私が紅に染まるまで

鏡花水月の幻想

私が紅に染まるまで

「あなたのことが好きでした! 僕と『申し訳ないけど、そういうのいいの。 帰って』」




 名も知らない相手の告白の途中で私、相楽朱音さがらあかねはばっさりと断った。断られた相手は呆然としているが私には関係ない。




「どうせ、でしょ」




 私がそう呟くとほぼ同時に、彼の周りに嘘の告白をするように促したであろう男子生徒が数人ほど集まってきた。




「はぁ…………」




 これが私の、口癖だ。










 私、相良朱音は嘘が見える。比喩表現とかなく、文字通り私には嘘が見えるのだ。とは言っても別にラノベとかによくある能力者とかではなく、あくまで身体能力の延長線、いわば絶対音感と似たようなものだ。


 約千人から三千人に一人の割合で嘘が見える人間は存在しており、特に大企業の取引役の人はみんな嘘が見えると言われている。




「はぁ、この世界は本当に……」




 ある有名な嘘が見える評論家は、嘘について大まかに三つの色が存在するといった。


 一つ目は強弱や濃淡はあれど、悪意などの籠もった、紅黒い嘘。


 二つ目は誰かを庇うためにつく、心温まるような優しい紅い嘘。


 そして私は見たことないが、三つ目は自らの本心を騙す、紅色なのに、冷たくて、刺すような嘘。


 そして、嘘が見える私の目にはすれ違う人から偶々目に入った人でさえ、紅く見えている。それはもう、うんざりとするほどに。




















「また告白振ったの?」


「嘘の告白って分かってるのに受けると思う?」


「まぁ〜、朱音は嘘が見えるからね……」




 私は私の体質について知っている数少ない人の一人である、幼少期からの幼馴染の檜山沙良ひやまさらに先程のことを愚痴りながら、一緒に昼食を食べているところだ。




「朱音は外見が良いからそういうことの対象になりやすいんじゃない?」




 沙良曰く、私は外見がいいらしい。自分では全くそう思わないのだが。何がいいのか聞いたところ、艶のある腰近くまで伸びた黒髪に整った顔立ち、さらにキリッとした目がいいと熱弁された。




「いや、美人って点なら沙良も美人じゃないの」




 友達とか幼馴染とかの贔屓目無しで沙良はとても美人だ。整ったスタイルと顔に、茶髪の肩まで伸ばしたその様はまさに読書モデルのようだ。実際、この前二人で買い物をしている時にスカウトされていた。




「でもほら、朱音って周りとあまり話したがらないじゃん?」


「それは、まぁ……」




 私は箸を咥えながら目を逸らした。いわれなくとも私自身、理解してはいるのだ。私と沙良の大きな違いは、沙良の言うとおり、周りと友好的に接しているかどうかだ。常にみんなに笑顔で話し、好かれている紗良に対して、私は基本的に必要な事しか周りは話さない。




「朱音ももっとみんなと話すといいんじゃない?」


「なんで嘘つかれるってわかってる人たちと、仲良くしないといけないの?」


「まぁ、朱音からしたらそれはそうだもんね……」




 私が紗良の提案に対して本音で答えると、紗良は頭を抱えた。その後、いろいろと提案されては私が否定してを繰り返しているうちに、昼休みが終わろうとしていた。




「次移動教室だっけ?」


「そうだね」


「じゃあそろそろ移動しようか」


「じゃあ自分の机から教科書とノート持ってくるから待ってて」




 私は自分の机に向かって歩いていき、机から教科書とノートを取り出した後、待っている紗良の元に向かった。




「ごめん、遅れた」


「いいよ。 じゃあ行こうか」




 私と沙良は、教科書とノートを抱えながら廊下を歩いて、移動教室先に向かって歩いていた。昼休みが終わりだしているからだろう。周りの人たちもバタバタと駆け足で教室に戻って行ったり、移動教室の移動をしていたりしている。




