黄緑色の鳥

汐留 縁

第1話


何者にもなりたくて、なれなくて。

いつからか私は夢見て、そして諦めた。


だって、永遠に叶わないのだから__________



黄緑色の髪が窓から零れる風に靡く。


月明かりに照らされた真っ白な服はユラユラと舞い、それに身を包んだ彼女はゆっくりと窓枠に足をかけ、カーテンの揺らめきとともに外へ飛び出す。


少女の姿は、雲に隠れた月明かりと共に消え、変わりに現れた黄緑色の鳥が、空高く舞っていった。



________彼のロデリア公爵家の長女、リモーネ・ロデリアには、珍しい黄緑色の髪を持つ他に、もう1つ。


彼女には、誰にも言えない秘密があった。




今朝、彼女の元にある報せが届いた。


リモーネと第二王子の婚約の話。


ロデリア公爵家の当主である、父からそう告げられた。

彼女は一言「そうですか」と言い、それ以上は何も言わなかった。

王子との婚約は貴族としてこの上なく名誉なことだ。けれど、彼女はとてつもない憂鬱感に包まれた。

彼女は家族以外に、誰にも言えない秘密があったからだ。

その時、もし、窓の外に鳥が飛んでいなければそんなことを考えなかったかもしれない。

…いや、居なくても結局は行動に移していただろう。

お淑やかに慎みを持って過ごしてきた彼女は思ったのだ。


________そうだ、飛べばいいんだ


その時の彼女はいいことを思いついたと言わんばかりに、盲目的だった。

一緒に暮らしてきた家族の誰一人予想しえなかっただろう。


『お父様、お母様、申し訳ありません。

わがままをお許しください。

どうか私に考える時間をください。

では、失礼します』


そう残した手紙を机に置き、飛ばされないようしっかりとペーパーウェイトを乗せ、そして、彼女は魔法を使って自由を求めて鳥の姿で夜空の下を飛びだした。


リモーネには黄緑色の髪を持つ以外にもう1つ、特別なことがある。

それは家族以外の誰にも言うことの出来ない秘密。

彼女には、動物に姿を変える魔法が使えるということだ。

ロデリア公爵家には希に、魔力を持って生まれる子供がおり、その子供がリモーネだった。

先祖返りのようなもので、魔力を持つ他にも生まれつき家族とは違う瞳、髪の色をしていた。

そのせいで、昔は同年代の子供に散々悪口を言われ、大人からは奇異な目で見られ続けてきた。

もう、いい加減うんざりだった。

父とも母とも弟とだって、血の繋がった正真正銘の家族だ。

けれど、それをどれだけ言ったとしても信じては貰えない。だって、魔法を使えることは誰にも言ってはいけない秘密だから。

1人になりたかった。自由になりたかった。

何にも縛られず、しがらみも何もかもを捨てて自分の思うままになりたい。

王宮から届いた婚約の話は、家出をする口実としてちょうど良かったかもしれない。

夜風にあたりながら自由に飛ぶのは気持ちよかった。

子供の頃から散歩のつもりで鳥の姿で飛ぶことはよくあったが、今は何も気にせず無心で飛べる事が気持ちいい。

自由に自分の思うままに、空を飛ぶ。

何者にも縛られない、何を捨てても今だけは許される。


リモーネはそのまま空を飛び続け、次第に街を抜けたさらに遠くの山にたどり着いた。

その頃には夜も明け出し、薄明かりの空が霧がかった森を幻想的に演出する。

朝霧の湿った風を感じながら、明けた空に照らされ、鮮明になる森を眺める。

まだ、太陽が出ていないためうっすらと霧が立ち込めていたが、森の澄んだ空気のおかげでとても気分がよかった。

そして、気の向くままに空を飛ぶ。

いつもは家の周りを散歩程度に軽く飛ぶ程度だったので、こんなに遠くまで来たのは初めてだった。まるで冒険のようで、高揚感に胸を踊らせていた。


そうして、悠々と気分よく空を飛んでいた時、ふと何かが気になった。

木々の隙間から何かが目に付く。

まだ薄明かりで霧も立ち込めていたことでよく見えなかったものの、それでも違和感を抱くほどには分かった。

黒い何か。

風に乗りながら針路をくるりとかえ、もう一度よく見ようと高度を下げる。

木々の隙間から見えるそれを、初めはぼんやりとしか認識できなかったが、近づいていくうちに徐々に分かった。

人だ。

黒い布に身を包み、うつ伏せになって倒れている。

風に乗って下降し、その人物の近くにふわりと降り立つ。

覗き込めばフードの下は藍色髪の少年が眠るようにして倒れていた。


綺麗な顔…


思わずそう思ってしまうほど少年は整った容姿をしていた。

しばらく惚けてしまったものの、すぐに首を振って切り替える。


助けないと!


しばらく様子を見たが、動く気配はない。もしかして息絶えているのではないかと、不安になり顔元まで近づく。

眠るように目をつぶっている少年は顔を赤くして、息はしていたものの、浅く、リズムも心無しか早い。


熱があるのかもしれない。助けなければ。

でも、どうしたら…


こんな人里離れた場所に、診療所はない。

運ぶにしたって、人間の姿に戻ったリモーネでも大の男を1人で運ぶことは不可能だ。


けど、何とかしなきゃ。


そんな途方に暮れていたリモーネだったが、とにかく近くに人がいないかと思い、上空から探すことにした。


早くしないと。


焦りながらも見逃さないように飛び回っていると、麓のところでかごを持ったふくよかな夫人を見つけた。

直ぐに近づき助けを求めようとした。

けれども、どうやってあの場所を教えよう。

後で思い返せば、人の姿に戻ればよかったが、焦るリモーネにはそこに思い至ることが出来なかった。

スタスタと歩く夫人がどんどん遠ざかってしまう。何とかしないとという焦る思いだけが募っていく。

と、カゴの上に掛けてある布に目がいった。


あれだ!


羽を広げ、カゴの布めがけて飛ぶ。

「あっ!」という声と同時に布を取り返される前に咥えて飛び立つ。

「あ、待って!」

と追ってくる様子が見られたので、夫人が見失わないように低空飛行しながら、着いてこられるスピードまで落とす。けれど、低空飛行しながらスピードを調節するのは至難の業だった。


し、しんどい


尚且つ、夫人の走るスピードはなかなかに遅い。

そんな苦労をしながら、ようやくさっきの人のところまでたどり着くことが出来た。


倒れている男の元に降り立ち、咥えた布はそこに落とした。

顔を見ると先程より、顔色が悪く、呼吸も苦しそうだ。

そうしてしばらくして「はぁ、はぁ」と呼吸を荒らげながら、夫人が到着した。

そして、こちらを探すようにしてキョロキョロしていると、その視線は男の姿を捉えた。

夫人が男の元へ駆け寄る姿が見られたため、リモーネは近くの木の上へ飛び移った。

何やら、夫人が男に話しかけている様子が見られたが、話の内容は聞こえなかった。

夫人はかごを男のそばに置くと、慌ててどこかへ行き、次にはガタイの良さそうな男性を連れ立って帰ってきた。その男性が黒服の男をかつぎ上げるとどこかへと向かっていった。

