Nameless Lovers' Corpse Dance

待雪 ぜな

百鬼夜行

ただ、互いだけを望んでいた。

二人の世界は、突如奪われた。




魔王とやらに支配された地域、

俗にいう魔界。

そこと、森で隔てられた辺境の小さな村。

少年が、狩りから帰ってきた。


「なんで急に雨…」


いつも通り二人分の食糧を調達出来た頃。

魔界側から、瘴気のようなものが吹き出してきた。

自身が似たような系統の能力を宿すために、

蝕まれることこそ無かったが、雨が降り出した。


そして村に戻ってきてみると。

関わりがなく、名も知らない村人達が地に伏していた。

ぴくりともせず、呼吸している気配もない。


先程の瘴気が雨に溶け込んで降っているのだろうか。

あれは上空に溜まりやすいから有り得る。

自分でなければ、体が蝕まれて終わりだ。




自分で、なければ。


「―ッ」



村の外れの、小さな家へと駆け出す。


神様、どうか。




***




最後に泣いたのはいつだったか。


忌まわしい能力をと虐待され、

捨てられてここに住み着いた。

平民のくせに調子に乗るなと能力を妬まれ、

迫害から逃げて来た彼女と、二人で暮らし始めた。

村の大人達も、自分のことで精一杯だったから。


好奇心の溢れる彼女に、

ただ付いていくだけで楽しかった。

なのに。


「なんで…ッ」


家の近くで、彼女もまた倒れていた。

いつも通り森の泉へと、

祈りに行くところだったのだろう。

自分も合流するはずだった。



彼女が何をしたというのか。

生まれる家など選べやしない。

才能など選べやしない。


花開くも朽ちるも、

家次第、親次第。

本人にはどうしようもない理由で、未来を失った。

切なげに語る横顔を憶えている。


それでもここで、ささやかな幸せを見つけたのに。

それすらも、また理不尽に奪われるのか。

その人生で、彼女は何を選べたというのだ。

あんなに綺麗な彼女が、何故こんな目に。


「…せめて体だけは」


あの綺麗な心は宿っていないとはいえ、

彼女の抜け殻を雨に汚されたままにはしたくない。

少し前に通りかかった、勇者と名乗る人達が言っていた。

あの泉は、神聖さが感じられると。

彼女が死んだ時点で神など信じてはいないが、

浄化作用には期待したい。



***




彼女を泉に沈めた。

彼女を一人にはしたくないし、

自分も一人で生きるつもりはない。

彼女の能力を活かせなかった、

こんな世界に用はない。


そういえば、自分の死人を操る能力は、

死の間際なら自身にも効くだろうか。

試してみようか。




木々に囲まれているお陰か、

凪いでいる水面へ背を向ける。

そして、静かに身を投げた。


沈みながら水面へ手をかざす。

自身の能力―死霊術―を行使する。


淡い光の粒が立ち昇り、

見たこともないマリンスノーを彷彿とさせた。



視界が狭窄する。


さあ、命令する。



―世界を、奪い返せ―






***




「ねえ、起きて」


声が聞こえて、目を開く。


「おはよう」

「…おはよ」


君がまた、笑っている。


「ねえ、ここはどこだと思う?

わたし、倒れちゃった記憶はあるんだけど、

そこから覚えてなくて。天国かな?」

「さあ…」


彼女の奥に倒れた人影が見える。

小さい頃に聞いた神のような姿だ。


というか、神だな。

それが死体であれば、

能力の副作用である程度のことはわかる。

彼女の予想も、外れてはいないか。





***




倒れていた神を使役して、

人間の世界に色々と干渉出来るようになった。

どうにも荒れている。


何があったのか、

そもそもなぜ神が死んでいたのかは、

わからない。


神なのだから蘇生くらい出来そうだし、

自身を蘇生させて語ってもらえなくはない。


でも、別にそんなことは興味がない。

ここに、二人の世界があるのだから。


神の権能を使えるとはいえ、

自分は人間の世界に干渉する気はない。

いつも通り、彼女の望みに従えば良いのだ。


彼女が救いたいと願う人物は救ってやる。

綺麗な彼女とて人間なのだから、

報いを受ければいいと言うこともある。

そんな時は贖わせる。

自分は彼女の手となり足となる。

それでいいのだ。




世界は、君の意のままに。

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