タコの骨は何処へ

清水出涸らし

タコの骨は何処へ

 CMが多すぎる。

 だいたい、緊張感が無さすぎるのだ。まだ終わると決まった訳でもないのに、世界の終わり全国同時生中継なんてタイトルまで付けて。これでもし終わらなくても、訂正してお詫びしますで済ますのだろうか。

 まあ近頃世界の終わりの危機も多いし、本当に終わったときのためにとりあえず言っておけというような精神なのだろう。終焉近くしてますますたくましいメディア精神にため息をついて、脚を組みなおす。息が白い。我が家には暖房がない。

 一時間ほどこうしているだろうか。この小汚い四畳半で、一人テレビにかじりついている。なんと無駄な時間なのか。

 たまの休日をだらだらとこうやって、なにかせねばと思うフリをしながら過ごすのなら構わないのだ。よくやっていることだし、それは己の自堕落を恨めばいい。

 しかしこの場合、恨むべきは宇宙人なのだ。ここが困る。宇宙人を恨んだら、変な病気にかかったりしないだろうか。

 俺はもっぱら「宇宙人が来るとしたら冬」論者であり、少なくとも夏は絶対にない、夏なんてのは全く無意味の、すべてにおいて季節外れの最悪な季節なのだと主張してきた。

 しかし残念無念、宇宙人は夏に来た。

 去年の夏。最高気温50℃などという、まったくもう地球はおしまいだねと言わざるを得ない大異常気象の中、それは現れた。

 広々と青い夏空を覆う、大宇宙船。

 あんまりにも暑すぎてみんなおかしくなったのか、それとも熱砂の蜃気楼なのか、いやそれならば鳥取の頭上でなければおかしい、それもそうか、とりあえず水を飲んで、部屋を涼しくしてもう一度見て……。

 広々と青い夏空を覆う、大宇宙船であった。

 日本中、いや世界中大騒ぎである。当たり前だ。

 宇宙人は言葉が通じるようだった。

 というより、我々地球人類とはくらべものにならないくらいに文明レベルが上だった。

 それでいて対等に、紳士的に話し合いに応じてくれたものだから、最初こそは世界の終わりであるとかノストラダムスはこれも予言していただとか騒ぎたてていた連中も、だんだんとなりを潜め始める。

 とはいえ、選ぶ言葉を間違えれば即滅亡であることは疑いようもなく、双文明間の約束事を取り交わす会議へ向かう米国大統領の覚悟は画面越しにも見て取れた。

 会議の末、決まったことは次の三つ。

 一、お互いに危害を加えないこと

 二、お互いの文明の発展を邪魔しないこと

 三、お互いの持つ資源に干渉しないこと

 地球に住まう一般市民からすれば、これ以上ない理想の取り決めである。大金持ち商人や大メガネ学者からすると歯がゆいものかもしれないが。

 かくして平和に穏便に、宇宙人騒動は収束の兆しを見せた。

 その三日後である。

 日本海のど真ん中に、とんでもなく大きな黒い箱が落ちてきた。それはそれはとんでもなく大きな箱であり、俺は地理に疎いからわからないけど、まあとりあえずその辺の島よりはよっぽど大きいだろうというサイズ感であった。

 箱はとにかく真四角であり、ずっと見ているとその闇に引き込まれそうになるほど真っ黒だった。

 上面には冷蔵庫の扉を彷彿とさせるようななんとも言えない形状の取っ手が付いており、それを見て初めて、ああこれは箱であって、中には何かが入っているのだ、と認識できるような作りだった。