とりあえず無事に助けられたようで、ほっと胸を撫で下ろす。

人助けができたことへのちょっとした達成感を抱きながら改めて自分の現状に思いを馳せた。


って、人のことじゃなくて自分のこと考えないと。

今日のご飯や寝る場所とか。


身一つで飛び出したリモーネは無一文の状態である。

改めて考えると状況は悲惨だ。

自分の行動力と計画の無さに思わず肩を落としたくなった。

そうして、何のいい方法も思いつかず、無情に時だけが過ぎた結果、リモーネが選んだ方法は山に野宿することだった。




パチリと目を開けた。

いつもより近くで聞こえる鳥のさえずりと共に目を覚ます。

バサッと枯葉を巻き散らせながら起き上がると、近くにいた鳥たちも驚いたようにバサバサと飛び立った。

そこにはいつも見る景色とは知らない景色が広がっていた。

強い太陽の光に照らされながら意識とともに目を覚ます。


そうだった。家出したんだ。


昨日は結局、街の方まで飛び回ったけれどいい方法が思いつかず、疲れ果ててそのまま木の葉の上に倒れ込むように眠ったのだった。

起き上がると体の節々が痛い。

白い服は木の葉まみれだった。


お母様が見たら卒倒するわね。


だが、今までふかふかのベッド以外で寝たことがなかったにもかかわらず、思っていたよりもよく眠れたことに感心した。

リモーネは起き上がり体を伸ばす。するとお腹の音が鳴り思い出す。

そういえば何も食べていないのだった。

自覚をするとどんどんお腹がすいてきた。

けれども、お金も持たずに飛び出したから街でご飯も食べれないし、昨日は一日中飛び回っていたから余計にお腹も空いて、この身体で変身して動くのもしんどそうだ。

変身するだけでも体力がすり減るのだ。


仕方ない、この辺で食べ物を探すしか無さそうね。


けれど近くにそう都合よく食べ物はない。

歩いて探さないといけないが、このまま闇雲に探し回ればのたれ死んでしまう。


1番いいのはこの辺を把握している人に聞く事ね。


そう思いながら上で騒ぐ鳥に声をかける。


「お腹がすいたの。何処かに食べ物はない?」


鳥たちは小首を傾げながら、1匹がチュンチュンと鳴きながら飛び立つ。意図をくみ取ったリモーネはその後を着いていく。しばらく歩くと木の実のなった木に止まった。

リモーネはぐったりとその場に腰を落とした。


「はぁ、やっと着いたー」


もうお腹の限界だったリモーネは、木の実のなった木を見上げてヨダレを垂らしそうになりながらそっと上に手を伸ばす。

はしっと掴んで木の実にかぶりつく。

シャクシャクと咀嚼して飲み込んだ。

「ん〜!!」と悶えて、「美味しい!」と叫んだ。

もちろん、普段は一流のシェフが作ったご馳走をたらふく食べている訳だが、それとは比べようがなかった。


これはまさに空腹は最高の調味料ね


と微笑みを浮かべながら、そのままおなかいっぱいになるまで食べきった。


「ありがとうね」


と言って場所を教えてくれた小鳥に声を掛ける。小鳥はチュンチュンと鳴いて返事を返してくれた。

嬉しくて微笑み返しながら、「さて」と切り替えるように言葉をこぼす。


「今日は何しようかしら」


せっかく家を抜け出したのだから、またどこか行こうともう一度、鳥の姿に変化した。

体力もしっかり回復したことで力強く飛び立っていく。

気持ちのいい風と日差しを浴びながら、森の上を旋回すれば、そう言えばと昨日の彼の事を思い出した。

あの時は何とか通りすがりの人に助けて貰ったけれど大丈夫だったかしらと気になりもう一度彼が倒れていた周辺へと向かった。

見覚えのある景色になり、徐々に高度を下げながら木の上へと降り立った。

あの後、彼がどこへ向かったのかは知らないため何となくで当たりをつけて見回して行った。

そしてかなりの時間探してみたが結局は見つからなかった。

きっと診療所のある街の方へと向かったのだろうと自分の中で納得をしながら耳を澄ますと川の音が聞こえた。水だ!と喉の渇いていたリモーネは一目散に飛び立つ。

川のせせらぎの音を聞き取り、近づこうとすればその近くでガサリと音がなる。リモーネは慌てて近くの木の枝に止まった。

そして音のなった方へと見下ろせば人影があった。

その人物は川に足を入れて休んでいる様子で、見た目は青年で、藍色髪で顔ははっきりと言うならかっこよくて綺麗な顔立ちをしていた。

思わず見とれてしまうがどことなく既視感を感じていた。


あれ、何処かで見たような


思い出そうと視線を凝らしている時に、不意に青年がこちらを見上げ思わずドキリとする。

危うく動揺した勢いで魔法が溶けるところだった。

そのまま青年はこちらをじっと見つめて、そして見上げながら口を開く。


「君、もしかしてあの時俺を助けてくれた鳥?」


リモーネはまん丸な目をぱちくりさせる。

もしかして、彼があの時倒れていた人なのだろうか。

思い返してみれば、確かに髪の色も顔立ちもあの時の彼と重なるところがあった。

しかし、あの時の彼は気絶した状態で鳥に助けられたこともどんな鳥に助けられたのかも知らないはずだ。


なんでわかったんだろう


「あの後、俺を助けた鳥が綺麗な黄緑色の鳥だって聞いたんだ」


もしかして、あの時助けを求めたふくよかな女性が教えたのだろうと思い至り納得する。

リモーネは良かったと思って、得意げにチュンチュンと鳴いた。

まぁ、どうせこちらの言葉なんて分からないだろうけどと思いながら鳴いたが、リモーネの鳴き声に青年は口を開いて「助けてくれてありがとう」と言った。

それだけでもリモーネは動揺したのだが、その後の彼の笑顔を見て、小さな胸をドキリとさせた。

その瞬間だった。ポンと音が鳴ったと思ったらいきなり宙に投げ出された。

えっ、と思えばバシャンと水しぶきを上げて川へと飛び込む。

ぷはっ、と息を吸って軽く飲んだ水でゲホゲホとむせ返りながら、リモーネは何が起きたのかと混乱しながら川の中から何とか這いでた。

そして、はたとしたように青年の方へと目を向けた。彼はこの上なく驚いた表情でこちらを見ていた。

その時になってしまったと気がついたのだ。

鳥から人間へと戻る瞬間を見られたのだと。

その瞬間、リモーネは反射的に逃げるために慌てたようにして足を動かした。

けれども川の中は動きづらくもたついていれば、リモーネが逃げ出すよりも早く青年がリモーネの腕を掴んだ。


「あんた、誰?」


パシャと水しぶきを上げながら、怖々と青年の方へと振り返る。

青年は先程の優しい表情と打って変わって睨みつけるようにこちらを見ていた。

とはいえ声音には動揺した様子が混ざっていた。


「何者なんだ?なんで、急に…」


「お、お願い、見逃して!」


咄嗟に言葉に出たのは懇願する言葉だった。

何とか許してもらおうと必死に縋るような目で見つめる。

青年はリモーネの様子に流石に困ったような悩ましげな表情を浮かべた。


「…お前があの鳥だったのか?」


「…そうよ」


リモーネはここまで来たならと素直に答える。

