第15話

妹と繋がっていた男を張り込む俺の姿は不審者そのものだっただろう。


しかし他人からどう見られているかなど全く気にならない程に俺の精神状態は歪な形と化していた。


妹が何を思い、死んでしまったのかはわからない。


だが妹の身に何が起こっていたのかを知らなければあまりにも情け無い、途方もなく無責任な兄になってしまう気がして俺は行動を起こしていた。


側から見れば狂って見えるだろうが、それ以外の選択肢は頭になかった。


様々な思いが過ぎりながらも目を凝らしながらビルの出入り口を見張り、何時間も待ち続け、そしてその時はきた。


その男、大内が現れたのだ。


それを見た瞬間、狂った精神を抑えていた微かな理性も消し飛び、俺は大内へ向かい走った。


自分は一体何者になってしまったのだと頭の片隅では思いつつも己の身体をコントロール出来ない自分がそこにいた。


そして俺は震えながらも何かを叫び、大内へ掴みかかった。


勢いよく胸ぐらを掴んだ為か、大内が驚いた為か。


大内は後ろへ倒れかかり、俺はそれに馬乗りになる格好になっていた。


「痛え!…なんだお前は!」


困惑と怒りの表情を滲ませながら大内はそう言った。


「何でだよ!何であかりが死ななきゃいけないんだよ!」


あのときは興奮で頭が真っ白だったので記憶が鮮明ではないが確かそんな言葉を俺は発していたと思う。


自分でも何を言っているのか訳がわからない。


ただ男に向かい、そのときの自分の気持ちをありったけの罵声で罵っていた。


俺が大内に掴みかかったその時間はどれほどだったのだろう。


気がつくと俺はビルの警備員に抑え込まれていた。


警備員は二人がかりで俺を取り押さえ、一人は俺の背中にのしかかっていた。


初めのうちは抵抗したが、顔を押さえつけられ、そしてその頬から伝わる地面の冷たさが俺の中にたぎった熱を奪い、やがて俺の身体は沈黙した。


それからの記憶は更に曖昧だ。


うっすらと覚えているのは、俺は警察に通報されてパトカーに乗り警察署まで連行、そして留置所に移送された事くらいだ。


その最中、警察官に何か色々言われた様な気がする。


しかし俺は上の空で、頭の中は妹の事でいっぱいだった。


これから俺はどうなるのだろう、という気持ちすら無いほどに。


そして留置所に拘留されて数日経ったある日の事だ。


俺が掴みかかった広告代理店の男、大内洸蔵が俺に面会にやって来たのだ。


何の用だろうかと思いつつ男と面会した俺は意外な言葉を受け取った。


「被害届は出さない」


開口一番、大内はそう言った。


俺は呆気に取られていたが、大内は更に言葉を並べ立てた。


「小早川暁斗、小早川あかりの兄だな。あかりさんの事は気の毒だった。しかし君は何か勘違いをしている様だ」


「…何だって?」


「君はあかりさんの死の原因は私にあると思い込んでいるな。それは違う。私はあかりさんと仕事上の付き合いはあったがそれだけだ。あかりさんの死と私は何の関係もない」


「じゃあどうして、どうしてあかりは死んだんだ」


「それも私の知るところではない。自殺だったんだろう?思っていたよりも芸能界で上手くいかなかったとか、そんな事じゃあないのか」


「そんな事であかりが死ぬ訳ない…」


そう声を振るわせながらも応える俺を見て、大内は微かに笑みを浮かべた。


大内のその態度を見た俺は頭に血が上った。


「ネット記事で出回ったあかりのパパ活の相手はお前の筈だ、あの記事を苦に思ってあかりは…!」


「それが思い込みなのだよ。まああかりさんとは色々あったがね」


「色々…?色々ってなんだよ」


「ふっ、色々さ。これはあかりさんから誰にも言うなと念を押されているんでね、たとえ兄の君でも言う事は出来んだろ」


「…!」


「私から言える事はこれくらいだ。しかし、もう二度と私には近づくな。今度似たような真似をしたら次はただではおかんぞ」


大内はそう言うと俺を睨みつけ、そして面会室から去っていった。



何なんだ。


結局俺がやった事など何の意味も無かったのか。


俺が妹の為にしてやれる事なんて何も無いというのか。

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