第2話     猫の美術館 後編

「なぁ…灰に…なっちまったら、その後の身体は…?そのまま…死か?それとも現実で身体がもう一度再構築されるのか?」

「…それは僕でも分からないにゃ。過去何人も窓を破って、出て行ったにゃ。でもみんな……」

 割られた窓を見るといつの間にか、先程の事なんか何事も無かったかの様に、元通りに直っていた。

「…怖いにゃ…あの火災のあった日も…」

 そんな時である何処からともなく、鐘の音が館内中に響いてきた。

「何だ?この音は」

「日付けが変る事を知らせる鐘の音にゃ。0時を過ぎたらまた此処は10年間眠りにつくのにゃ。今回は最悪にも30分の付き合いだったけど、10年後は24時間愚痴を聞いてやるにゃ。その時はの愚痴も思いっきり聞いてもらうにゃ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ふざけるな!俺はどうなる?」

「心配する事はないにゃ。向こうから来てくれるにゃ。場所はそこで良いのかにゃ?」

「何を訳の分からない事を…」

 そんな事を言っていたら、目の前にいきなり額縁が浮かんで光を放って現れた。

「なに?この額縁は?」

「それが家にゃ」

「??えっ?」

「壁に掛けられている風景画は元々此処に飾られていた猫達の家だにゃ。そして何十枚も床に落ちている額縁が有るのが見えるかにゃ?あれが此処に運悪く入り込んでしまった君みたいな人間の家だにゃ。絵の風景はその人間が人生で一番楽しかった思い出の風景にゃ。君の家となる背景は何かにゃ?」

 言われて初めて絵が描かれている事に気がついた。見た記憶がある建物だった。

「これは…ああああぁーー俺が押し入った宝石店じゃないか!!」

「君にとって、将来を楽にしてくれると思った宝石泥棒が一番楽しかったのだにゃ?可哀そうにゃ。絵の中で看板猫になるか?玄関先に座って見張り猫になるか?…どっちが良いのかにゃ」

「や、やだー―止めてくれーーやだやだやだやだーーーー」

 光の中に吸い込まれそうになりながらも、両手で額縁のふちを掴んで何とか抵抗を試みているその間にも、鐘の音が8回9回と時を告げている。正面ではそれぞれの猫が自分のいた額の中に戻って行く猫に、石柱の上に上り石像の猫に戻るのもいた。先程ネズミを追いかけていた猫は、しっかりとそれを加えてご満悦のように、絵の中に消えた。横目でルータスを見ると、奥さんだろうかやはりが、ルータスに寄り添い頬を寄せてスリスリとして、受付の後ろに控えている巨大な額縁の中に飛び込んでいった。ルータスも後に続いて戻って行こうとしたが、その場に立ち止まり寂しそうに振り向きこう云ってきた。

「この絵の猫だけには、モデルがいたニャ。それは火事で焼き殺された僕達兄妹にゃ。パパが僕達だけでも助けたかったみたいだけどニャ。火の回りが早くって、もうどうする事も出来ずに、僕達はパパに抱かれながら死んだんだ。パパの最後の言葉が『ルータスにコリー本当に私のせいでごめんな。ごめんな』だった。詫びの言葉が最後だったなんて、絶対許せない!。その友人を恨みながら死んで…その魂が何故か絵に宿ってしまい呪われてしまった……その男に人間に復讐するために……にゃ~んて……じゃ…また10年後に会おうにゃん」

 最後とんでもない悲惨な過去を寂しそうに話してきた後、急ぐように絵の中に飛び込んで行ったルータスは、ロッキングチェアの上に飛び乗り人間の様に座って、ステッキーをお腹の上に乗せると寛いでいる。妹の猫は、ソファーの上でのドレスをヒラヒラとさせながら、その場でグルグルと回っていたかと思うと、心地の良い体制を見つけ丸くなると眠りについた。そのソファーをのぞき込む感じに人物画も描かれている。きっとその人がパパなのだろう。優しい笑みをこぼした白髪の男性が二匹を見下ろしている。

「ああっ…ででも、ちょ…ちょっと待ってくれルーニャス!俺はやだこんなの!!まだ宝石もまともに触ってもいないし、拝めてもいないんだぞ!!こんな所で消えるな…」

 最後の鐘の音が鳴り終わったと同時に、男の身体は完全な猫の姿になり、絵の中に吸い込まれていった。その絵は番人の様に、お店の出入り口でポツンと今にも、寂しそうに佇んでいる絵になった。そして静かな空間にコツーンと音を響きさせて額は床に落ちる。

