旅人の行方

きと

旅人の行方

 美しい草原の中にまっすぐに伸びる道路を一台のバイクがけ抜けていく。この道路が向かう先にあるのは、灯台があるだけの小さなみさき。走っていくにつれて少しずつ香ってくるいその香りが、より気持ちを高揚こうようさせる。

 そんな綺麗きれいな景色の中でバイクにまたがっている女性、美希みきの心の中はもやもやと曇っていた。

 悩みがとどまることなく成長して、頭の中を支配していく。何をしても心が晴れず、気持ちは憂鬱ゆううつになるばかりだ。

 部屋の中でぐるぐると迷っているだけだからダメなのだ。外に出て、新しい風に吹かれてみよう。

 そう思って趣味のツーリングに出てみたが、新しい風を感じても何も事態は好転しなかった。

 草原の中を走り続けて、10分程で岬に着いた。バイクを駐車場の端に止める。どうやら先客がいるようで、駐車場には美希もの以外のバイクが一台止まっていた。

 柵に囲まれた遊歩道を歩き、灯台がある岬の先端へとたどり着く。そこには、晴天の青空と海の青が溶け合い、まさに絶景と呼べる景色が広がっていた。

「あ、こんにちはー」

 海を見ていた美希は、背後からの声に振り向く。そこにいたのは、ライダースジャケットには少し不釣り合いの幼い顔をした女性が立っていた。彼女が、この岬に来ていた先客のようだ。

「こんにちは」

「お姉さんもツーリングですか? ここに来るまでの道、気持ちいいですよね。悩みなんて吹き飛んじゃいそう!」

 悩み。その単語が出てきて、美希の頭が再びかげる。

「ん? 何かありました?」

「え、いや、なんでも……」

「隠してもわかっちゃいますよ~。こう見えても、教師でいろんな表情を常に見てきてますからね」

 本当は、あまり人に話したくないことなのだが、これは逃げられそうにない。美希は、深呼吸して話し出す。

「実は、会社をクビになりそうで……」

「ふむふむ。なりそうってことは、まだなっていないんですね?」

「そうです。でも、時間の問題ですよ。いずれ、正式にクビが決定して、また無職です」

「また無職ということは、今までにも似た経験を?」

 美希は言葉を使わずに、黙ってうなずいた。

 美希は、公立の大学も出て、しっかり新卒で社会人生活をスタートさせた。しかし待っていたのは、他人より自分が劣っていると見せつけられる日々の始まりだった。何をしても自分より上手くやる他人がいる。やがてクビを遠回しに示唆しさされるようになった。自分にこの仕事はあっていないのだと思い、転職して今の会社に入って、自分なりに頑張っても、それでもダメだった。

 自分にできることなどない。自分はどうやっても誰かの劣化版なのだ。

 私は。

 いったい私は。

 いったいこの人生は。

 なんなんだ?

「うーん、私にはそう言った経験がないので、これが答えになっているか分かりませんが――」

 女性は、海を指さして、

「どんな道でも、何処かにつながっている……ってところですかね?」

「どんな道でも……?」

「はい! 今の貴方の道は、けわしい山で先が見えないでしょう。でも、走り続けていればきっと絶景が待っているはずです。ほら、山道を登ったらいい景色があるって相場が決まっているじゃないですか」

「でも、その先にまた山があったら? その先が荒れ果てた海にしかつながってなかったとしたら? 道がどうやっても超えられない場所につながっていたら?」

「山があったら、また昇るだけです。一度、険しい山を経験しています。案外気楽に登れるかもしれませんよ? そして、荒れ果てた海のような超えられない場所につながっていたら――」

 女性は、満面の笑みで答える。

「別の道に逸れてみるのもありじゃないかと、私は思います」

「別の、道……」

「もしその別の道がだめなら、また別の道。道なんていくつもあるんです。荒れ果てた海や山につながる道だけではないはず。行けると思ったらチャレンジして、やばいと思ったら逃げる。そんなことを繰り返しても――いずれは、絶景につながっていますよ」

 逃げて、逃げて、逃げる。

 そんなことを繰り返したら、他人にどう思われるだろう?

 きっと、いい顔はされないはずだ。

 でも、道はいくつもあるのだ。そんな逃げまくった自分を受け入れてくれる場所を探していけばいい。

「ありがとうございます。なんだか、気分が晴れました」

 美希は、女性に深く頭を下げた。

「では、そのお礼として、一緒に写真を撮ってもらえます? 今日に記念に!」

「その写真、あとで私にくださいね?」

 この道の先のことは、誰にも分からない。

 でも、きっと大丈夫。

 そう信じる美希は、女性とともに晴天のようなまぶしい笑顔を浮かべた。

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旅人の行方 きと @kito72

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