第4話 人心は奇
陽が落ちきって空が黒くなるにつれ、ガス灯の明かりがその主張を強めてゆく。
シャレイたちの前の通りで三人の男たちを
止まれという声に逃走犯が従う素振りはない。
「うわっ!?」
「眩しっ──!」
地に落ちた球体が弾けた。轟音と盛大な火花が散って行く手を遮る。足を止めた三人組を
「今の、分かるか」
いつの間にか隣にいた
「えーっと……。しいて言えば、あんな小さい球があれほど爆発するなんて?」
「正解だ。投げるときの遠心力、投擲、破裂の規模、ぜんぶ
「増幅……。それが皇和国の術理?」
「あとはアレだ」
視線が示すほうを見る。もう一人の
大振りを避けた
思ったよりも音はない。打ち込まれた二発に男が身体を折りたたむ。激しく咳き込んでいるが出血している様子はなかった。隙をついた
「今のは着弾直前に威力を抑制させていた。聴取が終わっていない奴に死なれたら困るからな。
「じゃあこの国の
「所有物に生じる現象を制御する。それが皇和国の術理だ。制御とはすなわち増幅と抑制。摩擦や浮力、慣性、弾性その
「そう……めん?」
シャレイが首を傾げると、
「外国人には通じないよねっ。気を落とさないでっ
「ぬぐぅ、お、面白くないか? 亜音速で滑っていくそうめん。拾う側も命がけで箸の強度が肝心という」
「たぶんっそうめんが通じてないんだと思うっ。国を越える唯一の
フォローも
そこへ捕縛を終えた
その表情は硬く険しい。
「おいそこの
二人のほうも彼を知っているようだ。
「お久しぶりですっ
「おお、
「挨拶などいらん! 近寄るな! 狂気が
「
「言われずとも分かっている、ただの嫌味だ! おいっ、すり寄るな、腕を掴むな!」
「
「はーいっ」
「増えるな! 挟むな!!」
「シャレイちゃんもほら」
「ほらって言われても……。え、ちゃん付け?」
よく知らない男三人が乳繰り合っている中に混ざりたくない。
嫌がる
「それで、あいつらは何だ? またあのはた迷惑な
「逆だ。頭のいかれた罹患者を
「またか。いい加減に布教を禁止すべきではないか? 宣教師狩るか」
「阿呆が。外交問題になる。とはいえ
頭をわし掴みにして抱き着く二人を無理やり引き剥がす。
ちょうどもう一人の
「誰か、ちょっと手伝ってください。そこのえーっと、制服着てる」
「お呼びだ
「仕方がない。少しなら手を貸そう」
「いや仕事をしろと言うとるのだ」
「まったく。おい
「はーいっ」
「お前なぁ。しっかり
「ごめんなさいっ。楽しそうでっ」
「理由になっていない。貴様らのようないつ暴発するかも知れぬ奴らは、ひたすら
「はい。ごめんなさい。気を付けますっ」
「ふんっ。分かればいいのだ」
見送って振り返った
「ああっ、鼓膜は大丈夫でしたか?
「声の大きさより、内容が……」
「内容っ? そんな変なことは言ってなかったようなっ。……ああ、そういう。けど大抵の人は、罹患者とその関係者にはああいう態度だよっ」
少年が当然のように言うから、シャレイは胸に不快感が溜まるのを感じた。
「あなた、あんなふうに言われて悔しくないの?」
「悔しい……ですかっ? ははっ、
「でも、あの人は同僚でしょう」
「普通の
「その例えはよく分からないけど、それでも、理不尽な物言いをされれば普通は怒るでしょう。そうでなくても嫌な気持ちにはなるはずで……。ちょっと言い返すくらいは」
思いのままに言い募るが、あまり響いているように見えない。
どころか少年は、説明されてやっと理論に納得がいったというように笑う。
「……なるほど。言われてみればそうかもっ。次からそうしますっ」
頷く少年に、シャレイは大きな違和感を覚えた。この少年の言動には、なにか大事なものが抜け落ちているような……。
違和感の原因を
「おい
「はーいっ?」
大声に驚きもせず
「忘れるところだった。これを。昼に暴漢を取り押さえたとき、店のご婦人に頂いた余りだ。甘味は得意だったろう。上手く処分しておけ」
「わあっ、おまんじゅうだっ!」
「二つしかないが……。そちらのやたら白い女性は。よもや異国のかたか?」
心臓が跳ねる。密入国者と知れたら追われることになるが。
「観光案内中ですっ」
すかさず
「ふむ? そうか失礼したお客人。
「はーいっ」
残された白い
「な、なんで……?」
もはや
今度はさすがにシャレイの困惑を理解したらしい
「面白い人だよね。指標にしてる世間の評価と自分の実感が噛み合ってないんだっ。本人はそれに気づいてないみたいっ。けっこう良い人なんですよ」
「
白い生地に目を落とし呟く。
道端で
「おい、なんだそれは」
「
「あの無自覚甘やかし男めが。おいお前、朝にもこっそり甘味を食っていただろう。一日の必要摂取量は与えた三食で十分なはずだぞ。オレは健康的な食生活を計算して作っているんだ」
「えーっと……。でもこの後、普段より動くしっ。ね?」
きゃるんと上目遣いに許しを請う
「ではさっそく動いてもらおう。ほら、シャレイちゃんも行くぞ」
「やっぱりちゃん呼び……」
しかも自炊している可能性まで浮上した。
「それで
「やっと連絡が来たらしい。おい、お前の妹を見つけたぞ」
シャレイに向けてそう告げた。シャレイは
妹と言われて、ただそれだけでカッと思考が熱くなる。
(守らないと)
まずいと思った。まだこっちは何も出来ていないのに。
このまま妹を彼らと会わせるわけにはいかない。近づけるわけには。
(何があろうと、私がどうなろうと、妹だけは、守らないと……!)
そのためだけに
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