第3話


 ぽつりぽつりと、エリックとアランが会話していると、数回のノックの音がした。エリックが返事をすれば、扉が開き、スノーが顔をのぞかせる。

「エリック、ここにいたのね、」

「まあな」

「鏡の精さんにあえた?」

 首をかしげたスノーにエリックは一瞬返答につまり首を左右に振る。

「いーや、俺が呼びかけても出てきてくれなかった」

「そうなの? へんねぇ」

「お前が呼びかけないとダメなんじゃない?」

「そうなのかな」

「たぶんな。さっさと遊びにいこうぜ」

 エリックがそう言って部屋を出る。スノーは鏡に向かって、「鏡さん、また後でね」というと部屋を出て駆けていった。アランはそれを見て微笑むと、自分の手元に置いた手帳を見て息を吐いた。

「後、三ヶ月か」

 三ヶ月先の手帳には、スノーの誕生日、と書かれている。そしてその下には孤児院廃止と小さな文字で書かれている。それをなぞると、アランはゆっくり目を閉じた。



 何時もならアランは朝から晩まで、多くの時間を懺悔室の向こう側で過ごしていた。罪を告白する者の部屋が薄暗いのに対し、神父側の部屋は窓から光が入り込んでおり明るくなっている。そこで聖書を読んだり、思いを馳せたり、時々やってくる告解希望者の相手をするのがアランの日常だった。寝るときや夕飯時、トイレに行くとき以外はそこから動かない。そんな彼が今日、部屋を移動していたのにはちゃんとした訳がある。孤児を引き取りたい、という申し出があったからだ。

 この教会がある街は昔、鉱山のふもとの街であった。町の住人の多くが炭鉱労働者だったのである。その為、鉱山の事故などで孤児が沢山できてしまった。その孤児を引き取り育てていたのがアランの教会である。しかし、鉱山が閉山し、人口が減ってしまった今、「孤児」はもういないといっていい。実際、この教会で預かっている「孤児」は一人だけだ。そう、スノーだけである。

 他の神父たちに呼ばれて向かってみれば、そこにいたのはエリックの両親であるマーレイ夫妻ともう一組の老夫婦であった。柔らかい物腰や、しっかりとした服を着ているのを見ると、「富裕層」に属する人なのだとすぐにわかる。

「セーラー夫妻がスノーを引き取りたいそうです」

 隣にいた神父の言葉に、アランは一瞬固まった。その様子をみて、セーラー婦人が困ったような笑みを向ける。それに気が付いたアランはすぐに柔らかな笑みをつくり、夫妻に向けた。

「その意志はかたいのですね?」

「ええ」

 話を詳しく聞けば、セーラー夫妻は子供を望んだそうだが、子宝に恵まれなかったそうである。ようやくできた、とおもっても、流産してしまう始末。二人寂しく暮らしていたのだが、それを見たマーレイ夫妻がスノーの話をし、実際に少し会ってみて、いたく気に入った、ということだった。話は同情できるし、問題も何もなさそうな夫婦である。アランはゆっくりと頷いた。

「貴方達になら、スノーを任せられる」

 アランの言葉にセーラー夫妻は嬉しそうに顔を綻ばせる。

「しかし、いきなり、というわけにはいきません。三ヶ月ほど、スノーの為にも時間を」

 提案はすんなりと受け入れられた。交流する期間がどうしても必要である。しかし、別の意味もあった。スノーとの日常をすこしでも長くするため、だった。



 最後まで鏡の精として関わろうか。バラしてしまおうか。アランはぼんやりと考える。このままスノーが教会で大人になる段階を踏んでいれば、何時かは自然に気づいただろう。しかし、そのタイミングを待つことなくスノーは教会から出て行ってしまう。セーラー夫妻はこの町から離れた場所に住んでおり、スノーが家族として迎えられるタイミングでエリックたちもそちらに引っ越してしまうらしい。自分の先が短いのを考えると、もう会えないだろう等とアランは踏んでいた。夢を信じてもらいたい一方、自分だと理解してもらいたいという気持ちもある。複雑だ。

 不意に、ぎぃ、という音がして、アランはカーテンでしきられた奥の部屋を見た。向こうからこちらは見えないが、こちらから向こうは見えるようにきちんと仕組まれている。入ってきたのはスノーである。何時ものように椅子にすわると、鏡を覗き込んで「鏡よ、鏡よ、鏡さん」などと呼びかけてくる。随分嬉しそうな口調だ。それを聞いたアランは微笑みながら口を開いた。

「とても嬉しそうだけど、どうかしたのかい? スノー」

「あのね、エリックの叔母さんたちにあったんだけどね、スノーホワイト(白雪姫)みたいねっていわれちゃった!」

「そうか、それは良かったね」

「そこでね、鏡さん。私、不思議に思ったの。どうして私はスノーって言う名前なの?」

 スノーは首をかしげる。エリックはその答えを口にした。

「それはね、スノー。君を神父さんが見つけたのが雪深い冬の日だったからだよ。それはそれは一面が真っ白な雪景色だったんだ」

 そう答えつつ、アランは昔を思い出した。スノーが拾われたのは、今から八年前までさかのぼる。真っ白な雪景色の中、教会の礼拝堂の前で、毛布に包まれ眠っている当時一歳程のスノーを見つけたのはアランだった。その隣にはお決まりのようにその子供を預かって欲しいという旨が書かれた手紙が置かれていて。そこまで雪が積もることは珍しく、また、スノープリンセスのような女性になることを願って「スノー」と名付けた。

「雪からとったの?」

「そうさ、後、白雪姫のようになってほしくてつけたんだよ」

「きたいにそえてるかな、」

「そえてるさ」

 アランの言葉に、スノーは照れたように笑う。

「じゃあ、いつか、家族が迎えに来てくれるかな?」

 スノーの言葉に、アランはなんともいえなくなった。スノーを引き取る家族と、スノーを捨てた家族は違う人間だ。しかし、スノーには家族ができるのであって。

「大丈夫、家族ができるよ。そう、三ヵ月後には君は家族に迎えられてここを去ってるかもしれないね」

 アランの言葉に、スノーは少し困ったような顔をする。

「じゃあ、三ヶ月たっちゃうと、鏡さんとお話しできないの?」

「そうなっていしまうね」

 困ったように笑ったアランにスノーはしょんぼりとした表情を浮かべた。

「それは嫌だなぁ」

「私も嫌さ。でも、私は君が幸せに暮らしてくれるなら嬉しいよ」

 スノーはその言葉に微笑むと、ありがとう、と礼を言って「呼ばれてるから」と懺悔室を後にした。後、何回このやり取りができるのだろうか。閉まる扉の音を聞いて、アランはそう思った。



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