秘祭

@shimano-osa

第1話 村の因習

 農場で有機野菜と焼肉を食いつつ簡単な取材するはずが、急な夕立で全てが狂った。俺はあぐらをかいてケースの中のカメラが雨水で濡れていないか確認する。幸いケースの中までは濡れていなかった。この家には、タイヤが側溝に嵌って往生し、集落に向かって歩いているうちに偶然遭遇した青年団長を名乗る中年の男に連れられてやって来た。聞く限り村長の家らしい。ジャッキの一つでも借りられるか雨でも凌げればと思ってついてきたが、この集落はどこかおかしい。俺は話し込む同僚と村長を尻目にさっき撮った写真を見直す。村のあちこちに奇怪な形をした化け物の像が置かれていた。笑っているようなものもあれば怒っているようなものもある。体をほぼ円筒形にした地蔵の様な雰囲気で、正直何を模しているのかわからない。どうやら木製で、全て手彫りのようだ。名前はオカクレ様というらしい。村長が言うには数日後ここで祭りが行われるため飾っているという話だった。奇っ怪な像が写った写真を見れば見るほど素直に車に乗ったままでJAFを呼べばよかったと思う。変な村に助けを求めるよりは金を払ったほうがマシだった。この村は、不気味だ。

 眼前では同僚が村長に直談判している。秘祭ということで、これも縁だと祭りの取材を申し込んでいるのだ。村長はやけに立派な着物を着た50代くらいの男性で、最初は優しそうな印象を受けたが、今はしかめっ面をして黙ってこちらの話を聞いている。

 立ち往生した時点で取材先の農場と上司それぞれに状況を説明したところ、こっちでリスケするので帰られる目処がつくまでゆっくりしてろと指示された。ただ、暇なら村に面白いものでもあれば紙面の予備になるかもしらんから適何かあれば当に取材でもしてろとも。しかし、雨もやまず、日は暮れてきた。車の復旧は難しそうだ。たしかに雨が上がるまでやることが無いよりはせめて祭りの取材でもしていた方が良い。オカクレ様とやらも気になる。しかし俺はもう休みたい。事故までとはいかずとも雨に打たれ、ほうほうの体で歩き回り疲労も溜まっている。

 同僚の何度目かの頼み込みで黙っていた村長は重苦しく口を開いた。

 「オカクレ様はよそ様に見せるものじゃない。できれば祭りが始まる前に出ていってほしい。」それに、サボる口実ではないが、この村は明らかに外部に対して祭りを隠したがっている。軽薄に口を開いていた青年団長も静かだが優しそうな村長も祭りのこととなると皆が口を閉ざす。オカクレ様の写真を撮っていた際も変な目で見られたり、撮らない方がいいと駐在らしき男に注意されたほどだ。何にせよ隠されている以上、埒が明かない。また明日以降に村から出ることだけを考えるかと思った丁度その時、少し待っていてくれと言い残し、青年団長が村長を連れて席を外した。

 二人が去った後ろ姿を見て同僚が口を開く。「変わった祭りみたいね。こんな辺鄙な村にある秘祭、取材できたら社内の賞くらいはもらえるかも。」たしかに変わった村だ。祭りも、隠している割に堂々と飾っている像も。

