予言の始まりを

@inkdekaku

ポラリス

  予言。予め未来を予知すること。予言することができる人を予言者と呼び、この予言者をこの世界の創造神の使者と崇め、人々は崇拝・信仰を始めた。最初の予言者の名はポラリス。ポラリスが最初に口にした予言は、こうだった。「明日からは大粒の雪が降る。その雪は一生溶けず、この地にしみこむ。」その予言通りに、ポラリスが表れた集落が存在した土地、ノース・ポーラーの地面は凍っていて、年中毎日雪が降り続けている。記録としては、ポラリスが予言をした次の日から、500年ずっとだ。予言の前までは、雪は半年の期間しか降らず、もう半年は曇りか、晴れの天気しかなかったらしい。ポラリスは、予言の言葉以外言葉を発さず、どのような人物かだったかの記録は一切残っていない。ただ、予言と、予言を発するまでの様子しか、記録に残っていないのだ。

 ポラリスの最後の予言は、こうだった。「私の次に現れる予言者は、遥か先。私はこの世界の始まりに貢献したが、次に現れるものは、この世界の崩壊を止める貢献をする。」そう言い残し、ポラリスの体は光となって、消滅したといわれている。この予言者ポラリスが予言した物事すべては「ポラリスの50の予言書」という書物に記され、現代では、その写本が広く流通し、学校の授業で扱われる。

 この50個の予言だが、実は、すべて当たったというわけではない。この予言の中で、まだその未来になっていない予言が三つある。一つは、17個目の予言「大量絶滅」、2つ目は29個目の予言「海水の雨」。そして3つ目は、50個目の予言、つまり最後の予言の「新たな予言者。」この予言は、ポラリスが予言してからもうすでに500年経ってもなお、実現していないのだ。残りの47個すべては、ポラリスの生前に実現したのにも関わらず。そして、この世界の人間の生活の発展とともに、ポラリスがどのような人物だったのか、予言が本当に起こったことなのかを究明する学者達によって、この3つの予言からある推測が立てられたのだ。「大量絶滅」「海水の雨」この2つが予言通りに起こった時、この世界の崩壊が始まる。これを救うのが「新たな予言者」であり、「新たな予言者も予言を50残してこの世界を去るだろう。

 ポラリスが去って丁度500年。人々はこの年の節目の良さから、もしかしたら予言が起きるのかもしれないと不安と警戒心を募らせながらも、新たな予言者の降臨に期待を抱いていた。

 歴史上ポラリスの次に有名な人物といえば、このノースポーラーの土地を治めポラリスが現れた時の集落のリーダーであった、ノース・グラント。グラントは集落から、ポラリスの消失後、統治力をつけ、権力を持ち、一代でこの地を集落から村、町にまで成長させたのだった。その後、ノース一族として、町を都市、国へと、約300年をかけて領地の拡大、整備を進め、ノース・ポーラー王国が誕生した。ノース一族は皇族として王国の国王に君臨した。そしてノース一族の権力はノース家の子息に代々引き継がれ、ノース家は権力を維持し続けたのだ。ノース・ポーラー王国が誕生してから200年、近隣国と平和条約を結び、国民の豊かな生活を維持し続けた。そして今のノース家の主、すなわちこの国の国王ノース・ライン陛下は、そろそろ引退を宣言するのではないかと噂されており、ライン陛下の実子であるノース・ラウンド皇太子殿下が新国王になる日が近いといわれている。しかし、国王が引退を宣言するにあたって、問題があるのだ。その理由は、王位継承者であるラウンド皇太子が今行方不明であるということだ。行方不明ならば、王位継承者を変える必要があると思うのだが、そうはいかない。現国王の子供は皇太子一人しかいない。皇后は7年前に亡くなり、国王の兄は先代国王であって、すでに亡くなられている。先代国王の皇孫は、一人は他国の王と結婚し、一人はとある罪を犯して、皇族の地位を剥奪された。もう一人は病弱で、成人を迎えられる前までになくなられてしまったそうだ。国王の妹は公爵夫人であるため、公爵家が皇家になってしまう懸念があるため、不可能だ。そして何より、国王陛下は、どうしても自分の息子に、王位を継がせたかったのだ。国王の意思は固く、忠臣の助言に聞く耳を持たなかった。

 もしこの皇太子が王位を継がなければ、皇族は終わり、この国の崩壊になりかねない。国王が亡くなる日はそう遠くないだろうと、国民に不安がのしかかっていた。

 「ポラリスの予言」と、「ノース家の継承」は、この国の創立の原点であり、国民の悩みでもあるということだ。


 ――――

 

