第2話 黒の涙

 中学、高校に入学してからというもの、いじめが悪い意味でレベルアップした。


 小学生の頃はまだバレずにいじめを行うというのは難しかったのだろう。悪知恵を覚え始め、自分と異なるものを嫌う、いわば思春期というものと重なる時期であった。幸い僕は全くそんなことはなかった。悠々と思春期など関係なく過ごす、それがいじめの標的となったのか。果たして涙の色が標的となったのか。ただの気まぐれか。


 とにかく、いじめのせいで僕は心を閉ざした。


 満16歳。


 僕は引きこもりとなった。何を見ても、何を食べても、何を聞いても感情の起伏が起きる気がしなかった。ただ、自然と目から流れる水だけは止めることができなかった。




 僕は自分の涙が嫌いだ。


 今日も陽の当たらない部屋で泣き続ける。感情はないのに泣くという表現はおかしいのかもしれない。呆然と流れ出る水を何も考えずに見ることしかできなかった。


 泣き続けると人間の目は赤く腫れ上がり、水分が失われたことにより水を欲しがるだろう。その点は僕も同じだ。しかし、やはりいくら泣いてもその色は変わらなかった。


 いつもは赤色とか青色とか、緑色とかほんの少しでも色がついていたのに。今では黒の水しか出なくなってしまっていた。


 目からは黒々とした、絶望を表すような。まるで悪魔のような色の水が流れ出た。見たくない。けれど、真っ白のシーツの上に滴り、染み込んでいく水を止めることはできなかった。いや、止める術を知らなかったのだ。


 嗚呼、もうやり直すことはできないのだろうか。こんな僕が生きていても家族に迷惑がかかるだけだ。そう決心して僕は家を出た。


 自殺道具を買い込むためだ。


 何で死ぬのだろう。そう考えているうちに一つ、ある妙案が思い浮かんだ。




 僕は刃の鋭いナイフだけを購入し、家に帰った。人にできるだけ自殺と思わせるように。迷惑はかけないように。ピカピカのフローリングにブルーシートを敷いた。ふわりと広がったその色は僕に初めて見たあの涙を思い出させた。


 そう。全てはそこから始まった。


 首にナイフを当てる。ひんやりと冷たいナイフが僕に死を意識させた。


 そのままブスッと首に刃を立てる。薄い皮が裂け、中から筋肉か脂肪か血管か。よくわからないものが飛び出す。傷口が燃えるようにあつい。


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 今までに感じたことのない痛みだった。僕の中から血が噴き出るのが視界の端で見えた。だんだんと力が抜け、どさっと床に倒れた僕はその血が出るのをじっと見ていた。徐々に目の前が赤く染まり、いつしかあの懐かしい、戻りたかったあの頃の感覚が戻ってきた。


 涙だ。泣いている。その涙の色を確認したいが、生憎、血の抜けた体では、この大きい体を起こすことができなかった。それだけが残念だった。冷たくなっていく感覚を感じ続けながら、僕は意識を失った。




 光の差し込まない深い深い黒で満ち溢れた静かな部屋の中には少年の死体と赤い血があった。薄く開かれた彼の目からは赤い液体が流れ続けていた。それは彼の思いとは裏腹にただの血であった。涙などという代物ではないのだ。


 世とは残酷なものだ。


 しかし、仮とは言え、彼は最期にして、ようやく彼本来の色を取り戻すことに成功したのだった。

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変色涙 小林 @kobayashi0221

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