王侯貴族以上の権力者

卜部ひびき

王侯貴族以上の権力者

ある日、とある王国の王都にて、一つのニュースが流れた。

 ある演劇男優、それも人気ある演劇男優のスキャンダルだ。ここでは仮に彼の名をウドンとしておこう。

 ある高級接待飲食店にてホステスに性的かつ暴力的な被害を与えた、というものだった。事件が起きたのは……三年前。

 事件そのものは被害者との示談が成立していた。その事件について、三年経った今、王都最大手の情報出版社がその情報を入手し大々的に記事にして報じたのだ。


 本職は伝統演劇演者であるウドンは、現代演劇でも人気を博し、最近は魔導映像具による朝の情報番組の司会にまで抜擢されていた。まさに大人気芸能人とも言うべき存在であった。一方その謙虚な人柄と、"ウドン嫌い、だって彼の演ずる劇中の人物が嫌なやつすぎるんだもん"と、その優秀すぎる演技力から役の中の人間として嫌ってしまう人もいるくらい演技力に定評のある人物であり、魔導映像具による企業宣伝にも多数出演していた。


 このスキャンダルの影響は甚大だった。魔導映像具の宣伝からは除外され違約金の支払いまでおきた。情報番組からも速やかに撤退。演劇演者としてのみ命脈を繋いでいるという状態に、ウドンはなった。

 社会的に「抹殺」とは言わないが「半殺し」になったのだ。認め、償った罪に対して……

 犯した犯罪行為を擁護する声はどこからも上がらなかった。もちろんだ。その罪は罪である。当然だ。だが、この制裁について、過剰と考える人たちは多数いた…… もちろん、犯罪は犯罪だ、だが、法は、罪を償う道も同時に示しているのではないだろうか……

 



 まず最初に異変が起きたのは高級接待飲食店業界であった。

 ウドンスキャンダルの発信地の店、そのホステスのみならず、業界全体への異変。

 即ち、演劇関係者が一切立ち寄らなくなったのである。


 高級接待飲食店にとっては、国家機関、大企業、大手演劇の三組織の、組織の費用による利用が売上の多くを占めていた。

 その一角が突如として消えたのだ。

 業界は困惑した、各店舗は各々馴染みだった・・・顧客に連絡し、来店を請ったが、色良い返事はなかった。

 そうしてある日、ある店舗が逆上した。

「性犯罪を、暴力行為をしたお前らが悪いんだろう! 私たちの収入を断つのはお門違いだ!」と。

 逆上された側――ウドンとは無関係――はこう答えた。「うっかり腕がホステスの体に当たっただけでも、きっとあなたたちは後日ここぞというタイミングでそれを暴露するのでしょう? 一挙手一投足細心の注意を払わないといけない、そんな恐ろしいところ、お金払って行きたくありません」と。

 これに反論して曰く「私たちはそんなことはしない! 顧客の情報・秘密は守る」と。

 「それが守られなかったから、言っているのです。高級接待飲食店業界の腐敗が、ある一定値を超えた瞬間だったんでしょうね、ウドンスキャンダルは。信頼できないところに行く気はありません」

 もちろん、良くも悪くも性風俗は人類最古の職業と言われるだけはある。高級接待飲食店に行かなくなっただけで、類似の奉仕が得られる信頼できる他店舗に・他業種に、人は流れていった。


 その結果、いちの価値の酒を百の値段で売っていた高級接待飲食店の経営者・従業員はたちまち困窮する。まさに湯水のように使えていたお金が三分の二になったからだ。

 それでも潤沢な稼ぎがあった彼女らだが、ここで彼女らは最悪の選択をした。今まで知った酒の席の秘密を情報出版社に売り捌いたのだ。

「信頼がなくなった? ならこういうことするのも当然よね」と。

 もし、この売り捌いた情報が演劇関係者のみだったなら、まだ彼女らの命脈は保たれていただろう。だが、国家機関と大企業の情報も売り捌いてしまったのである。

 そして残念なことに国家機関や大企業は、演劇関係者とは異なる個性の持ち主だった。大きく言うなら、個人の顔が看板の演劇関係者と、組織の顔が看板の他二つ、と言うべきだろうか。

 精々、妻に黙って高級接待飲食店に来てしまった、が最大の秘密、という程度であったのだ。

 当然この程度の、企業名は知っていても誰か知らない課長の、妻に言えない秘密、程度では記事は売れない。この件は衆目の目に触れることはなかった。だが、取材は入ってしまったので、国家機関も大企業も共に高級接待飲食店からの情報暴露を知った。


 少しでも迂闊なことを喋れば即暴露される、それどころか、行ったということだけで罪として暴露される。いわば、敵スパイの巣に自ら足を踏み入れるが如き行為。ありえない行為。組織からは行ってはいけないと通達が出た。経費が落ちなくなった。それでも自腹で行く者たち、そんな人はいなかった。高い金を払って誰が行くだろうか。ついに高級接待飲食店に訪れる客はいなくなった。だって、行くことが罪なら、その店は存在も罪なんでしょう? そういうことである。


「罪なんかじゃない、ただ、店にきたと報道されるだけ。その結果は私たちに関係ない。スーパーに買い物した・・・・・・・・・・って報道されたのと一緒! 来た人が報道されてるんでしょう? スーパーは悪くないでしょう?」

 そう叫んで復権を図った経営者もいた。彼女のセリフは図らずも皮肉な形で話題になったのだが、それは後述する……


 はたして、高級接待飲食店は、瞬く間に没落した。文化財的な扱いとして生かされるだけの存在に成り下がった。 訪れる客は王都観光ツアーの観光客で、ガイドが常に付き従っている。 性的なメリットを示して、相手の欲望を誘おうにも、ガイドの厳重なガードもあり、試みるだけで次回以降仕事が外される有様である。

「だって、一切の性的な搾取がお嫌なのでしょう? 女性として当然の権利です。貴女の貞操が一番大事です。なので「うっかり」その被害に遭いそうな女性は、安全のため外させていただきます。未来永劫。"ご配慮ありがとうございますでも仕事させて"ですって? いえいえどういたしました、無理して仕事しなくていいのですよ?」


 この王国は小国だが豊かな国だ。

 だが、全国民が豊かなわけではない。

 自分の子供に食べさせる一杯のスープのために自らの体を売らなければいけない女性もいる。

 そのような女性のために、国は、国家機関は、国民の血税の一部を使っている。

 決して、自らの容色に胡座をかいて、濡れ手に粟を目論む者を援助するためではないのだ、血税の使い道は。

 自分から性的アピールしながら、釣れたと思ったら暴露、そんな女性は何故か、何不自由のないお嬢様ばかりだった。

 貧困に喘ぐ女性こそ、何故か倫理観がしっかりしていた。そしてそもそも高級接待飲食店には誰一人務めていなかった。

 国は徹底的に手を入れた…… 守るべき女性に必要な援助が届くように……


 それに比して、己が贅沢を忘れられない高級接待飲食店の店員のなんたる浅はかなことよ。一人くらい貧困女性がいても確率的にはおかしくないが、全員、裕福な出で、贅沢をしたいがための行動だった。

 彼女らは、地に足をつけて仕事する、と言うことを思い知らされた。




 続いての異変は、もちろん情報出版社である。

 ウドンの暴露記事を書いた記者の、暴露記事が続出した。

 記者の名前を仮にクスィーとしよう。

 クスィーの飲み会遍歴、高級接待飲食店への来店履歴がまず暴露された。

 クスィーは妻への弁明に必死になり、こう述べた。「一般市民の情報暴露はプライバシのー侵害だ!」と。

 だが、その声に対するリアクションの前に、クスィーの未成年時の犯罪まで暴露された。

 クスィーは激昂してこう言った「未成年の犯罪の暴露は未成年法に反する!」と。


 しかし彼の所属する情報出版社が、違う答えを出してしまった。

 コンビで働く新進気鋭のエンターテイメント演者、その一人 ――名を仮にゼータとしよう―― が、未成年時の貧困期に犯した犯罪、もちろん罪は償っている、を大々的に報道したのだ。報道の中で「今の彼を否定するものではない」と言っているが、報道されたゼータは「自分の罪は未来永劫償えないもの、それを突きつけられた」と語った。「前科者は絶対に幸せになってはいけない。それがメッセージと受け取った」と語った。未成年法の理念を、いち情報出版社が真っ向から否定したのである。犯した罪は決して償えないと。

 もう罪を償っている事件の加害者を弾劾するこれらの記事に違和感を覚えたものは多い。

 ゼータは何一つ言い訳することなく誠実に向き合った。その結果、むしろ彼の人気は上昇した。

 これに気を良くしたのが暴露した記者 ――名をガンマとしよう―― だった。まるで自らの功績のよう喧伝した。そして、"それを語って"と魔道映像番組へ出演を依頼され、意気揚々と乗り込んだ。