リモーネの返答に青年は「そうか…」と呟くように口にする。

そうしてじっと考え込んでから青年は口を開いた。


「本当に助かった。ありがとう」


今度はリモーネが驚いた表情を浮かべて困惑する表情を浮かべた。


「お、驚かないの?」


「そりゃ、驚いたけど、助けて貰ったことは事実だ」


あっけからんと言う青年にリモーネは言葉が詰まってしまう。

「そ、そう」と返しながらも困ったままなのは変わらなかった。


「ともかく、一旦出よう」


そう言うと青年はリモーネの手を引いて川べりへと移動した。

川辺へと上がれば水を吸った服は意外と重かった。

ボタボタと雫を垂らした裾と髪を絞る。

ある程度水気は取れたが、何となく感じる寒気に思わず身震いした。

見かねた青年が来ていた上着をリモーネにかけた。濡れていてもいくらか暖かい。

「ありがとう」と素直に礼を言った。

次第に日差しが強くなり、待っていれば乾くだろうということで2人並んで川べりで休むことにした。

とはいえ、リモーネにとってしてみればとても気まずかった。

リモーネの秘密があっさりとバレた上に、今なら逃げるチャンスなのにあんまりにものどかな雰囲気に毒気を抜かれて、逃げ出しても良いものかと逆に戸惑ってしまった。

そのため居心地悪くそのまま居座っていた。

彼の方は特にこちらを気にした様子もなく、景色の方を眺めていた。

先に耐えられなくなったのはリモーネの方だった。


「えぇっと、いい天気ですね」


本当に困った時に出すような話題から話し始めてしまい、声に出してから若干しまったと思った。


「ああ、そうだな」


「えっと、その、具合とかは悪くないですか?」


「ああ、別に問題ない」


「そう、ですか」


また沈黙が続けばさらに気まずくなった。

本当のことを言うならさっきあった事を聞きたかったけれど、その事は自分からは触れにくくて、その気持ちも話しにくくなる原因だった。


「お前名前はなんて言うんだ?」


青年にそう問われて「えっと、リ」と言いかけて、こう言った場合正直に答えていいものかと悩む。

リモーネの名前なんて一介の貴族だって知っているか怪しいような名前だ。

正直に言っても問題ないだろうが一応偽名で答えることにした。


「リズです」


「ふーん」と特に興味なさげな返事が返ってくる。


「あなたのお名前は?」


「あ〜っと…俺はノア」


とノアは何故か視線をさ迷わせながら答えた。

その様子をリモーネは訝しげに見つめたが、たいして気にせずに「そうですか」と当たりさわりなく返事を返す。

しばらく沈黙すればノアの方が口を開いた。


「お前、貴族の人間だろ」


リモーネはドキリとする。

「どうして…」と呟いて、もしかしてバレたのかと若干の冷や汗が流れた。

けれども、彼は別にリモーネが危惧した事を言った訳ではなかった。


「いや、服だって上等だし、見てればなんとなく…」


なるほどと思う。

これでもリモーネは公爵家の人間。立ち居振る舞いは身に染み付いたものがある。

確かに、普通の人と比べれば違いがあるだろうが、とはいえそれを見極められる彼もそれなりにその世界に馴染んだ人間だろうと感じた。

恐らく、お互いに訳あり同士。

全てを話せなくても、何となくそれを察することが出来た。


「行くあてはあるのか?」


と彼の方から聞かれる。

リモーネは今その問題に直面していたため、取り繕うことも出来ずに言い淀んだ。

その反応でノアは察したのか、「…だったら家に来るか?」と誘われた。

目をパチパチとさせた。

もちろんこの上なくありがたい申し出であったが、こんな見ず知らずの、特に怪しげな女を親切に誘ってくることや、彼の言う家とは(はて?)といった気持ちで首を傾げた。

何処かで療養しているのかと思ったが、先程上空を飛んでいた時に見かけた家は一軒だけで、まさかあそこに住んでいるのだろうかと思ったが、遠目で見た時にあそこは夫婦が仲睦まじく暮らしているように見えた。

まあともかく、行くあてがないことは事実であったので、是非とご好意に甘えることにした。


「ご好意、痛み入ります。よろしくお願いしますわ」


と改めたように礼儀を持ってリモーネが口にすれば、ノアの方は何故が少し間が空いたあと「ぷっ」と吹き出した。

そして、ノアは肩を震わせて笑いだした。

リモーネがわけもわからず口をあんぐりとする。


「いや、今更格好つけてもしょうがないだろう」


と笑いながら言ったノアは続けて、「てか、川に落ちた瞬間のおまえの顔…間抜けだったな」と言ってケタケタと笑いだした。

リモーネは唖然とした。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだと思った。

そして次第にふつふつと怒りが湧いてきて、頬をふくらませてプイとそっぽを向いた。


なんて、失礼な男なのかしら。私の弟の方が数倍紳士的だわ


リモーネは、醜態を晒した人間がいくら気品に取り繕っても、その変化のギャップが相手を余計に笑わせていまうのだということを新しく学んぶことになった。



息が切れるまで笑い尽くしたノアに案内されて向かえば、そこは森に一軒しかなかった家だった。更には出迎えてくれたのは、あの時助けを求めたふくよかな女性だった。

リモーネの方はえっ、といった表情で固まってしまう。

ノアは自分の家に来る?というノリで誘っていたため、まさか他人の家だとは思わなかった。


「悪いな。彼女も泊めて欲しいんだ」


と、随分と悪びれた様子もなく堂々と声をかけていた。

逆にリモーネの方が萎縮してしまう。

ふくよかな女性はリモーネを見て、あらと首を傾げながら困った表情で口を開く。


「いいえ、坊ちゃんの頼みでしたら問題ありませんが、どう言ったご関係で?」


「俺の命の恩人なんだ」


そう言うと、「あら、そうですか」とにこやかに微笑んだ。


坊ちゃん?


ノアと女性の関係性に頭の上にはてなをうかべながら、リモーネは促されるままに家へと入っていった。

2人の話している様子をしばらく観察すればお互い元々知り合い同士みたいで、何ならノアを坊ちゃんと呼ぶ当たりノアの方が立場が上のようだった。

そうして3人で談笑していればしばらくすると、ガタイのいい男性が帰ってきた。男性は女性の旦那で、旦那の方はルーノ、ふくよかな女性はライラと名乗った。

そうして、あれよあれよという間にこの家でお世話になることとなった。



滞在中はとても穏やかで、ご厄介になった夫婦はリズとしてリモーネにも良くしてくれて非常に楽しく過ごすことが出来た。

もちろん、ただでお世話になるわけには行かないので、料理や洗濯、畑を耕したりしたが、全てが初めてのリモーネはそれが彼らの手助けになったかと言えばさっぱりだった。

とことんリモーネが失敗している横ではノアがスイスイとやってのけるのでそこだけは唯一の不満ではあったが、伸び伸びとした生活はストレスなくリラックスして過ごすことが出来た。