「ところで、今日って何するの?」


「はぁ……沙良はもう少し真面目に授業を……」


「あ、前!」


「あっ!」


「……え?」




 ドン!っといった強い衝撃とともに、私は後ろから誰かとぶつかった。その衝撃で私は手に持っていた教科書などを床にぶちまけてしまった。




「いてて……」


「いてて……な、何……」


「朱音?! 大丈夫?!」


「う、うん……平気」


「さ、相楽さん?! ご、ごめん」


「……うん、気を付けて」




 私は床にぶちまけられた教科書などを拾おうとしゃがむと、私にぶつかってきた男子生徒と一緒にいた男子生徒が先に拾ってくれていた。




「大丈夫だった? ごめんね相楽さん」


「あ、うん……」


「あ、そろそろチャイムが鳴りそう。 それじゃあ!」




 そういって、男子生徒二人は行ってしまった。




「授業はじまちゃう! 朱音行こ!」


「あ、うん」




 私たちも男子生徒二人を追うように移動教室先に向かっていった。










 あれから何事もなく授業が終わった。授業が終わってすぐ、沙良が私の近くに来た。




「朱音ー! 一緒に帰ろ~!」


「ちょっと待ってて」




 私は席を立ち、教科書等を持って教室に戻った後、カバンを持って帰路を歩き始めた。その道中で私と沙良は授業前のことについて話しながら通学路を歩いていた。




「そういえば……」


「ん~?」


「授業前の彼らって」


「あ~、あの男子たち?」


「そうあの二人の……」


「あの二人がどうしたの?」


「あの二人っていうよりあの、私の教科書を拾ってくれた彼って誰か分かる?」


真白透ましろとおる君?」


「多分、そう」


「透君がどうしたの?」


「その、真白君? は何組なの?」


「はぁ……朱音はもう少し周りに興味を持とうよ。 透君は同じクラスだよ?」


「え、そうなの?」




 私は疑問を沙良に問いかけると、呆れたようなため息とともに沙良は教えてくれた。




「それで、なんで透君のクラスを聞いたの? まさか……一目ぼれとか?!」


「いや、そうじゃない」


「なんだぁ……」




 私たちの歳ぐらいの女子が大好きであろう色恋沙汰の話を予想した沙良だったが、私は間髪入れずに否定した。それを聞いた沙良は、あからさまに残念といったような様子をしていた。




「ただお礼を言いたいだけだよ」


「お礼?」


「うん、教科書とか拾ってくれたから」


「いいと思うけど……」


「けど?」


「ほら、朱音って普段みんなと話さないじゃん?」


「まぁ、話す必要性を感じないというか、話す気がしないというか……」


「そこは別に何でもいいんだけど、急に朱音が一人で話しかけてきたら変なこと言いまわる輩とか出てきそうじゃん?」


「そうかな……?」


「そういうもんだよ、男子って」


「普段話さないから分からない……」




 私は沙良に諭されて、自分の中の認識を改めた。それよって新たな疑問が生まれた。




「え、じゃあ私どうすればいいの?」


「うーん、じゃあ私が一緒に行ってあげるよ。 それなら別に不自然じゃないし」




 沙良は少しの間、考えるそぶりをした後、すぐに私の問いに対する解決策を考えてくれた。




「じゃあお願いしていい?」


「いいけど……」


「けど?」


「駅前の新作デザート、朱音の奢りね?」


「えぇ~」


「嫌なら別にいいのよ?」


「別に奢りはいいんだけど……駅前となると人が多いからちょっと……」


「あ~、それもそっか……」


「あ、でも昼過ぎぐらいなら人少ないと思うし、行けるかも?」


「ほんと?!」


「うん、多分だけど」


「じゃあ決まりね!」


「さすがに今日は無理だよ?」


「さすがにそこまで考えられないほど馬鹿じゃないよ」


「じゃあとりあえずおごる日にちは後で決めるとして、さっそくだけど明日お願いしてもいい?」


「おっけ~」


「じゃあね」


「うん、また明日」




 私は沙良と別れた。まぁ、別れたといっても私と沙良は同じマンションで、部屋の階が違うだけなのだが。私は沙良と別れてから、自分の部屋のドアの前に着くまでに今日の出来事について振り返っていた。




「そんなまさか、見間違い……だよね?」




 そしてその日は特にこれといったことはなく、次の日を迎えた。












「あ、朱音おはよ!」


「沙良、おはよ」


「朱音、少し眠そうだけど……もしかして夜更かしした?」


「ちょっと写真とか動画とか見てたらつい……」


「もう、ほどほどにしなよ?」




 朝から沙良に怒られてしまった。私はこの体質のため、写真や動画で見る世界だけは、みんなと同じように嘘も本当もない、を見れるような気がして好きなのだ。だからつい、時間を忘れてしまい、今日のようなことが多々ある。




「まぁ朱音の写真や動画好きは今に始まったことじゃないから、何言っても無駄なんだろうけども」


「ぜ、善処はするよ……多分」


「それ絶対しないやつだよね?」


「ソンナコトナイヨ……」


「本当かなぁ~?」


「ほ、ほらこんなことしてると遅刻しちゃうよ?!」


「なんか逃げられてるような気がするけど……まぁいいや」




 無理やり感は否めないが、何とか話を終わらせることができたようで、私は内心ほっとした。その後、学校に着くまでいつもと同じように、昨日の夕ご飯は何を食べたとか、この動画よくない? などといった、他愛もない話をしていた。




「みんなおはよ~!」




 教室に入るなり、開口一番クラス全員に向けて沙良は朝の挨拶をしていた。私はそんな沙良を横目に見ながら自分の席にカバンを置いた。沙良も自分のカバンを置いた後、教室内を見渡し、数人の男子生徒と談笑している真白君を見つけると、私を連れて彼のもとに向かった。真白君や、その周りの男子たちも私たちが近づいてきていることに気づいたようだ。




「真白君、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」


「俺に何か用?」


「別にそこまで大した用事じゃないよ。 ほら、朱音」


「う、うん」


「え、相楽さんが?」




 私は沙良に背中を押され、前に出た。その時、初めて真白君の姿をしっかりと見た。黒の短髪に整った顔立ちと、人当たりのよさそうな雰囲気を真白君から感じた。だが、そんなことよりも先に私は彼のある特徴に目を引かれた。そして無意識のうちに、それを口にしてしまった。




「あなた……写真?」


「え、写真?」




 真白君はいきなり変なことを言われて、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。それの表情を見て、私は自分が無意識に変なことを言ってしまったことを理解し、すぐに訂正をした。




