最終話、告白

 父さんとの話が終わった後、俺と純白は穏やかな表情でくつろいでいた。


 そこはついさっきまでは純白の出入りが禁止されていた俺の部屋で、父さんが俺達の関係を認めてくれた事でそのルールもなくなった。


 ベッドの上に腰掛け、隣同士に座って、お互いの手を握って、俺と純白は幸せな時間を過ごしている。


「どきどきしましたね、兄さん」

「ああ、すごく緊張した。でももらえたよ、俺達が望んでいた最高の答えが」


「はいっ。父さんから認めてもらえました。二人で幸せになってくれ、って応援してもらいました」

「純白、泣いちゃってたよな。あの顔は忘れられないよ」


「兄さんもですよ? ぼろぼろ涙を流して、子供みたいにわんわん泣いていました。そんな兄さん可愛かったです、わたしも忘れません」

「純白も可愛かったぞ。大声上げて泣いてさ、子供みたいだった」


「二人して一緒に大泣きしました。ふふ、わたし達やっぱり兄妹です。そっくりですね」

「そうだな、泣き方まで同じだった。あんなに嬉しい涙を流したのは初めてだよ。幸せだった」

「えへへっ。わたしもすっごく幸せでしたよ」

   

 父さんに認められ、もう隠す必要がなくなったからだろう。純白はいつもみたいに甘えてきて俺の腕に抱きついている。


 今まで我慢していた分を取り戻すかのように嬉しそうな顔をしていて、俺もめいっぱい純白を可愛がりたくて優しく頭を撫でた。


 純白は猫のように目を細めて気持ち良さそうにして、もっとして欲しいと言うようにすり寄ってきて、そんな甘えん坊の純白と一緒にいられる事が何よりも嬉しかった。


「ねえねえ、兄さん。一つわがままを言っても良いですか?」

「ん? どうした?」


「テスト勉強を始めた頃、兄さん言ってましたよね。わたしが良い点を取ったら頭をぽんぽんする以上の事をしてくれるって」

「言ってたな、約束してた」


「はいっ。それでわたしは兄さんと一緒に満点を取りました、一体何をしてくれるんだろうって期待しています」

「純白の言うわがままはそれか。俺もあの時は頑張ったからご褒美をあげたいなとは思ってたけど」

「ではでは、約束通りにお願いしますね」


「でもなあ。何したら良いんだろうか。頭を撫でる以上の事……ぎゅーって抱きしめる事も、膝枕も腕枕も、添い寝だって割と日常茶飯事だしな。満点を取ったんだから純白が喜ぶ一番の事をしてあげたいところだけど」


「わたしが一番して欲しい事……そう言われるとわたしも悩んでしまいますね。うーん、どうしよう……」

 

 俺は悩み、純白も同じようにして考える。


 純白に対して甘えさせる大抵の事は既にしているのだ。なので意外と何をしたら良いのか、その答えが出てこない。


「あっ。一緒にお風呂に入るのはどうですか? わたし、久しぶりに兄さんと背中の洗いっこしたいです」

「そ、それは流石にだめだ。そんな事をしたら俺が悶絶してしまう……!」


「ではでは。今日は一緒のお布団で寝るのはどうでしょう? ぎゅーって抱きしめ合いながら、兄さんの温もりを感じながら眠って、素敵な朝を迎えたいですっ」

「それもだめ! 昼寝と違って夜だなんて、純白の事を意識し過ぎて絶対に朝まで目がぱっちりだ!」


「もうっ。兄さんはわがままですっ」

「わがままは純白の方です。お兄ちゃんは悪くありません」


「むぅ……わたしの希望がことごとく却下されていく。なら、兄さんはどんな事をわたしとしたいですか? 逆の立場で考えてみてくださいっ」

「逆の立場で? つまりあれか、俺が一番したい事は純白にとっても一番したい事って感じ?」


「ですです。わたし達は兄妹ですから、そういうところも一緒だと思うんです。遠慮なく言ってみてください」

「遠慮なく……なあ」


 俺が純白と一番したい事。そして純白も望む事。


 思い浮かぶのは一つしかなかった。だってそれは一度目の人生から今に至るまで、ずっとずっと望んでいた事だから。それを成し遂げたくて俺はこの時代に舞い戻ってきたのだから。


