第6話
「一生覚めない夢を見ているだけなんだ。」
「は?」
『……あの、先生。それを言うのは……』
「構わん。あの子もそれを望むだろう」
じいさんは手に持っていたいつものタブレット端末をタップしていくと、ある画面で止めたまま俺の方へと突き付けてきた。
画面に映っていたのは部屋の写真だった。薄暗い部屋の中央にはベッドが置かれていて、その隣には病院に置かれている心拍を測る装置や点滴などが置かれている。
さらによく見ると、ベッドの上には人が寝ており、その人の腕にはたくさんの種類の管が刺さっていたり、巻き付いたりしていた。ベッドに横たわる人の頭は大きな機械で覆われていた。
なぜじいさんはこれを俺に見せる?
「これは……」
「仮想生成装置のオリジンだ」
「違う、ベッドに横たわる人間の方だ」
「本松凛だ」
「っ……!!」
さっきからこみあげていた悪い予感は的中していた。
この写真に写る人物は凜だった。聞く前からそんな予感はしていたが、実際言われると後頭部が鈍器で殴られたかのような衝撃に襲われる。
凜は過去にタイムスリップしているのではないのか?
「これ……は。どこで撮影した?いつの写真だ……?」
「『balancer』からの今日の定時連絡だ。この部屋は現在、国の中枢地域にある病院のどこかに存在している。」
「……」
もう、その部屋まで走りだそうという気力すら分からなかった。
過去に遡ったと聞かされていた。いや、過去まで飛ぶ瞬間こそ見ていないが、彼女は確かにタイムスリップするって言ったんだ。
「なんで……凜が現在に……」
「『balancer』が要求したのだ。仮想空間装置の実用化を果たすために、人間としての実験体を一人、当時『balancer』の開発を行っていた私が選んだのだ。」
こんなにしゃべるじいさんは、初めて見た。
「彼女はよく『過去に戻ってみたい』とつぶやいていたのも知っている。海斗がそれを聞いて、時間遡行の原理を見つけ出そうとしていたことも」
「だが海斗が結論を出す前に『balancer』は不可能であるという結論をはじき出していた。我々の遥か高い知能を有している存在が、そう御判断されたのだ。」
「……不可能かなんて、やってみないと分からないじゃないか」
「ああ。だが自分にとって孫のいつ終わるか見当もつかん研究よりも、神にも等しい存在がお示しになった啓示に従った方が、皆を幸せにできると考えた。……たとえ仮想生成装置のオリジンが、一度装着したら二度と現実には戻ってこられない代物だとしても」
「……は?今なんて言った」
「もう凜さんは目覚めることはないんだよ」
「っ!!」
嘘だ。嘘だ嘘だ。
「そんなことない!凜は過去にタイムスリップして、俺はこれに乗って凛と遺書に暮らすんだ!」
「本当にすまない。だが凜さんは過去にはいない。だから海斗、お前も仮想生成装置を使って、幸せな夢を見よう。そしたら彼女にだって……」
「うるせえ!喋んじゃねえ!」
もう何も考えたくなかった。受け入れたくなかった。
もう、何もできなくなっていた。
「……な、んで、だよぉっ……!」
視界は水分で歪み、俺は動力を失ったロボットのように膝から崩れ落ちる。
凜との思い出、凜との約束、俺の人生の意味。
今まで生きてきた、その尊厳を保つ中核を担っていた存在が今、全部取り上げられたのだ。
『……海斗さん。』
「……?」
『まだ、可能性は残っているではないですか』
「おいイエラバ。余計なことを吹き込むな」
『……開発者である真司先生の命令ですが、受理できません。だって、こんなにも深く傷ついているのですから』
「……」
じいさんはそういわれると、口を閉ざした。
『海斗さん、いいですか?そこにあるタイムマシンで過去に飛んでください。あなたと凜さんが大学生……いえ、高校生の時代に戻って。そして、彼女と接触するんです』
『今のような状況になる前に彼女の心を蝕んでいる何かを取り除き、癒し、支えてあげてください。そして、実験を引き受ける必要のない、前を向ける力を、凜さんと一緒に育んできてください。』
イエラバに言われてはっとした。
今手元にあるタイムマシン。これを使えば、今の凜にはもう会えなくても、当時の凜には会う事ができる。その可能性だけで、俺は目前に広がる景色をもう一度、見ることができた。
タイムマシン。俺はそれを見ると、立ち上がり、電源を付けた。
「おい、海斗。本当に行くのか?」
「……悪いけど、やっぱり俺は凜が必要なんだ。生きるために」
葉巻型のそれは上部がガラス張りの扉になっており、開けると人一人入ることができるスペースがある。俺はそこにすっぽりと収まった。
「ごめんな、じいさん、イエラバ。俺、行ってくるよ」
俺は、タイムマシンを起動した。
凜を、そして俺自身を―――助けるために。
Para noid... 中州修一 @shuusan
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