Box

390nuts

雅也side

 俺の夢は何だったのだろう。ソファーに倒れ込み、ふと思った。

 「次です。宇宙開発省によりますと、地球の大気圏外に漂う人工物体、いわゆる宇宙ゴミが、近年急激に増加しており、このままのペースで増え続けると、他の天体に衝突し、破壊する可能性が高…」

 テレビをつけても、つまらないニュースばかり。宇宙のことなんてどうでもいいから、良い仕事が見つからないだろうか。俺の人生、どこで道を踏み外したのか、誰か教えてほしい。

 テレビを切り、スマホを見る。9月11日。今日は俺の誕生日。祝ってくれるような人はもう誰もいないが。俺も、もう30歳か…。

 あー、人生やり直したい!……ん?やり直す…時間を戻す…

 「あ!!」


 ***


 「いつまで寝てるのー?起きなさーい!朝ごはん冷めるわよー」

 まるで漫画の1コマのようなセリフで目が覚めた。母よ。今日は日曜日だぜ。眠い目をこすりながら俺は時計を見た。7時…。あと5時間は余裕で寝るつもりだったのに。しかし1度目が覚めると、俺の頭の中のやつらが準備体操を始めたらしく、なかなか寝付けない。仕方ない。起きるか。

 「痛っ!!」

何、何、何が起こった?!いつも通りベッドから足を下ろしただけなのに、足に激痛が走った。俺の頭の中のやつらはパニック状態だ。

 「なんだこの箱…?」

ベッドの横には、俺がちょうど両手を広げたくらいの高さの、正方形の箱があった。真っ黒だ。こんな箱、俺は知らない。夢か?しかし先ほど、この箱に当たったと思われる足の小指の激痛が、これは夢ではないことを証明していた。部屋のドアにも、窓にも鍵をかけていたため、誰かが置いていったとも考えられない。無気味だ。

 電気をつけて、観察してみる。箱には数字の書かれたダイヤルと、取っ手がついていた。電子レンジみたいだ。しかし、こんなに大きくて、真っ黒な正方形の電子レンジは見たことがない。何に使うのだろうか?考えてみたけれど、わからない。開けてみようか…とも思ったが、何か得体の知れない物が飛び出してきたら困るので、やめておく。とりあえず、朝ごはんを食べてこようと思って、歩き出したその時、床に、もう一つ変な物が落ちているのを発見した。どうやら紙みたいだ。何か書いてある…。


  説明書

 中に物を入れる→回す→戻る

 ※1メモリ=1年=1分


 え…これだけ?しかも、誰がこれを書いたのかもわからない。でも、この箱、すごい気になる。朝ごはんが「冷めるよう」と呼んでいるかもしれないが、それどころではない。さっそく、実験開始だ。

 とりあえず、何か入れてみよう。何がいいだろう。ちょうど、転がっている消しゴムが目に入った。小さくなり、使えなくなって机の隅で眠っていた消しゴム。ちょうどいい。

 入れてみる。「ガチャ」と、その箱の扉を閉めた。「回す」って、このダイヤルを回すということだろうか。箱を回すわけではなさそうだし。とりあえず、1メモリ分、回してみる。

 中はどうなっているのだろうか。戻るってどういうことだ。考えながら見ていると…

 「チーン」

 箱から音が出てびっくりした。トースターみたいな音じゃないかと苦笑する。おそるおそる取っ手を引いて中を見てみると、新品になった消しゴムがそこにいた!マジかよ。そんなことあるかよ。でもどう見ても新品だ。真っ白な消しゴムが、カサカサの薄いプラスチックに包まれていた。

 なるほどな。「戻る」って、時間が戻るという意味だな。1メモリ回すと、1年前の状態に戻せるってことだな。と理解した。さらに「=1分」ってのは、きっと1年分の時を戻すのに、1分かかるということだろう。それほど時間が経たずに、あの音が鳴ったのだから。

 俺は面白くなってきた。すごい物を手に入れたぞ。どんどん入れてみようと考える。次はTシャツを入れることにした。カレーを豪快にぶちまけた、もともとは真っ白なTシャツ。結構お気に入りだったので、落ち込んだのだ。一週間前のこと。

 中に入れて、1メモリ回す。1分後…

 「チーン」

 さてさて、真っ白になったかな。開けてみると…

 「なんだこれ!」

 思わず声が出てしまった。小さなつぶつぶが、「ザー」と音を立てて出てきたのだ。服はどこにいったんだよ。しかし、このつぶつぶ、どこかで見たことがあるような…あれか!家庭科の教科書に、写真があったわ。何ていうんだっけな…。ボロボロの家庭科の教科書の「衣服ができるまで」というページを開く。あった。これは、「ペレット」というらしい。実物を見れるなんてサイコー…とは思えない。ゴミが増えるくらいなら、この箱に入れないほうがマシだった。

 ペレットをかき集めて出したあと、もしや生き物でもできるのではないかと思った。窓を開け、外に出て、花にとまっていたちょうを捕まえた。久しぶりに虫を捕まえたが、すぐに捕まえられた。