 心臓がドキドキと高鳴り始める。その事を意識した瞬間に頬に熱が帯びていく。今まで何度も感じた熱よりも遥かに熱い。その熱を抑え込みながらゆっくりと口を開いた。


「なあ、純白。ちょっといいか?」

「はい、何でしょう?」


「今からする話は、その、夢の話だ。俺がいつか見た夢の話」

「夢、ですか? どんな夢でしょう?」


「それはさ、悲しい夢なんだ。妹の純白を大好きに思うあまり……兄だからって身を引いて、自分の気持ちを押し殺して、純白には別の誰かと結婚して幸せになって欲しいって願った、そんな悲しくて辛い夢」

「兄さんが、わたしを思うあまり、離れてしまう夢……」


 純白は眉を下げて不安げに俺を見つめている。


 父さんから認められた直後で、これからも一緒に居られる事が決まって、そんなタイミングで聞きたいような話ではないと思う。


 でも今だからこそ、俺と純白が幸せな未来を掴み取れる事が決まったこの瞬間だからこそ、俺は聞いてほしかった。


 夢――俺が一度目の人生で歩んだ、辛く悲しい結末を迎えたあの時の事を。


「その夢の中の俺はさ。純白の幸せの為、純白の将来の為、そう思って純白から距離を置いたんだ。本当は誰よりも純白が好きで、純白と離れたくなかったはずなのに。でも兄妹で愛し合っても絶対に幸せになれないって、純白にとって一番の幸せが何なのかを勝手に決めつけて、夢の中の俺は純白の前から姿を消したんだ」


 俺と純白が血の繋がった兄妹である以上、俺達が結ばれる事は決してない。例えどれだけ好きであっても、俺達が付き合うなんて許されるわけがない。そう自分に言い聞かせた。


「夢の中の俺はとんでもない愚か者さ。純白と幸せになれる可能性はあったのに、それを自ら捨ててしまった。純白と向き合う事が怖くて、立ち塞がる壁を越える自信がなくて、逃げたんだ」


 俺と純白の間に血の繋がりはなかった。

 俺と純白の想いは認められるものだった。

  

 もし、あの時に純白と向き合っていたら。

 もし、あの時に素直な想いを伝えていれば。

 もし、あの時に支え合う事が出来ていたら。


 違う未来が俺達を待っていた。でも何もしなかった。何も出来なかった。


 勇気が持てず弱虫な自分はただ黙っている事しか出来ずにいた。


「そして後悔した。どうしてあんな事をしたんだろうって。もっと自分の気持ちに正直になれば良かったって。純白が他の誰かと結婚する姿なんて見たくない、純白の隣にいるのは自分でありたかったのに……そう思ったよ。だけど何もかもが手遅れだった」


 もう遅い。

 俺がどんなに手を伸ばしても、純白はもう俺の手の届かない所に行ってしまった。


 後悔と悲しみで心の中が埋め尽くされて、死んでしまいたいとさえ思った。それが一度目の人生で迎えた結末。でも――。


「――その瞬間に目が覚めたんだ。俺が目を開けた時、目の前に映っていたのは純白と仲の良かったあの頃で、俺の隣には純白がいて、純白は凄く楽しそうな笑顔を浮かべてくれた。もう二度と見る事の出来ないはずの光景が広がっていた」


 俺は願った。

 妹の傍にずっと居たあの頃に戻りたい、純白との青春をやり直したいと。


 そしてそれは奇跡となって叶った。

 純白と仲の良かったあの頃に俺は舞い戻ってきた。


「そして俺は誓ったんだ。絶対に純白への想いを諦めないと。純白の事を誰よりも幸せにしてみせる、ずっと一緒にいるんだって。そしてその誓いを胸に俺はここまで突き進んできた、純白と幸せになる為に、全力を尽くしてここまで来たんだ」


 これが全てだ。

 一度目の人生で悲劇的な最後を迎え、タイムリープした俺が歩んできた全て。


 俺の話す内容を純白は静かに聞いていた。片時も目を離さず、俺だけを真っ直ぐに見つめながら。


 そして純白はそっと手を伸ばす。俺の頬に触れながら優しく微笑みかけてくれた。


「ねえ、兄さん。わたし覚えてますよ。中学の卒業式を終えた次の日、兄さんはリビングのソファーでお昼寝をしていましたよね。それで起きた兄さんは何処かぼんやりとしながら、部屋の中を見回して不思議そうな顔をしていて、わたしと目が合った後に確かめるように手を伸ばしましたよね?」