そうして、今は休憩も兼ねて木陰の下でのんびりと涼んでいた。

ふ〜ん、ふ〜んと鼻歌を歌っているとガサリと足音がなった。そちらへ振り返れば太陽の光を反射した藍色髪の青年が奇妙なものでも見るような表情をしていた。


「それは歌ってるつもりか?音外しまくってるぞ」


リモーネは「なっ」と言葉を詰まらせ、眉を吊り上げた。


「失礼ね!ちゃんとした歌よ!」


リモーネは今まで人生で音痴などと言われたことは無い。

ノアが適当に馬鹿にしたのだと思った。多分。

「あっそ」と興味無い返事をしてノアは隣に腰かけた。

彼は本当に自由気ままな感じで、屋根の上にいたかと思えば木の上で休んでいたり川のそばを歩いていたりときのみ気のままに過ごしているようだった。

今もリモーネが傍にいてもかまう様子はなく涼んでいた。

まぁ、彼の方もこちらを気にせず過ごしていたためリモーネも気にせずゆったりと休むことにした。

サワサワと木々の音と風を感じながら安らぐ。

のんびりと過ごしていれば口を開いたのはノアだった。


「お前って鳥に変身できんの?」


リモーネはたゆたい始めていた意識をはっきりさせた。

恐る恐るとノアを見つめる。彼はのんびりと遠くを見ているような様子であった。

いつかは聞かれることだろうとは思っていたけれど、まさかこのタイミングで聞かれるとは思わず返事に驚きながら困って小さく頷いた。


「魔法を使えるってこと?」


どう答えようか迷ったが、もう既に鳥に変身していた姿は見られているのだから誤魔化しても仕方ないだろうと白状することにした。


「魔法、というか動物に変身出来るの」


「どんな動物でも?」


「まぁそうね。自分の波長と合う動物なら変身できると思うけど、今まで鳥にしかなったことがないわ」


「どうして?」


ノアが不思議そうに聞き返す。

リモーネが今まで鳥にしか変身しなかった理由は一つだ。


「…自由になりたかったのよ」


そう呟くようにしてこぼした。

ずっと息苦しくて、何処か遠くへ行きたいと思っていた。

部屋の窓から眺める鳥は、好きな所へどこまでも自由に飛ぶことができていて、そんな姿に憧れたのだ。

そういったリモーネの思いが重なってきっと鳥の姿に変身できるのだと思う。

そしてこの際だとリモーネは全てぶちまける思いで話すことにした。

どうせお互い、偽り同士なのだからと。


「私ね、実は婚約の話から逃げ出してここに来たの」


ノアは頭の中でポクポクポクと考えてから「はぁ!?」と言葉を上げた。

リモーネはニッコリ微笑んで「ふふ」と面白がるように話し出す。


「まぁもちろん、貴族ならお家同士の結婚なんてよくある話だけど、でも急にそんなこと言われたら乙女心としては逃げ出したくなるでしょ?」


まぁ、逃げ出したくなって本当に飛んで逃げる女なんて私ぐらいでしょうけど。


「…それは、家族とかに話しても難しい話なのか?」


どう何だろう。

確かにリモーネの親であれば話せばある程度リモーネの気持ちを尊重してくれるかもしれないが。とはいえ、


「相手が相手だし」


相手は王族。いくら言ったって権力では敵わない。

結局、誰にもどうしようもないのだ。

リモーネの言葉にノアは困ったようにして口を噤んでいた。


「いいのよ別に、今は自由に過ごせているんだから」


そうリモーネは清々しい表情で口にする。

それにもしかしたらお父様の方が観念してお断りの旨を返しているかもしれないと多少の期待もしていた。

まぁ、いくら好きに過ごしていたっていつかは期限がある事なのだ。

だったら今は自由に思うままに過ごしたい。


「ノアの方は?ノアも貴族の人間なんでしょ?ライラさんも坊ちゃんって呼んでたし」


リモーネも全てをぶちまけたのだから、この際だと気になっていた事を聞けば、「俺は…」とノアは言い淀んだ。

何やら歯切れの悪いノアの様子に踏み込みすぎただろうかと心配になれば彼は続けて口を開いた。


「息が詰まったんだ。なんと言うか、毎日何かに追われる日々で、いい加減疲れて気がついたらここに来てたんだ」


項垂れて話すノアの様子を見て、リモーネが思っているよりも深刻なんだろうなと感じた。

それに、彼もリモーネと同じように息苦しさを感じて外に出たのだという。

お互いに理由は違えど自由を求めているのだ。

リモーネはそんなノアに対して親近感を抱いた。ノアを労る気持ちで口を開く。


「その、私たちって、お互いによく知らないでしょ?だから、何を話したっていいと思うの」


そう言ってリモーネはニッコリと微笑む。


「ほら、きっと、似たもの同士だし」


そう言うと、じっとこちらを見つめていたノアがぽつりと「俺、」とこぼした。


「兄がいるんだけど、その兄が婚約して、それで今まで兄に向いていた矛先が一気にこっちに向いてきたんだ。その上、色んな仕事がこっちに回ってきて、寝ても醒めても毎日毎日終わらない仕事抱えて、疲れて限界が来た時に、気づけばここに来てたんだ」


ノアは懐かしむように目を細める。


「いつも息が詰まると、楽しかった時のことを思い出すんだ。ここへは子供の時の楽しかった思い出があるから、ここに来ると自然と楽に息ができるんだ」


リモーネは返事を忘れてカチリと固まってしまう。思っていたよりも大人の事情っぽくて、似たもの同士とは言ったものの自分の子供っぽい理由と比べるとなんだか恥ずかしくなってきた。

リモーネの微妙な表情を見てノアは首を傾げる。


「なんだよ、その顔は」


リモーネは視線を逸らして「ナンデモアリマセン」と答えて引き攣りつつニッコリと微笑んだ。


「そ、そうなのね。お互い事情は違うけど大変よね!うんうん」


「何か急にわざとらしいな」


というノアを無視して「さあ!今日も一日張り切りましょう!」と、謎の気合の入れようにノアは訝しげに眉をひそめていた。



それからの日々の中ではノアとは色んな話をした。

好きな事や食べ物。楽しかった話から失敗談まで。家族に話せ無いこともノアになら色んなことを打ち明けられる。

そして、それはきっと彼が飾らない人だから。

今まで1度もこんな気兼ねなく本音で話せる事はなかったから、心から全て打ち明けられることはリモーネにとってはとても嬉しい事だった。だから、心から自然に笑うことが出来た。

