第44話 凪の日々 (後)

 水曜日の練習はサキソフォーンと。

 やはり気心の知れた相手とは言え、いつもとやや勝手が違うところがある。バスクラの多佳町紫帆が入っている点だ。聞けば、コントラバス・クラリネットも担当が決まり次第、ここに入るという。

 でも、バリトンサックス&バスクラリネット、とバスパートが固まってくれると、改めていろいろチェックができるんで、美緒も貴之も音程とかタイミングとか、かなり身を入れての練習になった。

 にもかかわらず、と言うべきか、だからこそ、なのか、練習二十分目ぐらいで、なんだか深刻な対立が生じてしまった。ただし、サックスパートの中で。

「おい、多佳町。お前もう少しこっちに歩み寄ろうって気はねえのかよ」

 バリサクの宝寺丸法子が、紫帆に自分からケンカを売って出たのだ。何がきっかけという感じではなかった。どうも、ここ数日で色々と積もっていたようだ。

「な、何よそれ。言ってる意味が分かんないんだけど」

 法子は今でも「吹部のヌシ」扱いのヤバイ二年生ということになってるんで、紫帆ははっきり逸し気味の目で、もろに逃げ腰だ。

「なんか音の伸ばし方がオカシイ! 前から気になってたけどもう我慢できねー!」

「おかしくなんかないでしょ、私、今までずっとこう吹いてきたんだし、誰からも何も言われたりなんか」

「その『誰からも』っての、クラパートの中ではって意味だろっ!? お前、本気でよそのパートから話を聞こうって気、ある?」

「でもちゃんとリズムは揃えてるし――」

 二人の口論は本物っぽかったけど、慶奈も貴之もあえて止めようという素振りはない。じきに紫帆の方がたまりかねたように、慶奈へ泣きついた。

「砥宮先輩、何とか言ってくださいよ!」

「うーん、法子の言いようが乱暴なのはいつものことだけど……多佳町さんのそこ、バリサクともチューバともアーティキュレーションが違うのは確かなのよね」

「クラの中でまとまるために、こうしてるんです」

「それそれっ。そう言う派閥っぽい言い方がなんだか許せねえっ」

 法子が楽器を置いて立ち上がった。ありゃ、これはマズくない? と美緒が周りを見回す。貴之が、慶奈に目で何かを問いかけてはいるようなんだけど、当のサックスパートリーダーは、でもなんだか目が笑ってて、大丈夫、と言うように目配せしてきてる。

「楽器置けっ、おらぁ!」

「なななな、何なのよ! あんたっ、こんなことで暴力振るうなんて――」

 紫帆から半ば奪い取るようにバスクラを置かせて、法子が紫帆をみんなから離れた位置に引っ張っていく。

「そ、曽田先輩に、言いつけて――」

「いーか、多佳町に足りねーのは頭の柔らかさだ。もっとはっきり言えば」

 顔をくっつけるように脅しつける法子。ビビりまくっている紫帆に、いよいよ戦いの宣告をするかのごとく、強烈な一言を言い放った。

「笑いだっ。てめーには笑いが必要だ!」

「はいいぃぃぃっ!?」

「あたしがおめーに笑いを教えてやるっ!」

 そう言って法子がしごく大真面目な顔で……紫帆の脇腹をくすぐりだしたんである。たちまちにして腰砕けになって、うきゃっとか、はひゃっとか口走りながら床の上を転がる。容赦なく追撃する法子。

