第17話 我が子を殺したのは誰だったのか

この二人は希望を聞く前から、こういう人事にしようと決めていたはずだ。一組は学年主任の長谷川が担任で、生徒指導も兼任しているから忙しい。三組は新米の香川だ。まだ初任者研修も終わっておらず余裕がない。すると二組の私しかいなくなる。私だって生徒会担当やバレーボール部の顧問として忙しい。しかしそれを理由に挙げても、きっとこのコンビは、

「みんな同じですよ。」

と相手にしないだろう。始めから決まっていた人事だった。不意に悔しさが込み上げてきた。

「では、応接室に向かいましょうか。」

校長も同席すると言う。郁恵は校長の後ろに付いた。

そういえば、和希は入院していたはずだ。体調は大丈夫なのだろうか。声は出るようになったのだろうか。

そして被害者参加制度に参加していた祖母は、郁恵の顔を覚えていないのだろうか。裁判員の顔を覚えるような余裕はなかったと思うが、もし思い出されたら実に気まずい。祖父母側からしたら、ものすごく文句があるような判決にはなっていないが、控訴されているこの現状を俯瞰してみると、やはり力不足を感じてしまう。

校長はノックして、応接室のドアを開けた。郁恵も瞬時に、にこやかな表情を作り、浮田一家と対峙した。

祖父と祖母の間に座っていた和希は、あまり父親にも母親にも似ていなかった。でも郁恵はこの顔をどこかで見たことがあった。非常になじみのあると言うか、見覚えのある顔だった。

(美咲。)

不登校になる直前、彼女はこんな表情を浮かべていた。そして今にも風に飛ばされそうな、そっけない棒のような体つきをしていた。

(美咲がいる。美咲がそこに小さくたたずんでいる。)

もしあの時、私が仕事を辞めてまで美咲と向き合っていたら、彼女は今日まで引きこもりを続けるような娘になっていなかったのではないか。

確かに美咲は、いじめが原因で心を閉ざし、外とのつながりを絶った。もし今、目の前にいる和希ぐらいの時に、もっとフォローし、もっと美咲と向き合い、もっと強く美咲のことを抱きしめていたら、美咲の人生は変わっていたのではないか。部屋から出て、よそのお嬢さんと同じ、きれいな服を着て、人生を謳歌していたのではないか。

私も、夫も途中で美咲から逃げた。

美咲に疲れてしまった。

美咲と向き合うことを諦めた。

いじめた立花京香も悪いが私たち夫婦も、悪い。とても悪い。

「廣田先生、どうされたんですか?大丈夫ですか?」

気づいたら郁恵は顔を覆って泣き始めてしまっていた。嗚咽がどうしようにも止まらない。

あまりにも涙が止まらない様子を見て校長は、先ほど指導要録を見せ、浮田さんの現状をお伝えしたばかりですから、娘さんを見て、思わず同情の観点から涙が出てきたのでしょうと、説明していた。


浮田和希は、郁恵のクラスにもすぐになじむことができ、徐々に体力も取り戻し、進級した三年生の秋には、通常の中学生と同じ健康状態になった。始めは体育も参加できなかったが、秋の運動会ではちゃんとクラスメイトと共に全ての競技に参加することができた。


和希は順調さとは裏腹に、やはり美咲は部屋から出てこようとはしなかった。

「もう、僕たち夫婦が死んだ後のことを考え、美咲を引き受けてくれる施設を探した方がいいんじゃないか。」

出てくる気配すら感じない状態に夫は、そう提案してきた。郁恵は控訴審判決が出るまで待って欲しいとお願いし、毎日、美咲の部屋に行き声をかけ続けた。


半年後の三月十四日、立花京香の控訴審を担当した名古屋高等裁判所において、立花京香に懲役十年の実刑判決が下された。これについて村中聡裁判長は、

「綿密な計画性があるとは言い難く、過去の判例からしても、一人殺害の殺人事件で無期懲役は重すぎる。」

と述べた。


この日、娘の浮田和希は八尾中学校を卒業した。

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