「未完成」QED

@lei001

第1話

 今から随分と前に、不慮の交通事故で海斗が死んだ。あおり運転の車にあい、そのまま追突させられ、車の半分ほどが大破した。ちょうど大破した部分にいた海斗は、体を強く打ってしまったのだ。

 比較的軽傷だった僕は、海斗を助け出そうと躍起になっていた。やっとの思いで引っ張り上げた時の海斗の姿はあまりにも酷く、見ていられないほどだった。しかし鼓動はか細いながら懸命に、こいつの命を繋ぎ止めていた。


『…俺さ、感情豊かな人になりたかった。こんな仏頂面な俺と仲良くしてくれてありがとう』


 瀕死状態で何を言ってんだ。そう思ったが、この一言が今も頭にこびりついて離れない。海斗は最期、静かに息を引き取った。

 あれから何を思ったのか、あの願いを叶えるべく、海斗そっくりのロボットを作ろうと考えた。幸い、僕にはプログラミングの技術が人よりあったため、すんなりと作り上げることができた。


 ロボットを作り終わったしばらくは、しっかり動くか様子を見ながら一緒の生活を送っていた。

 正直、感情豊かになった海斗のいる生活は楽しかった。昔は僕の呼び掛けにも冷たくて塩対応だった。しかし今では放つ言葉に感情が含まれていて、より親しみやすさを持った。

 さらには、「嬉しい」「悲しい」「怒り」「驚き」のような喜怒哀楽も口に出さず、顔にも出さずといった状態だったが、感情を沢山持つようになってからは、些細な感想も口にするようになっていった。僕がそうなるようにプログラムを組んだのだが、それでも海斗の成長を見ているようで、思わず頬が緩んだ。

 それに声も立ち振る舞いも仕草も、どこを見ても海斗そっくりであったためか、本当の海斗はもうこの世に居ないことを忘れそうになったこともしばしばあった。


 原稿用紙の上を滑るペンの動きがピタリと止まる。室内には、夕暮れの温かみのあるオレンジ色の光が差し込んでいる。換気のために開けた窓からは、涼しい風が僕の髪を撫でていく。

 最近になって、このロボットの存在意義などについての論文もどきを書いている。しかしこれを書き進めていく中で、海斗の願いは本当にこれで叶ったのか。これで満足しているのか。そう自問自答する日が多くなってきたと思う。僕はイタコでも霊媒師でもないから、直接海斗に聞くことは不可能なのは分かりきっているが。

 そう考えると、アレはまだ『完成形』には至らない、至れない。そもそも、アレに『完成形』なんてものは存在しない。そんな事を今更ながら理解した僕は、書く意味のなくなった原稿用紙をゴミ箱に捨てようと、1度手に取った。しかしなんとなく捨てるには早いと思い、また机上に戻す。

 アレが『未完成』と言うなら、この論文もどきも『未完成』のままでいいのかもしれない。一種の思い出として残しておこう。僕は原稿用紙の左下に『QED』と記し、引き出しへ眠らせた。

 リビングの方を見れば海斗が、今までに見たことの無いくらいの笑みで、楽しそうにゲームをしている姿がある。


 明日は墓参りでもしようか。

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