休日の一幕

岡田公明/ゆめみけい

第1話

 嫌気が差すほど熱い朝。湿度は高く熱が体中に纏わりついてくる。そんな朝の事だった。誰だって朝の始まりは爽やかに過ごしたいものなのだが、そう行かないのが今朝の基調だった。


 目を覚まして環境から来る気分の悪さを感じながらも部屋の湿度は特に変わらない為、それがまた鬱陶しい。


 生憎、別段よい冷房機具もなく、エアコンはこの連日の暑さで文字通り煙が出ていて、ニュースでもやっているくらいにはエアコン修理の人が足りていないこの現状で家に業者が来てくれるほどの都合の良いことは起きなかった訳だ。朝を凌いだから何とかなるような状態でもない、会社でも冷房の温度の調節がされていて、フルでガンガンに使えなくともある程度涼む程度にも使わせてもらえないのが今の現状だ。


 それもこれも、冷房を使いすぎるとどうやら電気代が良くないらしい。普通にプリントしたりとか、備品のパソコンを動かすためにも電機は必要な訳でそっちを優先して、冷房を抑えて結果的に部屋はサウナに近い状態で、パソコンの回転は悪くなる悪循環。

 

 起きた時点でそんなことを考えていては気分が憂鬱になる。


「はぁ面倒だな」

 スマホの画面には既に連絡が何件も入っている。どうやら昨晩の間に何度か連絡が来ていたらしいがそれにうっかり気づかなかった訳だ。というか一般的に夜中は寝るためにあるわけで、そんな夜中にに連絡をしておいて怒られるのは理不尽ではないだろうか。いつもいつもそうなので、起きる頃合いを見計らって電話が来るのはある意味、既定路線と言えた。


 だからといって、出たら出たで別にご褒美があるわけでなく、逆に罰ゲームというのは何とも理不尽で酷いとは思わないのだろうか?そんな風に思いながら今日はギリギリ休日の為、電源を完全に落として敷布団の上に投げる。


「よし忘れよう」

 そうだ今日は休日だった。起きたら基本的には仕事へ行くことが始まる。遠足と同じで遠足は準備から始まる。そして帰るまでが遠足な訳だ。お仕事も同じで起きてから一日が始まりそして、既にお仕事に行くことが始まる。如何にして間に合うようにとスケジュールを考えて、今日はどうやって帰れるかを考えるわけだから。それをわざわざ休みの日まで行う必要は決してない。


 少ない休日な訳だ、最近は特に色々と立て込んでいて余計に少なく感じた。不思議なことに、暇なときはあくびをしても逆立ちをしても暇なのに、忙しくなる時は寝ることも出来ないくらいには忙しくなる。もっと配分を調節できないのかと思ってしまうほどには忙しくなる訳だから。今日はそんな忙しさから逃げれる日なのだまっとうしようと決めることにした。


―何をしようか

 RPGで行動を選択するような感じで頭の中に様々な選択肢が現れる。


 いつもであれば、このまま寝ていればいつの間にか一日が終わりそして新たな朝と出会うことになるわけだが、今日は貴重な一日だと気づいた以上、有意義に過ごす義務が生まれたわけだ。そしてこの暑さの中で家に居れば、恐らく干物となって後日発見される可能性だってある。


 となれば、ご近所開拓でも...



 外を見ると灼熱の太陽が青い空を背景に微笑でいて、その灼熱を地面のコンクリートが受け取り鉄板のようになっている。そんな状態の外をお世辞にも散歩できそうにはない。


「とりあえず、なんか飲むか」

 頬に伝う汗を感じて、ひとまず水分補給が先決だと考える、既に服には汗が染みこんでいる訳だし着替えも必要だろう。


 ―ガチャン

 冷蔵庫を開くと冷風が身体に当たる、その気持ちよさを長く味わいたいがそんなことをしていたら割とシャレにならないことになりかねない為、すぐに中身を確認し麦茶を...


「まぁ今日は休みな訳だし」

 伸ばした手の軌道を変えて横にあった缶のビールを取り出して"プシュッ"という弾ける音と共に口に含み、くぅぅとそれっぽい単語を発した。それだけでなんだか充実していると感じれることは凄いことだ。


 だが、この癒えた空間もサウナのような状態では長くは続かないことは既に察している。そのためこの家からは脱出をしなくてはならない。スマホに手を伸ばそうとして止め、何も知らないふりをして外に出ることを決意する。


