第1話 望み通りの邂逅
港から
いまも荷を運ぶ者や外国人の一団が呼び止められ、首都の
関所の中でも三階の角に位置する一室は、鉛のように重苦しい沈黙に包まれていた。
中央と端に一つずつ机があり、端のほうでは制帽の軍人が聴取の記録を取っている。逃走を
女性は白い肌をさらに緊張で青白くさせ、固い面持ちでうつむいていた。対面の椅子は今は
血管を引き絞るような終わりの見えない緊張感がかれこれ一時間は続いている。
沈黙が重く降り積もる部屋に、ふいに冷たい空気が吹いた。
扉を開けて新たに二人の男が入室してくる。新しい尋問官だろう。シャレイはブロンドの間から彼らを見上げた。
先に立って椅子に腰を下ろしたのは、黒髪の青年だった。短い髪を縛る鮮やかな飾り紐が前つばの帽子から覗いている。銀縁の眼鏡が鋭い目つきを助長させるようだ。服装は他の
青年は不機嫌そうに顔をしかめ、冷たい空気を放っている。
もう一人は青年と対照的に暖かな雰囲気をまとった少年だった。青年が二十代序盤とすれば、こちらは二十になるか否かといったところか。制服ではなくシャツの上から和服を着ており、頭も無帽だ。おかげで赤い巻き毛の揺れがよく見える。長い襟足は毛先が
とても
青年が見張りの男たちに何事か呟くと、彼らは険しい表情で出て行ってしまった。部屋には新顔の二人とシャレイだけが残される。
扉が閉まると同時に青年がさっそく口火を切った。
「お前が密入国容疑者シャレイ・ルスファだな」
「…………」
「どうした。もしや言語置換が働いていないのか。まいったな」
「……あなたたちは」
「なんだ通じているじゃないか。俺達を見て分からないか。尋問に来たんだ」
青年が土足のまま机上に足を乗せ、姿勢悪くシャレイを睨みつけてくる。今までのどの尋問官より高圧的だ。そんな青年の肩を少年が掴んだ。
「駄目だよ
「のわあっ!?」
言うが早いか少年は青年を放り投げるように椅子から落としてしまった。
盛大に尻餅をついた青年がすぐさま立ち上がり拳を振りかぶる。拳は少年の頬へ吸い込まれていった。
何が起きたか理解できず、シャレイは意図せず顔を上げた。
反対側の壁まで吹っ飛び、逆さに転げた少年が頬を膨らませる。
「痛ぁい。そんな怒らなくてもっ。あっ、もしかしてお尻とか割れた?」
「とっくに二分割だ。落とした理由を
「
「そういう事は先に口頭で伝えろ。
「あ、そっか。そうだね。次からそうするっ」
親切心に応えるような笑みで少年は椅子に腰かけた。
「おれは
少年の喋りかたはどこか焦って聴こえる抑揚をしていた。そんな彼の後頭部を
「誰が黒くて怖いだ」
「あだだだだだ握力ぅっ! そういう痛みは求めてないっ!」
「ふんっ」
やっと解放された
「ふぅ。でっ、おれたちはこう見えて
「…………」
「そういえばっ、ルスファさんは人を探してるって調書にあったっけ。それって──」
「──
「え?」
問い返す吐息が聴こえる。シャレイは唇を噛んで重い口を開いた。
「
「だから俺たちが来たんだ」
「じゃあ、あなたたちが
「だったらどうする」
冷たい
シャレイは
「
思わず腰が浮く。前のめりになったシャレイに二人は虚を突かれたようだ。我に返ったシャレイは頬を染めて硬い椅子に座りなおした。
「
「そうだねっ。発狂したら理性ないしっ。危険な異能ならいつ人を殺すか分からない。自由にするのは危険かなっ」
「けれど
「どうしてっそんなことを訊くの? ルスファさんは発狂しているようには見えないけどっ」
投げ返される困惑顔に、シャレイは心臓をつままれた思いで視線を落とした。
「…………妹が。それで、この国に」
「密入国してまでやって来た、と」
青年は言動に問題こそあれど、暴れ出しかねない精神状態には見えない。
やはりあるのだ。溢れる狂気を抑える
たった一人の妹を狂気から救う、その手立てがこの国にある。
シャレイの熱い視線を受けて
「
回り込んでシャレイの背後に立つ。声が上から降ってきて思わず首を縮めたが、どれだけ堪えても痛みはやって来ない。それどころか手首の
「ついて来い。お前の身元は俺達が預かる」
「えっ、ちょっと待って。どういう? なになになになに!?」
急に腕を掴まれ椅子から引き立てられた。本当に部屋を出て廊下を進んでいく。
この青年は何を考えているのか。密入国者を
隣に並んだ
「大丈夫っ。
「…………はい?」
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