第2話 村の淫習

 オカクレ様はよそ様に見せる物じゃない。できれば祭りが始まる前に出ていってほしい。雑誌のライターをやっているらしい女に村長が告げる。なんとまぁ偉そうに見えることか。しかしツッコむ訳にはいかない。初対面の人の前でツッコむと、恐らく村長は確実にどもる。人見知りなのだ。村長と言っても俺の4歳上でしかない。幼なじみだし、尊敬も大してしていない。しかし、客の2人は神妙な顔で話を聴いている。畏まっているのは恐らく奴が一張羅の着物なんか着てるせいだろう。親父さんの着物だ。なんで着物なんかを着てるのかというとついさっき降った夕立のせいだ。村長が自宅で食う分の山菜を取っていると急に夕立が降ってきた。一週間分のシャツやらなんやらを干していたため、すぐに自宅に戻ったが全滅だったらしい。家にいたはずの親父さんは昼寝をしていて洗濯物をしまってもくれなかったようだ。村から10キロくらい離れたイオンで買ったシャツが雨で全滅した村長は仕方なく、サイズの合う親父さんの着物を着ている。いつから着てないで置いていたのか、結構臭い。

 俺は俺で祭りの準備をし、青年団の屯所でスマホをポチポチしてたら急に雨が降ってきて、あー天気予報には無かったよなぁとか、そろそろ帰るかーとか思っていると屯所に自称ライター達がやってきた。三十路くらいの女ひとり男ひとり。県道をちょっと行った先の農場の取材だったらしい。急な夕立で視界が悪くなり車が山道の側溝に嵌ったとか。ジャッキくらいならあるし、山道までそんなに離れてないが助けるのもやぶさかではないが、日も暮れてきたし何より雨か強かった。そこでとりあえずこの辺で一番近い村長の家に連れてきた。カメラマンは道中のオカクレ様が珍しいのか雨にも関わらず濡れないように器用にカメラを庇って写真を撮っていた。途中駐在がこちらを胡乱な目で見ていた。なんなら、そんなもん撮るなと注意していた。それはそうだ。わざわざ雨の中オカクレ様を写真におさめるやつなんていない。村長の家に一声掛けて入ると奴は着物を着て、洗濯物を絞っていた。事情を説明するとお茶を持っていくから応接間にときた。勝手知ったる応接間に二人を案内し、タオルを渡す。

 さて。オカクレ様は村の祭りで使う、平たく言うと○根の形をした神様だ。去年公民館が宴会後の火の不始末で全焼した際に焼けてしまったが今年になって材木屋のじじいにもらった木を使って村長が自ら彫ったものだ。表から見るとなんとご立派なという見た目をしているが今は村長の家の仏間で裏を向けて置いてあるため、なんなのかよくわからない。裏にも顔が彫られているがプロでない村長が作ったため、ただただ不気味な作品に仕上がっている。あと仕上げが適当過ぎて周りに木くずが散っている。毎年行われる祭ではこのオカクレ様に若い男がまたがり豊穣を祈る。元々は若い女性がまたがっていたらしいが、若い女性など村にはとうにいないこと、5年前近所の婆さんが落ちて怪我をしたことから若い男性が乗ることになった。若い男性、即ち青年団長(35)の俺か村長(39)だ。俺たちはこの役目を贄(にえ)と呼んで毎年互いに押し付けあっている。村長はこの祭りの伝統を守ろうとする親父さんに頭が上がらないので廃止もできないが、糖尿病で長くない親父さんが亡くなったら廃止されると思う。そんな訳で外部の人間に見せるようなものでは、断じてない。