 この国のツリー公爵領にあるノースポーラー王国最大の学校、スクワール・アカデミーに通っている私、ローズ・レストは、このアカデミーに4年通っていて、来年、卒業を迎える。卒業したら、このアカデミーで予言知識学の教授の見習いとして働くことが決まった。今年中に受けられる授業はすべて受け、来年は卒業論文を書く傍ら、教授の見習いに着いて回り、仕事を覚える。スクワール・アカデミーの予言知識学の教授である、タイトル・トレンチ教授という変な名前の教授は有名で、どこかおかしい名前だという意味での有名ではなく、予言知識学の教授として、ポラリスの軌跡の説を新たに提唱したのだ。ポラリスの21個目の予言、「薔薇の花の順応」について、これまで、この「薔薇の花の順応」とは、雪の地としてこの土地が変化してから、この土地にもともと咲いていた薔薇の花に、変化が起きるというものだ。これまでは、棘が大きくなり、根は氷の地面に張り付くように、地に根付いたと唱えられてきたが、タイトル教授が提唱したのは、「薔薇の花の順応」により、根が棘のように鋭く変化したのではないか。根が張り付いているのではなく、根が地面に刺さっているのではないか。という説である。薔薇の根元には必ず氷が張っているため、根を見ることはできない。根を見ようと、

氷の地面に松明を当てて、氷の地面を溶かそうと試みると、不思議なことに、薔薇の根元の氷の地面は、絶対に溶けない。薔薇が生えている場所の氷の地面を溶かすためには、松明の火を、薔薇に移して、薔薇を燃やす必要がある。一度火を付けると、水を掛けても消えずに燃え続け、消滅してしまうのだ。その功績から、王室主催の予言が起きた地の調査チームが結成されるときには最初に名前が挙がる。見習いはすでに2人いて、私は3人目なのだ。見習いから卒業したら、助教授、準教授になって、やっと、教授になれるのだ。時間にして、10年以上はかかるといわれる道だ。そんな道を選んだ理由は、ただ一つ。ポラリスの存在が、とても素晴らしいと思ったから。ポラリスの導きのおかげで、この地は栄えることができたのだ。私はもっとポラリスのことを知りたいと思った。予言知識学を学ぶ人たちの理由の大半はそうだ。自分の手で、新たにポラリスのことを発見しなくても、私が生きているうちに、ポラリスについての新しい発見が自分の耳にはいってくればいい。しかし、私は、予言知識学の教授になんて、なりたくはない。教授になんてなったら、私の元々の身分がばれてしまう危険に見舞われてしまうのだ。毎年、一定数の人に教授という身分が与えられ、選出されるのに、経歴の調査、学力試験、論文発表など、学者としての活躍度を見られる。そして、王宮で任命式が行われ、「教授」という職業であり、下級貴族と同等の身分が国王陛下から与えられるのだ。私の身分は現時点で、平民であり、職業は学生になっていて、これはとても低い身分だが、名門校に通っている、数少ない身分保有者ということ。しかし、本当は、そんな身分ではない。「身分が平民ということになっている学生」というのが正しいのだ。本当の身分は誰にも知られてはいけない。どれくらいの身分かというと、私と同じ身分を持っているのは、このアカデミーに誰もいないくらいの身分だ。だから、経歴調査は受けたくはない。つまり、教授にはなれない、なりたくないのだ。学生から、見習いという職に就くのは、教授になるためになのだろうと思っている学生も多いが、教授になることを拒否し、助教授のままでいる人なんて、ザラにいるのだ。


  今私の目の前には、見たことがない液体の「雨」というものが降っている。「雪」ではない。この土地はポラリスの予言通り、雪が降り積もる土地だ。雨なんていう氷の結晶ではなく水滴が空から降ってくることは絶対にない。つい1時間前も雪が降っていたのに。しかもこの雨、ただの水の雨ではないじゃないか。雨が目に入らないように、目を瞑ってから、空を見上げ、舌を出す。そうして、雨を飲んだ。雪を食べるように。雪を食べた時に感じるのは、冷たくて、さっぱりと口の中に入った瞬間消える感触が伝わり、いつも飲んでいる水とそう変わりはないのかと思う。実際、このノースポーラー地域では川の水ではなく、雪を火で溶かした雪解け水を使うこともあるのだから。今雨を飲んだ時に感じたのは、しょっぱい。口に暫く残り続ける味は、不快で、水を飲みたくなる。海水。これは海水が雨になって降っているということじゃないか。私は「ポラリスの50の予言書」に書かれている、29個目の予言を思い出した。


