第6話 次の一手
フィオナは目を伏せた。
カーバイン公爵家は広大な地を治める領主であるが、それ以上に王国の忠臣だ。
カイルの恋によって、王国に莫大な利益がもたらされるとなれば、父親である以前に王国の重臣として、カーバイン公爵は騒ぎ立てないことを選びたい。
それはシリルも同じなのだろう。
フィオナも、公爵家の娘として育てられている。
かつては王太子妃になるために様々な教育も受けてきた。
王太子の婚約は消えたが、その後も王国のために動くことを美徳としてきている。
「……わかりました。カイルの恋の件はもともと賛成でしたし、それが王国の益となるなら、あの男が何をしたかは気にしないようにしましょう」
「そうか」
カーバイン公爵はあからさまにほっとした顔をする。
シリルもこっそり息を吐いている。
フィオナは、しかし苛烈で美しすぎる微笑みを浮かべた。
「でも、お父様。あの男が今後、もしまた手出ししてきたら……その時は全力で対応してもよろしいですわね?」
「……えっ? 姉さん、ちょっと目が怖いよ?!」
「私の婚約を何回も壊してきた男なのよ。次は絶対に許さないわ!」
「え、いやいや、そんな全面戦争みたいなことは……まあ、姉さんがやるっていうなら僕も参戦するけど」
「いい子ね。シリルが手を貸してくれるなら心強いわ! お父様も、よろしいですわよね?」
「…………うむ。まあ、それは許そう。だがな、その、少し言いにくいのだが……しばらく『次』のあてはないと思うのだ」
カーバイン公爵の口が重い。
フィオナが首を傾げると、シリルは目を逸らして顔に手を当てた。何やらぶつぶつとつぶやいているが、いい言葉ではなさそうだ。
大人びているとはいえ、まだ多感な年頃でもあると思い出し、フィオナは弟のことはそっとしておくことにした。
となると、問いただすべきは父だ。
「お父様、それはどういう意味ですか?」
「どういう意味も何も、カイルについては、エミリアの伝手で縁を取り持っただろう? 私も探し続けるつもりだが、拾える縁は全て拾い尽くしたというか、下調査で却下されているというか……すまない。私は無力だ」
要するに、次の婚約者候補を探し出すことができない、ということだろう。
それは想定内だ。
家格に優れた貴族の中で、財産も性格も環境も揃っていて、なおかつ公爵家の厳しい調査に耐えうる人物は、すでにいない。それは仕方がない。
そのくらいはフィオナも理解している。調査内容が厳しすぎるとも思っていない。
「お気持ちだけいただきます。いつまでもお父様に頼るつもりもありません」
「……姉さん。何か当てはあるの?」
「あるわけないわ! でも、今は恋愛結婚の時代よ。私が直接動くことで、何か良い縁が生まれるかもしれないでしょう?」
「あ、そっち? そりゃあ姉さんは美人だし、機転も効くから、男たちの目の色が変わりそうだけど……でも姉さんは公爵令嬢なんだよ?! 心無い馬鹿どもが『今度は男漁りを始めたのか』とか言い出しそうで……あっ、ごめん!」
「……シリルよ。いかに弟とはいえ、さすがにその言い方はどうかと思うぞ」
「えっ、父上にそこまで言われてしまうんですか!?」
自分のことは棚に上げ、急に非難めいたことを言い出した父親を、シリルは恨めしげに見る。
しかしフィオナは特に気にしていないようだった。
「シリルったら、気を抜くと頭で考えるより言葉が出る癖、直っていないわね」
「……あのさぁ……僕のペースを崩せる相手なんて、本当に姉さんくらいだからね?! いやそれより、本当に男を探しに行くの?」
「そうよ。私はもう二十一歳よ。じっと待つような年齢ではないし、呑気に待つことが許される環境ではないわ。何と言われても、結婚できない女と言われるより聞こえがいいわ。男漁り上等よ!」
フィオナはきっぱりと言い放つ。
そんな姉をぽかんと見つめたシリルは「姉さんでも『結婚できない女』と言われることを気にするんだね……」などとつぶやいていたが、すぐにしっかりと頷いた。
「わかった。僕も姉さんに協力する。相手の調査と吟味は任せてほしい」
「ええ、頼りにしているわよ。でも吟味は私の判断を優先してね」
フィオナは微笑み、シリルとがっしりと手を握る。
執務机の向こうに座るカーバイン公爵は、急にやる気を出してきた子供たちをしばらく見つめ、やがて天井を見上げてため息をついた。
「……うん、姉弟の仲が良いのはいいことだ。そうだな、もう好きにしていいぞ。ただ、あれだ……結婚と妊娠の順番は守ってもらえると嬉しい」
「うわ、父上! そういうことは今言わなくても!」
「今言わずして、いついうのだ?」
「まあ、そうですけどね。あれ、今でいいのかな……?」
シリルは慌てたり、首をかしげたりと忙しい。
でも父宛に届いている夜会の招待状を吟味し始めていたフィオナは、父と弟の会話はほとんど聞き流していた。
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