「ご、ごめんなさい! そうじゃなくて……昨日、ぶつかったときにあなたのせいじゃないのに、私が落としたものを拾ってくれたでしょ? それについてお礼が言いたくて」


「昨日……あ~、あれか! いや、あれはどう考えても俺ともう一人が悪いし、当たり前のことをしただけだから気にしないでほしいな。 というか、逆に俺たちのほうこそごめんな。 遅いとは思うけど、怪我とかはなかった?」


「幸い怪我は特に……」


「ならよかった! ごめんな? 相楽さんにぶつかったあいつには俺から言っとくから許してやってくれ」


「それは全然……」


「よかったぁ、ありがとな!」




 話が終わったので、私と沙良は自分たちの席に戻った。その後チャイムが鳴り、私たちは朝のホームルームを迎えた。




 朝のホームルームが終わってすぐ、沙良が私のもとに来て、私のあの発言について聞いてきた。




「ねぇ朱音、聞きたいことあるんだけど……心当たりあるよね?」


「うん、ものすごいある……」


「真白君に言った、『あなた……写真?』ってどういう意図があって聞いたの?」




 私の予想通りの質問が沙良から飛んできた。隠しても意味がないので、私は正直にありのまま感じたことを話すことにした。




「沙良って私が写真とかが好きな理由って知ってるよね?」


「それはもちろん。 写真や動画越しには嘘が見えないからでしょ?」


「そう、それが答えだよ」


「もしかして……」


「真白君からは、紅色が見えなかったの」


「え、それって……時間が経ってものすごく薄れているとかじゃなくて?」


「うん、私も昨日真白君をちらっと見たときに紅色が見えなかったから見間違いかと思ったけど、さっき改めて真白君を見たときに確信したんだ」




 紅色が見えなかった。それはつまり、彼、真白透君は生まれて今まで一度も、レアなんて言葉では収まらない非常に稀有な人という証明に他ならない。




「そんな人、本当に存在したんだ……」


「私もびっくりしちゃってついあんなこと言っちゃったんだよね……」


「なんか、注意する気がなくなったよ……」


「一応反省はしているよ……さすがに初対面であれはまずい」


「まぁ、気をつけようね」


「今後真白君と話す機会があれば気を付けるよ」


「なにそれ~自虐? あ、もう授業始まるし席戻るね!」




 そして沙良は自分の席に戻って行った。沙良に言ったように、私はこれっきりの関係でもう真白君と話すことはないと思っていた。










「噓でしょ……」




 偶然なのか運命のいたずらなのかは知らないが、私の予想は大きく裏切られた。なんとくじ引きの結果、私と沙良と真白君と、もう一人、坂本冷斗さかもとれいと君は調べ学習で同じ班となったのだ。ちなみにだが、坂本君が私にぶつかってきた男子生徒だったりする。彼は同じ班になってみんなで集まったとき、すぐに謝ってくれた。あと、彼から紅色は普通に見えている。




「それで、調べ学習のテーマなんだけど、どうする?」


「俺は何でもいいかな~。 特にこれといった希望もないし」


「俺もこいつと一緒かな」


「朱音は?」


「……」


「朱音、聞いてる?」


「……」


「あ・か・ね?!」


「え?! あ、えと……何?」


「もう、ちゃんとしてよね」


「ごめんごめん。 それで何?」


「もう、しっかりしてよね。 それで、調べ学習のテーマなんだけど、朱音は何か希望ある?」


「う~ん。 今回の調べ学習って、特に条件ってなかったよね?」


「しいて言ったら、社会についてだけど、ないようなものね」


「だったら、【言葉が持つ影響力】なんていうのはどうかな?」


「【言葉が持つ影響力】?」


「そう。 私たちが普段使う言葉ってさ、何気なく使っているけどかなり身近で社会に根付いている物だと思うの」


「あー、確かに言われてみたらそうだな。 な、透?」


「確かにそうだね」


「じゃあみんなもそれでいいかな?」


「おう、なんも問題ないぜ」


「俺もそれで平気だよ」


「じゃあ決まりだね! じゃあさっそく調べちゃおっか!」


「っつっても、どんなこと調べるんだ?」


「言霊とか、あてはまると思うのだけど」


「言霊?」


「何か聞いてもいいかな? 相楽さん」


「言霊ってのは昔の人が考えた単語で、言葉には霊力が宿り、その霊力が言ったことを現実にするって意味を持つ単語よ」


「へ~。 てか、相楽さんって普通にしゃべるんだな。 ちょっと意外」


「まぁ朱音は普段周りの人と話したがらないからねぇ」


「話す必要性がないから話してないだけで、話そうと思えば人並み程度には……」


「じゃあもっと話せばいいのに」


「ちょっと朱音には事情があって、周りと話すのが大変なの」


「へぇ~、大変なんだな」




 嘘だ。彼はそんなこと、まったく思っていない。彼がその発言をした瞬間、彼から紅色が滲み出た。悪意がある嘘ではないが、やはり嘘が滲み出る瞬間はいつ見ても気持ちが悪い。だから、親しくない人と話すのは嫌なのだ。