そして、そうした日々の中では、リモーネの中で確かに育んでいくものがあった。



「あはは」と笑う声が森の中に響き渡る。


「木登りって楽しいわね!いつも飛んでたからこんなに楽しいと思わなかった」


そうして川沿いにある木に腰掛けて足をブラブラと振れば、「野生児か」とノアが呆れ気味に突っ込んだ。


「ふふ、風が気持ちいい。自然が近くにある。鳥の声も川の流れる音も何もかも、実際に感じてるんだ」


リモーネがウキウキとした様子で話せば、ノアは呆れながらも笑みを浮かべていた。


「そんなに珍しいもんでもないだろ」


リモーネからすれば窓の外のさらに遠くの世界の話だ。

ずっと憧れていた自由を体感できていることに心が浮き立つ。


「叶えたかった夢の内の1つは叶って良かった」


「夢?」


リモーネの呟いた言葉にノアが首を傾げた。


「そう、ずっと、自由になりたかったの」


それがずっと、リモーネが思い描いていた夢。

間に合わなくなる前に叶えたかった。

リモーネもそろそろ限界を感じていた。

どこまでいったって、結局は本当の自由なんて手に入らない。

鳥は、遠く離れた場所に飛んでいっても必ず自分の生まれた場所に戻ってくるという。きっとそれと一緒。

何一つ自分のものを手放せやしないのだ。


でも、1番の叶えたかった夢は…


「一番の願いは叶えられないかな…」


思わずと言ったように零した言葉だが、ノアは聞き取った。


「一番の願いって?」


リモーネは迷いつつも、どうせここでこぼす言葉なんてリズとしての言葉でしかないのだと思い口を開いた。


「私、幸せな結婚をしたいの」


ノアの顔を見なくてもきっと素っ頓狂な顔をしているのだろうなと思った。


「私の両親ね、お互いに好きになって結婚したの。その話をお母様から聞いた時に、何て素敵なんだろうって思った」


両親の話も、絵本の中の物語のような話しも好きだった。それはきっとどちらの話にも本当の愛がそこにあったから。

それは子供の時の漠然とした憧れの感情。けれども、その願いはこの歳になっても変わらなかった。

そして、何よりもそう願うのは自分のコンプレックスがあったから。


「でもほら、私ってこんなんでしょ?だから、叶うはずないのよ」


本当の愛を育むためには、まず相手に、リモーネの体質を受け入れてもらう必要があった。


それも全てひっくるめて思い合えなければそれは本当の愛ではない。


けれど、きっとリモーネにその真実を打ち明ける自信はない。それを打ち明けてしまえばもう後戻り出来なくなってしまうから。

もし否定されてしまったらどうしよう。拒否されてしまったら、拒絶されたら?きっともうそこにリモーネの居場所はない。

だったら、と。言わなくてもいいでは無いか。言わなくたって幸せになれる。別に全てを知らなくたって愛し合うことはできるのだから、と自分に言い聞かせてきた。


「それだけの話しよ」


「つまり、リズの変身した姿も丸ごと合わせて好きになってくれる人と結婚したいってこと?」


ノアが思っていたよりも真面目なトーンで返ってきたことに驚きながら、「ええ、そうよ」と返答した。

ノアのことだからきっとバカにするだろうと思っていたが、以外と真剣に話を聞いてくれているのだと嬉しくなった。

とはいえ、どうせバカにされると思っていた分、あまりにも真剣に聞いてもらったことには気恥しさも覚えて、何か話をしないとと慌てて口を開く。


「わ、私、こんな見た目で、家族とは髪の色も瞳の色が違うの。だから、昔から奇異な目で見られていたというか、弟はお母様たちとと同じ、綺麗な栗色の瞳と髪色をしているから。それで、色々周りからも言われることが多かったの」


子供は正直だ。

自分の思ったことや周りから聞いた話を誰彼構わずに周りに話してしまう。

だから、リモーネの周りにいた子供たちもそのまま親達から聞いたであろう言葉で直接リモーネを傷つけた。

周りの大人たちは笑顔でリモーネを相手してくれるけれどそれさえも怖くなった。

本心ではきっと、周りの子供たちが傷つけた言葉と同じようにリモーネに対して思っているのだろうと思ったから。

そのせいで自分の小さな世界に閉じ込むようになった。屋敷の中以外の全ての人達が怖くて、殻の中に閉じこもるように外には出なかった。

そんな幼いリモーネは、窓を見た時に見つけた鳥の姿に強い感動を覚えた。自由に空を飛ぶ姿に強い憧れを抱いたのだ。

自由になりたい、何もしばられたくない。

自分を丸ごと全て、愛されたい。

きっとそれが、初めて魔法を使ったきっかけ。


「俺は…」とノアが口を開く。

リモーネはノアに視線を向けた。


「俺は、綺麗だと思った」


ノアはこちらを見上げながらそういった。

ノアの言葉にドキリとしながらもそのまま見つめる。


「初めてこの川で、鳥の姿のリズと会った時に凄く綺麗だと思った。それに、助けて貰ったこと、感謝してる。見ず知らずの人間だって助けるような優しいやつで、それに、お前といると楽しいし、だから、そのままのお前でいていいんだ」


ノアは柔らかく微笑む。

リモーネは顔に熱が集まるように熱くなって咄嗟に顔を背けた。

そのまま見つめていたら気が変になりそうだった。

とはいえ、もう既に心臓は壊れている。


な、なにこれ?


初めての状態にパニックだった。

何で今すぐに鳥の姿で飛び出したくなるような気持ちになるのか分からずに、でもここには居たい気持ちもあって、せめぎ合う気持ちの中で何とかその場に踏みとどまる。そうして小さく「ありがとう」と顔を逸らしながらも呟いた。

