猫の美術館
佐伯瑠鹿
第1話 猫の美術館 前編
「‥‥クソ何てこった」
閉店間際の宝石店を襲ったは良いが、欲を出し過ぎて、計算より大幅に時間が掛かってしまった。店にナイフを持って押し入って脅した際に、咄嗟に裏口から逃げ出した店主の通報により、外に出てみれば既に警官に囲まれていたが、逃走用に用意していた爆竹を盛大に鳴らして何とか隙を見て逃げ出した。今現在林の中にある民家との間をすり抜けながら身を隠しつつ逃亡に至っている。
いつの間にか民家がなくなり、全く人気のない空き家が立ち並ぶ細い道に出てきた。何処の家の扉にも窓にも人が入れない様に、板が打ち付けられている。
「くそ!何処にも隠れる場所がねぇじゃねぇかよ!」
男はイライラさせながら、何気に更にその先に視線を向ければ、小高い丘の上に少し古ぼけた洋館が建っているのが見えた。電気は消えている。
「あそこも廃屋かな、板が無ければ良いが、取りあえず確認してみるか、何ともなければ、ほとぼりが冷めるまで、少しばかりあそこに隠れておこう。盗んだ宝石も拝みたいしな」
男は楽しそうに、重たいカバンを大事に抱えながら、急いでその丘の上に建っている家に向かった。
それから数十分後…。
「どひゃ~何だよ。行き成りどしゃ降りになるなんて、丘の上に来るまであんな綺麗に満天の星空が見えて綺麗だったのによ」
洋館に辿り着くと、下に居た時は点いてはいなかった明かりが今は館内の窓から漏れていた。その上よく耳をすませば、舞踏会で流れていそうな古臭い音楽が流れているのが聞こえる。ちょっとの差で家主が帰って来たかと、少々面倒くさそうに、玄関先で濡れた上着と帽子を脱ぐと脇に抱える。廃墟だったら良かったのにと思いながらも、板が張付いていなかった事にホッともしていた。この激しい雨の中ずっと外にいるのは辛い。なので雨宿りさせてもらおうと、ライオンの形が施されたドアノッカーを叩いた。しかしいくら待っても主が出てこない。何度も叩いたが同じだ。思いの外館内で流れている音楽の音量が高いのか中にいるであろう人間にはドアノッカーの音が聞こえていないようだ。
「雨の音もあって更に聞きずらいのか?しょうがない。中に入ってから事情を説明して」
冷えた身体を早く温めたい。洋館に入る為にダメ元で、ノブを回すと何故か鍵が掛かってはおらず、少し開い扉の隙間から光が漏れている。
「あっ…助かった。運が良かったぜ。雨宿りもできるし、ここで一晩身を隠させてもらおう」
勇んで玄関の扉を大きく開けた途端今まで流れていた音楽がピタッと止まったと同時に今まで明かりも点いていたはずの室内も暗闇に包まれていた。
『……はぁ?……何だ?』
訳が分からないまま玄関先に突っ立っていると、行き成りの大爆音の雷の音に驚いて、思わず館内の中へと足を踏み入れてしまった。暗い部屋急に怖くなり、洋館から出ようとしたのだが、扉は自然に閉まっていた。雨音も消えその空間は真の闇に飲まれた様に静けさと暗黒が訪れた。でもそれは一瞬の事であり、いきなり閃光と共に、雷の音が鳴りだし風も吹いてきた。立て付けが悪かったのか、扉がパタパタと音を立てて開いたり閉まったりを繰り返している。その度に雨も激しく館内に降り込んできていた。
「あぶねぇ所だった。こんな嵐の中外にいたくないわ。本当に…誰もいないのか?先程の音楽は……でも…少しの間の我慢だ。朝になれば…」
男は、ぶつぶつと言っていると、たまに光る雷光の輝きで、壁の至るところに飾られた風景画の額縁が一瞬浮かび上っては、また暗くなる館内をただずっと見ていた。
「…何だよ此処、薄気味悪いな」
扉の横にはカウンターが在り、その上に猫の美術館と書かれたチケットが無造作にばら撒いてあった。
「猫の美術館?何処かで聞いたような…そういえば、何十年か前に何人かの人間がこの館に入ったきり姿を消したって言う噂が流れたような‥‥でもその建物は既に…此処は‥‥ハァッ!」