 これが宇宙人からの贈り物だということは、疑いようもなかった。

 さて大変だ。箱の中身が兵器的何かであれば今度こそ世界の終わりであり、めでたく人類は滅亡することだろう。

 つまり俺が一人テレビにかじりつく目当てはこれの開封生中継であり、この一時間ほどずっと、パンドラの箱が開くその瞬間を今か今かと待ちわびていたわけだ。

 生放送のくせに信じられないほどCMの多い番組構成を見るに、大人たちは世界が終わってでも銭を稼ぐつもりらしいが。

 これは宇宙船襲来生中継、文明会議生中継で危機に瀕してみて学んだことなのだが、走馬燈というのは案外パっと浮かばないようだ。

 ああ俺は次の瞬間死んでしまう、と明確に感じても頭を駆け巡るのはどうでもいいその場の後悔(昨日サイゼリヤに行けばよかったなど)ばかりであり、いまいち格好がつかない。せっかくなら人生最大の汚点を悔いながら死にたいものだ。

 そのときは滅ばなかったから良かったものの、今度こそ世界が滅んだとき、走馬燈を見れずじまいでは悔しいから、今のうちに自分で人生を振り返ってみようと思う。

 さしあたって、我が人生のハイライトと言える「エイジャの巻物事件」をお届けしよう。

 あれは俺が高校二年生のとき。

 もっと言うと、我が母校伝統の嫌われ者サークル、「盗掘部」にて部長を務めていたときの話だ。

 盗掘部は正式な名をトレジャーハンター部と言い、高校創立当初からその“大馬鹿”のバトンを渡し続ける由緒ある部活だが、周囲はこれを盗掘部と命名し、いつからか部内の人間もそう呼ぶようになった。

 俺の代はやけに活動が精力的で、日が昇れば盗掘、日が暮れても盗掘、勉強も恋愛も遊びも放棄して、日夜盗掘に明け暮れていた。

 そんなある日のこと。

 頭のおかしな後輩の海老原が遺跡に勝手に堀った穴から発見し、当時「ジョジョの奇妙な冒険」にハマっていた俺が命名せし秘宝、エイジャの巻物。これがとんでもない代物だった。

 世界で最も古い文明に関する記録。

 それがエイジャの巻物の正体だ。

 テレビ取材が来て、テレビで見たことのある学者が来て、しまいには黒服黒サングラスの大男が来た。ビビった海老原が権利を俺に譲渡したから、俺はその人たちの矢継ぎ早な質問を一身に受ける羽目になった。

 「最古の文明に関する書物、出土!」

 翌日、そんなニュースが日本中を駆け回る。

 学者の誰もがこの偉大なる発見に喜んだだろう。小躍りもしたはずだ。もし学者がしていなくてもうちの校長はしていたし、いつの間にかトレジャーハンター部は我が校の英雄扱いされていた。

 俺とて、悪い気はしない。ちょっと調子に乗ったりもした。具体的には、海老原と一緒にテレビに出たりした。そのときの痛々しい様子は、Youtubeで誰でもご覧になれる。

(画面中央、にんまりと笑みをたたえて海老原は言う。「エイジャの巻物には、おそらく最古の東京タワーの記述があり……」)

 町ではエイジャまんじゅうを作って一儲けする案が出ていた。権利的にさすがにまずかったと思うが。

 このように、古代文字が解読されその内容が明らかになるまでは、みんな幸せだったのだ。よって俺は解読した学者を一生恨み続けるだろう。

 エイジャの巻物による古代文明の記録、解読結果は以下の通り。


「かの民族、タコの骨から武器を作りて、地底人と戦いし勇士たちなり。」


 ご存知と思うが、タコに骨はないし、地底人は居ない。

 異常なほどの保存状態の良さもあり、学者の出した結論としては、これはごく最近何者かがジョークのつもりで作ったものではないか、とのことだった。

 ……その後のことは想像に難くないだろう。

 家の塀に「この民族、冗談で宝を作りて、学者と戦いし愚か者たちなり。」と書かれたときは、もはや一周まわって感服した。

 長いCMが明け、レポーターがまたなにやら喋り始める。まだ始まらないのか。

 手をすり合わせて、祈るように暖をとる。

 まだ九月だが、今日はやけに冷える。そろそろ本格的に冬到来と言ったところだろうか。

 俺はもっぱら「世界が終わるとしたら冬」論者であり、少なくとも夏は絶対にない、夏なんてのは全く無意味の、すべてにおいて季節外れの最悪な季節なのだと主張してきた。

 なぜって、エイジャの巻物事件が起きたのは夏なのだ。

 結局宇宙人が来たのは夏だったから、今度こそは当てたい。しかし当ててしまえば世界は終わるのだ。

 気付けばコメンテーターたちは侃々諤々の大論争をしている。字幕によれば、「宇宙人のブラック・ボックスは早めのハロウィンの贈り物で、お菓子が詰め込まれているのだ」と主張する者が居て収拾がつかなくなっているようだ。頭がおかしいのではなかろうか。