「……っ。覚えてたのか、あの日の事を」

「覚えてましたよ。だってあの時の兄さん、いつもと全然違う気がしたから」


 俺がタイムリープした直後の事。


 あれは純白の言う通り、卒業式の翌日だった。困惑する俺はこれが夢ではないと確かめたくて、目の前の純白に手を伸ばした。


「あの日の兄さんはいつもとは違う撫で方をしていました。まるで懐かしむみたいに、ここにいるわたしを確かめるように、ゆっくりと優しくわたしの頭を撫でていました。その後です、ぎゅっとわたしを抱きしめて、いっぱい涙をこぼしていました。だからね、きっと怖い夢を見ちゃったんだって、そう思って背中をさすったんです。そうだったんですね、あの時にそんな悲しい夢を見てしまったんですね」


「ああ……純白の言う通りだよ。あの夢のような光景を二度と見たくなくて、夢の中の俺が起こした過ちを繰り返したくなくて、今度こそ純白を幸せにするって誓って、俺は純白を抱きしめた」


「あの日を境に兄さんは変わりました。もっともっとかっこよくなって、料理も上手になって、勉強だって出来るようになって。全部わたしの為に変わってくれたんですね。わたしの事を幸せにしようと思って、一生懸命頑張ってくれていたんですね」


 純白は柔らかな笑みを浮かべている。嬉しそうに、愛おしそうに。そして言うのだ、俺が聞きたかった言葉を。


「兄さんのおかげでわたしは幸せです。兄さんの傍にいられて幸せです。兄さんが頑張ってくれたから、わたしも兄さんに向かい合う事が出来ました。兄さんへの想いに正直になれたんです。ありがとうございます、兄さん」


 その言葉を聞いた瞬間、この時代に戻ってこれて本当に良かったと心の底から思うことが出来た。


 俺はひたすらに努力をした。

 何をすればいいのか分からなかった。

 それでも俺は純白の為になりたかった。


 ただ一つの目標に向かって走り続けた。


 その目標が――俺にとって一番したい事。


 俺は純白の肩を掴む。そして妹の澄んだ青い瞳を見つめた。


「純白、ここからが本題なんだ。さっき言ったよな。俺が純白と一番したい事を教えて欲しいって」

「はい、言いました。聞かせてください。兄さんがわたしと一番したい事を」


「それは夢の中の俺も願った事で、今の俺もずっと叶えたかった事で、俺にとっての目標でその為にここまで来た」


 大きく息を吸う。そして純白に告げる。これが俺の想い。


「純白、俺はお前を幸せにしたい。俺は純白と幸せになりたい。だから言うよ。俺の恋人になって欲しい。兄としてじゃなく、俺は一人の男として、純白の傍にいたいんだ」


 一度目の人生では出来なかった事。

 二度目の人生でようやく出来た事。


 俺の言葉を聞いて純白は目を見開く。でもそれも一瞬の事だ。すぐに妹は満面の笑みを浮かべてくれる。


 俺はこの時の純白の笑顔を、妹が紡いでくれた言葉を、絶対に忘れる事はない。


「わたしも兄さんを幸せにしたい。わたしも兄さんと幸せになりたい。だから言いますね。わたしを兄さんの恋人にしてください。妹としてじゃなく、一人の女性として、あなたの傍に居たいです」


 二人の想いが、視線が、身体が重なり合う。


 お互いを抱きしめてもう二度と離さないと、甘くて熱い吐息と共に俺達は唇を触れ合わせた。


 俺と純白の初めてのキス――俺達は永遠の愛を誓い合う。


「愛している、純白。絶対に幸せにする、約束するよ」

「わたしも愛しています、兄さん。絶対に幸せになりましょうね、約束です」


 この日、俺達は本当の意味で結ばれた。


 いつか父さんは俺と純白の間に血の繋がりがなかった事を告げるだろう。


 でももう大丈夫だ。

 どんなに辛い事があっても、悲しくても、俺は純白を支える、純白も俺を支えてくれる。


 これからの俺達は兄妹ではなく恋人として、手を取り合い、笑い合って、幸せな未来に向けて真っ直ぐに進んでいく。


 だからもう何が起こっても大丈夫。

 血の繋がりがなくとも、決して途切れる事のない心の絆が俺達の間にはある。

 

 何があっても離れない。

 俺達二人はどんな困難でも乗り越える。


 そして。

 やり直した青春を、

 大好きな純白ともう一度。



---☆あとがき☆---

作者より書籍化作品の紹介です!

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↓詳細は近況ノートで☆

https://kakuyomu.jp/users/sorachiaki/news/16818093078983565841

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【完結】えっちで可愛い妹との青春リスタート -大好きな妹とやり直す為に、お兄ちゃんは仲の良かったあの頃に舞い戻る- そらちあき @sorachiaki

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