男はある事件を思い出し、真っ青になって全身に震えが走ると、慌てて踵を返し外へと逃げ出そうとしたのだが、何故か入ってきたはずの扉はただの壁みたいになって扉は消えていた。大事に抱えていた鞄を放り投げると、必死に玄関を探すが、どこにもノブも鍵穴も見つからない。
「何でなんだよ!。どうなってるんだ!!さっきまで閉まらなくってパタパタ音もしていたのに……出してくれ!俺をここから出せーーーー」
その時、どこからか視線を感じて、男は視線を感じる方に振り向いたが、誰も居なかった。しかしその視線が、一つではなく、無数の目に見られている感覚に襲われていた。
「誰だ!誰か居るのか?出てこいよ」
男の声だけが館内に響き渡る。その他はシ~ンと館内は静まり返っていた。
「にゃ~ん」
暗闇の中から、猫の鳴き声が建物に反射して聞こえてきた。男は驚いて、鳴声のした方に視線を向けると、一匹の猫がジィ~と自分を見つめている。しかしその瞳は紅い色に輝いていた。
「うっ‥‥わぁぁぁ!」
男の悲鳴が館内中に響く。
「…また…ここか…」
村のセンター位置に立っていた男が、溜息交じりに、部下の連絡待ちをしている。
「ルッソ警部殿、申し訳ありません。犯人に逃げられました」
途中までは、犯人の姿が目視して追っていたのだが、民家を抜けた瞬間に姿を見失ったのだ。くまなく山小屋や扉が外された空き家の室内を探したが見つからない。
「一体奴は何処に隠れたんだ。警察官を増員して探し回っても、人っ子一人見つけられないとは……まさか丘の上の元洋館じゃないだろうな」
ルッソが有り得ないと思いながらも、口に出していた。それを部下が真っ青な表情になり、続けて話してきた。
「悪ふざけは止めて下さいよ。あそこはもうかれこれ100年程前に、深夜での不審火による大火災によって、ほぼ原型も残ってないじゃないですか。外から丸見えですよ。いくら何でもそんな場所に隠れるなんて…それもその火災のあった日は嵐だったそうですね。雨が降っていたのにも関わらず、鎮火されなく丸1日燃え続けたと、当時の記録に載ってましたよ。雨のせいで帰れなくって、そのまま泊まり込みでいた館長と、美術館の看板猫の白猫が2匹焼け死んだとか…あ〜こわ。しかし万が一って事も有りますもんね。確認しに行きますか?」
ルッソは過去にあそこに遊び半分で立ち入った若者が、何人も行方をくらましている事を知っていた。多分今の若い警察官は知らないであろう。かなり昔のことだ。病気がちな両親の面倒を見ていた若者に、1週間後に挙式を上げるはずだった若者それに……。
「ああーそうす…うん?いや待て今日は9月15日だったな」
「はい。そうです」
『待てよ確かあの行方不明の事件もみんな同じ日…』
「いや、万が一って事も有る。部下を危険な目に合わせられん。…明日明るくなったら出向こう……山道だ…軽装では、クマが出たら大変だからな」
「はっ!了解いたしました」
『気にし過ぎだとは思うが…な』
満天に輝く星空を見上げながら、帽子を深く被り直した。
その頃洋館では、、、。
宝石よりも赤い目をした猫が、シルクハットに燕尾服を着てステッキーを器用にクルクルと回しながら、ヒタヒタと足音をさせながら二足歩行で近付いてきた。
「人間がここに来るなんて、何十年振りですかにゃ」
男は驚いて腰を抜かしている。
「ね、ね、猫が喋っている」
「ええ〜喋りますともにゃ。そうそう紹介が遅くなりましたにゃ。僕はここでは一番の古株兼責任者(猫)である。ルータスにゃ。これからは一生共に暮らす仲間なのだから、ルールは守って…」
「ちょ!ちょっと待て!仲間って何だ?一緒に暮らすってどういう事だ?」
「言葉の通りにゃ因みに一緒じゃなくって一生にゃ」