「ん? どうかしたか?」


「いや、別に……何でもない」


「そっか、じゃあさっさと調べようぜ!」


「だね!」




 そして、その後は特に何事も問題なく今日の授業が終わった。放課後、私はいつも通り沙良と一緒に帰っている。




「朱音、真白君と坂本君と今日話してたけど平気だった?」


「少し、坂本君から嘘が見えたぐらいかな」


「え?! それ、平気だった?!」


「う、うん。 悪意とかはこもってなかったから。 ただ、やっぱり嘘が滲みだす瞬間はちょっと来るものがあるよ」


「私は言われてもわからないからなぁ」


「それは仕方ないよ」


「嘘が見えるって、普通の人からしたら羨ましそうなものだけどね」


「実際はそんないいものじゃないよ。 常に見える景色は紅いし、だれかと話してても、嘘だなってわかるのはつらいから」


「まぁとりあえず、何か困ったら私に言ってね。 本当に辛かったら、私が朱音の代わりに真白君と坂本君と話すから」


「うん。 本当に辛くなったら沙良に頼るね」


「約束だよ? じゃあ、また明日!」


「また明日」




 私は朱音と手を振って別れると、自分の部屋に戻った。












「朱音、おはよ!」


「うん、おはよう」


「朱音、今日の放課後暇?」


「今日は特になにもないから……うん、暇だよ?」


「じゃあ、今日の放課後に駅前に行こ!」


「新作デザートの約束のこと?」


「そ!」


「おっけー。 じゃあ今日の放課後に駅前に行こっか」


「やったね!」




 朝からそんな話をしていると、後ろから誰かに話しかけられた。




「あ。 相楽さんに檜山さん、おはよう」


「うーす、おはよー」


「真白君に坂本くん! おはよう!」


「おはよう」


「檜山さん、すごい嬉しそうだけど何の話してたの?」


「今日の放課後に朱音と駅前に新作デザートを食べに行くんだよね!」


「なるほどね、だからそんなに嬉しそうだったんだ」


「そう! もう今から楽しみだよ〜」


「朱音、楽しみだからって授業を疎かにしたら駄目だよ?」


「うっ……も、もちろん」


「信用ならないな〜。 授業ちゃんと受けてなかったらなしだからね?」


「え〜ケチ〜!」


「いや、当たり前でしょ」


「……返す言葉もない」


「あはは。 相楽さんと檜山さんって、仲がいいんだね」


「檜山さんはそうでもなかったけど、相楽さんってそんなに饒舌に喋るんだな。 昨日から感じてたけどなんというか、意外だな」


「たしかに意外だね。 相楽さんってそんな喋るイメージ無かったよ」


「まぁ、沙良とは付き合い長いから」


「もうほんとに幼馴染で親友だからね!」


「へぇ〜。 俺も檜山さんぐらいとはいかなくても、雑談ぐらいはできる程度には話せるようになりたいな」


「かなり難しいよ?」


「ちょ、沙良。 そんな言い方しなくても……」


「ちょっと前の冷斗も今の相楽さんと似たような感じだったし、なんとかなると思うよ」


「え〜?! 坂本君も朱音みたいな感じだったの?!」


「ちょ、辞めろよ透?! そんなことバラすなよ?!」


「あはは、ごめんごめん」


「あはは! そっかそっか、坂本君も、ねぇ〜?」


「檜山さんも笑わないでくれ……あ〜、恥っず」


「ふふっ」


「お、相楽さん笑った」


「ちょ、相楽さんまでかよ……」


「よかったな冷斗」


「よくねぇよ!」




 私たちは学校に着くまでの間、お互いのことで盛り上がりながら話し続けた。










「朱音! お弁当食べよ!」


「分かったからちょっと待ってよ沙良」


「もうお腹すきすぎて倒れそうだよ」


「じゃあ倒れれば?」


「え、ひど?!」


「冗談だよ、冗談」




 午前の授業が終わり、昼休みになった途端に沙良は弁当箱を持ちながら近づいてきた。私は先ほどまで受けていた授業で使った物をリュックにしまい、お弁当を取り出した。




「いただきます!」


「いただきます」




 私と対面になるように座った沙良は、すぐに弁当箱のふたを開けて、お弁当の中身を満足そうに頬張った。その様子を見た私は、沙良に話しかけた。




「あのさ、沙良」


「なに?」


「そんなに食べて、放課後の約束平気?」


「あっ……」




 私がそう問いかけると、沙良は衝撃を受けたような表情をした。




「ま、まぁ……この後動くから平気平気。 ……多分」


「あのさ、言いにくいんだけど……」


「やめて、それ以上言わないで?!」


「太るよ?」


「あうっ!」




 沙良の懇願にも聞こえる静止を無視して、私は事実を突きつけた。事実を突きつけられた沙良は上半身をふらつかせた後、机にうつ伏せになり、箸を持っていない左手の人差し指でイジイジとしながら何やらブツブツとつぶやいていた。




「じゃあ私は今か放課後を諦めなきゃいけないのか……なんて酷なことを……」


「……ジョギングぐらいなら、付き合うよ」


「本当?!」


「う、うん」


「やった! これで心置きなく食べれる!」




 あまりにも落ち込んでいたので、助け舟を出すと沙良はすぐに食いつき、嬉々としてお弁当を頬張るのを再開した。いつもと変わらない沙良を見ながら、私も食べるのを再開した。私たちは弁当を食べ終えた後、次の授業が体育のため、体操着を持って更衣室に向かった。




