思い出が振り向く時

桐生甘太郎

思い出が振り向く時



歌は、人に思い出を与え、慰めを施し、悲しみや喜びを思い起こさせる。


私は、坂本九の「上を向いて歩こう」を聴いていた。


スマートフォンにダウンロードした曲を、Bluetoothのイヤホンに送って聴く。レコードで聴かなくとも、その声が褪せるわけはない。


なだらかな海のように、深い優しさを思わせる坂本九の歌声には、どんなに強い悲しみも預けてしまえそうで、その豊かな歌声に、満足して身を任せていた。


でも私は、曲を聴きながら、突然にこう思った。


“時が去ってしまった”


その思いが急に胸に湧き、私はひどく悲しくなった。どうしてだろうと考えてみれば、それはすぐに分かったのだ。


坂本九がこの歌を歌った時代は、もう永遠にやって来ない。


日本の景色も、人々の心も、様変わりをして、当時と全く変わらないものなどこの世には残っていない。


時が去っていく事は誰にも止められない。だから人々も去っていってしまったのだ。


だけどそれは、悲しみだけを表すものではない。


坂本九と、同じ時代を生きた人々が姿を見せる事はもうないが、時が流れていけば、歌は新しく私達と出会い、今後もずっと変わらず、新しい愛に迎えられ続けるだろう。


時が去り、人が去り、それでも新しく愛に出会う。それはまるで、人の一生のようだ。


そう思った時、脳裏に坂本九の姿がぱっと浮かび、彼は振り向いて手を振り、微笑みながら頷いた気がした。

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