第7話 Side-AB
ログハウス風の喫茶店で、一組の男女が向かい合っていた。女はジーンズにTシャツといういで立ちだが、男はスーツを身に付けている。二人の間には目に見えない糸が張り詰めているようで、一目で親しい仲ではないと分かる。
「お母さまの具合はいかがでしょう」
「意識が戻ってからは順調で、今は呼吸器も外れています。ただ、昏睡していた期間が長かったので、自分の足で歩く筋力を取り戻すことはもう難しいかもしれません」
女が静かに答える。男は「そうですか」と返し、小さく一礼する。
店員が、お待たせしました、と二人分のコーヒーを運んでくる。
「共同で活動されていた方の具合はいかがですか?」
今度は、女が尋ねる。男はかぶりをふる。
「実は、先月他界しました。長い間、僕のことも認識できていない状態でしたが、かえって安らかにいけたと思います」
女が「ご愁傷さまです」と一礼する。そのまま、二人とも、一口コーヒーを飲む。カップとソーサーの触れる音が響く。
「長い間、お時間を取らせてしまいました」
男が、迷った末、といった様子で口にする。女もうなずく。
「ええ。長期間の争いになってしまいましたが、こんな状況では」
二人は窓の外へ目をやる。人通りは閑散とし、どこかさびれた様子だ。
ここ数か月、謎の病が流行していた。発熱や体調不良を伴い、致死率が極めて高い。感染経路はまだ特定されていないが、実験によって、飛沫感染はしないことが確認されている。
緊急事態宣言が明日にも発令される見通しだ。この喫茶店も、本日までで休業する。
「また、状況が収まりましたら、続きをまたお願いしたいと思います」
男の言葉に、女は笑う。
「すみません、なんだかおもしろかったものですから。こちらこそ、よろしくお願いします」
「まずは、お体に気をつけてくださいね」
「そうですね、お互いに。まだ話し合わなければならないことが、きっと山ほどあると思うので」
二人の間をコーヒーの湯気が流れ、張り詰めていた空気が少しだけ弛緩する。
女が少し微笑む。
「二人で話すのも久しぶりですね。しばらくは、弁護士さんを通してばかりだったので」
男がうなずく。
「個人的には、こうして顔を合わせてお話しできると、少し安心できます」
「ええ、私もそう思います」
その後、二人は少しの言葉を交わし、席を立つ。外は相変わらず濁っている。喫茶店を出た二人は、互いに一礼し、別々の方向へ歩き始める。
その頃、地球の上空には巨大な円盤が迫っていた。円盤の下面には、すでに大きく膨らんだ黒い風船がぶら下がっている。
それがもたらすのは、救済なのか、破滅なのか、誰も知らなかった。
フリージア 葉島航 @hajima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。