「しかし、あんまりしつこくすると車の復旧も手伝ってもらえなくなるかもしれないぜ。」俺の言葉に同僚が反論する。「だから、こっそり探るのよ。とりあえず彼らが何を話しているか気にならない?そのカメラ、動画も取れるんでしょ。」ネタとして良ければ写真家としても有名になれる可能性もなくはない。静かに目線を交わし同僚と廊下に出て声のする方を伺う、少しずつ村長達の会話が聴こえてくる。「まだはっきりとは聴こえないが、カメラを回すぞ。」どうやら奥に仏間があり、そこで話しているようだ。こじんまりとした仏壇と村長、青年団長がみえる。その奥には、あれがオカクレ様の本尊だろうか。非常に不気味な顔で見下ろしている。周囲には木くずも散乱している。ここでなにが行われていたのだろう。少しずつ彼らの声が明りょうになってきた。「俺かお前のどちら……、贄に、…見られて…困る」「オカクレ様…ぐ…必要……失敗し…去年みたい」「男か女どちら…を贄に」「…逃さ…きゃ問題…い…人…が欲し…」明らかに尋常の会話ではない。横では同僚が息を飲んでいる。声を上げないように手で口を押さえている。会話の内容からして見つかると確実にまずい。俺は動画を止めて同僚の肩を軽く叩く。ちょうど青年団長が振り返ろうとしていた。間一髪、死角に入り込んだ俺と同僚は元の応接間に戻った。開口一番、同僚が言った。「祭りが始まる前に戻らないと最悪殺されるってこと?そんなことあり得る?」同僚の声が震えている。「そうとは限らないが、日常で使う単語ではないな、贄とか、逃さないとか。」「あの会話だと去年は失敗したのかしら?それに私かあなたのどちらかを捧げると言ったわ。」小声で話していたつもりだったが思った以上に声が響いた。庭先を見ると雨足が弱まっている。「今なら車さえなんとかなれば帰れるかもしれない。幸い彼らは元々祭りを見せることには消極的だ。車を復旧する道具を借してもらって帰ろう。」「それがいいわ、今になって思うと祭りを取材させてくれってあんなに食い下がるんじゃなかった。」

 そこまで話したところで青年団長と村長が戻ってきた。

 怪しまれないよう、平静を装いつつ、早速切り出す。「雨も上がってきたようですし、夜分ですが村を出ることにします。無理を言って申し訳ありませんでした。」一瞬、村長と青年団長の顔が引きつった気がした。しかしすぐに、「それはそれは、すぐに手伝いましょう、ライトとジャッキを持っていきます、〇〇県道の☓☓あたりですよね?」と青年団長から返ってきた。そうです、と答えると、村長が青年団長を伴って庭の方に向かった。どうやら今なら帰してもらえるらしい。動きやすいよう荷物を整理し、同僚と玄関に回る。すると、庭先で村長と青年団長が何やら話していた。例によってよく聴こえない。「あれを、…せめてもの…」「あんな…!」「念には念を…」「お前こそ!…恐ろしい…。」何をしようとしているのだろうか?嫌な予感しかしない。どうやらまだ気は抜けないようだ。

 ジャッキを持った村長と車の位置まで戻ると運転席に座るよう促され、村長がジャッキで車を持ち上げたあと木を側溝に噛ませてもらい、車を動かした。村長は口角が上がっているのに黙々と作業しているのが不気味だ。パンクもしていないようだ。車から降りて礼を言って帰ろうとすると引き留められた。まだ何かあるのかと思ったら、どうやらこちらに青年団長が駆けてきている。何やら白いものを持っている。青年団長が息を整えながら言った。「これを、良くないことが起こらないよう。できれば似たようなことがあったら配ってあげてください。」どうやら渡してきたのは御札のようだ。文字は雨で滲んでよく読めない。今書いたのだろうか?似たようなこととは一体なんだろうか、誰か知り合いに呪いでも降りかかるのか?何にせよ不気味だ。一応礼を言って御札を受け取り車に乗り込んだ。村長と青年団長はじっとこちらを見ている。

 同僚が言った。「この御札は通行証みたいなものかしら?誰かが見ていてこれを掲げている車なら見逃してもらえるとか?」ならいいが。「あるいはこいつらを逃がすなという目印かもしれない。それかシンプルに呪いだったりな。おい、彼らまだこっちを見ているぞ。目印とは思わないが、一応御札をボンネットの上に出しておこう。」少し走ると小雨もあってすぐに二人の姿は見えなくなった。そして数分走らせるとやがて集落とは違う明かりが見えてきた。遠くにコンビニらしき色も見える。何とか逃げられたのだ。

 結局雨は上がり、俺と同僚は社に帰ることができた。御札は帰って明るいところでよく見たがやはり滲んでなにが書いてあるのかわからなかった。農場へは他のスタッフが取材に行ったらしい。俺は一ヶ月後また村に足を運んでみた。怖いもの見たさというやつだ。しかしついた村ではあれだけあったオカクレ様は全て片付けられていた。あれは夢だったのか?しかしボンネットに残った御札と村長の会話を録画したデータだけが夢などでないことを証明している。触らぬ神になんとやら。俺は忘れることにした。残りの御札4枚と動画データは今でも社に保管されている。

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