 そのコメンテーターの名札には、海老原の文字。

 ん? と疑問に思ったところで画面は切り替わり、箱と、それを今まさに開けんとする特殊部隊の姿が映る。いよいよか。

 彼らはもともとなんの部隊なのだろう。まさか宇宙人からの贈り物開けます部隊でもあるまいし。

 そんな冗談を考える合間にも彼らは懸命に働き、見たこともない装備で、見たこともない重機を操り、ついにその巨大な取っ手にアームがかかる。

「準備が整ったようです!」

 緊張が走る。この緊張はきっと世界中を駆け巡り、全人類の視界の端を走り抜けたのだろう。ご苦労なことだ。脈拍が早くなっていくが、頭は妙に冷静だった。

 妙な間を置いたから、まさかここでCMに入ったりしないよな、と心配したのも束の間、ギギギ、と重機の駆動音が響き始める。いざ、御開帳……。蓋は60秒ほどかけてゆっくりと開ききった。すかさず特殊部隊員が内部へ突入。

 が、横から撮っているため中の様子が全くわからない。馬鹿なのだろうか。

 急いでドローンによる空撮に切り替えます、とレポーター。まあ開けた瞬間爆発したりはしなかったから、と少し安堵する。胸を一段階だけなでおろした。

 空撮の準備が整ったようだ。

 いざ、拝見……

「箱の中には、なにやらびっしりと骨のようなものが詰まっています!」

 レポーターの声だけがまず聞こえ、遅れて映像が表示される。

 なるほど確かに骨だ。しかもどれも同じ形の骨。その骨だけが、島ほどの大きさの箱いっぱいに詰まっているようだった。まさかこれはすべて人骨で、地球人類への宣戦布告なのだろうか。背筋がゾッとする。

 するとコメンテーターの海老原が叫んだ。

「タコの骨だ!」

 なんだって?

 他のコメンテーターはまた始まった、という風な顔でまるで相手をしない。しかし、恐らく世界で俺だけ、その単語にひっかかった。タコの骨って、それは。

 中継先で、レポーターになにやらメモが手渡された。おそらく突入した部隊からの情報だろう。

「ただいま入ってきた情報によりますと、箱の中には大量の骨らしきものと、一通の手紙が入っていたとのことです。繰り返します、」

 手紙? 宇宙人が? もう何がなにやらわからない。

「手紙の内容を読み上げます。

『親愛なる地球人諸君へ。

 事後報告となってしまってすまない。じつは我が文明は古くから君たちを知っていたのだ。ある資源の獲得のため、そちらへ出向いたこともある。

 ある資源というのは他でもない。タコの骨のことだ。我々は諸事情からこのタコの骨が大量に必要で、地球上のすべてのタコから骨を回収していた。

 この間の会議で、お互いの持つ資源に干渉しないという約束をしただろう。あれに抵触すると思って手紙を出した次第だ。

 したがって現時点で返却できる分を送り、タコは本来の生態に戻すこととし、これを謝罪とする。

 君たちの宇宙人より。』」


 待て。待てよ。それじゃあ、やっぱりエイジャの巻物は。

 海老原が小躍りして叫んでいる。「地底人は本当にいたんだ!」

 レポーターが淡々と続けた。

「また、当番組のタイトル『世界の終わり全国同時生中継』ですが、世界は終わりませんでした。訂正してお詫び申し上げます。」


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タコの骨は何処へ 清水出涸らし @Degarashimizu04

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