マジかよ

まきた

ある朝、目が覚めると、


ちんこが生えていた。

え?ちんこが生えた。ちんこって生えることあるんだ。生のちんこって初めて見たかも。ちんこ?マジ?ちんこ?

いい加減ちんこ生えるくらいの刺激ないと人生楽しくないわ〜w とか親友と喋ってたけど。ちんこの3文字で大爆笑できる小学生脳の持ち主だけど。まさかほんとにちんこ生えるとは思わないじゃん。ちんこ、マジで、生えるんか。


ちんこが生えるくらいの刺激がないと人生楽しくない私は、あまり動揺しないどころか寧ろ少しわくわくしながら日常を過ごした。

そして分かった重大なことが1つ。ちんこは私の感情を表す鏡だった。嬉しいと跳ねるし、悲しいとしぼむ。

幸い私はスカートしか所持していなかったのでちんこの起伏はそこまで目立たなかったし、座っている間は膝の上にバッグを置いてしまえば隠せる。そもそもあまり跳ねることもなかった。


ただ困ったことも少なくはなかった。

家でこっそり初めての立ちションをしてみたが、これが案外しっくり来てしまい、外でもうっかり男子トイレに入ってしまいそうになる。

また、ちんこは見た目に反して思ったより繊細で、痛みに弱かった。足をぴっちり閉じて座る動作でさえ苦しい。

更には1ヶ月ほど経った頃、親友の成海に「なんか最近変じゃね?」と勘付かれてしまった。最近機嫌良さそうなくせになんか私のこと避けてない?と。


打ち明けるかどうか、それはもうハゲそうなほど悩んだ。

信じてもらえるか。信じてもらえたところで自分と付き合いを続けてくれるか。

男勝りで寛容な性格の成海なら受け入れてくれるかもしれない。いや、でも_。


悩みに悩んだ結果、大事な話があると家に呼び出した。「久々に連絡来たと思ったら告白でもすんの?w」と茶化してくるメッセージは無視した。



母仕込みの豪華な手料理をふたりで平げ、テレビを見て寛ぎながら打ち明けるタイミングを探る。私がくよくよしていることに気付いたのか、成海が「で?話って何?」と切り込んでくる。



意を決して、秘密を打ち明けた。



「あの、私、本当は…私、女の子に生まれたんだけど、心は、男の子なんだ」





母は、私にとって残酷な人だった。

女の子なんだからさ、ズボン似合わないよ、え、ライダー?プリキュアの玩具買ってあげるよ?お料理くらいは出来るようにならないとね、あんた可愛いんだから汚い言葉使わないの、こら、胡座かかないで!足は閉じなさい!

普段は明るくて能天気だし、課題や成績なんかには全然口を出さない放任主義な一面もあった。進路や将来についても好きにしなさいと言った。ただ本人に自覚があるかはわからないが、"女の子らしく居る"ことだけには拘った。それは母が最低限のマナーとして祖母から躾けられたからだと後に悟った。自分にとっては勉強をさせられることよりも門限が厳しいことよりも女の子らしさを押し付けられることが何より苦痛だった。親子仲が良くて羨ましいと言われたし、こんなによく出来たお母さんはそうそう居ないよ、といろんな大人に言われた。実際自分も母のことが好きだった。裏切りたくなかった。母の悲しむ顔は見たくなかった。だからこそ辛くても努力した。でも、その努力に限界を感じていた。


今までずっと窮屈だった。ずっと自分に違和感があった。伸びない身長。はじまる生理。高いままの声色。自分の身体が女の子なんだと思い知らされていく。気持ち悪かった。自分がそうであることを理解らされるのが。

ずっとずっと苦しかった。本当に苦しかった。

ちりちりと、感情がすり減っていく感覚。ぽつぽつと積もっていく絶望。

もう、諦めていた。人生のこと。自暴自棄になって投げ出した訳じゃない。でも、ちょっとずつ、ちょっとずつ、諦めざるを得なかった。僕はここから抜け出せないんだって。一生このままなんだって。自分の好きなようには生きられないんだって。一生心はひとりぼっちなんだって。



僕はボロボロ泣いていた。初めてこんなことを人に話した。上手く伝えられなかったけど、成海は穏やかに聞いてくれた。

感情がぐちゃぐちゃのまま、成海の顔を恐る恐る見た僕に、成海は平然と言い放った。

『そっか。まぁ、なんとなく分かってたけど。』

『それでさ、あんたは私のこと好きなの?私は好きなんだけど 恋愛的な意味で』



ぐちゃぐちゃだった頭は更にこんがらがった。成海の言葉が脳に上手く入ってこない。赤子のように文章になっていない質問を繰り返した。

どうやら成海はパンセクシャル(全性愛者)で、僕の成海の前でだけ出る素の言動から、僕が実は男の子なんじゃないかと気付いていて、僕が成海のことを恋愛的に好きなんじゃないかというのもなんとなく分かっていて、僕が男だろうが女だろうがトランスジェンダーだろうが成海は僕のことが好きで、付き合いたいと思っているらしい。


「えっと…?じゃあそんなわt_僕と、付き合って、くれ…るの…?」

『そう言ってるじゃん?』


泣きながら笑って、震える声でよろしくお願いしますと答えた。もーまた泣く、と成海は服の袖で僕の涙を拭いた。成海は女の子なのにかっこよかった。いや、成海は、成海だからかっこいいんだ。



そこで唐突にちんこが光った。それはもう目を瞑らずにはいられないほどに眩しく。ここがカフェとかじゃなくて良かったな_僕は意外と冷静にそんなことを考えていた。



それから僕は、ズボンを履くようになった。スカートを履いて家を出て、大学やバイト先でズボンに着替える。いろんな人に雰囲気変わったね?と言われたが、その言葉の後に「そういうのも似合ってるね!」と続くことが多くて嬉しかった。母を裏切るようで申し訳なさはあったが、母には少しずつ分かってもらえれば良い。お互いのために最大限対話の努力をしよう。母を傷つけたくはないが、それ以上にもう僕は僕を傷つけないと自分に誓った。


ちなみに、ちんこが眩い光に苛まれた時、ちんこは空へ返って_はいかなかった。ただ、僕のちんこは感情の起伏を表すことはなくなった。でもそんなことはどうでもよかった。ちんこが体現してくれたあの頃の起伏より、僕の感情はずっと豊かだったから。

突然生えたのだからいつ落っことしてもおかしくないと覚悟していた。でももしかすると、これは、生まれた時に落としてしまった僕のちんこなのかもしれない。正直者だった僕に池の神様が返してくれたのかもしれない。そう思えばもう怖いものはなかった。このちんこは僕のものだ。取ってつけたものでも、飾り物でも借り物でもない。正真正銘、僕に生えていた、僕のちんこだ。


後日成海にはちんこが生えたことを打ち明けた。僕の性自認について話した時より驚いていたが、まぁ困ることも無いし良んじゃね?とあっさり受け入れてくれた。成海はいつだってかっこいい。戸籍上の問題など壁はまだまだあるが、成海と居られたら全て乗り越えられると思えるほどに。


ちんこを手にした僕は自由だ。正確に言えばちんこを股間にした僕は、自由だ。ちんこがあればどこへだっていける、なんにだってなれる。だって僕は、もう、”僕”になれたんだから。


大事にしていこう。僕のちんこと、人生を。

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マジかよ まきた @makita_

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