「あぁ、食べ過ぎたかも……」


「大丈夫?」


「何とか平気だと思う」


「今日長距離走だけど、それでも平気?」


「ごめんやっぱ無理かも」




 私たちは着替えながらそんな話をした。すると、着替え終わった沙良が、髪を結んでいる最中の私に話しかけてきた。




「やっぱりさ」


「どうしたの?」


「朱音って制服よりも運動服みたいな、スタイルがはっきりとわかる服のほうが似合うよね」


「そう?」


「絶対そう!」


「そ、そっか」


「私の目に狂いはない!」


「よ、よかったね」




 よくわからない自信に満ち溢れている沙良に戸惑いながら、私と沙良は外履きに履き替えてグラウンドに向かった。




 私たちがグラウンドに着くと、女子のほかにも男子がちらほらといた。数人いた男子のうち、二人が私たちに気づいた。




「あれ? なぁ透。あの二人って檜山さんに相楽さんじゃね?」


「ほんとだ」


「坂本君に真白君じゃん。 もしかして男子も長距離走?」


「うん、そうだよ」


「俺昼飯食いすぎちまったよ」


「あ、坂本君もなんだ。 私も食べ過ぎちゃって」


「前回の授業で先生ちゃんと言ってたのに」


「まぁそうだけど……」


「普通ちゃんと聞かなくね?」


「まぁ、これに懲りてしっかりと話を聞くんだな」


「ちぇ、分かったよ」


「沙良……」


「わ、分かってるよ。 だからそんな無言の圧をかけないでよぉ」


「そう。 ならいいけど」


「はぁーい、そろそろ授業始めるから集まって!」


「お、始まるみたいだね」


「んじゃ」


「うん、頑張ってね二人とも」


「あざっす!」


「ありがとう。 檜山さんと相楽さんも頑張ってね」




 そして私たちは分かれ、午後の授業が始まった。












「うぁー、疲れたぁ! もう走りたくないぃ!」


「お疲れ沙良」




 授業が終わり、更衣室で着替えに向かう途中に沙良はそんなことを言い出した。




「朱音、早く駅前のスイーツ食べに行こ! 早く糖分補給しないと!」


「分かったから」




 沙良に催促されながら、私は着替えを手早く終わらせて、すぐに学校を出た。




「朱音ー!早くー!」


「もう動けないんじゃなかったの?」


「えぇ、そんなこと言ったっけ?」




 軽快なステップで沙良は私の前を歩いていた。数十分前までの元気のなさが嘘のようだ。




「そんなことより、早く早く!」


「はいはい、分かったから」


「楽しみだなぁ!」




 沙良にせかされながら歩くこと約十数分、私たちは駅前にある小さな喫茶店の中にいた。




「すいませ~ん! この新作の旬のフルーツパフェくださーい! 朱音はどうする?」


「じゃあ私は、この紅茶とケーキのセットで」




 私たちは頼んだ商品がくるまで、今日の授業の復習をしていた。




「あ~も~、数学難しいよ!」


「はいはい、沙良静かに。 お店の中だよ」


「あ、ごめん。 でも本当に難しいじゃん」


「そう?」


「これだから頭いい人は……」


「別にそんなことは……」


「い~や、頭いい人はみんなそうやっていうんだよ」


「いや、頭いいっていうより……」


「より?」


「沙良が勉強しないだけじゃない?」


「うぐっ! それは、その~ほら~なんというか……ね?」


「はいはい、そうやってごまかさないの」


「お待たせしました」


「お、きた! この話はいったん終わり!」


「はぁ、しょうがないなぁ……」




 私たちの目の前に頼んでいた商品が来たので、勉強はいったん終わりにした。そして、私たちは運ばれてきたケーキ等を食べることにした。




「ん~! あま~い!」


「ん、美味し」


「はぁ……生き返るぅ~」




 私たちは今日の疲れを吹き飛ばすように食べ続けた。ケーキ等を食べ終わった私たちは会計を済ませて喫茶店を出た。




「朱音、ごちそうさまでした」




 喫茶店を出てすぐ、沙良は私に手を合わせてきた。




「はいはい」


「よ~し、帰ろっか!」


「ほんと、調子いいんだから」


「まぁまぁ」




 私たちは、お互いに軽口をたたきあいながら、今日も帰路に着いた。










 今日も先日と同様、調べ学習を行っている。いまだに信じられないのだが、今日も今日とて真白君からは一切の紅色が見えない。




「相楽さん、何してるの?」


「真白君。 今はラベリングについて調べているとこだけど……」


「ラベリング?」


「言霊と同じようなもので、その人の口癖や普段の言動がその人や周りに大きな影響を与えているって考え方のことを、心理学の用語でラベリングっていうの」


「へぇ~。 そんな言葉があるんだ」


「調べてみると、結構興味深いわよ?」


「ほかには?」


「例えば……」




 そして私はこの授業中の間、真白君といろいろ話し合った。真白君と話している間は、沙良と話している時とはまた違った心地よさがあった。




「朱音~?」


「なに?」


「真白君たちと話してて平気だった?」


「うん。 といっても話したのはほとんど真白君だったから」




 授業をすべて終えた帰り道、私と沙良は今日のことを振り返りながら帰っていた。




「それに紅色が見えないからなのかどうかはわかんないけど、真白君と話してるときはなんか、普段とは違うんだよね」


「普段と違うって?」


「う~ん……なんていうか、沙良と話してるときとも、家族と話しているときとも違う不思議な感じなんだよね」


「いわれてもわかんないよぉ……」


「感覚的には、写真とか動画に近いかも?」


「写真とか動画?」


「うん。 安心感っていうのかな」


「ふ~ん。 まぁこれを機に朱音がみんなと話せるようになると私は嬉しいかなぁ」


「それは無理かなぁ。 みんな真白君みたいに紅色が出てないなんてことはないし」


「それもそっかぁ」


「まぁでも、ちょっとづつなら何とかなるかも?」


「文化祭までにはある程度話せるようになっててほしいなぁ」


「まぁ、頑張ってはみるよ」




 そうなのだ。実は私たちの学校は、あと一か月後に文化祭が控えている。私たちの学校の文化祭はそれなりに有名である。そのため一般公開の日には近所の人たちだけでなく、遠方からこの文化祭のために来る人もいるぐらいだ。そんな話をしていると、私たちは家についてしまったので、話をやめて別れた。




