 その場でガンマは、未成年法の理念への挑戦を問われた。

「この罪と彼は切っても切り離せないものだ」

 そう答えた。

「では、貴方の同僚のクスィー、彼の未成年時代の犯罪もそうだよね?」との問いに如実に詰まったガンマは……

「ゼータは一般市民ではない、影響力のある存在だ、我々一介の記者とは違う」

「だがガンマ氏、貴方は"被害者は! 被害者の心情は! 罪は罪! この罪と彼は切っても切り離せない"と語った。クスィー氏もそうなのでは?」

「我々は違う!」

「貴方の、貴方がたのペンの力は強大だ、一般人ではないだろう?」

「違う!」


 この番組を見て、まず、クスィーの罪への弾劾を、有志が強めた。

 それに対してクスィーは厚顔無恥にも重ねて「未成年の犯罪の暴露は未成年法に反する!」と言った。

「ならばお前らは何故未成年時のゼータの罪を暴いた!」と、有志は問い詰めた。


 クスィーはここで後世に残る決定的なことを口にしてしまった。

「彼らは社会的影響力のある人間、だから清廉潔白が求められる。一方私は一介の情報出版社社員、私ごときに価値はない」

 ガンマも類似したことを口にしたが、後世の歴史家は、この発言が契機だったと分析している。

 

 関係者はこれに激怒した。

 数多の人間の人生を崩壊させる、崩壊できる「剣より強いペンの力」を行使する記者が、己が力を自覚していないと言うのか!


 自らへの対応を不服に思ったクスィーが裁判所に訴えた際の、当時の裁判官の断罪は有名である。曰く

「貴方のペンの力は、王族をも滅ぼせる。そんな強大な力を持つもの、すなわち貴方はこの国一番の社会的影響力・権力を持つものだ。

 貴方は王侯貴族以上の権力者だ」

 と。


 そう、実は彼は、王族のスキャンダルを報道したことでも有名だった。

 いずれ臣下に降ることが決定していた王女の、その立場から中々見つからなかった婚約者、やっと見つかった婚約者、その婚約者の母親について、利害関係の対立者の意見だけを聞いて報道したのである。

 母親の婚約者を名乗る、ただただ今回の件で小金をせしめようとした愚かな男の愚かな言動をそのまま垂れ流したのである。

「王族の婚約者は強者である。それに異を唱えるものは弱者である、私は弱者を味方しているだけである」との一方的な、でも否定しにくい見解で。

 ……弱者が必ずしも正義でないことなど、歴史が証明しているのに……

 結局母親の婚約者は、

1:お金欲しさ

2:王族の婚約者になった男=自分の元婚約者の息子、への嫉妬

3:そんな時の人からおこぼれもらおうと思った欲望

上記三つの欲から虚偽情報を提供しただけだった。しかしそれを見抜けず報道を行い、世論もまたそれを見抜けず、通例盛大な式典が催されるはずが自粛され、王女は侘しい臣下降嫁となった。