 美緒は唖然として先輩たちの、リンチのようなコントのような、なんとも命名し難いコミュニケーションを眺めていた。貴之が慶奈に、恐る恐る、と言った体で尋ねる。

「えーと……これはいったい」

「ああ、うん、この前、法子の先輩で去年三年だった人たちが来て。なぜだか意気投合したのよね、あの子たち」

「はあ」

「で、その時に『樫宮の古き良き伝統』ってやつを教えてもらったみたいで。いや、ホントかどうか知らないけど」

「それが、あれ?」

 こちらも唖然としている様子の貴之に、芽衣が自慢話っぽく補足した。

「不満があったら、ああやって気の済むまでくすぐり合いをするんだそうです。いちばん平和的な解決法なんですって」

「平和的って……ただのイジメじゃね?」

「だって反撃はやり放題なんだし、先攻も後攻もないでしょ?」

「それ早く言ってよっ!」

 いまさらルールを知らされた紫帆が、引きつった笑顔でひぃひぃ息を漏らしながら法子の腰に取り付いた。

「お、やる気だな、てめー」

 法子が不敵に笑って、受けて立つ構えを見せた。

「攻撃はベルトから上、頭から下だけですから。首筋はOK、ブラのついてるところはNGっす。あと、服脱がすのもダメですからね」

 横から細かい規則を芽衣が紫帆に差し入れてやる。なんだか二人とも、ちょっと楽しそうになってきてる。

「俺、ちょっと出てるわ」

 貴之が決まり悪そうに立ち上がった。ああうん、わかった、と慶奈が含み笑いで見送る。一旦は不思議そうに見送った美緒だったけれど、視線を法子たちに戻して納得した。服を脱がすのはアウトでも、床の上でプロレスみたいなことやってるんだから、スカートなんか結構派手にまくれ上がってくる。こういうのって、やっぱり男の先輩には目の毒なのかな?

「ところで、どうやったら勝ちになるんですか?」

 美緒の問いに、サックスの面々は、さあ、と首を傾げて、

「どっちかがギブアップすれば終わり、なのかな?」

 はっきりとは決まってないらしい。一度は戦況を有利に進めた法子だけど、紫帆の逆撃もだんだん形になってきてる。これは長期戦になりそうだ。

 結局、勝負は十五分ほど続いて引き分けた。その結果二人の親睦が深まった……のかどうかはわからないけど、もう法子が紫帆に突っかかるようなことはなかった。それはでも、単に疲労困憊しているせいのようにも見えた。

 実際、二人とも後半は息が続かなくなってて、あんまり練習にならなかったんである。

 だめじゃん。



 木曜日。相手はフルートパートだ。

 クロスパート練習では、フルートは一時的にエスクラと組んでいる。美緒たちが第二音楽室に出向くと、仏頂面の桐香が出迎えた。

 興味深そうに貴之が美緒を振り返るけれども、美緒は桐香に何をどう言えばいいのか分からない。謝る、というのもなんだかおかしい気がするし、かと言って、なにか気に障ることがあったでしょうか、なんて訊くのは白々しすぎる。

 火曜日の件は、芽衣や三砂のジャッジだと「そりゃ浮気でしょう」なんだそうだ。

「なんで? おんぶとか肩車みたいなもんでしょ?」

 割り切れない思いでそう反論したものの、

「でも見られた時にヤバイって思ったんでしょ? 後ろめたいってことは、そういうことだよ」

 そうスパッと言われると、もう何も言えない。

 ラインではさぞかし美緒への非難の言葉が飛び交ってるんでは、なんて心配したけれど、貴之や光一に確認してもらったら、昨日今日と何も書き込まれていないんだそうだ。どうも、ライン上にこの話題を載せるのは自粛するように、とのお触れが出たらしい。

 さすがは若頭、と光一が笑っていた。ちなみに今さらな情報だけど、クラパートの中ではパートリーダーが「組長」で、エスクラ担当が「若頭」という呼び名になってる。以下は、主に三年生の準トップ級が「幹部」、中間は「ヒラ」、レギュラー外は「三下」。ただし、特にパート別の下っ端を指す時は、これが「一下」「二下」「三下」になるのだとか。

 ダジャレじゃないですか。

 まあとにかくそんな完成された組織構造もあって、クラパートは実はパートリーダー会議と相性が悪い。なぜかフルートもそれに賛同していて、この二つで吹部の中に別の吹部があるようなことになっている。

 と、色々とよからぬ評判を聞いて、覚悟して今日はやってきたのだけれど。

 桐香先輩がむすっとしていることを除けば、フルートパートは案外友好的だった。真面目に曲を合わせてる分には、微妙にイヤミな語調も気にならない……というか、ノノ先輩ほどの個性が出てる人はいないから、インパクトが弱いと言うか。

「ちょうどいい感じでバスの動きが確認できてよかったのです。でも、私たちが気持ちよく練習できる程度の音量って、チューバとしては問題なんじゃありませんこと?」

 美緒としては、ノノから最後に言われたこれが、いちばん堪えた一日だった。



 金曜日。トランペットと。

 あと一ヶ月もしたら、このパートに移るんだなあ、と考えると、感慨のようなものが押し寄せてくる美緒である。でも私の座れるポジションなんてあるんだろうか?