 数日後。私たちのクラスでは、文化祭の出し物について、話し合いが行われていた。私たちのクラスの文化祭委員の人はクラスでもみんなに頼られることの多い桐谷桜きりたにさくらさんと、意外なことに坂本君だった。




「え~みんな、わかっているとは思うけど、私たちの学校では一か月後には文化祭が控えています」


「そこで、クラスの出し物を決めて学校側に提出しなきゃなんだけど」


「急に言われても出てこないと思うから、十分ほど話し合いの時間を設けるから、自由に話し合ってもらえる?」




 桐谷さんと坂本君がみんなにそう声をかけた。するとみんなが近くの人や仲の良い人と話し出した。




「朱音ぇ~」


「沙良」


「なんか思いついてる?」


「急に言われても……そういう沙良は?」


「私も定番の喫茶店とかお化け屋敷とかそんなのしか出てこないんだよねぇ」


「私としては接客しなくて済むものが理想なんだけどね」


「それ難しくない?」


「私もそう思う。 だから接客のいるものになったら全力で裏方に回るつもり」


「まぁ、朱音らしいといえば、朱音らしいか」




 沙良と雑談に近しい話をしていると、十分経ったようで桐谷さんがパン! と軽快な音を響かせた後、みんなに再度話しかけだした。




「とりあえず十分ほど経ったけど、何か思いついた?」


「はい! 俺たちのクラスでメイド喫茶やろうぜ!」


「それって男子が見たいだけじゃないの~?」


「さいて~」


「い、いや……よくあるテンプレだろ?!」


「とりあえず候補にはしておくけど……ほかに何か案のある人は?」




 桐谷さんが呆れの混ざった声を出しながら黒板にメイド喫茶と書き込んだ。




「はぁ~い。 やっぱり最近はSNSも盛んなので、フォトスペースとかいいと思います~」


「確かに~!」


「いや、フォトスペースって何がいいんだよ。 なぁ?」


「ほんとほんと」




 先ほど自分の意見を頭ごなしに罵倒された腹いせなのか、クラスの女子が挙げた案に先ほどの男子生徒が直ぐに噛み付いた。




「はいはいそこ、けんか腰にならないの」




 またまた桐谷さんは呆れながら黒板にフォトスペースと書き込んだ。すると桐谷さんの横でボーっとしていた坂本君が名案を思いついたような様子で口を開いた。




「んじゃあどっちもやればよくね? 題してフォトカフェとかどうよ?」




 坂本君の発言の後、数秒の静寂の後にみんなが大盛り上がりしたような様子で声を上げた。




「いいじゃんそれ!」


「冷斗お前天才か?!」


「やる気出てきた!」


「確かに面白そうね!」


「はいはい、じゃあ私たちのクラスはフォトカフェでいいわね?」


「「「「「「「「「「は~い!」」」」」」」」」」


「あれ、俺もしかして大活躍?」


「そういうこと言わなければ満点だったわね」


「うっわ、まじかぁ」


「まじ」




 なんとも締まらない終わり方をしたが、私たちのクラスの出し物はほぼ満場一致でフォトカフェに決まった。










「朱音、大丈夫?」




 昼休みになってすぐ、弁当を片手に持ちながら沙良が話しかけてきた。おそらく文化祭の出し物のことだろう。




「うん。 とは言い切れないけど……まぁ、何とかするよ」


「私からみんなに伝えとこうか?」


「いや、そんなことすると一致団結してるところに水差すことになっちゃうからいいよ。 気遣ってくれてありがとね」


「そう。 まぁ朱音がそう言うならいいんだけど……」




 私の返事に不承不承ながら納得したようで、沙良は弁当を再び食べだした。私はそんな沙良を見てクスっと笑い、自分の弁当をまた食べだした。それから今日は特に何事もなく終わった。




















 文化祭の出し物が決まってから数日が経った。学校はすでに文化祭ムード全開なようで、放課後になると既にのぼりなんかや装飾品を作り出している。私は裏方組なので、みんなと同じく装飾品を作っている。装飾品といっても壁に飾ったり机の上に置いたりするだけの小物だが、一人で黙々とやる分にはもってこいの作業だ。




