第5話 これまでの真相


 フィオナはこれまで七回の婚約をした。


 最初の婚約者は王太子。

 国外の紛争の余波で隣国との縁組の必要が生じ、婚約は解消され、王太子は隣国の王女と改めて婚約することになった。当時フィオナは十歳だった。


 二人目の婚約者は王弟。豊かなグージル地方が支度金がわりについていた。

 親子ほどの年齢差がある男の後妻となるはずだったが、王弟ヴォードが一人の女性を愛してしまったために婚約は解消した。

 十二歳で白紙になってしまったこの婚約の慰謝料として、フィオナはさらにスービル地方の領主にもなった。


 三人目の婚約者はフォルマイズ辺境伯の長男。

 十三歳のフィオナより十二歳年上の男だったが、彼に恋焦がれた女が自殺未遂を起こしたことで白紙になった。

 慰謝料がわりに用意されたのは、辺境伯の次男。

 シリルが「妻より兄を大切にするタイプ」と警告するような男だったが、長年の思い人がいることが発覚して白紙になった。

 この婚約でフィオナは莫大な慰謝料と辺境伯領の飛地を得たが、この時に次男の情報をもたらしたのがローグラン侯爵だった。


 五人目の婚約者はカボルト伯爵の長男。

 カーバイン公爵が念入りに調査を行なっても埃が出ない人物だったが、父親であるカボルト伯爵は強欲な男で、長男を商売上有利な家の娘と引き合わせて、フィオナとの婚約を解消。この時に仲介したのがローグラン侯爵だった。

 慰謝料としてフィオナは銀鉱山の利益の六割の権利を得たものの、真相を知ったシリルはもっとむしりとればよかったと悔しがり、カーバイン公爵は自分を出し抜いた手腕に舌を巻いた。


 六人目の婚約者はドーバス侯爵の長男。

 女性関係が華やかな男だったが、泣いた女性はおらず、資質は秀でた人物だった。フィオナとの結婚で更生することを期待されたが、運命の恋をして婚約の解消を願い出た。

 カーバイン公爵家は二割り増しで慰謝料をむしり取ったが、後にこの運命の恋の相手の出身がカーバイン公爵家の商売敵だったと判明した。

 この時に動いていたのがまたローグラン侯爵で、カーバイン公爵がついに諦めの境地に達した一方、フィオナが初めて激怒した。


 そして、七人目の婚約者だったハブーレス伯爵の次男カイル。

 公衆の面前で別の女性に恋をしてしまった不貞を懺悔し、婚約破棄を願った事件は一週間経っても貴族たちの話題の中心だ。

 しかし、どうやらこの運命の恋にも「裏」があったらしい。



「実はな、カイルの相手の女性のことだが……」


 父カーバイン公爵の執務室に呼び出されたフィオナは、静かに父の言葉を待つ。

 婚約の終わりに呼び出されるのは、いつものこと。今回は結論が先に出ているから、その辺りの順番は入れ替わっているだけだ。


 しかし、今日は父カーバイン公爵の様子が少し違う。

 なぜか息子シリルに助けを求めるように視線を送って、あっさり無視される。一瞬、傷ついたような顔をしたカーバイン公爵は、深いため息をついてから座り直した。


「カイルの恋の相手のことだが。……その女性は、グローベル国の伯爵家の娘だそうだ。交易の代表団の一人として我が国に来ていたらしい。一応言っておくが、ハブーレス家にはほとんど益はない。この縁組で得をするのは、実は王家だ」

「その辺りはね……得をしたのは、王家だけというか、我が国全体というか。少なくともローグラン侯爵家にも、ハブーレス伯爵家にも、直接は関係ないんだよ。だから、その、ローグラン侯爵が関わっているかどうかは微妙、かもしれないんじゃないかな……?」


 父の言葉を受けて、シリルは言葉を選びつつ、姉の反応を探る。

 フィオナは父と弟の言葉をじっと聞いていた。

 しかし目の光がいつもより強くて、人形じみたところはない。それが父と弟を混乱させ、口を重くしている。しかしフィオナは、自分の変化にまだ気付いていないようだ。静かな顔なのに強い意志を滲ませ、真っ直ぐに顔を上げていた。


「シリル。あの男は婚約が決まった時にわざわざ図書院に来て、私に『婚約おめでとう。カイルくんによろしく』と言ったのよ。あれが偶然で、純粋な好意と思うほど私は子供ではないわ。シリルも覚えているでしょう!」

「……あー、うん、覚えているけどね……」


 その日のことは、シリルももちろん覚えている。

 まだ誰も知らないはずの婚約を嗅ぎつけていたローグラン侯爵が、どんな表情で姉にお祝いの言葉を言ったか。姉フィオナがどんな冷たい対応を取ったのか。

 全てを覚えているから、ため息を漏らしてしまう。


「……ローグラン侯爵は、普段は図書院に出入りする人じゃないからね。姉さんに会うために来たんだろうなと思うけど、でももしかしたら、クローベル国との繋がりのある人物と接触するため……だったかもしれないんだよね。あの日、クローベル語が堪能な人が何人かいたし、あの国と縁続きな人間もいたから、ローグラン侯爵がカイルに対して、何らかの関与はした可能性は……まあ、実際はすごく高そうな気がするけど……うん、その、あのね……」


 今度は、シリルが助けを求めるように父を振り返る。

 覚悟を決めたのか、カーバイン公爵は娘から視線を逸らしながらではあるが、ふうっと重々しく息を吐いた。


「……つまりだ。今回はカイルを奪われたが、結果としては我が国全体の益になった。あの男が動いた目的も王国の益のためで、カイルの件は偶然にあのようになったのかもしれない。……ということにしたいのだよ」


 態度は、娘に気兼ねをする父親だ。

 しかし言葉は大貴族の当主のもので、利益のためなら娘の感情を切り捨てようとする冷徹さがある。

 カーバイン公爵としての判断を、すでに聞かされていたのだろう。シリルは落ち着いているが、とても心配そうに姉フィオナを見つめていた。

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