 深江亜実は元気にパートをまとめていた。ただ、前には気にならなかったハイトーンのミスがやたらと目立ってる。まさか悠介と慶奈の噂を聞き及んで落ち込んだんじゃ、なんて思ったけれど、そう言うことでもないらしい。

 多分、果敢に難しいパッセージへチャレンジするようになったから、と捉えるべきなのだろうけど、それにしてもハイC以外の、それほどでもない音までコケてるというのはどうしたんだろう?

「調子はだんだん上がっていくと思うから」

 そう語る本人の表情にブレはない。でも……何か……何か危うい感じがする。何しろ亜実先輩なのだ。

 ところで、ふと気になったのは、今現在、悠介先輩はいったいどこのパートの音を吹いているのかということだ。いつぞやの話では、1stにも2ndにも3rdにも向いてない、みたいな言われ方だったけど。

「ああ。『音プレ』じゃコルネットパートを適当に拾ってる」

「それって悠介先輩の腕からするともったいないんでは?」

 プレゼン対策で、美緒は舐めるようにフルスコアを見てきた。コルネットがどういう位置の音を吹いてるかも、だいたい把握している。

「まあな。オーボエの音をミュートで吹こうかって話もしてるんだけど。どうせこれから色々と先生も小細工していくだろうし、本番じゃ退屈することはないだろーよ」

 ほっときゃ勝手に色んなパートの音を拾い吹きしていきそうな、不敵な面で笑う。迷惑なんだか頼もしいんだか。

 早めに終わって移動しようとしたら、不意に三年の沖芳おきよし先輩が声をかけてきた。

「理緒さんはお元気?」

「え、はい……元気、ですけど」

 メガネがよく似合う、秀才のお姉さまという感じの先輩だ。でもこれまでほとんど話もしてなくて、なんでここで姉の理緒が話題になるんだろう、と訝しげに見返していると、なんだか真面目な顔で、

「そう。ならよかった。あの人、昔、市の児童合唱にいたことがあるでしょ? 少しだけだったけど、私もやってたの」

「ああ、そうだったんですか」

「休みがちで、みんなから心配されてる上級生って印象が強かったんだけど。……今はすっかり健康なのよね? よかった。それが聞きたかっただけだから」

 ドキッとした。なんで自分が動揺しているのかも分からないまま、慌てて一礼してその場を離れる。

 市の児童合唱団。話には聞いたことがある。多分理緒が四年生ぐらいだから、美緒は小学校に入ったばかりの頃だ。

 あの頃、確かに姉は健康体ではなかった。今よりずっと毎日がつらそうで、パパやママも理緒にかかりっきりで、その間私は――

「やあ、美緒ちゃん」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、二年生の教室の一つでスケさんやテッさんがたむろってるのが見えた。平日に来てるのは珍しい。

 今日はまた見慣れない人が何人か。キーボードとスピーカーを置いて音を鳴らしている人もいた。なんでも、市吹は学校の吹奏楽部よりも貧乏なんで、曲によっては電子音源でパーカッションとか欠けているパートの音を補っていると聞いたことがある。

 スケさんが、鉄琴っぽい楽器の音作りにいそしんでいた人に、美緒を紹介した。まだ二十代あたりのキツめの女の人だったけれど、話を聞くと、へえ、と親しみやすそうな顔で美緒を見た。