「へぇ~、相楽さんって器用なんだね」




 私が一人で黙々と作業していると、私の横に来て真白君が声をかけてきた。




「これは何を作ってるの?」


「装飾用の小物だけど……」


「へぇ~……お、これは花かな? すごいなぁ」




 真白君は私が作った花を手に取ってまじまじと眺めた。なんか、妙に恥ずかしい。




「そういえば、真白君はここにいて平気なの?」


「うん。 俺は力仕事や買い出しがメインだから、今は割とすることがないんだよね」


「そっか」


「あ~! まじかぁ……。 ごめんだれか絵の具の買い出しいってくれる人いない?!」


「わりぃ! こっちも木材と釘が足りないわ! だれか買ってきてくれよ!」




 することがないといった途端、仕事が舞い降りてきた。真白君は持っていた小物をもとの位置に戻すと、買い出しにいるものを聞き出しに行った。買い出しに必要なものを聞き終えた後、真白君は文化祭委員の桐谷さんからお金を預かり、買い出しに行ってしまった。












「お~い、今日はもう終わりだぞ~」




 いつの間にか下校時間になっていたようで、見回りに来た先生が買えるように催促した。クラスに残っていた私やほかのクラスメートは急いで片づけをしだした。




「やばい、いろいろ洗わなきゃいけないのに絵の具もしまわなきゃ!」


「私に貸して」


「さ、相楽さん?!」


「何?」


「いや、あの、片づけてくれるの?」


「うん、いいよ」


「あ、ありがとう」




 私はクラスの女子から絵の具の入った缶や、マスキングテープ等を受け取ると、倉庫代わりの空き教室にしまうために歩き出した。




「あれ、相楽さんも空き教室に行くの?」


「真白君」




 私の後ろから、両手いっぱいに工具を持った真白君がいた。




「うん」


「じゃあ一緒に行こうよ」




 そういって真白君私の隣に来た。




「みんなやる気だねぇ」


「そうだね」


「相楽さんはどう?」


「まぁ普通……」


「はは、そっか」


「真白君は?」


「まぁ、人並みには楽しみにしているかな? 高校生と言ったら恋愛と文化祭ってイメージがあるし。 まぁ、彼女はいないんだけどね」




 真白君は自虐気味に話してくれた。私は話を聞いていて、なぜか少し安心した。そして無意識のうちに問いかけてしまった。




「じゃあ、好きな人とか入るの?」


「好きな人はもちろんいるよ。 これでも一般的な高校生だからね」




 真白君の答えは何か私に突っかかった。だがその正体はわからないのでスルーして、改めて別の質問をした。




「その人のどんなところが好きになったの?」


「どんなところっていうより……恥ずかしながら一目ぼれなんだよね」




 真白君は恥ずかしそうにそういった。




「そういう相楽さんは好きな人とか入るの?」


「私はいないよ……多分」


「多分ってずるくない?」


「ずるいといわれても、好きって感情がわからないから」




 荷物を空き教室に置いた後、私は聞かれたことに対して眉を八の字にしながら答えた。それを見た真白君は優しい顔つきをした。




「そっか。 でもきっと相楽さんにもいい人が現れるよ」


「そう。 ならいいんだけど」


「朱音~!」


「あ、沙良。 真白君ごめんね」


「いいよ、気にしないで。 さようなら」


「うん」




 私は私を待っていた沙良のもとに駆け寄り、そのままいつもと同じように下校した。




「朱音ばいば~い」


「また明日」




 私はいつもと変わらず朱音と別れて自分の家に帰った後、荷物を置き、着替えを済ませた後にベッドに寝転がった。




「好きな人かぁ……好きって、何だろう……」




 気づいたら口からそう呟いていたが、その返事が返ってくることは無かった。




















 日は流れ、すでに文化祭まであと一日というところまできた。私たちのクラスはあらかたセッティングは終わっており、今は細部の調整や、明日の一連の流れの確認をしている。そんな中、ある程度区切りがついたのを見計らって、文化祭委員の桐谷さんはおもむろにパン! と手を一回叩いた。みんなの視線を集めた桐谷さんはみんなに視線を向けた後、明日のことについて話し出した。




「みんな! 明日はついに文化祭本番よ! メインは二日後の一般公開だけど、だからと言って明日も気を抜いちゃだめよ?!」


「あたりまえだ~!」


「もちろんよ!」


「うん!」


「みんな、明日は精一杯頑張ろう!」


「「「「「「「「「「お~!!」」」」」」」」」」




 その後約一時間ほどで私たちのクラスは解散した。


















 そして、次の日が来た。今日の準備があるため、私たちはいつもより早めに学校に向かっていた。




「いや~楽しみだね朱音!」


「うん、まぁ……そうだね」


「え、朱音は楽しみじゃないの?」


「楽しみっていうより、なんていうか、不安が……」


「あぁ……朱音は料理できるから一応裏方だけど、万が一の時には接客もあるからね」


「うん」


「まぁまぁ、そんなこと考えても仕方ないじゃん。 今日と明日ぐらいは思いっきり楽しも!」


「うん……そうだね!」


「じゃあ早く行こ!」


「あ、沙良待ってよ!」




 先に学校に向かって走り出した沙良を追うように、私も小走りして沙良を追いかけた。












 自分のクラスに着くと既にクラスメートの半数はいて、みんな準備をし始めている。




「あれ、みんな早いね!」


「檜山さんと相楽さん!」


「当たり前だろ!」


「学生の醍醐味だから、楽しみ過ぎてなかなか寝れなかったぜ!」


「ちょっと! 集客中に寝落ちしないでよね?!」


「しね~よ?! ……多分」


「誰かこいつ見張っといて~」


「おう、任せろ!」


「寝かけたら集客用の看板でぶっ叩くから!」


「それ永眠するぞ?!」




 そんな風にみんな冗談を言い合いながら楽しそうに準備していた。私たちもそれを見ながら準備をした。そして、一時間もすると、クラスメートみんなが集まり、その十分後に私たちの学校の文化祭が始まった。