 ホーマのいた絵は彼女だろうか一瞬女性が草原を歩いている絵に見えたが、持ち主が消えた額縁は何も書かれていなかったかの様に、絵は消え無地の額縁だけになった。

 ルータスは目を細めて、自分の爪を出したり引っ込めたりしている。

「…僕の名前はルータスだ。本当に記憶力の悪い男だったな。それにしても運だけは良い男だ。僕達の楽しみを味わう事なく猫になれたのだから…つまらん。猫になった瞬間にそれまでの恐怖の記憶は残らないから、思いっきり遊べるし、都合が良いことこの上ない。でも、何であの男にあんな話をしたのか……そういえば名前聞くの忘れた。まぁ良いか10年後に聞く……nya……」

 絵の中のルータスは最後の言葉を残したのち、静かに洋館と共に姿を消していった。


 その翌日。


「警部殿有りました。犯人が置いていったと思われる宝石の入った鞄と上着と帽子です」

 中身を確認すると、鞄一杯の宝石がぎっしりと詰まっていた。

「良くもこれだけ盗んだものだ。これだけあれば十分、暮らしていけただろうに」

 しかし当の本人は、姿も気配も感じない。あいつにしたら大切な盗品を置いて、どこかに行ってしまうなど有り得ないと思いつつ。辺りを見まわたした。すると、少し先に黒く変色している部分があった。何だと思い近寄ってみると、此処だけ雨でも降ったのか正方形に形どって地面というか床が濡れていた。

「なんだこれ…そういえば30年前にも、同じ現象があったな。確か同じ敷地内のぉ~中央部分に2か所同じ正方形の濡れた跡が……おや?あそこにも一ヶ所当時と同じ場所に濡れた部分が有るな…これはいったい…」

『不思議に思っているとふいに、あの出来事を思い出していた。あれは忘れられない痛ましい事故だった』

 当時担当した事故を思い出し、目頭が熱くなるのを押えていると、後ろに居た若い警官が話しているのが、聞こえてきた。

「そういえば、昨日の白いドレスを着た女性綺麗だったな」

「そうだな。あの時は気にしなかったけど、今思えば変だよな。何であんな遅い時間に、女一人で立っていたんだ?それもウェディングドレス着てただろう。近くの民家で結婚式でも挙げてたのかな?酔い冷ましで出て来てたとか?」

「まさかこの近くにはあそこ以外の村はないぞ…林の中の民家でも、ちょっと遠いし、結婚式なんて挙げていそうもないくらい、静かだったろう。もしや霊的なアレじゃないだろうなぁ~!」

「止めてくれよ。俺そういうオカルト系苦手なんだから…」

 と、新米警察官達はふざけていた。

 仕事中だぞと、注意をしようとした時、丘の斜面の下から悲鳴が聞こえてきた。何事かと数名で斜面を降りて行くと、そこには腰を抜かした警官の前に、人骨の標本みたいに綺麗な状態の骨が横たわっていた。どうみても最近の物みたいに綺麗だ。何気に良く周りも見渡せば、こちらは逆に古そうな何体者の人骨がばら撒かれている状態だ。

「な、なんなんだこれは!有り得ない」

 そんな中ルッソはその夥しい人骨の中に、見覚えのある物を発見した。それは20年前に私が娘に送ったヒスイのネックレスだった。

「……あぁああーーマルターー」

「えっ…マルタって10代で行方不明になったっていう、警部のお嬢さんですか?まさかここに遊びに来ていたんですか」

「あぁーそうだ。従妹の車で遊びに行って、そのまま…車は麓の村で見つかったんだが、二人は消えたままだったんだ。その日も9月15日だった。まさか20年間此処に居たなんて…マルタにリビ帰ろうママが待ってるよ」

 娘と思われる頭蓋骨とネックレスを大事そうに抱える。その光景を辛そうな表情で見ていた他の警察官達だったが、そんな時。少し離れた村の方から男女の楽し気な笑い声が、風に乗って聞こえてきたような気がした。

 そこに居た警官全員その笑い声が聞こえたらしく青ざめている。既にここの村は人っ子一人も住んでいない廃村なのだから…ルッソ警部はこれは不味いと思い、今は哀愁に浸っている場合ではないと、スクッと立ち上がると号令をかけた。

