第5場
「それじゃあ話し合いをしますか」
翌日の放課後。この日は蒼は来ておらず、三人だけだ。珍しく机と椅子を並べて座っている。
「話し合いって何を話し合うんだよ」
「蒼くんのことだよ。……昨日の」
三人は昨日の蒼の様子を思い浮かべた。
「言っちゃなんだけど、来ないんじゃないかな、たぶん……」
優里は暗い、それこそ顔の上半分に影が出来そうな表情で言った。
「私は来ると思う」
愛海はそう考える根拠を述べる。
彼が本当にロボットであるなら、良くも悪くも誠実。だから何かしらアクションがあると思う。それに、私は蒼くんには部活辞めないでほしいと思ってる。
「二人は?」
愛海が話を振ると、優里がバッと立ち上がって答える。
アタシは、蒼クンがロボットだなんて信じられない。昨日の蒼クン、泣いてたんだよ! あんなの人間にしか見えないじゃん。
「恵は?」
恵は愛海と優里を一瞥し、ひと呼吸置くと、いつにもなく真剣な眼差しで言う。
「俺は昨日突き飛ばされたこととか、気にしてない。ただ、ロボットだって信じられねえ。でも……」
「でも?」
「アイツは心を持っている。そう感じたんだ」
「なら、蒼くんを引き止める、でいいね」
愛海の目配せに二人は頷いた。
愛海が「入って来て良いよ〜」と言うと、蒼が俯いたまま入ってきた。
「失礼、します」
蒼は壁際に背負っていたバッグを置くと、改めて三人に向き直る。そして次に行ったのは、謝罪だった。
深々と頭を下げる彼に、三人は自身の思いを、演劇部をやめないでほしいと訴えた。
ロボットかどうかなんて関係ない。気にしない。君は私たちと同じ人間だと。
蒼は理解出来なかった。なぜ自分にそんな優しくしてくれるのか。でもその疑問は、次に聞こえた言葉で払拭された。
『仲間だから』
この世に便利な言葉は存在しない。蒼はそう思っていた。便利な言葉があるのなら、自動化出来る言葉があるのなら、自分のこの『心をこめるとは何か?』というか疑問もなくなるはずだからだ。
でも、あの言葉を聞くと、不思議と納得出来てしまう。
「お前は、もう心を込められるんじゃないのか?」
「え?」
恵は蒼と向かい合った。
お前は、言葉で『心こめる』ってのを表現しようとしてんだよきっと。だから、言葉に固執する必要はないんだ。お前のその心が、分かれば十分なんだよ。
「分かってる……? 私が?」
「あぁ」
蒼は恵の言葉に戸惑う。
「で、でも。私にはその心が……」
「じゃあ、昨日やつは、どう言い訳するつもりだ?」
昨日の、感情のままの蒼の言動。それは『心がない』とは言えない、蒼には心がこもっている揺るぎない証拠だ。
「お前の昨日のやつも、今のそれも、それは心なんだよ。バーカ」
蒼は恵の言葉で、自身の目を擦ると手に大粒の水滴がついていた。
塩っけのない、いわば精製水。でもそれは確かに蒼の涙だった。
「なんで……私は、心がないんじゃっ……」
「心がないんだったら、なんなんだよ」
自覚はしていないかもだけど、そんな苦しそうな顔をするくらいなら言わなければいいのに、彼は言う。
「これは、ただの、水です。これはバグです。やっぱり私は壊れているんです」
「言い訳するな」
愛海もにっこりと笑い言う。
「そうだよ。もっと心に素直になっていいんだよ」
すると、彼女は蒼に手を差し出した。その手に、自然と手を伸ばす。
その手はとても温かい。この温かさは体温だけではないだろう。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
月日が過ぎるのはあっという間だ。僕が造られてから丁度三年、この演劇部に入ってから数ヶ月経って、今は冬休み直前だ。僕はその数ヶ月という短い時間で『心をこめる』ことが出来るようになった。あの三人、ひいては恵のおかげだ。大会も公演もない、イベントがない部活ではあったけれど、僕はとても充実した時間だったと思う。あの部活で過ごした時間は、僕の『心』にかけがえのない思い出となった。
心をこめられるようになってから、僕の生活は一変した。今までデータのようにただ情報として捉えていたものが、今ではどれも色鮮やかに輝いて見える。
僕の人間関係も少し変わったんだ。最初はみんなに驚かれたけど、仲良くなって、友達になった。笑うこと、悲しいこと、嬉しいことをみんなと共有出来るようになったんだ。
だから、もっとみんなと演劇がしたい。もっとみんなといたい。
そんな願いが叶えばどれほど嬉しかっただろう。
「ほら、蒼。こっちに」
嗚呼、世の中みんな【自動化】されていくのに、これだけは【自動化】されない。
僕も、物事の【自動化】を望んでいる。
どうして、僕なのだろう。みんなと一緒にいられるようになったばかりなのに。
それでも、僕は歩みを止めない。それが僕の使命であるから。
「さぁ、始めよう」
みんなが好きだ。あの演劇部が大好きだ。僕に『心をこめる』がなにか教えてくれた、みんながいるあの場所が。
世の中の【自動化】を推し進める自動人形である僕には吊り合わない場所かもしれない。照明も、音響も、何もかも人が手動でやるあの場所が。
みんなは今頃何をしているのかな。愛海や優里は真面目だからきっと冬休みの課題でもしているのだろう。恵は……友達と遊んでるんだろうな。あ、今ちょうどカラオケに入った。男友達かな、一緒にいるのは。
僕は演劇用の台本を一つ書き上げていた。それは僕が演劇部に入る話。嘘偽りのない、僕が実際に体験した人生。心をこめるとは何か分からなかった私が、心をこめることが出来る僕になる物語。
本当はその台本を四人でやりたかった。舞台を作ってみたかった。でも、出来ない。
分かるんだ。これは決して自動化出来ない、しないことなんだって。そう、動物が本能で感じるように、僕の心もそう感じるんだ。
その台本の名は、____
「これより、データ互換性検証実験を始める」
新入部員は心をこめたい。 いけぴ12 @ikepi12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます