冒険の途中で
杏野楽
冒険の途中で
「ピロリーン♪」
気の抜けるような電子音で目が覚めた。ベッドから体を起こし、まだ眠い目をこすりながら階段をおりる。今日も壮大な冒険が始まるのだ。
宿屋のロビーへと到着すると、いつもの仲間たちが待っていた。
メンバーに挨拶をし、宿屋を後にする。今日はこの町の町長が会いたがっているらしいので、彼のところへ向かうことからだ。
今の旅の進捗は魔王の城まで半分くらいだろう。そろそろ魔物も強くなってきて危ない場面も増えてきた。慎重に行かなければ。
しかし、今日はなんだか自分と周りの足取りが軽やかな気がするな。やはり、この次の街の目玉の施設である温泉がみんな楽しみなのだろうか。実は、私はこの旅が始まったころからそれを楽しみにしていたのだが。
町長の家につき、ドアを開けて入った。快く迎え入れてくれた町長は、椅子に座るよう勧め、お茶を出してくれた。暖炉の温かい火が優しく包み込むように家具や我々を照らしている。心地よい空間だった。
町長は椅子に座ると、なぜ我々をここに呼んだのかを話し始めた。
「わしがあんたらをここによんだのは%#&□△◆@※¥=+〇!!」
速い、速すぎる。これがマシンガントークってやつか。こんなもの聞き取れるわけない、と助けを求めるように仲間の方を見ると、みんな話が分かっているかのように頷いているので驚いた。
「話してること、わかるのか?」
俺が町長に聞こえないように
「ええ、どうかしましたか?」
と、まるで当然かのような答えがかえってきた。どうやら私の仲間は異常なほどにまで言語のリスニング能力が高いらしい。
そんなマシンガン町長の家を出て、しばらく歩いていると、珍しく
「すごかったなあ。まさかあんな方法で魔物の襲撃から町を守るなんてよ。」
「ほんとだよね。あの町長さんあったまいー!」
どうやら
さあ、気を取り直して次の大きな街へ向かおう。道中には森が立ちふさがっていて、そこには魔物が数多く生息しているはずだが、そこしか道はないので進むしかない。森までの道も複雑だから気を付けないと…
そう思って歩き出したのだが、迷うことなく森についた。というか、選んだ道が行き止まりなどなく全て正解だったのだ。こんな幸運があるだろうか。今日は何か良いことが起こる気がするな。
森は日の光が届くことなく、夜のように暗い。木は見たことのない形に曲がりくねり、草は毒々しい緑色をしている。ヤユミが「この森不気味だね…」と言うが、早口なのでちっとも怖がっているように感じられない。そろそろ町長の真似をやめてもいいんじゃないだろうか。
次の街に向かって森の中を恐る恐る歩いていると、大型の木の魔物に遭遇した。
「ラスク、あれは?」
すかさず、情報通のラスクに問う。彼はメンバーの中で一番魔物に詳しく、たいていの魔物は名前やその弱点まで知っている。魔物の弱点はそこを攻撃すれば技の威力が何倍にもなるため、弱点の情報はあればかなりありがたいのだが…
「見たことないです、変異型でしょうか?」
ラスクが知らないとは。情報が出回りにくい変異型というのも納得かもしれない。しかしこの、木にそのまま顔を貼り付けて、腕を生やしたような姿には既視感を覚えた。気のせいだろうか。
それは置いておいて、まずはこの魔物を撃退しなければ…そう思った次の瞬間だった。タテマサが木の魔物に対して、盾を構えたまま突進し相手の姿勢を崩す技、シールドバッシュを繰り出したのだ。おいおい、一人で先走るなと言う前に、魔物が姿勢を崩して、根っこのような部分が見えたところへヤユミが渾身の一射。木の魔物はうめき声をあげ、朽ち果てるように消えてしまった。
一瞬何が起こったか分からなかった。倒したのか?初見の魔物を遭遇からものの十数秒で?この世界では、魔物に対してはあらゆるパターンの攻撃をして弱点を洗い出すのが定石だが、さっきの二人は弱点がまるで初めから分かっていたかのようだった。不思議に思って二人に聞いてみた。
「すごいな、二人とも。さっきのやつは弱点知ってたのか?」
「えーっとねー、見たら分かった!」
「俺もだな。」
本物の天才だった。そんなことあるか?この前まではそんなこと一回もなかったじゃないか。二人の中で何かが覚醒したのか。心強い限りではある。
そんなことを考えながら歩いていて、心なしか自分自身の注意が散漫になっていた時だった。横から二足歩行の兎の魔物が7,8体飛び出してきた。急な登場に驚いていると、奴らは防御力の低い、
ラスクが身構え、魔物の一撃が届く、その瞬間。私は全身の力を振り絞った一撃をラスクを攻撃しようとしている魔物にぶち込んだ。兎の魔物は初めは驚いた表情を浮かべていたが、目を血走らせ苦しみだしたかと思うと、あっけなく消滅した。技の威力も高かっただろうが、一撃で倒したということは…そう、弱点を攻撃したのだ。
今は自分の幸運に驚いている場合ではない。魔物側の不意打ちは失敗したが、まだ何体か残っている。しかし、私は負ける気がしなかった。一体目を倒して自信をつけたというわけではない。「魔物を見れば弱点が分かる」気がしたのだ。
気が付くと、自分で疑いたくなるような早さで次の街へとたどり着いていた。兎の魔物を片付けた後も何回か魔物に遭遇したが、魔物側が可哀そうになってくるほどの勢いで撃退してやった。ラスクも落ち着けば弱点がなぜか分かる、と興奮していた。パーティメンバー全員がいわゆる「覚醒状態」になったことで今日の攻略のスピードを桁違いに上げることができたのだ。
楽しみにしていた温泉に入ってから、メンバーと街の宿屋のロビーで別れて自分の部屋に入った。今日は爽快な一日だった。願わくば、この覚醒状態のままいたい。旅もかなり楽になるだろう。しばらくすると、旅の疲れもあり眠くなってきた。
「ピロリーン♪」
そうそう、この音だ。この音と共に私の意識はなくなり、そして次これがなった時に新しい一日が始まるのだ。私は今日という日に別れを告げた。
「ピロリーン♪」
…かと思われたが、再び目覚めることになった。私は、今の旅の進捗を自分の意思に反してなぜか確かめた。終わると、それからまたベッドに戻り横になった。
「ピロリーン♪」
なるほど。今日起こった奇妙なこと全ての原因が分かった。私は意識が薄れていく中で、その「奇妙なこと」を思い出していた。いつもとは違い、スキップされているかのように速かった町長やパーティメンバーの語り、複雑な道で迷わなかったこと、私を含むパーティの全員が敵の弱点がはなから分かっていたかのようだったこと、そして、いつもの「ピロリーン♪」という音が鳴ってから、まるでちゃんと《記録されているか》を確認するかのように冒険の進捗を見たこと…
私は聞いているかもわからない誰かに対して言った。
「二度手間かけさせやがる。お前、この前セーブするの忘れたろ。」
冒険の途中で 杏野楽 @noppy2323
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