今を踏み締めて

ユウイチ

第1話

 時の流れとは不可逆なものである。誰もがそう思って疑うことは無い。もちろん俺もそう思うしそれが覆されることはまず無いと思っていた。あの日までは……


 ★★★★★


 俺はごくごく一般的な高校生。今日も今日とて1人で帰宅していた。いつも通りの風景。この光景も2年見続けると飽きてくる。そんな状態で歩いて帰るのだ。ほんの少しの異常でも違和感を覚えるのは必然的だ。


「なんだこれ?」


 腕時計がベンチの上に置いてあった。普通なら忘れ物として交番に届けるのが筋だろう。しかしこの時計、明らかに普通じゃない。


「ほんとになんだこれ……」


 普通の腕時計と言えば時計盤に長針、短針、秒針があり革や金属のベルトがついているものだろう。もちろんこの時計にも同じように時計盤からベルトまである。何が異質かと言うと、長針、短針、秒針が2本ずつあり、赤と青が1セットずつ、赤色の時計の横についているネジみたいなあれ(確か竜頭って名前)とボタンが1つずつある。


「なーにしてんの!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

「ぎゃははははははははは!!!!」


 いきなり後ろから声をかけられ飛び上がる俺。手に持っていた腕時計はとっさなポケットにねじ込んだ。そんな俺を見て笑う女子が1人。幼馴染のユナである


「ケントはほんとに面白いね〜」

「ユナ、お前いつも足音殺して歩いているじゃねーか。やめろって」


 ユナとは幼馴染である。中学は女学院みたいなところ行ってたため別だが、高校は同じところに進学することが出来た。


「ほら、一緒に帰ろって約束してたじゃん?」

「ん〜、そうだったっけ?」

「そうだよ!」


 ズバンッと俺の腕をひっぱたきそのまま俺を引きずって帰路につこうとする。この通りユナは活発で元気で可愛くて、少々距離感が近い。そのため男子からかなり高い人気を誇っている。


「あ、ヒヤシンスだ〜 青色だから……花言葉なんだっけ?」

「へぇ、花言葉とか気にするんだ」

「うん! クイズ王にならなきゃだからね!」

「ふーん……」


 ちょっと変わっているところもまた可愛いとも言えるだろう。ちなみに2週間前はバーテンダーになるって言っていた。ユナがポチポチとスマホをいじり、画面に目を向けたまま話し始めた。


「不変……かぁ……なんか怖いね」

「そうかな?」

「うーん、何となくね」

「そうか」


 俺達はゆっくりと家に向かい歩き始めた。


 ★★★★★


「うっわ、どうしよう……」


 帰宅後、俺は頭を抱えていた。不思議な時計を持って帰ってきてしまっていたのを忘れていたのだ。すっかり夜で届けに行くには遅い時間だ。


「うーん……とりあえずつけてみるか」


 俺はバンドを左手に巻きサッとつけてみた。材質が革でもなければ金属でもゴムでもない。不思議な感じだった。


「ん?!」


 突然頭の中に何かが流れ込んでくる感じがした。言葉と言うよりイメージだ。多分時計の使い方だろう。左手と時計が映っているイメージが脳裏に映し出されている。


「くはっ!」


 いつの間にか呼吸すら止めていたようだ。使い方は分かった。しかし、何が起きるのだろうか。見たイメージ通りにやってみる。赤色の竜頭を回し二セットある時計の針の内、赤色の方の時を戻す。そしてボタンを押す。


「え! は? え?!」


 世界が赤く染った。背中から風が吹く。


「なーにしてんの!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

「ぎゃはははははは!!」


 ユナがいきなり声をかけてきた。時は夕方……夕方?! さっきまで夜だったじゃないか……どういうことだ?


「どしたの?」

「いや、なんでもない……」

「ごめん、怒らせちゃったかな?」

「それは絶対にないから安心しろ」

「あ、ヒヤシンスだ〜……青色だから……えっと」


 これはデジャブ……というか時が戻っている。ここまで生々しい夢というわけはないだろう。


「ヒヤシンスの青は不変だった気がするぞ」

「な! クイズ王になる私より早く答えるなんて!」


 こうして帰路についた。


 帰宅後、俺は腕時計で少し実験してみることにした。戻す時間を5分にし、家にある普通の時計を見つめボタンを押す。視界が赤に染まり、5分前を示した時計が目の前にあった。


「なるほど、赤は戻す時間、青は現在の時間、てところだろう」


 俺は1人ボソボソと呟く。多分俺以外の人の記憶はちゃんと無くなっているらしい……


「ふぅん……」


 ★★★★★


 あれから1週間たった頃だろうか。すっかりと時計の存在を忘れており机にしまっていた。


「うんうん、それでね〜」


 今日も今日とてユナとあまり変化のない日常を過ごしながら帰宅中、それは起こった。


「あ、危ないよ!」


 と彼女がかけ出す。向かう先には交差点に歩いていく小さな子供。建物で死角になっており飛び出すとかなり危ない。ユナはそれにいち早く気付いたのだ


「ちょ、待ってよ」

「荷物任せた!」


 彼女はリュックを俺にぶん投げ全力で駆けだした。明らかにごついエンジン音が割と近くから聞こえる。トラックだろう。あのまま行くとあの子は引かれる。もちろん彼女の足ならトラックなんぞが来る前に間に合う。


 俺の予想はしっかりと当たった。交差点にあの子が到達する前に間に合った。しかし、


「ほら、危なっ……!!!」


 躓いてしまうなんて思いもしなかった。その結果、彼女は迫り来るトラックの前に飛びでるように、転倒。もう、間に合わない。


 ドンッ!!!!!!!!!!!


 鈍く響く音、冗談のように視界から飛んで行った彼女の体。


「え、ちょ」


 一気に血の気が引いていく感じがする。救急車を呼ばなきゃ、それより応急手当か? 頭の中がぐるぐるしている中、無意識に駆け寄り呼吸を確認する。


「ダメだ……」


 息がない、と言うか、曲がってはならない方向に首が……


「あ、あぁ……」


 ★★★★★


 トラックの運転手が救急車を呼んで俺は何もすることなく帰宅した。


「はぁ、はぁ……」


 俺は引き出しから時計を取り出し、握りしめた。これしか、頼れるものがない。


「頼む」


 俺は無かったことにすべく、時を戻した。


 ★★★★★


「……くっそ!!!!!!!!!!!」


 バン!


 あれから何回も手を変え品を変え、帰る道や時間を変えた。しかし、過程は違えど彼女は必ず、死んだ。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! なんで、なんでだよ!!」


 俺の精神は既に限界を迎えていたが、何度でも、何度でもやってやる! 固い決意の元、時計の針を戻した。


 赤い景色も既に慣れた。俺は校門の前で待つユナの元に踏み出した。


「遅いよ!」

「すまん」

「もぅ!」


 彼女は俺の前を歩いていく。俺はこの後どうするかばかり考えていた。


 気付くと腕時計を拾った場所付近まできていた。拾ったベンチには1人の老紳士が座っていた。 不思議と目が離せなかった。でも、目的はこのおじさんではない。そう思い前を通り過ぎようとした。