「ああそう、あなたが噂の。あたしもここのOGなの。末永くよろしく」

「あ、ど、どうも、加津佐です」

「せっかくだから、なんか聞かせたげようか? あ、『ディエス』やろうよ。市吹でも何年か前にやったんだよね? 最初のテーマぐらい吹けるでしょ?」

「え、このメンバーで?」

 スケさんが難色を示した。ざっと見たところ、居合わせてる楽器はユーフォとトロンボーンとペットが二本だけだ。あれほどの曲をやるには確かに心もとない。

「そんだけいれば格好はつくよ。ティンパニと和音はあたしが出すからさあ」

 なんだか強引だ。そもそも美緒は聞くとも聞かないとも言ってないのだけれど、こうなるとそこを立ち去るわけにはいかない。まあでも、即席の編成ではあるにしろ、あの曲を目の前で演奏してもらえるのは嬉しい。

「キーボは純正律に合わせとく? あ、ヴェルクマイスターの方がいいかな?」

「純正律はやめとけ。選択は任せる」

 なんだか呪文のような言葉をやり取りしつつ、セッティングはすぐに終わったようだ。

 憶えてるかどうかわかんないよ、と言いつつも、真剣な顔でスケさんたちがスタンバイする。ティンパニのソロがキーボードで始まった。続くコラールの和音も、事実上合成音ばっかりだったけれど、聞こえてきた途端、美緒は切なさでいっぱいになった。

 ユーフォニアムが感情たっぷりに主旋律を歌い上げる頃には、他の部員たちも見物に集まってきた。やっぱり社会人の音楽は奥行きが違う。ペット二人の柔らかいデュエットも、樫宮高の音よりずっとレベルの高いものだったろう。主題部分の終わりまでの短い演奏だったけれど、美緒と部員たちは市吹の人たちに惜しみない拍手を送った。

 けど内心では、美緒は愕然としていたのだ。

 マックスがいない。それなりに立派な演奏だったはずなのに、樫高のクリスマスコンサートで聴いた時のような、泣きたくなるような暖かさがほとんど感じられない。

 どうして? 演奏側の問題じゃないとしたら――自分の方が感動できなくなってるってことだろうか?

 素晴らしい響きの中に身を置いても、もう気持ちが反応しなくなっちゃってるんだろうか?

 そう言えば私、もう長いこと、〝マックスがいる〟っていう感じの音楽を聞いてないような気がする――。



 夜。美緒はキッチンのテーブルで資料を広げながら書きものをしていた。母親は例によって夜間パートで、姉は友達の家にお泊まりだと言って出かけている。いい気なものだ。

 明日はとうとうプレゼン。半分がたは慶奈に任せられるとは言え、美緒がメインの担当である以上、相応の原稿は読まなければならない。

 ショックなこともあった一日だったけれど、目先のビッグイベントで気持ちが紛れてくれたのは、素直に助かった、と思った。暇な時期だったらそのまま深みにはまってたかも知れない。

 ふと見ると、テレビの前のソファには例によって父親が映画鑑賞の体勢で居座っている。そろそろ自分の部屋に移ろうかな、と美緒がテーブルを片付けかけていたら、映画のタイトルが現れて美緒は思わず目を疑った。

「オズの魔法使い」。もろにお子様向けの、それもミュージカルじゃないの。

「それ……見るの?」

 思わずバカな質問をしてしまった。父親はそれでも娘の言いたいことは分かるらしく、

「映画だから見るんだ」

 きっぱりと言った。あ、また仏頂面になっちゃったのかな、と思って横顔を見ると、存外穏やかな表情をしている。

 少しだけのつもりで、美緒は父親の隣に座った。

 映画だから見るってことは、映画じゃなかったら見ないってことよね? ……どういうことだろ?