 ――ポラリスの29個目の予言「海水の雨」

 ポラリスが現れて86日目。その日、日が昇っている時間、集落の人間はポラリスの姿を目にすることはなかった。集落の人間はポラリスを探し回り、空に浮かぶ変化の岩(今でいう月)が空に上がりきった刻に、集落の一人の人間が、ポラリスを見つけ出した。そして、ポラリスが口にした言葉、すなわち予言は、とても信じがたかった。「海の塩分濃度が下がり、空はそれを補うために、空自ら濃度の濃い海水を降らす。」


 今の現実。それは、予言書に書いてあった通り、つまり、ポラリスの29個目の予言の通りのことが起きているということだ。何ということだ。私は、今予言されたことを目の前に見ているのだ。生きているうちに、起きるなんて。海水の雨を遮るものなく浴び続けながら、複雑な感情が流れ込んだ。目の前で予言を見ることができたことは嬉しいが、この予言が、17個目の予言の「大量絶滅」の前触れだったら、世界の破滅へとつながる出来事だ。しかし、50個目の予言の「最後の予言」者が現れるなら、予言者に会ってみたいのだ。そんなことを海水も雨を浴びながら思っていると、どこからか声がした。

「おーい。建物の中に入れー!」

 その声の主を見てみると、教員のようで、周りの学生は急いで建物の中に入ろうと走り出す。私も、健康上危険かもしれないと思い、建物の中に入った。建物の中に入ると、廊下中に人が集まり、ざわざわと煩かった。この状況を知らせるため、トレンチ教授の元へ、急いで向かおうとした。トレンチ教授の研究室に行くと、研究室の前にはすでに、教員や、別の教授、学生がいて、混乱状態だった。どうやら、教授は不在のようだった。しかし、裏口からなら、教授の関係者は入れるから、そこで教授を待っていよう。混雑する廊下をすり抜け、裏口へと回った。

 鍵を使って開けてみると、研究室は、真っ暗で、誰もいなかった。

 「やっと会えたましたね。」

 「!」

「ローズ・レストさん。しかし、あなたの本当の名はコール・ウェスト。ウェスト・フォン王国の第二王女。この国の先代の王の長男と結婚した第一王女の妹。私の義理の従姉妹にあたるよな。」

「……はい。ラウンド皇太子殿下。教授はどこに?」

私が、彼の名前を言うと、動揺を見せた。

  「コール王女。私たち初対面ですよね。私が皇太子だと分かるとは、思っていませんでした。いくら名前で誤魔化そうと、経歴まで誤魔化すのは難しかったのではありませんか。」

 皇太子殿下の言っていることが、自分にチクチクと突き刺さって不満だ。すぐに訂正を申し入れた。

「あなたがこの国の皇太子だと分かったのは、私が他国の王女だだと分かった理由と同じだと思っておりますが。教授にはなっておりませんから、本格的な経歴調査は行われておらず、身分申告のみしかしていなくても、このアカデミーに入れます。」

「申告した身分は?」

……。

 身分を隠していたことを言ったら、どうなるだろうか。身分を偽造することは罪であり、牢に入れられる。上の身分から、下の身分に偽った場合の罪は軽い。下の身分から、上の身分へと偽った場合の罪は重い。しかし私の場合、例外的である。他国の王女であるため、そう簡単に罪を問うことはできないのだ。国際問題。国と国との仲を悪くしかねない。私は罪以上に重い枷を背負うことになるのだ。

「孤児の平民と…偽っておりました。」

 「このアカデミーは身分ではなく、成績によって学費が変わるから良いものの、身分によって変動するものだったら、国費の詐欺罪ですよ。」

「申し訳ありません。」

 皇太子殿下の言っていることは正しい。

「まあ、あなたに罪を問う気は全くありません。私以外にばれることはないと思うのでね。このままアカデミーに通われて結構。」

 不審な言葉に、顔から血の気が引いた。

「それなりの事情があるのでしょう。私が今ここにいるようにね。」

 皇太子がアカデミーに来たことはそれなりに理由があるようだ。

「まあ、ありますね。それなりの事情が。」

「ここでの話はこれくらいにしないと、他の方が来てしまうかもしれません。あなたに話したいことがあります。」

「お断りします。」

 「予言知識学の学者でしたら、とても興味深い内容の話をお話します。皇家の知りうる、予言、ポラリス、初代ノース家当主のことを。しかし、この話をこの場ですることは、どうしてもできないのです。それほどに重大な話なので。」