「いらっしゃいませ!」


「三名入るよ~!」


「こっち誰かフォト係変わってもらえる?!」


「こっちのテーブル、コーヒーと紅茶一つづつ!」


「こっちのテーブルクッキーセット!」


「あぁぁあ! 忙しい忙しい!」


「ごめん相楽さん調理のほう頼んでいい?!」


「うん、いいよ」


「ありがと~!」




 私たちのクラスは文化祭が始まってからずっと大盛況だ。私たちはあっちこっちに走り回っている。私たちのクラスは、提供する飲み物や食べ物がなくなるまで列が絶えることは無かった。


















「はぁ~つかれたぁ……」


「ほんとほんと……」


「調理組お疲れ様」


「ありがと~!」


「そっちはまだ残ってるんだっけ?」


「うん。 フォトの撮影係がね」


「そっかぁ~頑張ってねぇ」




 食材がなくなったことで客足が落ち着いたので、手の空いている接客組と今日の仕事が終わった調理組は雑談していた。




「朱音!」


「沙良」


「お疲れ様! いやぁ、大盛況だったね!」


「沙良もお疲れ様」


「ありがと~!」


「ちょ、くっつかないで!」


「えぇ~いいじゃ~ん! あ、そうだ」


「どうしたの?」


「朱音、この後なんか予定ある?」


「今日の調理に使ったゴミ出しがあるけど、それが終わったらとくには」


「じゃあ終わったら連絡して! 文化祭、一緒に回ろ!」


「うん、分かった。 じゃあゴミ出ししてくるね」


「いってらしゃ~い!」




 私は両手でごみを持つと、学校に決められたごみ置き場に向かった。


















「これで良し……じゃあ教室に……」


「いやぁ~この空気感、いいよねぇ~」


「だね」


「あ~あ、彼女と回りたかったな!」


「いや、冷斗お前彼女いないじゃないか」


「うるせぇ~! あ~あ、この文化祭で彼女できないかなぁ」


「そんな簡単にできないだろ」




 私が教室に戻る途中、真白君と坂本君の声が聞こえた。別に彼らも文化祭を回っているので特に気にすることなく通り過ぎようとした。




「透さぁ~彼女できそうなん?」


「う~ん、できたらいいよねって感じ」


「てかさ、前々から気になっていたけど透の好きな人って結局誰なの?」




 その言葉が聞こえた瞬間、私はなぜか足を止めてその話を聞き入ってしまった。二人は私が聞いてるとは思ってないらしく、話をつづけた。




「えぇ、恥ずかしいよ」


「じゃあ予想するわ! えぇっと……あ、最近よく話しているし、もしかして相楽さんとか?!」




 私の名前が出たとたん、ビクッとしてしまった。心臓がドキドキと鼓動音を響かせている。




「相楽さんはすごい良い人だけど……」


「だけど?」


「相楽さんはいい友人だから……」




 何かが心臓に刺さったような気がした。怪我なんかしてないのに、なぜかズキズキが止まらない。




「えぇ~。 じゃあ誰なんだよ~」




 坂本君の質問に真白君は少し間を開けた後、恥ずかしそうに答えた。




「それは……ひ、檜山さん……だけど」


「へぇ~そうなんだ」


「本人には内緒にしてくれよ?!」


「わかったわかった」




 そして二人は通り過ぎて行った。私は二人が通り過ぎた後、二人の歩いて行ったほうとは反対のほうに、無意識に歩き出していった。歩き出す前に視界の端に見えた真白君からは今まで通り、




「そう……真白君は沙良が好きなんだ……沙良は可愛いからわかるよその気持ち……うん、あの二人だったらきっとお似合いだよ……じゃあ私が二人が付き合えるようにサポートとかしたほうがいいのかな……例えば真白君は意外と甘いものが好きじゃなかったり……野球よりバスケのほうが得意だったり……休みの日には散歩が趣味だったり……お姉さんと仲が良かったり……」




 私は最近真白君と話している時に知った真白君のことばっかりを思い出していた。なぜか思い出すたびに胸がひどく痛くて……苦しくて……張り裂けてしまいそうになった。




「だって私と真白君はただの友達で、沙良とは親友だもん。 悲しいなんてこれっぽちもないよ……そう、だからきっとこの痛みは何かの間違いなの。 別に……別に……」




 私はいつの間にか走り出しており、いつの間にか空き教室棟に来ていた。私は沙良との約束を思い出して足を止めた。




「そうだ……沙良に、沙良に連絡……しなきゃ……」




 私は携帯を取り出した。そして携帯の画面を見ると、そこには涙を流しながら。今までに見たことのない、初めて見る紅色だった。私は本能で察した。これがきっと、自分の本心を否定するように騙す、切なくて、刺すような嘘だ。この紅色が私の心の内にある真実を、突きつけた。




「私は……私は真白君が……真白君のことが、好きだったんだ……」




 初めての恋と失恋。それを自覚してしまった。私は静かに涙を流しながらその場にへたり込み、自分をあざ笑うかのような笑みを浮かべながら、呟いた。




……」

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私が紅に染まるまで 鏡花水月の幻想 @naroukyouka

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