なつがすみ

藍さえ

第1話

 友人との関係は比較的に良い方、だと思う。いじめられたり、仲間外れにされたりはしていない。休みの日になると遊びに誘ってくれるし、誕生日も祝ってくれる。

 

だけど

 いつも

  どうしてか 

   息苦しいんだ

 

「かすみー、体育館行くぞー」

 ほら、今日だって彼女は私を誘ってくれる。移動教室のときは一緒に行き、休み時間になると話しかけてくれる。満面の笑みで笑いかけてくれる彼女は、いつも明るく、誰にでも分け隔てなく接することができるクラスの人気者だ。いや、学校中の人気者だ。そんな彼女といつも一緒にいる私は、口下手で、人見知りが激しく、人前で喋ると林檎のように真っ赤に頬を染めてしまう。正反対の彼女といるのは、どこか肩身が狭い。一緒に歩くときは無意識に彼女の半歩後ろを歩いてしまう。

「今日は蒸し暑いなー」

 手を団扇のようにぱたぱたし仰ぎながらそう呟く彼女。ショートカットで露になっている項がびっしょりと汗で濡れている。七月に入り夏休み間近ということで、九月に行われる体育祭の練習が少しずつ開始されている。

体育館に入るとむわっとした熱気が私たちの身体を覆う。今日は学年練習のため、見慣れない顔の人たちが体育座りや胡坐ををかいたりと様々な格好をして授業が始まるのを待っている。

「はなちゃん!久しぶりだね」

 人が集まっている場所に向かっている途中、何人かが彼女に話し掛け手を振る。顔の広い彼女は、歩けば高確率で人から話し掛けられる。そして、一緒にいる私は

「はなちゃんのお友達さんも久しぶり!」

 おまけ程度に話し掛けられる。彼女が私の名前を紹介しても、印象が薄いのかほとんどの人が忘れてしまう。最初は戸惑いと悲愴で下を向くだけだったが、幾度ともなく繰り返されれば嫌でも慣れて、会釈をするようになった。自分でも驚きだ。学校の人にとって私は『はなちゃんのお友達』というレッテルしか光を放ち、目に映らないのだろう。そう改めて痛感する。

                   *

 一学期の期末テストまであと二日。自習の時間はいつも喋ったりしているクラスメイトたちも焦りを募らせてか、自分の席で必死に勉強を行っている。毎日こんな空気感だったら過ごしやすいのにな。そう思いながらシャーペンを握りなおし公式をノートへと書いていく。

「ねぇ、かすみ。これ教えてくれない?」

 問題を指差しながら彼女は私に尋ねる。「うん。」そう言い、ワークを彼女から借りると、ある違和感に気付く。

「ここ、テスト範囲じゃないけど…」

 「えぇ⁉まじ⁉」そう小声で叫び、彼女は愕然とする。範囲のページを教えると大慌てで自分の席へと戻る。走って戻ったため、先生から「小柳、うるさいぞ」と注意を食らい笑われていた。それに対し「すんません」と彼女は返しテスト勉強を再び始める。「赤点取っちゃえばいいのに」彼女のピンと張った後ろ姿を見つめながらそう思い、また筆を走らせた。

                  *

 テストが終了し、採点が終わったテストが次々と返されてきた。苦手な理系科目が平均七十点を超えていて、胸を撫で下ろす。まだ返されていない科目は世界史だけだ。授業が始まり、名簿順にテストが返却される。彼女はテストが返されるや否や、大声で叫び出す。

「八十点越えてる!山が当たった…」

 彼女のその一言で、元から騒がしかったクラスがより一層騒がしくなる。私は七十三点と書かれたテストの答案をグシャッと握りつぶした。

 彼女は要領が良い。三週間前からテストを意識してコツコツと勉強をし、テスト対策を行っていた私の点数より、二日前に急いで行った彼女の方が高得点であることが現に物語っている。彼女といると自分の存在を間接的に全否定されているようで息が苦しい。

うざい、うざい、あいつなんかいなければ

私はこんなに惨めな思いをしなくて済むのに。

                  *

 八月三十一日、高校二年生の夏休みがあと数時間で幕を閉じようとしている。あの日から彼女を一方的に避けて、言葉を交わしていない。連絡も断っている。そのため、都合が合えば会っていた以前とは打って変わって、今年の夏休みは一度も彼女に会っていない。明日からどうしよう。まぁ、一人でいればいいか。友達が多い彼女は、私がいなくても何とかなるでしょ。