「現実にこんな場面が眼の前であったら、とてもじゃないが相手してられんって意味だよ」

 何も言わないうちから父親が喋りだして、美緒は飛び上がりそうになった。

「そ、それは……でも、なんで? 現実でも映画でも同じ――」

「いいや、本物のガキは、シナリオみたいに整理されたセリフを喋りゃしない」

 ああ、そう言う意味ね。

「子供が嫌いってこと?」

「嫌いと言うより、苦手かな。とても相手できん」

「それで子供向けの映画をわざわざ見るっていうのは、なんだか」

「作ったのは大人だ」

「え、なんかこじつけっぽい。そんな――」

「『オズの魔法使い』は『星の王子さま』のアメリカ版だよ」

 いきなり話が飛躍して、中身を噛み砕くのにしばらくかかった。

「両方とも、文学の名作だ。大人が何回読み直しても、読み尽くせないような」

 美緒は両方とも読んでいる。「星の王子さま」はそうでもなかったけれど、児童文学の「オズの魔法使い」が、大人になってもずっと読み続けられる、という話は、何となく分かるような気がした。

 でも、だったら小説を読めばいいのに。

 今日はもう部屋にこもろうと、美緒はテーブルに戻って書類をまとめ直した。つまらなそうな表情で父親が振り返った。

「見ないのか?」

「ガキの話の相手はいやなんでしょ」

「……美緒はもう大人だろう」

 え? とつい父親をまじまじと見る。相手の方もきょとんとした顔だ。からかってる様子はない。

「え、なんで……私、まだ」

「パパと映画の話ができるようになったんなら、もう大人だ。少なくともガキじゃないな」

 そう言って穏やかに笑った。なんだか目の前の家族が、急に全く別の人間に見えた気がして……ううん違う、パパがこんなふうに笑ってたのを、ずっとずっと昔に見たような気がする。あれは――いつ頃のことだっけ?

「明日、部で発表があるから……今晩中にもうちょっと勉強しておかないと」

 訊かれたわけでもないのに部屋にこもる理由を言って、無理やり話をごまかそうとした。父親は鷹揚に頷いて、

「そうか。がんばんなさい」

 それだけ返してテレビに戻った。一瞬だけ、父親だけじゃなくて、なんだか家全体が今までと全く別に見えた気がした。映画の中のセットみたいな……何かが起こりそうな世界のもののような。


 父親との会話がどう影響したのかわからないけど、美緒は改めて明日の発表を考え直したい気分になっていた。

「オズの魔法使い」は、「ほしいと思ってたものは、すぐそこにある」みたいことを述べて幕になるストーリーだ。子供心にも、なんだかお説教っぽいメッセージだなとは思っているんだけど、今この作業について言えば、まさに美緒が求めていたフレーズのような気がした。

 たくさんの先輩たちや先生に色んなことを教えてもらった今回のプレゼン対策だけど、大きなことを見落としている気がしていた。もしかしてそれって、割と最初から手が届くものだったりするんじゃなかろうか?

 たとえば……「シナリオ形式」とか。

 三砂先輩のアレな前例が尾を引いて、さらには木管の先輩たちが浅はかな手の付け方をしていた話なんかも聞いたもんだから、なんとなくパスする気分になっていたけれど、実際の話、最初に聞いた時から「音プレ」はシナリオ形式で解釈するのがぴったりの音楽に感じられた。

 音の動きの一つ一つがとにかくパントマイムっぽいと言うか、すごく凝ったセリフ回しを聞いてるようなのだ。あれはなんだか……そう、「オズの魔法使い」の世界みたいなところで、たくさんのキャラが表情豊かに何かをやろうとしている話、そんなふうに思える。

「たとえばねえ……」

 曲を思い返しながら書き出してみる。最初のトランペット・トロンボーンは呼びかけだよね? 誰に? もちろん他の楽器たちに。そう、こんなセリフで――。

 書き出したら夢中になって、鉛筆を置いた時はもう一時を回っていた。でもぜんぜん眠くない。達成感もいつになく大きくて、すごい作業をやり遂げた気分になってる。

「うーん、これが大人になったってことなのかな?」

 ちょっと違う気がする。

 それからもう一度書いたものを読み直してみた。天才になった気分で行を埋めていったシナリオは、でも読み直してみるとあまりに恥ずかしすぎて、人様に見せられるもんじゃない、と思った。

「ボツかな、これは」

 まあでも、きっとこれはここまでやったことに意義があるんだよね、と、なおも高揚した気分でベッドに上がる。少なくとも、いい気分で明日はプレゼンに臨めそうだった。寝不足の影響が出なければ、だけれど。



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