「ふざけんな!俺は猫と慣れあうつもりも、ましてや仲間なんて真っ平だ。明日には窓を突き破ってでも出て行くからな。明日にはこの嵐も止んでるだろう。俺には関係ねぇ」
ルータスは赤い目を細めて、笑っている様だ。
「な、何がおかしい」
「ここにきた者達は皆んな同じ事を言っていたのにゃ。ここの洋館の周りだけ、何十年何百年と、止むことのない嵐がいつも吹き荒れてるにゃ。そして10年に一度この洋館は復活するにゃ」
「訳が分からん。遠くからでもここの洋館は見えていたぞ復活も何も…」
「それはこの呪われた洋館に呼ばれたからにゃよ。きっと今日は9月15日だにゃ」
男は今日の日付に、ああーそうだなと、軽く返事を返した。
「100年前の丁度今日が、パパの友人による逆恨みによって放火された日にゃ。大事にしていた絵も彫刻もこの建物も焼け落ちた日にゃ…そして…僕達…も…」
ルータスは少し寂しそうに、雨が打ち付ける窓を見上げでいた。
男は更に訳が分からなくなり、付き合ってられないと何とか立ち上がると、窓を破るための道具を探す。
「何をする気にゃ?」
「勿論もう出て行くんだよ。ここに居たら、ますます自分がおかしくなりそうだ。正気なうちに出て行くよ。短い付き合いだったな」
「それは無理だと言ってるにゃ。ここは既に柱だけが残っている状態の焼け跡なのであって、今見えているこの内装は過去の洋館の記憶の産物にゃ。10年に1度だけこの洋館が燃えたあの日に当たる今日だけは、不運にも入る事はできるけど、外に出る事は不可能にゃのだから」
「尚更ふざけんなぁー何の為に宝石を盗んだと思ってる。これからこの宝石で一儲けして、贅沢に暮らす為だ。それを…外に出られないとか?悪夢なら早く目を覚ませ!俺!」
男は自分の顔を両手で叩いている。
「諦めの悪い男だにゃ」
「……今は何年だにゃーー!!💢💢」
「…聞こえてるんだろにゃーー💢💢」
いきなり2匹の猫が足元にしがみ付いていて、一生懸命に揺さぶっているのが目に入り驚く。
「わああー何だ、この猫は何処から湧いて出た」
「さっきから、抱きついて話しかけていたにゃーー💢」
「?なっ」
「無視しやがってーー💢。あっ…そ、そんな事はどうでも良いから教えるにゃ」
2匹とも声が小さすぎて何を言っているのか聞き取りづらかったが、何とか理解に成功して教えることにした。
「…今年は1953年だけど?」
それを聞いた瞬間に猫達が悲鳴を上げた。
「にゃンだって53年!もうあれから30年が過ぎてるじゃにゃいかーーお袋〜オヤジも生きてるかも分からにゃい…」
「マリアンナ~俺は此処に居るにゃーー。祝言はどうなった~…おいおやじ!今ここの坂の下はどんな感じだにゃ」
「はぁ?え〜と、坂の下なら殆ど家の玄関には中に入れない様に、板で封印されてたぞ。人は住んでなかった。あっても朽ち果てた家だったし。いわゆる廃村だな」
猫達はショックのあまり声も出せずに、その場に潰れた様に伸びていた。
「しかしいつの間に?今までルーニャス?しか居なかったのに」
「ルータスにゃ記憶力の悪い男だにゃ。それに最初から、アルベルトとホーマは君の周りにいてズボンを引っ張っていたにゃ」
「えっ? はぁ?成程…先程から何かが触れている感触はあったが、驚きだ」
「通常一般人の目では我々を見ることが出来ないからにゃ。ほらお前の今の目なら見えるにゃいか?」
ルータスは持っているステッキ―で、後方を刺して男の視線をそちらに向けさせた。そこには今まで無駄に広いだけの広間に、誰も何も居なかった黒い空間だけが広がっていたと思うのだが、それこそどこから湧いてきたのか沢山の?大量の?猫で溢れている。中には猫の本能だろうかネズミを追いかけている猫やら、蝶々と戯れている猫やら。世間話をしている猫…それぞれやっている事は色々だ。
「な、なんだ…でも、お前は最初から見えていた…のに」