嬉しかったことは事実だったのでそれは素直な気持ちだった。

彼にリモーネの思いが届いたのかは分からなかったが、この流れる空気は嫌ではなかった。心地よくて、叶うならずっとこうしていたかった。


「…そろそろ行くか」


そう行ってノアは立ち上がる。

もう行くのかとガッカリした思いも感じながら、リモーネは木から降りようとしたのだが、はたりと気がつく。


「ね、ねぇ、どうやって降りたらいいの?」


は?といった感じでノアがこちらに顔を向ける。


「登った時と同じように降りてくればいいだろう?」


リモーネもそうしようと思っていた。

けれども、実際に下を向いた時にどこから登ってきたのか分からなくなってしまった。

リモーネがパニックになっている様子に気がついたのかノアが「じゃあ、鳥の姿になって降りてこられないのか?」と提案する。

そう、いつもならばこんな高さの木なんてあっという間に飛んで降りられる。

けれども、今のリモーネは何故だか変身することが出来なかった。

それはきっと、平常心ではないから。

ずっと心臓が高なったままのリモーネは集中して魔法が使えなかった。なんなら、降りられないことにも余計にパニックを起こして平静ではいられなかった。


「お、降りられない」


自分でも分かるくらい情けない声が出た。

リモーネは急に怖くなった高さに怯えて、幹にしがみつく。

そんなリモーネの様子にはぁとため息をこぼしたノアは、両手を広げた。

リモーネはノアを見下ろして意味がわからずに首を傾げる。


「そのまま飛び降りろよ。多分受け止められるから」


「た、多分?」


「そのまま木の上で暮らすのとどっちがいい?」


このままもし、夜になっても変身できなかったら…


リモーネはゴクリと唾を飲み込む。

そうして覚悟を決めるように幹からゆっくり手を離して体を支える枝を両手でしっかりと握りしめる。

ノアを見下ろした。彼はじっと両手を広げたまま見つめている。

リモーネはギュッと目をつぶって、勢いのままグッと手を押して体を空へと放り出した。

鳥の姿で空を飛ぶ時とは違って、身体がフワッと宙に浮いたかと思えば次の瞬間、地面に投げ出される感覚にヒヤリとする。

何かをつかもうと両手を動かせば、衝撃の中身体は硬い何かに包まれた。

「っぶね」という言葉を耳元で聞きながら、心臓は高鳴っていて、身体は強ばって掴んだものから離れようとしなかった。

ギュッとそのまましがみついたまま、彼の肩に顔を埋める。

ノアはリモーネの様子に大丈夫というように頭をポンポンと撫でる。

徐々に安心するように体の力が抜けて項垂れるようにしてノアの身体に身を寄せた。

ふぅと安心感を感じながら、はたりと抱きついているものを思い出して反射的に離れた。

彼の顔を見れば、少しだけ驚く表情をしていて、リモーネは恥ずかしくなって少し距離を空けて下を向く。


「ご、ごめんなさい」


彼からは「ん」とだけ返事があった。

そのまま、彼の表情を見る勇気もなくてただ俯いていた。


「ほら、帰るぞ」


先に立ち上がったノアが離れて座るリモーネに話しかけた。

ゆっくりと顔をあげれば、いつもと変わりない顔でノアがこちらを見下ろしていた。

当たり前ように言われた帰るという言葉にじんわりと胸が温かくなる。

ノアの言葉に「うん!」と微笑んで返事を返した。





「ん?何かしら」


川辺から戻ってくると、家の前に兵士の服装に身を包んだ人達が2人いた。

その異様な気配に、非常に嫌な予感がした。


もしかして、とうとう居場所がバレたのかしら。


危険を察知した身体はここから離れるべきだと足を後ろへ引く。


「ねぇ、…」


ノアの袖を引き、彼の顔を見ると、彼もどこか苦い顔をしている。


「どうかしたの?」


ハッとしたようにこちらを振り向いた。


「いや、何でもない。行こう」


と言ってノアがリモーネのの手を引いて踵を返した時だった。


「あ、見つけましたよ!さあ、そろそろお戻りください」


と言ってこちらに気づいた兵士の1人が向かってくる。

かなりご立腹の様子だ。

リモーネは焦った。逃げるべきかとオロオロする。

ノアの様子を伺うと、初めは逃げようとしていたみたいだが、思い直したようにこちらに向かってくる兵士に向き合った。


「さあ、もう十分な休暇は取れたでしょう。そろそろお戻り頂かないと困ります」


リモーネは咄嗟にノアの後ろに隠れ、俯いた。

ど、どうしよう…

まさか、居場所がバレるとも、捜索隊が出されるとも思っていなかった。


お父様だったら、うまい具合に誤魔化すか、お断りの旨を伝えているだろうと思っていたのだけれど


ノアが今どう思っているのか様子を伺いたかった。けれど、リモーネの方向からは彼の表情を読み取ることは出来ない。

とはいえ、リモーネ自身限界を感じていた事は事実だった。


もう観念するしかないのかもしれない。


ふっと肩の力を抜く。

リモーネは諦めるように微笑んだ。

ここの生活はとても楽しかった。

森が近くて、動物達もいて、そのままの自分を受け入れてくれる温かい人達もいる。

何より、今まで隠してきた秘密を家族以外で共有できた事。


初めての感情も、微かに心に灯った思いも全て、私の宝物になる。


…でも、迷惑を掛けてはいけない。

全てに蓋をしよう。


リモーネはゆっくりと一歩を踏み出した。


「流石にもうお帰りいただきますよ」


「…分かった」


と、頷いたのはノアの方だった。


…ん??


リモーネは怪訝な顔でノアを見る。


「全く、執務を放ったらかしにして。ロイス様もお怒りでしたよ」


「だろうな。全て丸投げしてきたから」

と平然と答える。


え?どういうこと?


てっきり自分を捕まえに来たのかと思ったけれど、その相手は何故か隣にいるノアと話している。

しかも、話からお互いに見知った関係のようだ。

リモーネが戸惑っているうちに2人で話がどんどんと進んでいく。


「全く。あなたは婚約を控えているのですから、行動は慎んで、気をつけていただかないと」


そう言った兵士はチラリとリモーネの方を見る。


「火遊びは控えてください」


「彼女とはまだそういった関係ではない。それよりも婚約って何の話だ」


サッとそのまま話を続けようとするノアに、リモーネは内心色んな意味で突っ込んだ。


(まだって何?まだって!)


色々気になるところはあったが、まずそこが気になった。

全く、何をこの状況で冗談を言ってふざけているのかと呆れながら睨んだ。

しかも、こいつ婚約者がいたのかと驚きの顔で見つめてしまう。


そんな話、一切しなかったのに


しかし、ノアの方は心当たりがないような訝しげな顔をしていた。


「いつ、俺に婚約者なんかができた」


「何を仰っているのですか。いなくなられる数日前にそのお話がありましたでしょう。全く、少しはそう言った話にも耳を傾けてください」


目の前の兵士は疲れ気味にため息をついている。


ノアの方は「そんな話もあったような…?」とほとんど覚えていないような様子だ。

リモーネは何となく、ノアの婚約者の方が気の毒になった。


「まあ、とにかく話は分かったが、婚約は解消させてもらう」


場の空気が一瞬凍りついた。

サラリと言ってのけるノアに、全く無関係のリモーネは第三者の立場として心の底から婚約者の方を気の毒に思った。


こんなのの婚約者なんて可哀想。


と、自分のことは棚に上げて。

とはいえ、ノアのまるで周りを気にしないその姿に、リモーネは感心した。

堂々と言ってのける彼の言葉には清々しさすら感じた。

自分の思うままに生きようとする事はまさに自由そのものである。


まぁ、ただのわがままではあるけれど


目の前ではっきりと言われた兵士は、カチコチに固まった体をフツフツと沸騰させ煮えたぎらせたあと火山が噴火するように、


「そんなこと…出来るわけないでしょう!!」


「出来るだろう。まだ、そこまで公の話では無い。一度も会ったことのない相手だし、誠意な姿を見せれば何とかなるだろう」


と、なんでも無い事のように言っている時点で誠意の欠片も無い。


「そんないい加減な話が通じるわけないでしょう。まだ、相手側からはっきりとした返事は来ていませんが、あなたにはなんとしても結婚してもらうために、周りが地固めをしています」


ノアは渋い顔をした。


「自業自得でしょう。まぁ、さすがにトントン拍子には行っていないようですが…」


と、兵士も渋い顔をする。


「何だ?」


ノアの問いかけに兵士は一瞬視線を彷徨わせた。


「実は、その、婚約者の方が病気で臥せってしまっているらしく、結婚の方が延期しそうなんですよ。だから、その…」


そこまで言って言葉を詰まらせる。

リモーネはどうしたのかと首を傾げた。

ノアも似たような反応だ。

目の前の兵士は躊躇いがちにもう一度口を開く。


「まだ、噂でしか無いのですが、あまりにも長い病気なので、…その、もしかしたら婚約者の方が…失踪したのではと…」


兵士はもう一度、噂でしか無いのですがと念を押す。

リモーネは目をぱちくりと瞬かせる。何とも、他人事だとは思えないような話だ。

ノアもあきれるような目でこちらを見ながら「何処も彼処も」と呟いている。

ノアの呟きにリモーネは気まずげに目を逸らした。


「なんであれ、あなたには城にお戻りいただきます。陛下も王妃様も、ロイス殿下も腹に据え兼ねていらっしゃいます」


「そろそろ、ご決断下さい」


ノアは何とも煮え切らない表情をしている。


けれど、リモーネはその間に割ってはいるようにノアの腕に飛びつく。


どこか引っかかる点はいくつもあった。

だが、そんな偶然が合ってたまるかと、すぐに頭の隅へと片した。

けれど今、聞き捨てならない言葉があった。


陛下!?王妃様!?ロイス殿下って…つまりは…!