「!!今のは気のせいだ!こ此処の地区は直ちに閉鎖させる。人目に触れさせない為に、記憶から消す為に村を囲むように植樹をして、村ごと無かったかのように…する!!ここの仏さんはこの先にある墓地に埋葬する」

「えっ?良いのですか?身元の確認とかは?」

「大丈夫だ。きっと此処の住人達だ。のお墓もそこにある…これはオフレコだ!良いな…以上!!」

 その号令に部下たちはざわついていたが、再度の号令に慌てて敬礼すると、慌てふためいた様に、計画を立て始めた。



 時は巡りそして現在…


「は~い♡ダイナーよー♡今日は私達はイタリアのとある森に囲まれた廃村に来ておりまーす」

「ハーイ♡ポーラーでーす♡そうなんです。私達の心霊動画チャンネル登録者数がなんと10万人を突破という事で、それを記念しての本日は、初の国をまたいての企画で送りしま~す。今回はイタリアで最も最怖と噂のある心霊スポット廃村にとうとう来てしまいましたー。声が聞こえたとか霊が写ったとかの情報も沢山ありますよね。特に老婆の声が録音されてて『アルベルト…どこぉー』って声は、はっきりと聞こえて、これはもう世界的に有名な配信ですよね。今日も怪奇なものが、撮れると良いのだけど、何故か此処の土地には絶対近づくな入るなと口々に伝えられてきたみたいですが、それを無視して皆さん怖いもの見たさで封鎖された門をよじ登って検証しに来るんですよ。絶対何か他にも隠された心霊スポットが有ると信じて、そうじゃなかったら、昔はこんな森に囲まれていなくって、もっと見晴らしが良かったらしいです。意図的に森にしたと噂もあるんですよ。その何かを探して、何人もの心霊YouTuberの人達が検証してきたのですが、別に隠す必要のない朽ち果てた石作りの家や、かなり古い建物の火災跡地に柱が数本が在るのみなんですよね。他に隠された場所があるのか?それ以上の動画は未だに撮られていません!私達が最初の目撃者になって見せますから、楽しみにして下さいね。これとは関係ないけど私は海外旅行が初めてなので、この企画が決まってからと言うもの、とても楽しみにしていたし、ワクワクしてました。明日は思いっ切り観光にも出かけたいと思ってま~す」

「そうなのよね。買い物が楽しみですよ。私のお爺ちゃんがここの出身だったんだけど、何故か家族総でで、国外に出てしまったので、私としても初めての家族のルーツを辿る初海外を楽しみにしてました。そうそう話が逸れてしまったわね。ここでは昔。もう都市伝説的な噂だけになっているのですが、何十年の前には、花嫁の霊が出ると有名だったのよね。それも不思議とその花嫁は男性の前でしか姿を現さないみたいなのよ。言い伝えでは、結婚式の1週間前に旦那様になる筈の彼氏が突如として行方不明になってしまったんですって、姿を消したと思われている例の火災現場の跡地である洋館だった場所にも度々探しに行ったけど見つからず、それを悲しんで、沢山泣いてその結果耐えきれずに、式の当日に花嫁衣装を着た状態で手首を切って自害したらしいの。悲しい出来事だわ。それで行方不明になった彼氏を探して、男性の前に現れていたみたいなの。今は出ないみたいですね。成仏されたのかしら?お爺ちゃんが実際に聞いたんだけど、何かその時に、楽しげに男女の笑い声が、廃村の方から聞こえたんだって、まだ新米警官だった亡きお爺ちゃんがそこまでは教えてくれたんだけどね。この森が出来た理由を知っていたのに、オフレコやら言いたくないとかで、一切話してくれなかったのよ。実際に私が此処に来る事なんて、予想もしてなかったでしょうね。ふふ。まぁ私は彼氏を泣かせない為に、誘拐されない様に気をつけないと。あっこれ聞いたら、私を応援してくれている世の男性のファンが減っちゃいそうね。ははっー」