「最初に言った通り僕は、此処の責任者(猫)にゃ。一番大きい家を貰ってしまった宿命かにゃ。だからいわゆる人間社会で言う役職?的な役割があるからにゃ。君みたいに、誤ってこんな遅い時間に此処に入ってきてしまった普通の人間に対して、傷つかない様に此処の説明するのと心のケア―を今回はしておりますにゃ。声だけで僕が見えなかったら、ただのホラーにゃ。遊べないのが非常~に残念でしょうがないにゃよ」
「いや、既にホラーだろう。傷つかない様にって、十分傷ついているのだが…あれ?何かさっきより暗闇でも明るく見えてきたんだけど、それに小さい音が右側からカサカサと…」
「それはこの外…現実の世界に居る虫の音にゃ。そろそろ洋館の影響を受け始めているのにゃ。君が段々猫化が始まってるからにゃよ。既に瞳は猫化していたから、僕以外の猫が見えたのにゃ。綺麗なグリーンアイにゃ」
「何だって!!」
「耳も小さい音が聞こえたと同時に、生えてきてたにゃ。触ってみれば分かるにゃ」
慌てて頭の上に手を沿えると、ありえない所からピーンとした耳みたいな物が生えていた。その後震える手で、人間だったら普通に付いている場所を恐る恐る触ると、耳が消えていた。その途端断末魔の叫びが部屋中に響いた。
「ぎゃあああーーいやだーーーーどうにかしてくれーー……」
「もう無理にゃ。最終的には、全身に毛が生えて、髭が生えてくるにゃ。後はお家に入る時に小さくなったら、全てが終わりにゃ…そうそう最後に自分が居たい場所に移動した方が良いにゃよ。寂しかったらあそこにいるみんなの輪に入っても良いし、独りが良ければ窓際に居ても良いし、階段の途中や踊り場でも良いし、なんなら究極のぼっちトイレの個室でも良いにゃよ」
「さっきから言ってる家ってなんだ?此処が家みたいなところだろう。…嫌々そんな事はどうでも良い。この姿を治す方法はないのか?」
「だからニャイ!」
「そんな速攻で言わないでくれ!俺は今すぐあの窓を突き破ってでも外に出る!…外に出ることが出来れば、今ならまだこの状態も治まるかもだぁぁぁーー!」
「…だから…それは…無理なんだ…にゃ…」
ルータスは寂しそうに俯いている。
必死に猫化に抵抗しつつ、窓を割る為の何かを探していると、その話をずっと聞いていた先程の マリアンナ!と叫んでいた猫がガバッと起き上がったと思ったら、どうやら錯乱している様だ。
「もう。嫌だぁーーもうこんな場所から出て、俺は自由に生きるんだ! マリアンナに逢うんだーー」
その猫はそういうと、窓に向かって猛ダッシュで突っ走った。それに慌てたのが、ルータスだった。
「ダメだにゃ!!戻るにゃ!皆ホーマを止めるにゃーー」
ルータスの焦った声を聴いた他の猫達が、ホーマの行動に気がつき慌てて、走り出すが、あと一歩間に合うことが出来なかった。
「ホーマ止めろー俺を置いていくなーーー」
アルベルトの制止も聞かずに、ホーマは勢いよくジャンプをして……。
ガッシャーーン。
ガラス窓は威勢よく割られ、ホーマは30年ぶりの外の空気に、歓喜に沸いていたみたいだが、それも一瞬の出来事だった。
「ぎやああああーーー」
外に出た途端にホーマの身体は見る見るうちに原型を崩して、一瞬にして灰になって消えてしまった。それを目の当たりにして、助けようとした友人のアルベルトと他の助けに走った猫達も目を瞑って震えている。中央部分に居た猫達も震えて泣いている様だ。
「俺が…俺の気分転換に誘ったばっかりに…此処に遊びに行こうなんて…誘わなければ…ごめん…ごめん…ホーマ……ニャアアアアアーーン!!!」
アルベルトは力が抜けたように、床に再度倒れ込むと、大声を出して泣き出した。
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