「わかりました。」

 仕方がなく了承し、皇太子殿下に着いていくことになった。アカデミーの外には、生憎まだ予言の「海水の雨」が降ったままだったが、外へ出る門は閉まっていなかったから、外へ出ることは可能だった。しかし、出入りする学生は、誰一人いなかった。

「浴びても何の問題はないはずです。」

 皇太子殿下はそういい、服のフードを被り、歩いて、近くの宿場に入った。すぐに部屋を借り、部屋の中に入った。話をするだけだが、一番広い部屋を選んだみたいだ。

「話はすぐすみます。こんな場所ですみません。」

「かまいません。」

 古びた丸椅子に座り、話を聞く。

 「今から話すことは、すべて真実です。信じ切れず、すべて頭に入れるのは困難でしょう。それでもかまいません。」

「聞く前に、1つ質問させてください。」

「はい、どうぞ。」

「なぜ、このことを、他国の王女に話すのですか。皇家の秘密でしょう。」

「いずれ皇家に来るからでしょう。」

「はい⁉」

「とにかく、どうか、私の話を聞いてください。」

「ポラリスは、ノース・グラントの娘です。だから、本名は、ノース・ポラリス。ポラリスは消失したわけではないのです。ポラリスは、」

「娘?男性ではなかったのですか。それに、ノース・グラントには二人の子供がいて、息子はノース・アトモスフィアで、娘の名前はノース・バースだったはず。」

「ほかに子供がいたんです。それがポラリスです。ポラリスが予言者だったことは、紛れもない事実です。だから、先日の海水の雨も、そうだった。」

「消失していないってことはどういうことです?」

「ポラリスは殺されて死んだんだ。」

「殺された……誰にですか。」

 これまで学んできたこととは、大きく違く、凄惨な事実に頭の混乱が収まらないが、私はその話を聞き続けた。

「ノース・グラントに。」

「実の父親に殺されたと……。」

「そうです。」

「そんな……!」

 「なぜ殺したかは不明ですが、殺していなければ、もっと予言があったはずだ。」

「そして、そうすると、死にぎわに発したとされる50個目の予言、あれは、少し偽られていると思うのです。ポラリスの死を目前としたのは殺した張本人である、ノース・グラントただ一人。つまり、ノース・グラントが、50個目の予言を偽ることは十分可能なのです。ポラリスを神の使いとして、より崇められるように歴史は、真実と少し遠のいたものに作り替えられ、語り継がされました。つまりノース一族は詐欺で権力を手に入れた、悪質な一族ということになります。」

「なぜ、自分の娘という事実をもみ消したのでしょうか。自分の子供に、神の使いが生まれた、という事実だけで、権力を持つことはできたと思いますが。」

 「わかりません。私が持っている情報は、これしかないのです。これが、父に言われたすべてです。」

「そうなのですね。」

 衝撃的な事実をすべて受け入れるのは難しい。というより無理だ。アカデミーで3年間学んできた予言知識学のポラリスという人物が、今日、ほとんど真実とは違うと否定されては、これからどうしたものか。明日も予言知識学の授業があるのに、どんな気持ちで授業を受ければいいのか。授業を受ける意味がないのではないか。

「このことは、誰にも話さないでください。」

「私にどうしろと……こんな事実、知らないでアカデミーに通っていたかった。」

「残念ながら、アカデミーに戻ることはできません。」

「戻ります。」

「行かせません。」

「ここで私があなたがライン皇太子殿下だと叫べば、注目を浴びて、騒ぎになることはわかりますよね。」

「そうしたら、私は、あなたがウェスト・フォン王国の王女だということを、アカデミー側に手紙で密告します。」

 私はもうどうすることもできなかった。知らぬ間に、崖へと追い込まれていたようだ。

「あなたは、私に着いてきてもらいます。」

「どうしてですか。」

「私は、これから、皇太子ではなく、救済者とならなければならないので、あなたに助けていただきたい。」

「私じゃなくても、事情を離せば、別の人が助けてくれるはずです。なぜ私なんですか。」


「あなたでなければならないんです。あなただったら、この後の17個目の予言から救ってくれる。」

私が、17個目の予言から救う?何を言っているかさっぱりわからない。

「なぜ、分かるんですか。」

 

「だって私は、予言者ですから。分かって当然でしょう。」

「へ?!」

 

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