第2話
結局、このあとの仕事には全くと言って良いほど身が入らず、定時になっても予定分を消化出来ていなかったので残業する羽目に。それだけならまだしも、見かねた課長にちょっとだけだが手伝ってもらう始末だった。
それだけにとどまらず「あんな話を振った俺にも責任がある。帰ってもどうせ一人で暇だから」と自虐ネタで気遣われる始末。それが申し訳なく、私はだらけた体にムチを入れて目の前の仕事をこなしていった。どうにか予定分をこなしたのは十九時を十分ほど過ぎたころだった。
「こんなところか。そろそろ帰ろうか」
「……はい。あの、すみま――」
「気にするなって。それよりさ、ちょっと例の話の続きでもしないか? 帰り支度しながらで構わないから」
「例のって、死神のことですか?」
「そうそう。あのあとも気になることを他の子たちから聞いてね。なんだか知れば知るほど興味深いんだよ」
課長に倣い、私も上着に袖を通したりパソコンの電源を落としたりと帰り支度を始める。はて、興味深い話とはなんだろう。
「死神は一見、普通の人間の姿をしているらしい」
「区別がつかないってことですか?」
「そうみたいだ」
なんだ、鎌とか持ってないんだ。ちょっと拍子抜け。でもそのほうが怖くなくて良いかも。
「もしかしたら普通の人間に紛れて虎視眈々と命を狙ってるのかもしれないぞ。実は俺、死神に姿形をそっくりコピーされた偽物だったりして。本物はとっくの昔に殺されてたり」
「やめてくださいよ……。ドラマの見過ぎです」
警戒するように半歩下がる私は控えめに言ってもアホだ。そんな話があるはずないのに。
「こういう話をした直後に遭遇するのってホラー映画だとお決まりだろ?」
「もう……。帰りますよ」
仕事を手伝ってもらった直後に思うのもなんだが、この人は私と二回り近く年が離れているのに良くも悪くも上司としての威厳がない。なんだか耳年増な女子生徒の相手をする男性教師になったような気分でフロアの電気を消すためにスイッチへ近付くと、ついさっきまでと明らかに違う声色が私の背を射抜いた。
「死神は男女に拘らず、こんな恰好で死が迫った人の前に現れるんだと」
錆びついたロボットのような動きで振り向くと目の前には課長がいた。どうにか悲鳴は漏らさずに済んだが足音も立てずに間近へ接近した彼に底知れぬ恐怖心を抱く。急に知らない男の人に話し掛けられたらこんな風に身が強張って動けなくなってしまいそうだ。
そこにいるのは間違いなく課長だ。でも纏う雰囲気が違う。よく見ると服装にも変化がある。
電車の運転士やタクシードライバーが被っていそうな横幅が広くて頭頂部が平らな帽子のツバに手をやり、ニヒルな笑みを浮かべる課長。スーツという共通点こそあるけど肩にはエポレットと呼ばれる金色の飾りが付けられ、袖口には同色のラインが三本のリングになっていた。とことなくパイロットか位が高い昔の軍人のような出で立ちだ。
一体いつ着替えた。
「か、ちょう……?」
「ちょっと付き合ってもらえるか? ”私”を呼んでる人がいるから」
「え、ちょっ」
言うが早いか、課長は呆気にとられる私を置いてそそくさとオフィスを出た。体こそ自由だけど断れる雰囲気ではないことを察した私は渋々ついていくことに。こんな時でも上司の命令を律儀に守る私は立派な社畜だな、と嘲りながら。
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