第8話 決闘

「そういや俺も、魔法の一つくらい使ってみたいんだが」


リリアが仲間に加わった翌日。


俺たちは、次の冒険に向けての作戦会議をしていた。


と言っても昼食も兼ねており、それぞれが自分の食事に必死で、俺の話に耳を傾ける様子は一切ない。


こいつらマジでいっぱい食べるな。


おかげで報酬のほとんどが食事代に費やされている。


まあ食べる分にはいいんだけど、


「おーい、俺の話聞いてるかな?」


口元にソースをつけたオリビアがむくりと顔を上げる。


「まあくるにれきるまはうなんね⋯⋯」


「もうお前は黙って食べてろ」


まったく、オリビアのためにこうして冒険者やってんだぞ。分かってるのか、こいつは。


「クックックッ⋯⋯ついにマサツグも吸血魔法を習得して、我が眷族となる決意が固まったと言うわけじゃな!」


ヴァニラがトマトジュースを苦そうに流し込むと、勢いよく前のめりの姿勢に。


「近い近い、顔が近い。鼻息が荒い」


身を引きながら、目を輝かせるヴァニラを睨みつける。


「とりあえず魔法を習得するにしても吸血魔法だけはごめんだ。これ以上、俺みたいな被害者を出すわけにはいかんからな」


あと廃人になるかもしれないっていう、とんでもない副作用もあるし。


「マサツグさんは魔法を使ったことがないのですか? よくそれで今まで生きてこられましたね、社会的に」


驚いた様子でリリアが会話に参戦してくる。


「冒険者を始めたのもつい最近だから、そもそも使う必要がなかったんだよ⋯⋯って社会的っ⁉︎」


俺のツッコミなんぞどこ吹く風で、リリアは話を続ける。


「まあこの機会に習得するのもありだと思うますよ。私でよければ、お教えしましょうか?」


リリアからの思ってもみない提案。


まあこのメンツの中だと一番魔法使えそうだし、他にアテもないしな。


「じゃあリリア、頼むぜ」


俺の言葉を受けて、リリアは大きく頷いた。




俺たちがいるのは、ギルド近くの広場。


相変わらず人通りの多い場所だが、スペース的にはここが一番都合が良い。


「ところでリリアはどんな魔法が使えるんだ? 頼むから吸血魔法とかはやめてくれよ」


「私まであんなの使ってたら、周りから姉妹でヴァンパイアごっこしてるって笑われちゃいますよ、クスクス」


「ヴ、ヴァンパイアごっこ⋯⋯じゃと⋯⋯⁉︎」


リリアはおかしいやつには変わりないが、その辺についてはある程度常識を兼ね備えてそうで安心した。


やっぱりリリアが姉でヴァニラが妹の方がしっくりくるな、社会的に。


「それで俺にも使えそうな魔法はあるか?」


「ひぐっ⋯⋯えぐっ⋯⋯ごっこじゃ、ないもん」


ショックを受けたらしいヴァニラは、目に涙を溜めて口を固く結んでいる。


「簡単なのは風魔法ですね。空気は質量も軽くて扱い易いですし」


そう言ってリリアが何やら呪文を唱えると、突風が俺の腰脇を吹き抜ける。


「うわっ、何だこれ⁉︎」


ワンテンポ遅れて驚きのあまりすつとんきょうな声が出てしまった。


我が身の安全を確認すべく腰に視線を落とすと、そこには本来あるはずのものがなかった。


「あっ、俺の短剣がっ!」


オリビアとバイト代の全てをはたいて買った武器。


俺の唯一の財産と言っても過言ではない短剣が、俺の腰を離れて地面に横たわっていた。


「命中ですね! 吹き付ける位置をコントロールするのは少し難しいですが、これくらいの魔法なら誰でもできると思いますよ。とりあえずやってみ⋯⋯」


やや自慢げな様子で語っていたリリアは会話の途中で急に黙り込むと、何やら独り言をブツブツと言っている。


「マサツグさん。もしよければ私と勝負しませんか? あなたは魔法を使ったことがないと言うけれど、姉さんが見込んだ人であることには間違いありません」


「あれは見込まれたと言っていいのだろうか。それにヴァニラに見込まれても、そんなに嬉しくないんだが」


「コホン、それはいいとして勝負の内容ですけど、風魔法で撃ち合う決闘はどうでしょうか? お互いに背を向けて三歩行ったら振り向いて、相手を目がけて風魔法を放ちます。そして先に身体に風を受けた方が負けの簡単なのルールです」


なるほど、向こうで言うところの西部劇の決闘といったところか。


このところオークとの命掛けの戦いで満身創痍だったからな。


またにはこうして気楽に戦うのも悪くない。


しかも決闘なんて、男なら一度は憧れていシチュエーションじゃねーかよ。


「のったぜ、その戦い。いくら女でも容赦はしないぜ」


俺は右手を銃のポーズにして、リリアに照準を合わせる。


「何ですか、そのポーズは。言っときますけど、私は魔法学校でも上位の成績を収めて飛び級で卒業しているんですよ。あなたごときににやられる程やわじゃありません」


「言ったな。後悔させてやるぜ」


「おい、何だ、何だ」


「どうやら、決闘でもやるみたいだぜ」


俺たちの様子に気づいた通行人が足を止めて、こちらを眺めている。


やれやれ、観客までいるなんて光栄だな。


普通に考えたら圧倒的に不利な状況だが、不思議と俺はワクワクしている。


なんせこっちに来てからやったことと言えば、オークから逃げ惑って、血を吸われたことくらいなのだ。


だがしかし、今日をもって、俺もこの世界の仲間入りだ。


何せ魔法を使うんだから。


それに、まだ負けると決まったわけじゃない。


俺はまだ一度も魔法を使ったことがないのだ。


つまり実力は未知数。


「それじゃあ行きますよ。一⋯⋯二⋯⋯」


背中合わせになった俺は、リリアの声に合わせて一歩ずつ踏み出す。


まるでこれから、この世界での人生を踏み出すかのように。


「⋯⋯三!」


掛け声と共に身を翻した俺は、一切の迷いなく呪文を唱える。


「いくぜ、ゴットウィンドー!」


かざした右手からは鋭い突風が放たれる。


前方からはすでにリリアが放ったであろう突風がこちらに向かって来ている。


さすがは魔法学校を飛び級しただけのことはあるな。魔法を繰り出す速さが俺とは比べ物にならない。


だがお互いの魔法の軌道は同一線上だ。


このままいけば互いにぶつかり合って、そして⋯⋯⋯⋯強い方が勝つ。


だがここで予想の事態が起こった。


俺の放った突風がリリアの風と当たる直前、急激に軌道を変更して地面の方へ。


くそっ、そういやコントロールするのは難しいって言ってたっけか。


「ぶあっっ!!」


リリアの突風は軌道を変えることなく俺に命中。


先ほどよりも威力があるのか、俺は思わず尻餅をついてしまった。


「まあ、これが実力の差です⋯⋯って、うわっ!」


下方に向かった俺の突風は地面に当たって反射すると、まるで上昇気流のごとく吹き上げる。


そしてその気流は、高らかに勝利宣言をするリリアのスカートを巻き上げて⋯⋯


「おい、リリア! お前黒色の下着なんかつけてるのかよ!」


「いやああああああああああああ! パ、パンツ見ないでええええええええ!」


リリアの声が昼下がりの広場にこだました。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女神が地上に舞い落ちた(笑)なんなら天界に帰れなくなって、俺と冒険することになった 泉水一 @izumihajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