 そんな事を笑いながら解説していた。

「それでは検証という事で、今から廃墟探索した後に、森の中の火災現場を少し回ってみようと思います。その後に時間が許す限り隠された謎の現場を探したいと思いま~す」

 女性二人組のYouTuberは、カメラを構えながら、朽ち果てた家の中を、ライトで周りを照らしつつ、おしゃべりしながら撮っていた。

「現在915日で、日付が変わったばっかりの深夜0時半です。まだまだ時間は有るから良い画像が撮れたらいいね。それにしてもまだ暑いです。夜なのに変なの」

「そうだよね暑いわ。廃屋はこの辺にしてそろそろ例の森の中に移動しますかね」

「分かったわ。5件見たけど、何か写っていたら良いのだけれど、ホテルに帰ってからチェックするのが楽しみですぅ~」


 森の中に入り暫くするといきなり雲行きが怪しくなり、おや?と言っている間に猛烈な嵐に見舞われてしまった。

「キャーー何よ。今まで満天の星と月明かりに照らされていたのに、酷~い。髪もメイクもぐちゃぐちゃよ。絶対カメラには映さないでよ!」

「それは私も同じよ。あっ。あそこに大きいお屋敷が見えるわよ。運が良かったね。事情を話して雨宿りさせてもらおう」

「賛成!でもこんな所に人居るの?あそこも廃墟かもね」

「それならそれで良いじゃない。さっきのおんぼろの家だったら雨漏りしたけど、あのりっぱな建物ならそんな心配もないわ」

「そうね」

 ポーラーとダイナーが、玄関の前にたどり着く頃には、かなりずぶ濡れになっていた。髪をかき上げたり、濡れた顔を手の平で払っている。外に差し込む明かりも無い人気も感じない洋館に、見るからに廃墟とは思ったが念の為に、ライオンの装飾のドアノッカーを掴むと勢い良くそれを叩いて訪問を知らせた。その後反応もやはり人気も感じられず、入れるかどうかと、恐る恐るノブに手をかけると回した。ガチャと音と共に少し開いた。運良く鍵が掛けられておらず、そこで安堵して申し訳なさそうに、そ~と扉を開けた。

「夜分にすみませ~ん。…すみませーーん。誰か居ますかー?」

 館内は暗く雷光が光る度に、微かに部屋の様子が伺える感じだ。

「お邪魔しま~す……良かった。扉開いたし、完全に廃墟だわね」

「…うん…そういえば、火災に遭ったってこの近くじゃなかった?」

 その直後この会話を聞き取りずらそうとしたかのように、雷がでっかい音を立てて上空で鳴り響いた。その途端に二人は悲鳴を上げる。

「ビックリしたぁぁーー」

「こわぁー何処かに落ちたのかな…え?何?今何か云った?雷の音で良く聞こえなかったよ。タイミング悪ぅ~ww」

 そして、静かに扉は閉められた。


「おや?70年ぶりのさんが来たようですね。前回は時間がなくって皆さん心の中で泣き泣き諦めてましたが…」

 その言葉に、70年前宝石泥棒を働いた男が、知らんぷりを決め込んでいるのが見えた。それを横目にルータスは、苦笑いさせながら、少し高い段差の所に上がるとこう叫ぶ。

「今回は猫化が始まる23時44分まで、長~くいたぶり遊べそうですよ。猫の本来の本能だ!…血の贄だ!!。ギャハハハ!!…この出口の無い館内にいる間は決して死ぬことはないですからね。今回はドン底の恐怖の中。何回が怯えた表情で生き返らせる事ができるか…その恐怖に満ちた血のなんたる美味よ…楽しみだねぇ〜…猫化が始まるその時まで、鏡だけにしか映らない私達の姿を、何処で気が付くか、それまで恐怖にどれだけ耐えきれるか。その血で染まった私の燕尾服が帽子が更に赤黒く綺麗に染め上がります。…皆さんの毛皮もね艶々♡」

 その言葉に歓声が上がり、館内中に居た猫の金色に輝いていた瞳が、一斉に血の色に輝く瞳に変っていった。

「お兄ちゃん私のドレスもやっと綺麗になるわね」

「そうだねコリー。随分色あせてしまっていたからね」

 妹のコリーが嬉しそうに、黒いドレスを撫でている。そこに三毛猫が近寄ってきた。

「ねぇ~コリー私と勝負しない?私のリボンとどっちが綺麗に染まるか」

「良いわよ。でもあなた初陣じゃなかった?私に勝てるかしら」

「それはやってみないと分からないわ」

「ふふふそうね。頑張りましょう。もう爪が牙がウズウズしてるわ」

「愉しい一日に…なりそうですね…コリーそして皆さん…」

『ここからは可愛い猫の皮を被ったプリティな猫を演じてきますか』

「では早速お初の挨拶に伺いに行きましょうかね……にゃ〜ん……… 逃げ惑え人間!人間に復讐を…ふふふ」

                         完

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猫の美術館 佐伯瑠鹿 @nyankonyanko

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