第14話 まさかの部内戦争!?
「さて、あと残ってる問題は……さっき飛ばした話なんだけど。金管セクションの謎の行動ってやつね」
芽衣と勇希の問題が片付くと、話はすぐ次へ移った。とうとう話がここまで来てしまった、という高揚がある一方で、美緒はひどく胸がざわついていた。部長といい、金管を含む他の先輩たちといい、妙に落ち着いた態度だ。まるで、この話をするのが初めてじゃないというように。
「さっきの加津佐さんから出た苦情の件、まあだいたい話の見当はついてる。これって要するに、去年の話の続きだよね?」
「去年……?」
小声でつい反問してしまった美緒を一度振り返り、雪乃が声にちょっと意地悪な響きをにじませた。
「ほら、一年生にあんまりバカな話したくないでしょ? さっさと済ませよう。約束したよねっ、唐津? アレ、まだやってたんだ? ひとこと謝って、もうやらないって約束してくれたら――」
「いいや、それはダメだ!」
傲然とはねつけたのは、ハーレム王子ことホルンの
「一年生に聞かせたくない? とんでもないね! この際だ。みんな巻き込んで盛大に議論すればいい! 今度はボクたちも負けはしない!」
今度? 負けない? ということは、過去に金管側が何かを巡って議論負けしたということなの? 何かって……まさか、みんなで魔族になりましょう、なんて話じゃないよね、もちろん。
「ちょっと、何言ってんのよ、もう、こんな」
予想外の反撃に慌てる雪乃の横で、木管のトップ奏者二名が嬉々として挑発にのってくる。
「おう、上等じゃこらあ。もいっぺん地べた這ってみぃや、ボケぇっ」
「恥を知りなさい、
エスクラの
それはいいんだけど、いったいこの木管と金管の間に、過去に何が?
「こともあろうに、ロリな新入生を悪の色に染め上げるなんてっ! なんてうらやま、いえ、鬼畜な所業、許すまじ、なのです」
「だからそーゆーデマを内側から流すなっつーてんだゴラァッ」
「笛吹き風情がでかいホラ吹いてんじゃないのよっ!」
「あっ、そーゆーこと言うわけ? その笛吹きサマに速い音全部丸投げしてるドン亀風情が、何言うの!」
「ドン亀たぁなんだっ! 何なら『アルヴァマー』で勝負するかっ、てめ――」
あわや、パーカスの強制介入再び、と思われた、その時。
両陣営の真ん中に、ずいっと立ち尽くした人影一名。部員達をどやしつける風でもなく、飄々とあさっての方を見ながら、片手に紅白の箱を握りながら、指には細い棒のようなもの、もう片手には薄赤い透明プラスチックの四角いものを――
「ほ、宝寺丸……さんっ!?」
「バカ野郎、ここは音楽室だぁっ」
「やめてっ、今すぐやめてぇーっ!」
法子が手にしていたのは、まあ中学生でも見間違えようがない、アレである。素行の悪い生徒達が、構内の暗がりで隠れて吸っては、どこからともなく現れた先生と追いかけっこになるという。
「いやー、こんなアホっぽいこと言い争ってんなら、今日はもう合奏やってる時間なくなるしなー。暇でしょうがないから、一服しようかと」
「わ、悪かったから。ね? ね? 落ち着いて」
「合奏、し、したいんだろっ? ほら、そんなもの持ってたら部活停止に」
「なんかさあ、木管と金管でこじれた話してるんだけど。サックスはそんな話、今までなあんにも聞いたことないんだよね。いったいアンタ達、裏で何やってたわけ?」
「あ、うん。話します。全部説明する……いえ、説明させていただきます……けど、あれ?」
室内がどよっとさざめいて、いろんなノイズが急に少なくなった。充分に静まった人垣の中で、なおも法子は不機嫌丸出しで、
「だいたい、今日は一年生みんないるわけよ? 上級生が揃いに揃ってくだらねー口ゲンカの見本って、どうなの?」
「そういうものを手にして部員全部を脅迫するってのも、どうかと思うがねえ」
そう言いながら、いきなり背後からひょいひょいと法子の手の中のものを取り上げたのは、言うまでもない、端嶋先生だった。
一瞬きょとんとした法子が、目の前に現れた顧問を見て、うわっと声を上げる。
「な、なんでっ!? いやその、これは、こ、ここで吸ってたわけじゃなくてっ」
いっぺんで逃げ腰になった法子には頓着しないで、先生は手に入れた品物をしげしげと眺めながら、
「おっとこれは。準備室の机の上に置きっぱなしにしていた僕のマールボロとライターじゃないか。そうか。悪い生徒がイタズラしないように、宝寺丸さんが預かっててくれていたんだね」
全部棒読みである。そもそも端嶋先生はタバコを吸わない。となると、このセリフの意味は明確だった。
「うん、気を利かせてくれたのはありがたいけど、誤解を招くような行動はしないようにね。君はまだ中二なんだからね」
「あの、でもそれ……あたしの……」
「気をつけるんだよ〜。もしも部員が喫煙していたなんて誤解されたら、部活一時停止どころか、コンクール出場取りやめってこともあり得るんだからね。それはいやでしょう? 分かったね?」
「ええと……タバコって結構高くて……」
「分かったね?」
「…………はい」
「よろしい」
未練たらしそうに先生の手の中のものを見ながら、法子がしぶしぶうなだれる。それを合図にしたように、臨戦態勢だった部員達が、揃って席へと戻った。ちょっと迷ったけれど、美緒もいつものチューバの席に帰った。
「あの、先生、いつから聞いてらしたんですか?」
一人立ったままの雪乃が訊いた。ややジト目なのは、なんでもっと早く介入してくれなかったのか、との思いがあるからだろう。
「ん? なんだかこの部がドラキュラの巣だって話になってて笑い転げてたあたりから?」
どうやら人知れず準備室に入ってて、半閉じのドアから全部聞いていたらしい。
「最初っからじゃないですか! さっさと現れて仕切ってくださいよ!」
「ああ、でもみんな楽しかったろ、言いたいことが言えて」
そう言う先生の表情は嫌味なところも全然なくて、はっきり高みの見物のつもりでいたのが丸わかりだった。
「いや、楽しいとかそんなんじゃなかったんですけど」
「でも本音は言えたわけだ。結構なことじゃないか。大人になったら、そのずーっと手前で自重して我慢して、色々と腹の探り合いやらなきゃならないんだよ」
年長者からのアドバイスみたいなことを言いたいようだけれど、一番上でも十五歳にしかならない生徒達は、ヘンな目で首を傾げるばかりだ。先生はちょっと首をすくめて、
「ま、君らもそのうちわかるよ……。さて、好きなだけケンカするのが理想なんだけど、いくらでも時間がかかるんでね。ここからは僕が改めてこの事態を整理するってことでいいかな?」
反対する部員はいない。そもそも反対しようがなかった。
「OK。では……むう、難しいな。どこから話をすればいいのか――」
偉そうに出てきておいて、先生はそのまましばらく考え込んでいた。そんなにややこしい話なんだろうか?
「そう、加津佐さんの疑問に答えることが第一だから……まず現状からだな。じゃあ、唐津君」
先生の指示に応えて、貴之が立ち上がった。改めて紹介するような手つきで、先生が手を差し伸べ、
「一年生もよく覚えておいて。彼はチューバのパートリーダーで唐津貴之君。優秀なんだけど、唐津君は一つトラブルを抱えてる。それが」
もういいよ、と貴之を座らせて、先生が黒板に大きな文字を書いた。
肺 気 胸
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