「かすみー、何か届いてたわよ。」

 母は私の部屋を開け、青色の用紙でラッピングされた小包を手渡す。ありがとう。そう母に言い、小包を開ける。中には手鏡とリップグロスが入っていた。花の模様であしらわれている手鏡は可愛くて実用的だ。リップグロスも保湿成分が入っていて、これから大活躍しそうだ。

 どちらも可愛くて、嬉しい。だけれどこれは誰からのものだろう。少しの恐怖心を抱きながら、小包の中をもう一度見てみると、一通の手紙が入っていた。封を開け、おそるおそる手紙を読んでみると、小さく可愛らしい丸文字で、こう書かれていた。


かすみへ

 お誕生日おめでとう!私より一足先に17歳になったね。

いつもいつも仲良くしてくれてありがとう。

今年の夏は会えそうにもない様子だったから、ポストにプレゼントを入れておきました。ビックリしたかな?ビックリしたらサプライズ大成功だね!(なんちゃって笑)

 私はかすみにいつもいつも助けられています。

かすみは覚えてないだろうけれど、初めて出会った時もかすみは私のこと助けてくれたんだよ。

 高校受験の日に私は受験票を忘れてしまって、「もうこの世の終わりだ。第一志望のこの高校に私は受験すら出来ない運命なんだ。」って思っていた瞬間ときに、かすみだけが私に声を掛けてくれて、受験票を忘れたときの対処法を教えてくれた。その瞬間に思ったんだ。もし合格したら、絶対この子とお友達になろう!って。

 そしたら驚くことに、一緒のクラスになって念願の友達にもなれて飛び跳ねるくらいすっごく嬉しかった。

 かすみは、些細な変化にすぐ気付いて相手を思いやれる優しい子だから、きっと他の人より何倍も何倍も辛い思いも味わっているのかもしれない。私はどっちかというと鈍感だから、あまりそういう変化を汲み取れないけど、かすみにとって今が辛い時期。というのは分かるよ。だって、友達だから。大好きだから。

 何か力になれることがあったら私になんでも言ってね!頼りないかもしれないけど、めちゃめちゃ頑張っちゃうから!

 二学期はついに体育祭だね。いっぱい思い出作ろうね。

 華のセブンティーンを楽しんで!

                                  はなより


 はなはいつも真っ直ぐだ。入学したてのころ、自己紹介の時間のときに失敗して落ち込んでいた私に、颯爽と駆け寄って来て眩しい笑顔で私に「友達になろう。」と言ってくれた。私はとても嬉しくて、彼女の言葉にすぐに頷いた。そんな彼女は裏表がなく、持ち前の天真爛漫さですぐにクラスに溶け込んだ。明るく素直な彼女が大好きだった。自分には持っていないものを持っている彼女を尊敬して、毎日が楽しくて仕方がなかった。だけどいつしか、私は彼女を妬むようになったのだ。一年経ち、私が学校生活にやっと慣れ始めた頃には、彼女はいつの間にかクラスを飛び越えて学校中の人と仲良くなっていた。スタート地点は一緒なはずなのに、彼女はどんどん私を置いていき、手を離せばどこか遠くへと飛んで行ってしまいそうで寂しくて腹立たしかった。私には一生かかっても彼女のような燦々と輝く目で世界を見つめることは出来ないと思っていた。彼女を知り、仲良くなればなるほど私の黒くて汚いドロドロとした感情が沸き上がって来て、自分も彼女もどんどん嫌いになりそうだった。

 でも、今分かった。私はただただ言い訳ばかりして彼女と向き合おうとしなかったんだ。変わらず前を向いて歩いている彼女を心の中でいつも責めて妬み、自分自身を卑下し、自分で自分を苦しめていただけなんだ。悪いのは彼女じゃない、自分を認めずに縮こまっているだけの私なんだ。私は赤子の頃から何も変わっていない。そう理解したら心の靄がスーッと晴れ、世界が変わったような気がした。涙でインクが滲んだ手紙を見つめこう決心した。


 明日、はなに会ったらちゃんと目を見て挨拶をしよう。

 私の気持ちをちゃんと自分の言葉で、はなに話すんだ。

 プレゼントもありがとうって言おう。

 そして、はなと一緒にまた並んで歩くんだ。


 日付が八月三十一日から九月一日へと変わった。

今年の夏が終わったと同時に、私の誕生日も終わった。

そして私が変わり始める合図がした。

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なつがすみ 藍さえ @nanohana78

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