 虫かごに入れるときのように、ちょうが飛び出さないよう、少し扉を開けて、ちょうを入れ、すぐさま閉めた。

 1メモリ回す。1分後…

 「チーン」

 さあ、イモムシよ。出てこいと思ったが、これまた予想外。何も入ってなかったのだ。あれ?ちょうってそういえば何年間生きるんだ?と思い、ネットで調べてみる。寿命は‥1年。そうか。だから、1年前はまだ生まれてなかったのか。俺はちょうを殺してしまったように感じて、生き物を入れるのはやめようと思った。

 意外と不便な箱だ。1年単位でしか時を戻せないなんて。1日前とかに戻せる方が、便利なのに。

 でも、すごい箱だ。これを明日、あいつに自慢しようかなと思った。


 次の日、教室に入ってきた圭介を見て、やっぱり前言撤回だと思った。ドアを勢いよく開けて、たくさんの机にぶつかりながら走ってきた圭介。圭介にあの箱を見せたら、もしかしたら壊すかもしれない。

 「おはよー!雅也!」

言いながら、俺の背中を叩いてきた。朝から動きが激しいわ。俺と違って、背も高くてイケメンなんだから、もっと静かにしていてばモテるだろうに。

 「おはよ。あれ?雅也が腕時計してる。これ、初めて見た。」

今度は、咲輝がポニーテールを犬のしっぽのように揺らしながらやってきた。すぐ腕時計に気づくとは。よく見てるな。

 「これ、親父からもらったやつ。古いやつなんだけど、なんとなくつけてみた。」

 「へぇー。かっこいいね。」

咲輝の後ろから夏帆さんが、ひょこっと顔を出して言った。それは時計が、かっこいいっていう意味だろうか。それとも、俺がかっこいい…?!こっちの意味なら、何百倍も嬉しいが。まあ、こっちの意味ではないだろう。

 「あっ」

声が聞こえた方を見ると、俺の机に座ろうとした圭介が、バランスを崩して落ちた。何してるんだよ。こいつは。笑いながら、

 「大丈夫かよ」

と聞く。いつもなら笑い声が返ってくるのに、今日は何も言わない圭介。

 「どうした?」

 「いや‥やっちまったよ。お前のスマホが‥‥」

見ると、圭介の手の横に、ひび割れた俺のスマホが落ちていた。机の上に置いていたのに。

 「すまん。俺、弁償するから!許してくれ。」

いつもなら、激怒するところだったが、今日はいいことを思いついたので、怒る気にもならなかった。

 「いいよ。許す。弁償もしなくていいって。」

 「本当?!ありがとう!でも弁償はするって。」

 「いいってば。なんとかなるから。」

そう言って俺はニヤリと笑った。


 さっそく次の日、あの箱でなおしたスマホを見せた。

 「え!あれだけ割れてたのに、なおったのかよ。ウソだろ。」

圭介は驚いて俺のスマホを見ている。しめしめ。すごいだろう。まあ、1年前に戻したから、外形はなおったが、中のデータは1年分消えてしまったのだ。だいぶショックだった。でも、信じられないという顔の圭介を見て、俺は満足した。

 「どうやってなおしたんだよ。教えてくれよー!」

 「やだね。教えませーん。」

とか言い合っていると、夏帆さんが来て、

 「本当だ。すごいきれいになってるね。見せて、雅也くん。」

と言って手を出してきた。夏帆さんの手にスマホを渡すとき、細くてきれいな指を触ってしまって、思わずスマホを落としそうになった。危ない。また割れてしまうところだった。

 「見せてくれてありがと。」

そう言って、夏帆さんは咲輝のところに戻っていった。肩のあたりまでの髪がフワッとなったのを眺めていると、圭介がニヤニヤしながら小声で俺に囁いた。

 「絶対、お前、夏帆のこと好きだろ。」


 それからというもの、その箱にいろんな物を入れてみた。しかし、実験をやり尽くしてしまい、だんだんつまらなくなってきた。とうとう受験勉強をしないといけない時期になり、箱で遊んでいる場合でもなくなってきた。

 箱はなんとなく捨てられないから、大人になってからも、引っ越すたびに、押し入れの中にしまっていた。大人になると、毎日が忙しすぎて、箱のことなんか忘れていった。


 ***


 「あっ!!」

 ソファーから飛び起きた。そうだよ。あの箱があるではないか。さっそくブラックホール化している押し入れを開けた。きっと一番奥にあるはず。

 あった…。久しぶりに見たこの箱。これに、俺が入れば、俺の時間も戻せるのではないか。なんだか、昔話の「若返りの水」みたいだな。でも、あの話では、たしか欲張ったせいで、赤ちゃんになっていたはず。そんなことにはならないように…そうだな。5年分くらい戻そう。そうしたら、俺は25歳だ。また人生、やり直せるぞ!

 箱の内側に取っ手はないので、箱に入ったら、ガムテープを巻き付けた手を、扉の内側にくっつけて、引っ張り、扉を閉めることにした。ダイヤルは、入る前にメモリを5つ分、回しておく。

 よし。入ろう。俺は箱に入り、扉をゆっくり閉めた。

 その扉が閉まる直前、俺は懐かしいあいつの声を聞いた気がした。


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