「今日は休みなんだから」

 そこには確かに決意が漲っていた。


 会社用とは別の唯一あるダボっとしたジーンズを履いて、後ろのポケットに財布を入れる。そしてかかとの潰れた靴に足を入れて炎天下の中で外に出た。



 歩いてしばらくすると既にこの暑さにやられていて、自販機で購入した飲み物を片手に、ある意味徘徊状態になっている。良くある手ごろな喫茶店的なものを探しているわけだけど、それらしきものは今のところ見つからず、あったとしてもまだ開店していない状態の店ばかりだった。


「朝早いし仕方ないか」

 そう呟いて、おでこに出来た汗を拭う。


「お?」

 すると視界に、それっぽいお店が目に入る。店の前にはメニューの看板が置かれていて、恐らくやっているのではないかと期待が上がる。とりあえずは確認をしないといけない為、メニューを見るとモーニングの表記があり、中を覗いてみてから店内に入った。


 基本的には住宅街で、この店もまたその住宅街の一角として紛れ込んでいて、ほんとに地域のお店という雰囲気があった。有難いことは土日祝日もモーニングをやっていたことだ、基本的にモーニングやランチは割と平日のイメージがあるためやっていてくれて本当に助かった。


 店内に入ると冷房の風が吹いていて、先ほどまで汗をかいていた身としては少し寒いくらいでそれもまた有難い。そして席に案内されてからおしぼりを頂いて、それで軽く手を拭いた。


 顔も拭きたかったけど、お店の雰囲気的にもそこは何とか抑えることが出来た。それからメニューを見るとメニューは分かりやすくまた、種類がとても限定されている、少しお値段は高めの節があるけれど、それもまたこの場所や雰囲気の提供を考えるとサービス料的な感じに思えた。


 何よりお店に入ってから今まで全く急かされていない感じ、受け入れられているというかもてなされている落ち着いた雰囲気が割と好きだった。


「すいません」

 右手を上げて控えめに定員さんを呼ぶと、定員さんは"只今"と言って注文を確認していく。自分は1つのメニューを選んでを注文した。


「それでは少々お待ちください」

 と言って頭を下げた後、去っていった定員さんを見て周りを見渡した。普段であればスマホを見る状況な訳だけど、それが無いだけで少し心に余裕が出来たような気がする。なんというか、気持ち的な束縛が随分と軽く感じる。


 周りを見渡してみると様々な人が居て、割と早い時間だけど既に勉強道具を広げている学生さんや子供を連れてきたと思われる女性もいた。自分と同じように周りを見ながらコーヒーを飲む男性や、トーストを頬張るご老人もいる。


 決して店舗がとても広いというわけではないけれど、お客さんがぽつぽつと入っていて、みんなや私もまた同じようにこの空間を作っている。そんな風に気づくことは決して普段ならできなかったように思って、それだけでここに入れたことに満足した。



 周りを眺めつつ待つと、しばらくして注文したものを持って店員さんがやってきた。トーストとバター、コーヒーと砂糖と小さいポットのようなものにミルクの入った容器を机に置いて、ごゆっくりどうぞと言って定員さんは去っていく。


 その後ろ姿を見送ってから、手を合わせて食事を始めた。普段から朝食で食べているものと変わらないはずなのに、トーストもコーヒーも格別に感じる。


 否、普段のものとは違うのも恐らくあるのだろうけど決してそういうことではない。言いたいことが分かりにくいように思うかもしれないけれど、そういうことだ。


 コーヒーから漂う香はまず、インスタントの物とは異なっている。恐らくこだわり的なものがあって淹れたてと想像できる香ばしい香りが、鼻の奥に入る。それを口に入れてから呼吸をすると再び香りが鼻を通るため何度もこの香りを楽しむことが出来る。


 そして次はトーストだ。小さなバターを熱々のトーストの上で転がしてバターナイフで伸ばす。そして口に咥えるとサクサクとした感触が楽しませてくれる。こちらはこちらでトーストしたばかりのもので美味しいのは約束されていたことに違いなかった。


 この店をある程度堪能して時間を忘れてのんびりと過ごした、その間に色々な人が入って色々な人が出ていく。その誰もが笑顔で出ていったのが印象的だった。


「俺もそろそろ行くか」

 そういって席を立つ、俺が入った時点から残っていたのはあの勉強中の学生のみだった。


 レジへと向かい、お会計をする。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 そう言う定員さんに対して、"こちらこそありがとうございました。また来ます"とだけ言って店を去った。

 空はまだ生憎の様子で、地面のアスファルトは朝の時よりもより熱を放出している状態だった、だけど少し気持ち的に涼しく感じた。


 今日は何もかも忘れてもう一軒行ってもいいかもしれない。そんな風に思う休日の一幕だった。

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休日の一幕 岡田公明/ゆめみけい @oka1098

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