取れなかった一枚と、残る苦さ。

 そこからは、もうよく覚えていない。試合が始まって、相手の横に置いてある札の山はあっという間に高くなっていった。試合が始まる前に覚えたあのうたの下の句が書かれた札は相手側にある。

 けど、そんなことどうでもよかった。試合に勝つとか負けるとかよりも、私はあの札をとる事に必死になっていた。


「由良の門を〜.......」


「はいっ!」


 相手は私よりもはやく、一直線に読まれた札に向かって手を伸ばす。でもそんなことはどうでもいい。私が欲しい札は、これじゃない。

 それは、空札が入り始めた頃だったと思う。


「百敷や〜.....」


 あのうたが読まれた。私は精一杯、札に向かって手を伸ばした。


「はい!」


 でも間に合わなかった。相手の方が少しだけ早く、札に指先が触れていた。


「いいですよ。わたしのほうがおそかったから」


 ルール上、相手とほぼ同時に札に触れた場合はジャンケンで勝った方がその札をとる事になる。私たちの組の審判をしてくれていた人は、札に触れたのが同時に見えたらしいけれど私は断った。

 その後少しして試合が終わった。私の手元には、札は一枚もなかった。


 ✱✱✱


 試合が終わった後相手たった子と片付けをしていると、樹さんが私の隣にやってきて残っていた札を集めはじめた。


「後はやるから、戻ってていいよ」


 そう言われて後ろを向くと、母親が試合コートの近くまで車いすを持ってきてくれていた。だけど私は、それを見なかったことにして片付けを続ける。


「......」


「よく頑張ったね」


 頭の少し上の方から優しく声がする。そのすぐ後に頭の上に柔らかくてあたたかい感覚がした。少し驚いて隣りを見ると優しい笑顔があった。


「.........っ」


 私はその手を払うように後ろを向いて、自分の車いすに向かった。泣き顔なんて、見られたくなかった。好きな人の前では、【ひたむきに頑張り続ける自分】でいたかった。だからこそ、あのあたたかさがその時の私には痛かった。

 席に戻ったあと、私は声を殺して静かに泣いた。



 これが私の、小さな恋の思い出。

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100の青い蕾 七瀬モカᕱ⑅ᕱ @CloveR072

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