往生際

かぼちゃ天

第1話

空はもはや紅色を通り越して暗くなってきている。

数分前まで目の前のグラウンドで鼻の頭を赤くして、走り回っていた小学生は、いつの間にかいなくなっていた。

「さむ……。」

はぁ、と吐く息は白い。寒いのに、北村紫月を待つ間に何を思ったか私は棒アイスを食べていた。

ギイギイと喧しい音を立てながらブランコを漕ぐ。昔は、足が地面につかずに怖がっていたっけ。そんな事で怖がる私を、紫月はいつも助けてくれた。


感傷に浸っていると、隣から

「わっ!びっくりしたー?」

と声が聞こえた。

堂々と遅刻してきた彼は、人懐っこい笑みを浮かべて、私の隣に立っていた。

思わず『ハズレ』と書かれた棒を握りしめてしまう。

「紫月…」

「遅れてごめんね。約束破っちゃった。」

ブランコの上に立ち、微動だにしない彼は、既に亡くなっている。

自宅の前で事故に遭い、目を覚まさなくなった。その事実を信じられず、私は毎日、事故にあった日に待ち合わせをしていた公園に通いつめている。

彼を待って、待ち続けて、半年は経った。

日が落ち、月が出ても、両親に怒られても、懲りずに毎日通った。


「遅いよ…。もう卒業しちゃった。高校も決まった。一緒に高校に行こう、って勉強頑張ったのに!」

上手く口が回らない。きっと何を言ってるのかなんて分からないぐらい酷かったと思う、

それでも、彼はずっと頷きながら私の話を聞いてくれた。

「ごめん…。本当にごめん。」

「嫌だ…絶対許さないから!」

2人とも顔がぐちゃぐちゃになるほど泣いた。

辛くて、待ち続けるのをやめようと思った事が馬鹿らしくなるぐらい、幸せで儚い時間を過ごした。


___目線をあげると、彼の体越しに綺麗な月が見えることに気づいた。

私の目がおかしいのかと思い、目を擦ったが、変わらなかった。

残る結論は、1つしかない。


彼の体が、透けている。


「やだ、また消えるの?私、待ち続けなきゃならないの?」

混乱しながら口にした言葉は浮世離れしていた。

そんなわけない、ふざけているのか。と笑ってくれ。そう願って、彼を見つめた。

「…多分もう行かなきゃだ。」

「行かないで、お願い。私、紫月がいないと…。」

「本当に時間だ。大好きだったよ。もう俺の事は忘れて幸せになって?」

ドラマや小説でよく聞く、キザな言葉を言うなんて、紫月らしくない。

最後にそんな、彼の本心じゃない言葉で終わらせたくはない。

「いつもみたいに、励ましてよ。最後のわがまま。お願い。」

泣きすぎた喉はガラガラで聞くに耐えない。けど、笑った紫月はちゃんとお願いを聞いてくれた。

「大丈夫、美奈ならやっていけるから。」

根拠なく、「大丈夫」と言ってくれる_にいつも励まされていた。

「うん…。うん。ありがとう。」

無理やり口角を上げて笑った私を見て、頬に手を添えたまま、彼は消えていった。


カラン、と音を立てて木の棒が落ちた。

もう価値の無いはずの棒を拾う。

『ハズレ』と書かれているのに、これを見る度に、今日の事を思い出せそうだったから。

彼の透明な体のベールに覆われていた月は、解放されたように美しく輝いていた。

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往生際 かぼちゃ天 @m0unemui

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