「そこの君」


 呼び止められるとは微塵も思ってなかった。


「なんですか……?」

「大河は小さき力では変えれぬ」

「?」

「それだけじゃ」


 そう言うと俺が瞬く間に消えた。動じるべきなのだろうがこちらはその余裕もない。


「ケント? 何してるの?」

「いや、なんでもない」

「そっか!」


 俺はユナの笑顔を見て決めた。次で終わらせる、と。


 ★★★★★


 俺は今朝まで時を戻した。色々まとめたかったからだ。そして、いつもより早く腕時計をもって家を出た。その足で一目散に昨日あったおじさんに会う。


「おじさん」

「ほぉ、なんじゃね?」


 例のおじさんは楽しそうにこちらをベンチから見上げる。


「昨日言った言葉の意味って何」

「君がしようとしていることは大きな運命をねじ曲げることじゃ。生半可な力では不可能、そういうこと」

「お前は何者だ……?」

「ふむ……それは……うーむ。制約が厳しいのぉ。一言で言うなら神みたいなものじゃな」

「なるほど、神なら何とかしてくれ」

「それは出来ぬ。君が持っている時計、それすらだいぶ黒じゃからな。ただし、方針も道具も与えたぞ」

「もう分かった。分からないことが分かった。だから俺が思うようにやる」

「それがいいのぉ……」

「あと、時計。もう要らない。どんな結果であろうと受け入れる」


 俺は腕時計をポケットからだしおじさんに押し付けた。おじさんは面白いものを見たような顔をし受け取った。


 ★★★★★


 放課後までに今までの死因をまとめてみた結果、まるで法則性がつかめなかった。これからどうすればいい。何をすればユナは助かるのか……俺は必死に頭をまわした。


「ケント〜! 遅いから来たよ〜」

「あぁ、すまん。もうそんな時間か」

「うん。もう誰もいなくなっちゃったよ」


 とりあえず時間はずらした。でも今日は乗り切れてない。今日乗り切れても明日は乗り切れないかもしれない……


「どしたん? そんな深刻そうな顔をしてさ」

「ん? あぁ……あんまり気にするな」

「でも……顔色悪いよ」

「そうなのか? 自分では分からないものだな。とりあえず帰るか」

「そうだね!」


 俺達は校門をでて帰路に着く。俺はふと思いつきそのまま口にだす


「なぁ」

「なに?」

「手、繋いで帰らないか?」


 明らかに頭おかしくなったようなセリフを吐いた俺。あぁ、間違えたかもしれねぇ……


「……い、いいよ」

「え、」

「いいって言ってるの! ほら、手出して」

「お、おう」


 ぎゅっと握られる右手。俺は道路側を歩き周囲を警戒しつつ帰る。


「……ねぇケント」

「なんだ?」

「なんで急にその、ね? 手を繋ごうなんて言い出したの……?」


 ポソポソと呟かれる言葉。当然の疑問である。しかし、俺は大した言い訳を用意していなかった。


「そうしたかったから言ってみたんだ」

「そ、そうなんだね!!!! うん! 別に嫌じゃないよ! むしろ嬉しいというかなんというか……」

「……」

「……」

「違うもん!!!!」


 ユナが叫んだ、その時だった。


 ブォンブォンブォォォォォン!


 バイクがこちらに向かって走ってきた。普通に走っているようにも見える。だが、俺は彼女とバイクの間に挟まるように少し歩くペースを落とした。


 接近まであと5秒……3.2.1.


 普通に通り過ぎてはくれなかった。石を、ほんとに小さな石をバイクが轢いてしまい、ハンドルがこちらを向いた。


「ユナ!」

「なっ!!」


 どん! ガシャーン!!


 響く鈍い音、身体を貫く衝撃。感じたことの無い浮遊感を数瞬の間感じ、地面に叩きつけられる。


「ぐへっ……痛っ」


 待て、2つ目の音は俺との接触の音じゃない……


 俺は痛む身体を起こして周りを確認した。俺を轢いたバイクはユナに突っ込んでいた。


「はぁ……ダメだったか……」


 ★★★★★


 あれから毎年この時期になると必ずこのことを思い出す。もちろんまだ試しておけばよかったと思わなかったことは無い。でも、俺は後悔しないように、後悔を少しでも減らせるように今を生きると決めたんだ。


「俺はもう振り向かない。過去はたまに思い出して笑うくらいがちょうどいい」


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