「この人、誰!?」


今まで一言も喋らず大人しくしていた少女がこの上なく恐ろしい形相で迫ってきたことに、迫られた兵士の方は心底驚いたことだろう。

けれど、そんな事も気にしていられないぐらいリモーネは動揺していた。

兵士は目を見開きながら、ちらりとノアを見る。

伝えていないのかと視線でノアに向けていた。

ノアは視線に気づいていないかのようにそっぽを向いた。

兵士は深くため息を吐いた。


「この方はこの国の第二王子、ルイ・ロバイノア・ベネストラ殿下だ。陛下並びに王妃様のご子息であり、第一王子、ロイス様とは血の繋がった兄弟である。

王家の正統な血筋を持ち、そして、正式な婚約者もいらっしゃいます」


兵士は夢を見ている少女に現実を突き詰めるつもりで言ったのだろうけれど、今のリモーネはそれどころではなかった。


リモーネは口元を抑える。


嘘、でしょ...


兵士はまだ、続けて何か話していたが、もうリモーネの耳には入ってなかった。

リモーネはノアもとい、この国の第二王子、ルイ・ロバイノア・ベネストラ殿下を見上げる。

見上げた彼は、顔を青くさせたリモーネを気遣わしげに見つめていた。


だ、第二王子...つまり、つまり...私の婚約者...!?


衝撃の真実に言葉が出なかった。


「あああぁ!!!」


唐突な叫び声に思わずそちらを振り返る。

とてつもない大声の主はこの場に関係なさそうな、兵士のもう片方、若い男性で灰色の髪の背の低い方だった。

全員がそちらを振り向く。

灰色髪の兵士は無遠慮にリモーネを指さしながら、幽霊でも見たかのような顔で指と口をわなわなと震わせ、


「お、思い出した!!ロデリア公爵家の令嬢の特徴......黄緑色の...髪と瞳......!」


全員がこちらを振り向く。驚きのあまり思わず、ノアもといルイの後ろに隠れたものの、そのルイ張本人も穴があくほど見つめている。


ど、ど、どうしよう...


兵士の2人は硬直したまま目を丸くさせリモーネを見つめ、ルイも驚いたような表情で見つめている。

ルイ本人はまだ、婚約者自身の名前がうろ覚えのため名前を聞いただけでは繋がらないが、今の周りの反応やリモーネの経緯などから自然と、点と点が線で繋がっていた。それに、そういった経緯がなくともロデリア公爵家といえば由緒ある歴史を持った名家である。その名前を聞いただけで目の前の彼女がどれだけ特別な子かがわかった。

周りは驚きのあまり沈黙し、リモーネはだんだんいたたまれなくなってきていた。

そんな沈黙を破ったのはルイだった。


「そう、なのか?」


つまり、本当に自分の婚約者なのかどうか。

リモーネは戸惑いながらもただ一つ頷く。

周りが息を呑む気配を感じた。

ここまでくれば隠しても仕方がない。

もう既に混乱状態の現場に、今さら自分の正体がバレたところでなんてことは無いだろう、と無理やりに開き直る事にした。

そうしないとリモーネ自身、パニックを起こしそうだった。リモーネはまさに嵐のような出来事に頭が混乱していた。

何せこの場に問題の発端となった当事者が2人もいるのだから。

周りもこの状況をどう収束させればいいのかもう分からなくなっている様子だ。

現に、目の前の兵士2人はこの衝撃から抜け出せないでいる。

そんな中、考え込んでいた様子のルイが唐突にリモーネの手を掴み、軽く引き寄せた。


「えっ、ちょ」


リモーネはバランスを崩しながらも何とか踏みとどまる。

ルイの方を見上げると、既に平静を取り戻した様子で視線は兵士の方に向いていた。

何か兵士に言葉を告げると、リモーネの手を引きそのまま歩き出す。


「え、え、ちょっと」


リモーネは引きずられるままにルイの後ろをついて行く。その後ろを兵士がついてくる。

もう何が何だかと混乱している間に、近くに止めてあった馬車にルイが乗り込んだ。

必然的にリモーネも乗り込む。


「え、ちょ、え!?」


扉が閉まれば、馬が嘶くとともに馬車は走り出した。

掴まれた手は離れリモーネは、ルイが座った斜め前に腰を落とし、そして目をぱちくりとさせた。

何が起きたのかが分からない。

もちろん、馬車に乗って走り出したことは分かる。


でも、何故?


斜め前に座る男に視線を向ける。

ルイは窓に寄りかかり、こちらを見ようとせず、どこか難しい顔をしながら外を見つめている。


怒っているのだろうか。


まあ、自分の婚約者がこんな奔放娘だと分かればそんな気持ちにもなるだろう。


……でも、


それでも、何も変わらないと思っていた。


たとえ、自分の正体がいつかばれたとしても、ノアとは今の関係が変わることなんてないと心の中では思っていたのだ。


……まさか、こんな形でばれるだなんて思わなかったけれど


ガタゴトと体が揺れる。

この馬車は何処へ向かっているんだろう。

きっと、この馬車が止まるところにこの結末が待っているのだろう。

大人しく待とうとするけれど、心はソワソワと落ち着かない。

なんとも言えない緊張感がこの空間を埋めつくしていた。

リモーネはルイとは反対側の窓の景色を眺めた。馬車が進む度流れゆく景色を見ながら、どこか既視感を覚えた。

初めは何処かで見たことある景色だなと思っていたが、次第にその景色は自分の記憶とリンクした。


うそ、もしかして……


この馬車がどこへ向かっているのかを瞬時に理解した。

そして、馬の嘶きと共に馬車が止まったところは見間違えようはずもない、見慣れた自分の家だった。

そうして呆然としたリモーネはルイに導かれるままに外へ出る。

久しぶりの我が家を前に懐かしさと同時に、異常な緊張感に包まれた。

黙って家を出て行ったというのに、のこのこ帰った挙句、隣にはその発端となった張本人を連れているわけで、笑顔でただいまと言う気にはなれない。

叶うのならこのまま回れ右をして戻りたい。

そんな気持ちとは裏腹にリモーネの手を引き、ルイはどんどんと前へと進む。

と言うよりも、どうしてルイと私は我が家に向かっているのだろう。

今更ながら疑問を抱いた。

このタイミングでこの表情で我が家へと向かう理由。


……婚約の取消し


他に考えようもないだろう。


婚約者同士がお互いの身分を知らず、偶然いあわせた場所で偶然出会う、こんな偶然を運命、だなんて思うのはおとぎ話の世界。現実的に見れば役割を放棄した奔放娘なんて無責任もいいところで、こんなのが王族と結婚なんて以ての外だ。


おまけに、私は複雑な問題も抱えているわけだし。


扉を開け、中へとはいる。

玄関をくぐると、音に気づいた母と父が階上から姿を見せた。一瞬2人とも娘の姿を見て動きを止めたものの、すぐに階段の方へおどりでた。しばらくすると、音に気づいたのか栗色髪の弟がひょこっと姿を見える。


