第4場

 演劇部の稽古場。蒼以外の三人は台本を持ち、劇をしている。半立ち稽古の真っ最中だった。


 愛海が声を荒上げる。その顔は怒りそのものだ。


「おい、なんであの時ボールをこっちに寄越さなかったんだよ!」


 今やっているのは体育祭本番で、主人公クラスのチームが危うく負けるところだった場面。試合後、普段仲のいい三人が喧嘩しているのだ。


 木村役の恵が、優里の演じる鈴木にキレて、取っ組み合いが始まる。そこに、蒼の演じる門田が間に入ろうとする。それでも止まらない喧嘩はとうとう殴り合いにまで発展した。二人の間に無理矢理体を入れ、仲裁しようとする門田。しかし彼は二人に跳ね除けられ、床にその体を強く打ち付けてしまう。だが門田は、必死に自分の思いを告げる。みんなの努力は知ってる、喧嘩して欲しくない、笑って欲しいと。


 門田は思いを語り、倒れたところで場面が終わる。


「はい! 次ラストだから一旦ダメ出し入れよ」


 スマホで撮った動画を見る前に、恵が蒼に言う。


「なんつーか、いつもだが蒼感情こもってねーな」


 笑顔と悲しげな顔が作れても、変わらずセリフは感情的ではないし、目も笑っていない。


 蒼は恵に「申し訳ございません」と詫びる。が、恵がその蒼の申し訳なさそうにしない様子に激昂した。


 蒼は謝るとき、いつも「申し訳ございません」と言っていた。


 そして、今回の恵の怒りに対しても……


「申し訳ございません」


 これにより恵の怒りにはさらに激しくなった。恵の怒りは、蒼が感情をこめられないことについてだった。


「大会も近づいてきてるってんのに、いつまでもそれじゃあ本番恥ずいだろが!」


 蒼は何も言い返さない。いや、言い返せない。


「……」


「謝るだけ謝っといて、その態度なんなんだよ!」


「ちょっと、言い過ぎだよ!」


「そうだよ!」


 愛海と優里が恵を咎めようとするも、今度は二人に恵の怒りの矛先が向く。


「蒼を甘やかしてんだよお前らは!」


「「……」」


 恵の言っていることは正論だ。だから二人は言い返せない。


 その二人の様子を見て呆れたか、恵は「帰る」と言い残し、言葉通り荷物を持って帰ってしまった。


 取り残された三人。


「ごめんなさい。私、謝ってきます!」


 今にも走り出そうとする蒼。二人は「気にしなくていいよ」と言うも、やっぱり蒼は恵を追いかけて行った。その後を追うように、愛海と優里も荷物を持って稽古場を出て行った。



♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎



「伊藤くん!」


 早歩きしている恵を蒼が呼び止めた。


「私が感情をこめられないのは本当に申し訳なく思っています。これでも毎日練習しているんです」


 また「申し訳ない」か、と呆れを通り越して清々しいと恵は思った。


「知らねえよ。結果が出ねえと意味ねえんだよ」


「そうですよね。意味ないですよね……」


 蒼は恵に、『心をこめる』ことが出来ない原因が分かっていたことを言った。すると、恵はならそれを直せば良いだけだと言い、立ち去ろうとする。


「直せない!」


 立ち去ろうとする恵に蒼は訴えた。


 誰かに聞いても直せない。そもそもこめる心がない。自分は、自動人形……いわゆるロボットであると。


 蒼の言葉に、恵は驚きを隠せなかった。当然だ。今まで人だと思っていたそれが、自らロボットであると告白したのだから。


 途中で愛海と優里が追いついてきたのだが、二人に気付く様子はない。


 蒼は語り始めた。


 自分はロボットだから、こめる心がないから、『心』をこめるなんて出来なかったこと。開発者に指摘され、それ以来ずっと『心をこめる』とは何か、考え続けたが何も分からなかったこと。


「『心をこめる』ことの【自動化】? そんなの出来るわけないんですよ! そもそも心がないんですからね!」


 蒼の声は段々とだんだん聞き取りづらくなる。それくらい、彼に感情は昂っていた。


「どうせ、これからもずっと分からないままですよ!」


 その言葉には、蒼の怒りがのっていた。


 恵は、この言葉には蒼の怒り、悲しみといった感情が出ているのを感じた。


「台本に印刷された文章も心のない私にとってはただのデータ。データからどうやって心を読み取れと言うんですか!」


 蒼は目に涙を浮かべ、その口から発せられる言葉はだんだん聞き取りづらくなる。


「この身体が、ロボット、機械でなければ、こんな風に、ならなかったっ! 研究のために学校に通うなんてこともなかった! 私が、ロボットで、なければ……!」


 蒼はそのまま泣き崩れ、握り拳を地面に何度も叩きつける。その鳴き声は、放課後の校舎に響き渡った。


「お、おい……蒼……」


 恵が蒼に近づき、上下する彼の肩に触れようとすると突然、押し出された。


 蒼が押し出したのだ。


 蒼が自ら人に触れるのは初めてだった。芝居中に演技で触れることはあっても、実生活で触れることはなかった。


 恵は尻餅をついてしまったが、起き上がらないのはそれだけではない。


「あっ……」


 蒼は正気に戻ったのか、声がいつもの調子に戻る。


「行動規定第一条、『人を傷つけてはならない』……」


 ロボットには、人と共存するために制限をかけられる。SF作家アイザック・アシモフが自身の小説で説いた『ロボット三原則』。その第一条に次の言葉がある。


『ロボットは人間に危害を与えてはならない』


蒼はこれに抵触したのだ。


 蒼は地面に手をついたままの恵を一瞥すると、狂ったように「ごめんなさい」と連呼しながらその場を去っていく。愛海の制止も受け付けずに。


 残された三人。蒼がロボットだったと知ってもなお、信じられない様子。


 漫画やアニメの世界ではないのだから。


「何も言い返せなかった」


 その後、恵は独りごちた。


 俺だって知りてえよ。『心こめる』とは何か。俺じゃ分かるわけねよ。頭の良いお前が、さっき泣いていたお前に分からないことが、俺に分かるわけないじゃないか! なんだよ心がないって! ロボットって! 信じられるわけ、ねえよ……。

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