第3場

 稽古場のドアが開くと、蒼が入ってくる。彼が最初にこの場に来るのはもう当たり前になっており、彼は他三人が来るまで机や椅子などの舞台装置、衣装、小道具などを準備する。


 彼は台本のセリフをブツブツと囁きながら手足を動かしていた。その動きに迷いはない。


「終わりました」


 いつもの癖で、作業が終わると口に出してしまう。


 彼は虚空に向かって呟く。


「ここは学校。報告の義務はありません」


 彼は大きく息を吸うような動作を見せると、一人で演技を始めた。


 台本に書かれてあった言葉を一言一句、間違わずに言う。彼にとっては造作のないことだ。


 場面が終わるとまた次の場面へ。彼は誰かが稽古場に入ってくるまで演技をし続けた。


 蒼が一人で練習を始めてから三十分経とうとした時、途端にドアが開いた。あの三人である。


 蒼は彼らになぜいつもよりもかなり遅くなったのか聞いた。優里によると、授業が終わってから中々担任が来なかったらしい。痺れを切らした学級委員が職員室に呼びに行ったところ、体調が悪くなり、知らぬ間に早退していたそうだ。代わりの先生を決めないまま放課後を迎えてしまい、このような結果になったわけだ。


「いつもより始めるの遅くなったし、今日はテンポ良くパッパとやるよ〜!」


 それからはほぼ休憩なしで下校時間になるまで稽古をした。


 蒼が入ったことで部員も四人になったことにより、出来ることが増える。今までやることすら出来なかった物語も、出来るようになる。


 元から入っていた三人は蒼が入ってくれたことに本当に感謝している。蒼がいなければ、大会に出ようとも思わなかった。


 それが、今一緒に演技をしている一人の新入部員で変わったんだ。


 四人の演技は続く。


 場面は最初の導入的な場面から、中盤へ。鈴木、石川、木村の三人が体育祭の競技であるバスケットの練習をしているのを、門田が見守っている場面。


 門田以外の三人はペットボトルの水を飲み、ベンチに腰掛けている。門田はみんなにタオルを渡していた。


「蒼、表情」


 恵が蒼に囁く。それに対して蒼は「了解しました」と答えるが、顔は相変わらず真顔のままだ。


 恵は少し呆れつつも、演技を続ける。


 一通り終わると、回していたカメラをスマホのカメラを止めて、撮った動画を見返す。


 位置取りも良い、声も出てて言っていることがハッキリ分かる。でもやっぱり蒼の無表情が目立つ。


 ステージから観客席まで距離はあるが表情は見える。細かな手の動き、視線や体の揺れなども。


 至近距離で、真正面から撮った動画はなおさらだった。


 その日は蒼の表情を作る徹底練習日になった。三人が様々な表情を作り、蒼がその表情を作る。出来ていない時はスマホのフロントカメラを使い、表情を再現できるようになるまで猛特訓だった。


 その徹底練習は一週間にも及んだ。その成果で蒼は笑顔と、悲しい顔をつくることは出来るようになった。監修(?)をした愛海は納得出来ていないようで、時間さえあればまた練習日を設けようと考えていた。


 表情があるだけで周りは演じやすい。演技は文字通り演じることなのだが、表情やセリフのニュアンス、アイコンタクトなどがあると会話しやすいのだ。


 一通り芝居をした後、四人は顔を見合わせた。


「一気にやりやすくなった〜!」


「そうだね。でもまだこれから」


 蒼以外は台本を持っている。つまり片手は塞がっている状態だ。片手が塞がっているというだけで、身動きは取りづらくなる。その分台本を読めるのでセリフが飛ぶ心配はしなくても良いわけだが。


「蒼マジでスゲーよな、ホントにセリフ入ってるなんて」


 恵からは珍しく人を褒める言葉が出てきた。普段は口の悪い恵でも、ちゃんと褒め言葉は面向かって言えるらしい。


 それからはまた四人で演劇の練習を続けた。蒼の演技が上達するまで……

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