第16話

俺は不起訴となり、留置所から出た。


しかしこれからどうすれば良いというのだ。


今まで妹の為に生きてきたこの俺は、これから一体何の為に生きていけばいいと言うのだ。


俺は呆然としながらあてもなく街をさまよった。


思えば妹から番組が決まるかも知れないと相談されたあの夜、妹は明らかに複雑な表情をしていた。


おそらく…いや間違いない。


レギュラー番組と引き換えに妹はあの広告代理店の男から体を要求された、そしてそれが世に明るみになってしまうのを苦にして…。


確かな証拠はないが俺はそう確信した。


俺は雇った探偵にこの真相を明らかにして欲しいと頼んだが、過去の事件、それも片方は故人である事を理由に断られた。


その次はマスコミだ。


大手出版社から中小ネットメディアまで様々な会社に駆け込んでは今回の事件の真相を暴いて欲しいと懇願したが、それも軽くあしらわれた。


結局何も出来ない。


事の真相を明るみにするどころか証拠さえも掴めない。


俺は激しい無力感に襲われた。


廃人の様に心が空っぽになり、目にする景色の全てが色褪せて見えた。


そして俺はしばらくして工場の仕事を辞めた。


妹のいない世界に意味なんてない、こんな世界いっそ壊れてしまえば良いのだ。


そんな気持ちすら抱く様になった俺はひたすらに妹の死への復讐の事ばかり考えていた。


そしてその復讐の矛先は妹を貶めた大内のみに留まらず、妹の死にまるで興味を抱かないこの世界そのものにまで向いていた。


その復讐の方法、それだけを求めて生きた。


そんなある日、一つの言葉が目に止まった。


魔法。


そうか、魔法なら社会的に存在を否定されている。


魔法なら合法的な手段として復讐出来る。


そう考えた俺はまず魔法、魔術の入門書から手に取った。


そして魔術集団や秘密結社の書物、カラバの秘術書、悪魔召喚の奥義、さらには東洋呪術や陰陽道にまで手を出してはこれを貪る様には読み漁り、そして試行した。


食う金がなくなったら派遣の仕事で食い繋ぎ、暇が出来たらまた魔術を行使する。


そんな生活が何年も続いた。



「そして俺が現れた、という事か」


これまでただ黙り聴いていたミカエルがそう言った。


「ああ、そうだよ」


「改めて言わせてもらう、正気の沙汰じゃない」


「…」


「まず妹さんの死の原因が完全に明らかになってもいないのに半ば思い込みで行動した点、そしてその恨みをこの世界そのものにまで広げた点、そしてその復讐の方法として魔術を選んだ、という点だ」


「…」


「確かにアキトの無念はよく分かる。しかしその無念の晴らし方は実に歪だ。妹さんの事を思うのならもっと違うやり方があったんじゃないのか」


「…そうかも知れない」


俺は声を振るわせ、いつのまにか涙を流していた。


「俺は、この荒んだ人生の中で妹だけがただ一つの生きる意味だった。その妹を失ってしまい、真剣に人生を生きる意味を失ってしまった」


「…よく考えれば妹さんがこんな復讐して喜ぶとはとても思えないだろう」


「そうだ、その通りだ。しかしそれより、ただ妹がいないこの人生がこの上なくどうでも良くなってしまったのかも知れない…それでこんな事をしてしまった」


気がつくと俺は咽び泣いていた。


沈黙が続く中、俺とミカエルを乗せた車は松戸まで辿り着こうとしていた。

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天使転生 歩瀧瑛 @ayutakiakira

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