 ライターの女が食い下がる。他の地方で見られない貴重な祭りだというのなら是非見せてもらいたい。お手伝いできることならなんでもしますのでと言う。たしか他の地方でも似たようなことをやっている。しかし、なぁ。それか贄にしろというのか。流石にダメだろ。訴えられたら即負ける自信があるぞ。こんな村にも最低限のコンプラはある。移動できずに難儀している女性ライターを捕まえて村ぐるみでセクハラ三昧とか変態村とか雑誌に書かれたら人生が終わる。村長はもごもご言ってる。こんなに人見知りなのに威厳のある雰囲気を出せるのは血筋か。ライターとカメラマンに少しお待ちをと声をかけ、俺は村長と話があると奴を仏間に連れ出す。こうなってくるとオカクレ様(大)の前で話すのは不快だ。「お前、どうするんだよ、ちゃんと断らないと変態村でセクハラ祭りに無理矢理参加させられたとか雑誌に書き立てられるぞ。それともあれか、女か男かどっちかを贄にするのか?」と言うと、奴も、「流石にあれは見せられない。俺かお前のどちらかが贄になるしかない。しかし。祭りの間うろつかれても困る。見られてはまずいものもある。男を贄にするのも女を贄にするのも問題だろう。」そうなのだ。奴が頑張って作ったオカクレ様(大)以外にもそこら中にオカクレ様(小)がある。祭りの間は当社比1.5倍くらいある。駐在のお願いでせめて祭り同日までは表面を公道に向けたりはしていないがあんなの飾っている姿は見せられない。「なあ、」と村長が言う。「諦めて全て話すという手もある。第一な俺とお前だけでやるのは無理がある。村の爺さんたちもあらかた腰をやっちまってる。祭りをやるにしても贄以外にも人手がいる。素直に、卑猥な祭でも良ければって声をかけて、な、成人してる男女だ。自己責任だろここまで忠告してれば。」村長の言うこともわからなくはない。どだいふたりで回すのは無理な話なのだ。少なくとも去年は5人はいた。第一、オカクレ様(大)に贄が乗ったとして担げるやつも村にはいないのだ。「オカクレ様を担ぐやつも必要か。ただなぁコツがある上に失敗すると腰をいわすぞ、簡単に。持ち上げなくてもいいんじゃないか?去年のこともあるし。」「あれは、ビビった爺さん達がへっぴり腰になって体を逃したからだ。逃さなきゃ問題ない。人手は欲しい。」そこまで言ったところで、後ろに気配を感じた。もしやどちらかに聴かれていたのか。振り向いたときに姿は無かったが、まぁ、聞かれていたとしてもよくわからないだろう。

 それから5分くらいあーでもないと村長と相談し、結局素直に全て話すことに決めた。村長を連れ立って部屋に戻るとなんだか態度がよそよそしい。やはり何か聞かれていたのか。こちらが話し始める前にカメラマンの男が口を開く。「雨も上がってきたようですし、夜分ですが村を出ることにします。無理を言って申し訳ありませんでした。」

 帰ることにしたのか。渡りに船ではある。人手は少し惜しいがやはり汚名を被るわけにはいかない。老人たちはどうか知らないが俺と村長はネットで叩かれるのも訴訟も怖い。少し難儀するがジャッキを持って県道の方にいくことにしよう。荷物を用意するので先に車の方へ向かってくださいと告げ、勝手知ったる物置に行こうとすると村長に呼び止められた。「お前、ほらあれ、書いてやれよ。」あれとは御札だ。祭りの間は神社の仕事の手伝いで俺はお守りや御札なんかも作っている。「あれか、あんなのを渡してどうなる。」

御札をあげるのはやぶさかではない。しかし。俺は悪筆なんだよなぁ。できればやりたくない。恥さらしだ。「念には念を入れてさ、やらないよりはマシだ。ほら、書いてやれよ交通安全って。せめて村にいい印象を持ってもらおう。配れる分何枚か持たせてやれ。優しい村って、思ってくれたら近所の道の駅の農作物の売上なんかも増えるかもしらん。」そう言われると仕方ない。たしかに彼らの中でこの村の印象は最悪だろう。ジャッキを村長に任せた。そして一応奴に言う、「それならお前もその仏頂面をやめてせめて笑って送り出してやれ。」こうか?と村長が口角を上げる。仏頂面が不気味なツラになった。俺はスルーして屯所に向かった。屯所で札を5枚ほど書いて小雨の中急いで県道の方に向かうと車が見えてきた。どうやらもう車は持ち上がったらしい。村長は愛想笑いの不気味具合が酷い。札は小雨で滲み、ちょっと判別がつかないがまぁこういうのは気持ちだ。彼らに差し出す。「これを、良くないことが起こらないよう。できれば似たようなことがあったら配ってあげてください。」男女は御札を受け取った後に口々に「はぁ、まぁ」みたいなことをいって車に乗り込んで行った。俺と村長は彼らがまた事故にあったりしないようじっと車を見つめた。ボンネットに御札を飾ってくれた。今日一日、イレギュラーな出来事ばかりで大層疲れたが俺も村長も良いことをしたようで少し嬉しくなった。

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秘祭 @shimano-osa

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