不思議の夢

@akakichi

第1話

「ねぇいつも言ってるちはる?ってだれ彼女?」

凛太郎はクラスの女子に聞かれた。いつもしつこく絡んでくる女子だ。

「なんでもないよ」

なんでもないってなによ!と逆ギレして聞いてくるが関わりたくない。そもそも凛太郎は可能な限りちはるのことを言いふらしたくないのだ。

「あ、先生に呼ばれてるんだった」

「ちょっと待ってよ!」

なんなのだ彼女は。この間も彼氏ができたと大声で話していたというのに。賑やかな教室を抜け出し職員室に向かった。先程ので気分が悪くなった。職員室に入るとお馴染みの担任の席にまっすぐ歩いていく。

「早退します」

「ん、お、おうきーつけてな」

最近は人間関係がきつく早退ばかりを繰り返しているため担任も深くは聞いてこなくなった。男子生徒の下駄箱にちはるの靴がないことを確認して学校を出る。


 ガチャ

「おかえりー僕のりんちゃん」

アパートの玄関を開けると千治に抱きつかれた。俺より頭三つ分も大きい男に抱きつかれると後ろに倒れそうになる。

「はいはいただいま」

頭を撫でてやると満足して離れてくれた。いつものことだ。千治が学校に行かないことも、俺が早退することも。

「今日は何したんだ?」

着替えながら千治に聞く。座椅子に正座して何を話そうか整理しているようだ。

「うーんと、あれでしょ、あと……えっと」

「ゆっくりでいい」

「うん!」


 千治は幼馴染だった。地元から離れた高校に進学したら千治もついてきた。親も仲が良かったこともあり同居という形になった。だが千治はローカルなネットワークでしか生きられない。高校のある場所も地方都市レベルだがどがつくほどの田舎からすれば大都会になる。千治は一ヶ月で不登校になってしまった。大人数が無理なのだという。早朝や深夜以外は凛太郎と一緒でないと外に出られない。

「今日はね、お絵描きしてたんだよ」

ほら、と見せられた絵は鉛筆で描かれたとは思えないほどの大作。山の斜面にある洋風の街の絵に見える。千治は天才なのだ。

「何を描いたんだ?」

「わからないけど夢で見てステキだったから」

夢で見た街をスケッチブックに描き残したという。

「りんちゃんにもね見て欲しかったんだよ」

ニコニコと微笑みかけてくる。凛太郎が千治に画材を与えないのにも理由がある。千治の両親に止められたのだ。小学生の時に千治が描いた絵画が事件を起こしたことがあるのだという。ともかく鉛筆以上は与えていないのに描き上げてしまう千治が怖くも感じる。

「千治はその街に行きたいと思ったのか」

「ううん。ただりんちゃんに見せたかっただけー」

千治がふわふわとした口調で答えた。スケッチブックを受け取り今日描いた絵のページを引きちぎりファイルにしまう。千治は癇癪を起こすと絵を破り捨ててしまうから凛太郎が保管する。棚から分厚いファイルを取り出す。千治の絵をしまうファイルだ。もう四百枚は入っていることだろう。近頃は風景が多いようだ。

「りんちゃんお買い物行こう」

体格に見合わない花柄のポシェットを掛け玄関から呼びかけてくる。ファイルを棚にしまい俺も外に出る。


「今日は何食べるんだ」

「んー黄色くてふわふわで赤いのが付いてるやつ」

多分オムレツのことだろう。確か今は卵が切れていたから卵を買いに行こう。二人で並んで歩いていると横から千治の圧を感じてしまう。凛太郎だって背が低いわけではないのだがとりわけ千治がでかいのだ。


「あぶない!」

声に気づいた瞬間暗闇に落ちていた。何が起きているかわからないが落ちている感覚だ。しかし千治の手を握っている感触が確かにある。自分がどうなるかよりも千治が心配だ。


 何か重いものに潰されている。苦しい。

「おわっ!」

目を開けると千治に潰されていた。なんとか千治をどかし周りを見渡す。

「え、ここ……」

さっき見た街にしか見えない。千治の描いた街だ。レンガ造りの小さな教会も同じ位置にある。

「千治起きろ」

千治を揺すってなんとか起こすと千治も驚いていた。しばらく呆気に取られていたと思うと手を強く引っ張られた。

「ここだよ!こっちに来て!」

元々千治が夢で見た街だというのなら位置も記憶にあるのだろうどこかへ連れて行かれる。細い道を引っ張られていく。あの教会の裏に到着した。

「ここがどうかしたのか」

「ここにね僕の欲しかったものが眠ってるんだよ」

欲しかったものというと画材だろうか。わからないが千治は小さなスコップを拾ってきて地面を掘り出した。

「汚れるぞ千治」

「んっ!」

一度集中モードになると俺でも動かせない。仕方ない何かが掘り出されるのを待つことにした。しかしこの街はなんだ。人が一人もいない。ついさっきまで人がいたようにしか見えない。そもそもどうしてここに来たんだ。凛太郎には何もわからなかった。ただ一つ安堵があるとすれば千治が一人ではないこと。たとえ凛太郎に何があったとしても千治を一人にすることだけはあってはならないのだ。千治の両親との約束だ。

「あった!」

千治の手には小さな箱が乗っていた。

「箱?何が入っているんだ」

千治はゆっくりと箱の蓋を開ける。中には粉が入っていた。白い粉だ。白い、粉、。

「まさかそれって」

「うん!パパとママ!やっと見つけたよ」

千治は笑っていた。と、山頂から大きな竜巻が迫ってくるのが見えた。次の瞬間にはまた意識が飛んだ。


「りんちゃん起きてー」

「ち、千治か」

俺は公園のベンチに寝かされていた。千治が運んでくれたのだろう。

「なぁさっきの白い粉っておじさんたちの骨だよな」

「うん。昨日ねパパとママに会いたいってお願いしたの」

千治は昨日の夢の詳細を話してくれた。おじさん、千治の父が夢に出てきてくれたのだという。おじさんとおばさんは千治が小学生の時に行方不明になり今も手がかりすら見つかっていない。

「それでねパパはねここにいるよってあの街に案内してくれたの。でねママがここにいるよって教会の裏まで案内してくれたの」

なんとなくおじさんたちの行方不明の原因もわかった気がする。昨晩だからあんな夢を見たのかもしれない。推測でしかないが小学生の千治が描いた絵画におじさんたちは引き摺り込まれたのだろう。そして抜け出せなくなり骨となりあの街に遺骨を埋めたという感じだろう。千治にだけは居場所を伝えたくて今になって案内してくれたような気がする。なぜなら今日は千治にとっての17回目の誕生日だからだ。

「千治そのポシェットなにか入ってないか?」

妙に膨らんでいた。もしかしてあの箱が入っているのではないか。千治はガサゴソとポシェットをから箱と紙を取り出した。

「わっ!なにこれさっきまでなかったよ」

手紙は千治へ宛てたおじさんたちのお祝いの言葉が綴られていた。箱はというと

「これって色鉛筆だよな」

12色のありきたりな色鉛筆だが千治にとってはどんなものよりも価値があることだろう。両親からもらった最後の誕生日プレゼントなのだから。

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