たとえば、とっても賑やかで怖くない付喪神の話

牛寺光

楽し気で、古っぽい非日常の話

気づくといつも傍にあった廃屋はいおく。夜の独特の迫力のある廃屋。

私は今日、初めてその中に入る。


そこは私の家から小学校までに行く通学路にあった。

小学校に通っていた5年前までは普通に見ていたものを高校卒業を前にして入るとは思わなかった。

原因は私の家で飼っている犬がここに入っていてしまったから。


ここには優しそうなおばあちゃんが住んでいたのを思い出す。

そのおばあちゃんは私が小学生になったくらいに亡くなってしまった。それ以来、誰も住んでいない、管理していないこの家は酷い荒れようだった。


夏の庭には雑草が生い茂っているし、外から見える窓も割れてしまっている。玄関の扉も外れている。

正直中に入るのは怖い。見るからに崩れてきそうだから。

でもそんなとこに私の愛しいポチを居させるわけにはいかない。


そう思い勇気を出して、敷地に踏み込む。その瞬間長い髪がなびくくらいに強い風が吹いた。

そしてたった一歩しか動いていないのに体感温度が少しだけ上がった気がした。


まるで少し早い春がやってきたような感じ。

春を目前もくぜんにまだ肌寒いはずの外気温はちょうどいい気温に感じられる。


そんな急すぎる気温の変化に戸惑うけれど慎重に玄関に近づいていく。

近づいていくと家の中から音がしているのが分かる。

けれど人の気配はない。灯りもないからスマホで足元を照らす。


玄関から中を覗き込む。

不思議と家の中は荒れていなかった。

そして奥の方に見えるドアの奥から食器がすれる『チャカチャッカ』みたいな音がする。

何かが床を動く『ドッタンドタン』という音がする。

とにかくいろいろな音がする。


普通なら『幽霊』だとか『不審者』を疑う所だけれど……私がふっと思い出したのはここに住んでいたおばあちゃんが教えてくれた話。

『付喪神って知ってるかい?

長い長い時間、大切にされてきたものに魂が宿るって話なんだけどね……』

幼い、幼稚園生だった私には難しすぎた話。今まで忘れていたただの雑談を思い出した。


何となく、ただの廃墟だけれども、何が落ちているかわからなくて怖いけれども靴を脱いで、靴を並べておばあちゃんの家に入る。


足元をスマホで照らして、慎重に歩いていく。

ドアの奥からポチの楽しそうな声が聞こえる。


そっとドアを開ける。

そこに広がる光景は夢かと疑いたくなるものだった。


机の上で茶碗がチャカチャカと細かくリズムを刻んでいた。

ちゃぶ台がガッタンガタンと大雑把にリズムを刻んでいた。

子帚こぼうきがシンクの上でそのリズムに楽し気に乗っていた。

そんな中、懐中電灯は棚の上から踊りにスポットライトを当てる役。


そんな骨董品たちのステージに見入ってしまった。


本来、怖いと思う光景なのに私が感じる感情は『楽しそう』の一言。



そして楽しい演奏は一瞬で終わってしまう。

私はつい拍手をしてしまった。


ドアを少しだけ開けて見ていた私に骨董品たちは驚いてしまった。

子帚はシンクから転げ落ちて、ちゃぶ台は大きく飛び上がり、茶碗は棚へ隠れて、懐中電灯は点滅。

大パニックだった。

驚く側がこんなにも驚かれて、私も驚いた。

「大丈夫。何もしないから。」

なだめるように両手をあげて、敵意がないことをアピールする。

そうするとだんだんと落ち着いてきたのか、骨董品たちが元の場所に戻ってきてくれた。


そうして愛犬のポチと、骨董品たちの公演を楽しんだ。


気づくともういつもなら家に帰っている時間だった。

もうしばらくすると母から心配する電話が来てしまう。

それまでには家に帰らないと……。


「骨董品さんたち……。ごめんね。そろそろ帰らないといけないんだ……。」

そう伝えると骨董品さんたちは悲しそうにうなだれてしまった。


気のいい骨董品たちはにぎやかに、けれども悲しそうに見送ってくれた。



夢かと思っていた。

家に帰ってお風呂に入ったらもう実感がなかった。



翌朝、足元で寝ていたポチと同時に目が覚める。

昨日のことが気になって『もしかしたら気のいい骨董品さんたちは夢なんじゃないかな』って考えてしまって、起きてすぐに学校に行く準備を終わらせて、いつもよりも30分早く家を出る。

そして制服でおばあちゃんの家まで立ち漕ぎをする。


紺色のスカートがひらひらと揺れる。


そしておばあちゃんの家まで来て、家に上がる。

まだにぎやかな音がして奇妙な安心感を覚える。



「こんにちは!」

引き戸を思いっきり開けて、笑顔で元気に挨拶をする。

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