覚えた1枚
伝えよう。そう決心してからも、なかなかタイミングがなくて気づけば年が明けていた。
その日は地元で開かれる百人一首大会の日だった。親に言われて大会に出ただけで、百人一首なんて難しくてよく分からない。それでもなんとか覚えて当日を迎えた。
「あ、おはよう。あやちゃんも出るんだね」
会場のイベントホールの座席についたタイミングで、出入口から入ってきた樹さんに声をかけられる。私の隣りの座席に座って『よかったら読む?』と渡されたのは、百人一首の本だった。私は渡された本をめくった。
「よくわからない、むずかしい」
「そう?あ、丁度最後の短歌じゃん。」
「え?」
そこに書かれていたのは百人一首の1番最後のうただった。
【百敷や 古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり】
「もも......?」
当時の私は、少しの漢字とひらがなとカタカナしか読めなかったから、百をももと読むことを知らなかった。きっとこの時は、果物の桃と勘違いしていたんだと思う。
どんな意味のうたなのかも、どの時代に書かれたものかも全くわからない。偶然開いたページがそのページだった。でも、私の頭の中にすっと入ってきた。
「覚えられた?」
「うーん...」
「そっか」
樹さんは、曖昧な反応をする私に笑顔向けてそれからすぐに視線を正面に戻した。必死に声を出そうとするけれど、やっぱり声は出なかった。『このふだ、とる。』そんな簡単な言葉も、喉に何かが引っかかったみたいに出てこなかった。
私は試合が始まるまでの間、貸してもらった本と樹さんの横顔を交互にみていた。
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