「報せも伝えず、突然の訪問申し訳ありません。ロデリア公爵」


そう言ってお辞儀をする。

2人ともそのままの格好できたため平民の格好をしているのに、彼はそれでも様になっていた。

彼は断りをいれると、リモーネの手を引きながら中へと歩みを進めた。それに引きずられながらリモーネもトボトボ歩みを進める。


「どういったご用件でしょうか、殿下」


父が口を開いた。

今の今まで置き手紙ひとつ置いて家を離れた娘を連れ立って訪室したのだ。ただ事ではない。

母も戸惑いながら私の方に視線を向けている。


「今日は婚約の件でお話があって参りました」


来た。

咄嗟に身を固くする。


「どう言ったお話でしょう」


父も娘の様子から感づいたのか話す前に、聞こえた訳では無いが、小さくため息を着く様子が見られた。

きっと、良くない話だと分かっているのだろう。

リモーネはいたたまれなくて下を向いた。


「婚約の件、正式に私からもお願いしに参りました」


時間が止まった。ルイの発せられた言葉にここにいる誰もが動きをとめた。

何を言ったのかリモーネも理解できなかった。

顔を上げ、ルイの顔を見ればまっすぐに父を見据えている。

その父を見ると、さっきまで毅然とした顔が惚けたように口を開いて呆然としている。

その後、ふっと意識の戻った父は、どこかあたふたしながら言葉を返す。


「え、ええ、もちろん婚約の件は正式に伺っております」


と、娘の顔を見て父の顔が神妙なものに変わった。


「もちろん、婚約のことは、了承致しました」


そこで一旦止まると、話を続ける。


「しかし、私は父親として娘の気持ちを考えてはおりませんでした。今はリモーネが、娘がこの件を前向きに考えない限り、お受けするつもりはありません」


リモーネは父の返答に驚きながらも、そんな父の真剣な様子に自然と涙が込み上げた。

潤んだ瞳を隠すために下を向く。

娘が家出をしたことで父自身も思うことがあったのだろう。侯爵家当主としての立場があるにもかかわらず最後は父親として娘の思いを尊重することを選んだ。そんな父の選択が何よりも嬉しかった。

そんなリモーネの目の前でルイの動く気配があった。

片膝を着いたルイは真っ直ぐにリモーネを見つめる。


「リモーネ・ロデリア嬢、正式に私の婚約者となって欲しい」


差し伸べられた手を見つめる。

しかし、体は固まって動かなかった。

嬉しいという感情はあったが、真っ先に胸を覆い尽くしたのは不安だった。このまま本当に婚約してもいいのだろうかという思いがリモーネを不安にさせる。

散々、婚約を嫌がったというのにこんなに簡単に引き受けてもいいのか、自分に王族の役目なんて務まるのだろうか、魔法のことだって。色々な事が頭の中でぐるぐると駆け巡る。


この手を取れば引き返せない。


そう思った瞬間、リモーネは鳥に姿を変えてルイの横をすり抜け扉の隙間から外へ飛びたっていた。

一瞬、すれ違う瞬間ルイの驚いた顔を見た。

申し訳ないと思ったけれど、あの手を取ったらもう引き返せない。

その覚悟が自分の中にはまだなかった。



その場の誰もが呆然と立ち尽くした。

誰も彼もが言葉を出せずにいたが、そこで声を上げたのは幼い声だった。


「僕行ってくるよ」


まだ10歳になったばかりのロットは、まん丸の茶色の瞳を瞬かせながらそう言った。


「姉さんとお話してくる」


そう言って階段をかけ下りる。その背中に母親は「ロット」と心配気な声を出していたが、ロットは立ち止まることなくノアの横を通り過ぎる。

ノアは通り過ぎるロットを見つめた。

ロットの姿は、確かにリモーネとは髪も瞳の色も違うけれど、どことなく雰囲気はリモーネのそれと似通っていた。

それに、通り過ぎたロットは幼くも凛々しかった。

今、リモーネの元へ自分が行っても何か出来る気がしなかった。

ふっと笑って肩の力を落とす。

情けなくも、今の自分ではこの弟に敵わないと感じてしまった。




自分でも自分が分からない。


飛び出した勢いのまま、屋敷内でも1番大きい木の高いところに鳥の姿のままいた。

今は後悔の念に苛まれている。

あれでは嫌だから断ったようだ。確かに不安な思いがあった。まだ、自分の中で覚悟がなかった。けれど、彼が嫌いな訳では無い。全ては自分の問題なのだ。

結局、私は家出をした時と何も変わっていない。魔法に頼って逃げ出すばかり。言い訳ばかりでその問題に立ち向かおうとしない。

周りに迷惑ばかりかけて、この有様だ。


私が、どうしたいのかも分からない…


こぼれる涙も無性に情けなかった。



「姉さん」

幼くもハッキリとした声はリモーネの耳まで届いた。

聞こえた方へ目を向ければ真っ直ぐこちらに視線を向けるロットの姿があった。


いつもそう。

弟はどこにいても、鳥の姿であってもすぐに私を見つける。


「姉さん、大丈夫だよ!〝僕がこの命に変えても必ず姉さんを守るから〟」


リモーネは鳥の姿でビーズのような丸い黒目をぱちくりさせる。

それは昔読んだ絵本で聞いた言葉だ。

勇敢な騎士が姫に忠誠を誓う時にいうセリフ。


『 この命にかえても姫をお守り致します』


〝「騎士様はね、お姫様のことをね大切に思っているのよ」

膝の上に座る小さな弟に伝える。

「それでは、僕も大切な人ができた時にこの言葉を伝えます」

そう言ってニッコリと微笑む弟〟


大切で愛しい思い出。

そしてその思い出を忘れずにいてくれたのだ。

自然と飛び立って弟の元へと降り立つ。

弟が伸ばした手の上にそっと自分の手を乗せた。

小さな弟に助けられたことに恥ずかしくても嬉しくてそっと笑みを浮かべる。


「ありがとう、ロット」


そうはにかみながら言う姉にロットは元気よく「はい」と頷いた。




建物へ戻ればルイは気を悪くした様子もなく、寧ろすまなかったと謝った。

返事はまた後日でいいと行って、ルイは城へと帰って行った。

リモーネの方も1度、色々な事を整理したかったし家族とも色々と話さなければ行けないことがあったため異論もなく頷いた。

ただ、ルイとの間にわだかまりを残したくなくて去り際に「さっきは…」と謝ろうとしたが、「大丈夫」と言って彼は微笑んで「少し功を焦ってしまった。ゆっくりでいいんだ。時間をかけてまた話そう」と言ってくれた。

そうしてその後は、家族への事情説明やら謝罪やら説教やらで慌ただしく、あっという間に夜も来ればぐったりしていた。

リモーネのは久しぶりのふかふかのベッドの上でうつ伏せに埋もれた。

怒涛の1日に、疲労困憊だった。

家出してからも楽しく過ごせていたが、なれない生活に少しずつ疲れは溜まっていた。

その疲労がベッドに飛び込んだことで一気に身体にのしかかる。

重い瞼を感じてうつらうつらしながら、長かった家出生活に思いを馳せた。

リモーネからすれば壮大な冒険。ずっと見てみたかった外の世界を体験することが出来たのだ。

そうして色々な初めてに触れ合うことが出来て心が踊った。けれども、いつかは終わる冒険だった。夢は覚めるもの。冒険が終われば虚しいだけだと思っていた。

でも、何故だろう。胸は高鳴ったままで、これからの事にワクワクしていた。

きっとあの冒険は終わったのだ。じゃあ、何に胸を躍らせているのだろう?

とはいえ、今の自分にはいくら考えても分かりそうになくて、まぁ、きっとそのうちわかるだろうと未来の自分に放り投げてリモーネはそのまま夢の中へと深く深く沈んでいった。




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