 そして……

「元王女、スーパーで買い物!」とのゴシップ記事まで書いた。スーパーで買い物をして何が悪いのだろうか……

 これらの恨みを、王族は、国家は忘れていなかった。

 だが、裁判は適正に行われた。血反吐を吐いても適正に行うと国家機関は覚悟を決めていた。


 クスィーは裁判の席上でこう述べた。

「これは言論の自由への弾圧である。報道の自由への弾圧である。プライバシーの侵害である」と。


 前述した断罪の言はここで生まれた。

繰り返すが

「貴方のペンの力は、王族をも滅ぼせる。そんな強大な力を持つもの、すなわち貴方はこの国一番の社会的影響力・権力を持つものだ。

 貴方は王侯貴族以上の権力者だ」

「演劇男優のプライバシーごときが、"知る権利"に入るなら貴方のプライバシー以上に"知る権利"があるものはない」

「受ける身にもなってくれ!」

「逆に貴方は一度でも受ける身になったことがあるか?」

「ない! だが、報道の自由がある! 言論の自由がある!」

「では、貴方のプライバシーを報道する自由があるな、言論する自由があるな?」

「私は一般市民、知る権利の対象外……」

「まだ分からんのか馬鹿者がぁ!! お前のペンの力は、王族をも滅ぼせる。そんな強大な力を持つもの、すなわちお前はこの国一番の社会的影響力・権力を持つものだ。

 ……コホン、繰り返すが貴方は王侯貴族以上の権力者だ」


 自分はただの一般市民、でがペンの力でなんでも思い通りになる。そしてそのペンの力は自分には決して刃を向けない。そう思い込んでいた愚かな男、それがクスィーだった。


 彼の訴えは棄却された。そして……

「クスィー氏、貴方の息子が万引きをした! 社会に対して貴方はどう詫びる!?」

「成人した子の犯罪を何故親が連座せねばならない!」

「貴方が何度も記事にしているではないですか、有名人の子が犯罪を犯したら、その親である有名人を犯罪者扱いする記事を。だから貴方も犯罪者です」

…………

「我が子が、まだ幼い末の子が学園で誹謗中傷にあっている! "あのクスィーの子だ"といじめられている。止めてくれ!」

「貴方の報道の結果、有名人の子が同じことになった際、貴方はこう言いました"その親の稼いだ汚い金で育った子だ。同罪だ、助ける価値なし"と。だから貴方の子も同罪です。貴方の子も犯罪者です。貴方がそう言ったでしょう?」

 クスィー一家は自らが作り出した地獄に囚われた。生き地獄の中で生きることを余儀なくされた

…………


「スペリオル新社長」

「イクスェスか、我が社のトップ オブ トップ記者がきた、その理由、想像はついているよ…… 今の騒動をどう収めるか、だろう」

「私は、私たちはずっと言っていました。売れるからという理由だけでゴシップに注力するなと。前社長に。聞き入れてはもらえなかったが」

「だから私が立った」

「でもまだ奴らはいる。記者の恥晒しが、いる」

「あぁ。最近流行りの魔道具遊戯に例えると、君は黒龍を単身で倒せる狩人だが、奴らは甲虫をやっと倒せる狩人だ。同じ"狩人"でも全然違う」

「なら何故早く排除しない?」

「急激な変化は歪みを産む。彼らに売上狙いの愚かな記事を書かせ、放逐、せいぜい自分の退職金くらいは稼いでもらおう」

「払うのか? 退職金?」

「言葉のあやだ…… いや、言い直そう…… そうで定められた範囲はな……」

「我が社は生き残る必要がある。我々の役目は政治の腐敗を弾劾し、自浄作用を促すこと」

「わかっている。絶対君主制の我が国だが、報道による影響、民の反発は無視できない。ただただ清いだけの国がいいとは言わないが、腐敗は止めねばならない」

「……貴方を信じますよ。スペリオル社長…… 我がボス」

「失望されないように励むよ、イクスェス」


 この王国は、この王国も、権力は必ず腐敗した。だが、真のジャーナリズムを持つ記者たちによって民意が喚起され、それにより王国自身の自浄作用が効果を発揮した。

 また、この国民の国民性であった"ちょっと人気になった者のスキャンダルを聞くとスッとする"という卑しい国民性は矯正された。

 そのため、ゴシップ記事は売れなくなった。過去の遺物となった。もちろん、必要なスキャンダルは正しく報道されたが。


 他国民はこの国を羨み、他国のトップは自国に派生しないよう恐れたという。


 


<王侯貴族以上の権力者 完>


B「Aーずみん!」

A「おはよう」

B「今日は何々の日!」

A「ごめん、これ以上は引っ張れない」

B「残念だ」

A「金曜日の顔として、好きだったよ」

B「俺も。あの"やられたらやり返す。【二の百二十七乗した数字マイナス一】倍返しだ!"の憎たらしい演技も演者としては敬意を表した」

A「待って待って、何、手計算で確認された最大の素数をぶちこんでるの? 倍返しだ だよ?」

B「倍って二倍のことじゃん? だからメルセンヌ数と親和性があるなと」

A「……まぁ、さ、あと、名前が相変わらず面白いね。ウドンはある意味そのままっちゃそのままだけど、他が……」

B「ストップ、みなさまの反応を楽しみにしているのでその辺で……」

A「りょうかい。あと、だったら記者はさぞかし清廉潔白な人生送っているんだよね」

B「そう思って書いた」

A「エッセイでも良かったような?」

B「それはだめ。批判に類することがある。批判系エッセイは書きたくない。また、犯罪ゴシップに肯定的な人もいる。だから架空の王国を舞台にした。これはあくまでフィクションです。実在の人物、組織とは一切関係ありません」

A「せちがらいのぉ、まぁ、というわけで」

AB「「お読みいただき、ありがとうございました! よかったら評価頂けると嬉しいです!」」

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王侯貴族以上の権力者 卜部ひびき @urabe_hibiki

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