだ。とりあえず、ティッシュで涙を拭いてあげた。



「ううぅ……好きだった。自分でも気づかなかった……取られて分かった! もう、戻ってこないって分かってから気づいたぁ!」


「歴?」



 歴が俺の手を握っている。



「一緒にいるのが当たり前すぎて分からなかった! 宗昭がいないとご飯も食べられない……他の子と仲良くしてると思っただけで夜も寝られない……ううぅ……」


「まさか、体調崩したのって……」


「ごめん……私バカだったー。クズだったー。クズでごめんーーーーー」



 いかん! これは効果がありすぎだ! 思った以上に効き過ぎだ!



「歴! 槇野さんのことは違うから! 松田さんから言われて話に乗っただけだから」


「ずび……」



 あぁ……涙も鼻水もでちゃって……「どういうこと?」って顔だよ。きょとーんだよ。



「あんまりお前が俺の事を見てくれないからって、松田さんが演劇部の後輩を使ってやきもちを妬かせるために一芝居打ったってわけだ。あの子とはなんでもないから!」


「千広が……?」 



 あーあ、たった1日でバラしちゃった。松田さんから1週間は続けるように言われてたのに……



「……芝居?」


「そう。ごめんな」


「嘘?」


「そう。嘘」


「よかったーーーーーーー」



 歴がへなへなと脱力するのが分かった。



「宗昭は、私のこと好き……?」


「まぁ、そう面と向かってきかれると照れるけど、ずっとな」


「彼女に……してくれる……?」


「まあ、ずっとそう頼んでたわけだし……俺の方が」


「うわーーーーーん、ぐずず……」


「ほら! 鼻! 全く汚ぇなぁ」



 ティッシュで色々拭いてやる。


 その後、すごく心細そうな顔をしていたから、抱きしめてやるとまた泣きだした。抱きしめたまま頭をポンポンしてやったけど、多分、肩の辺りは涙と鼻水でぐちゃぐちゃだな……後で着替えるか。



「なでれー。もっと、なでれー」



 撫でろってことな。


 こうして松田さんの作戦は、俺が思っていたよりも効果的で彼女の思った通りの結果になった。同時に、俺の17年越しの思いは叶い、歴を彼女にすることができた。


 結局、松田さんから紹介された槇野さんとは一回家にお邪魔して、翌日1日恋人っぽいことをして過ごすマンガとかでよくある「嘘恋人」で終わった。


 彼女の迫真の演技のお陰で、結果はすぐに出たし、思った以上に効果が出た。それはもう、可愛そうなくらいに……。俺はこのことをしばらく責め続けられるんだろう。それでも、歴が彼女になってくれたのなら俺は謹んでそれを受け続けよう。


 槇野さんにもメッセージを送って当初の約束通り嘘恋人は解消した。



 ■翌日



「……おはよ、宗昭」


「おはよう、歴。もう大丈夫なのか?」


「……うん」


「ご飯ちゃんと食べたか?」


「食べた」


「じゃあ、行くか。恋人としての初めての日だし、手でも繋いでいくか!」


「……うん。つなぐ」



 今までと少しだけ違う関係。「幼馴染」は変わらない。その上で「恋人」という新しいタグが追加された。


 手を繋いだだけで少し照れたような、微笑んだような歴の表情。これまで見たことがない反応だ。彼女にはまだまだ俺の見たことがない一面があるということか。どこまでも俺を惹きつけやがる。



「私でよかったのか? あの子みたいに女の子女の子しとらんが」



 エレベーターに乗って二人とも変わっていく階数表示を見たまま歴が訊いた。



「俺の理想はずっとお前だ。あ、でも、『彼氏の条件』の一つ『お前を泣かさない』を破ったな……」


「そんなのどうでもいい。どうせ嘘だから。私クズだったから……」


「自分の事クズとか言うなよ」



 頭を撫でて慰める。効果は出すぎだった。そして、エレベーターを降りてマンションのエントランスに出た時だった。



「濱砂せんぱい♪ おはようございまーす♪」


「「え⁉」」



 槇野さんがそこに立っていた。満面の笑顔で。


 歴がこの世の終わりみたいな表情でこっちを見た。いや、俺は昨日ちゃんと連絡したんだけど……



「ごめん、メッセージ見なかったかな? 作戦は終了したんだ。ミッションコンプリート! 協力ありがとう。今朝はご覧の通り……」



 つないだ手に視線を送って、全部言わなくてもうまくいったことを伝えた。



「たった1日の彼女だったけど、濱砂先輩は思ったよりカッコよくて好きになりました。一応付き合い始めた訳ですし、振られるまで悪あがきしてみようと思いまして」


「え⁉」


「宗昭⁉」


「いやいやいや! そんな話にはなってなかったから!」



 つないでいた手を離すと、歴が腕を組んできた。



「宗昭の彼女は私だから!」



 歴が槇野さんをキッと睨んで言った。


 すすすーっと槇野さんが俺の横、歴の反対側に来たかと思ったらぐいっと俺と腕を組んだ。



「私の方が1日早く付き合い始めてますから!」


「なっ!」



 両方の腕をそれぞれ組まれて身動きできない俺。



「私なんか幼馴染なんだから!」


「私はお料理できますから!」


「なっ! 宗昭! 何話したのっ!」


「ごめん! ついっ!」



 二人から腕を組まれたまま俺越しにケンカするのをやめて欲しい。物語はまだ終わってなかった……どうすんだ、これ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染みが「彼氏が欲しい」と俺に相談してきたので仕返ししたら効き過ぎた 猫カレーฅ^•ω•^ฅ @nekocurry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