第5話 渇望

 三階の集中治療室前。薄暗い蛍光灯に照らされた椅子の脚が鈍く光っている。

 柊斗のお母さんは電話でも掛けに行ったのだろうか…?不在だった。


「浩紀!どこ行ってたの!?せめて柊斗君のそばにいてあげなさい!今もこの中で独りぼっちで戦ってるのよ!?」


「うん…。でももう大丈夫だと思うよ」


「えっ…?そ、そうね…。しっかり治療して、リハビリして…」


「必要ないと思う」


「浩紀!何てこと言うのっ!?投げやりな発言はやめなさい!朝霧さんが戻ってきたらどうするの!?」


「本当に大丈夫なんだけどな…」



 その後、柊斗は驚異的回復を果たす。

 三週間後にはギプスも外れ、奇跡だと病院中の噂になるほどだった。

 当初は僕も頻繁にお見舞いに行ったのだが、あまりの回復力に安心しきってしまい、二週目からはあまり病院を訪れることはなくなった。


 ゲームをしないと誓った僕は、柄にもなく勉強に力を入れた。

 母さんは毎日、「今日こそ地球が滅亡するのでは…」などと訳が分からないことを、のたまっている。

 そんなに僕が勉強してたら変かな?


 自転車大量盗難事件はマスコミの格好のネタになり、連日「宇宙人の仕業か?」などと、ありえないデマも流れて世間を騒がせていた。

 まあ実際宇宙人に近い存在なのかもしれない。あの女神様って。



 学校、昼休み。


「久しぶり…。柊斗、元気そうだね?」


「元気なわけないだろ…。三週間だぞ三週間…。あれだけベッドに寝てたら体がおかしくなるって」


「体調、悪いの?」


「いいや、大丈夫だ。でも…筋力なんかは落ちてるだろうな」


 柊斗はサッカー部だ。太ももが気になるようだ。


「ふう…ようやく腕も動かせるようになったな。そういえばさ、お前入院中に「ゲーム機あげる」って、携帯機も据え置き機も持ってきてくれたけど…ゲームやめたの?」


「うん、もう二度としないよ」


「なんで?お前からゲーム取ったら一体何が残るんだよ?あんなに必死になって、夢中でやってたのに…。俺だってゲーマーとしてのお前には一目置いてたんだぜ?」


「そ、そうだったんだ…」


「いや、マジでなにがあったんだよ?毎日ほぼ徹夜で攻略してたのにさ…。あっ…もしかしてセーブし損ねてショックでゲームなんて辞める、みたいな感じか?」


「…まあ、そういうのもあるね。実際、500時間超えのデータを上書きしちゃったんだ…」


「図星か…。そういえば、入院前にお前と話してたあのRPG…。あれってセーブデータのアンドゥできるだろ?地味に親切だよなあ~。俺もさ、間違ってよく上書きしちまうんだわ~。せっかく物語の分岐点前でセーブしたのを消しちまったりとかさ…、あとは…」


 えっ……!?セーブデータのアン…ドゥ?


「なにそれ?そんなこと出来たっけ!?嘘…嘘だよね?」


「何言ってんだ…。今月最初の更新でVer1.02になって実装されただろ?」


「えええっ!?僕、ちゃんと更新したはずなのに…」


「機内モードになってたぞ…お前の携帯機…。しばらくずっとあのままだったんじゃないか?」


 Ver1.01はメジャーアプデだったからしっかり確かめたけど、1.02は…


「もしかして1.01のままか?なら残念だがデータは戻せないな。1.02では仮想スロットみたいなのがあって、そこに新しいデータを…って、おい…どうした?」


「あああああ…ううっ…なんてこと…」


 なんだそれ…。1.02は軽微なバグの修正くらいしかなかったはずだろ…。

 ゲームシステム上の変更がなかったから全然意識してなかった…。

 1.02にしてさえいれば…。

 わざわざ女神様なんかに頼まなくてもよかったのに…。

 でも、あの出会いがなければ…柊斗はどうなってただろう?

 頭の中で考えがぐるぐる回る。


「それだけ悔しがるってことは、お前まだゲーム好きなんだって…。俺もまだ部活復帰は無理だし…週末手伝うからさ…、久々にお前ん家でゲームしようぜ…。懐かしいな…、小学生時代みたいだ…ははは」


 本当だ…。ゲームを辞めるなんて…とんでもない。

 …僕は本当にゲームが好きなんだ。


「そうだ、とりあえずお前の携帯機持ってきたよ。ほら」


「……」


「おいおい…いきなりやる気取り戻したのか?今朝家で充電しといて良かったよ…。昼休み終わりまでにどこまでやれるかな?」


「少なくとも週末までに柊斗に追いつくよ!それで昔みたいに僕の部屋で同じマップ攻略の競争してさ…楽しみだね」


「マジで!?また徹夜か?二、三時間は寝ろよ?」


 受け取ったゲーム機の電源ボタンを押す。


「うわああああっ!」


 全身に衝撃が走る。

 目の前が真っ暗になり、椅子から転げ落ちた。


「浩紀!?おい…大丈夫か!?…浩紀っ……!浩紀ぃぃぃぃ…っ!!」

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アンドゥ出来るセーブスロット(4000文字程度の短編) 夕奈木 静月 @s-yu-nagi

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