第7話 ヴァンパイアの妹

「お疲れ様でした。みなさん駆け出しの冒険者にも関わらず、ここ二日間で、オークを二体も討伐するなんてすごいですね。こちら報酬になりますのでお受け取り下さい」


冒険者としての初めての報酬。


一人分で日給換算すると、罠師のアルバイトと比べて金額は大差はないが達成感が全然違う。


ただし毎回命の危険を感じる部分については、何とかしてほしいのだが。


両隣を陣取るオリビアとヴァニラの羨望の眼差しを受けながら今回の報酬を受け取る。


「やったじゃない、マサツグ。早速手に入れたお金で打ち上げするわよ」


涎を垂らしながら手を伸ばすオリビアから身体を捻って、何とか報酬を死守する。


誰かこいつに女神の振る舞い方を教えてやってくれよ。


「クックックッ⋯⋯マサツグよ。我は飢えておるのじゃ。はやくトマトジュースを買ってくるのじゃ!」


「食事までヴァンパイアの設定継続かよ! よくもあんな美味しくないやつ飲めるな」


「クックックッ⋯⋯よく言うではないか。オシャレは我慢とな」


「我慢して飲んでるのかよ」


食事くらい自分の好きな物食べればいいのに⋯⋯なんておせっかいなことは言わないでおこう。もう好きにしてくれ。


俺の方へ差し出された手のひらに取り分をドカッと置くと、ニヤニヤしながらヴァニラはそれらを眺めている。


やがて、


「では、ちょっくら買ってくるのじゃ!」


と言って、ギルドに併設された酒場へ駆け出して行く。


使えないランキングぶっちぎり一位のオリビアと、これまた使えないヴァンパイアもどきのヴァニラ。


はぁ。思わずため息がついて出る。


俺は俯いて頭わしゃわしゃ掻きむしった後、ヴァニラの方を見やると、そこにはやたら豊満なボディを身に纏った美少女がたたずんでいた。


「姉さん、何してるんですか」


美少女は俺を一瞥すると、酒場へ駆けていくヴァニラの背中に声をかける。


「ほえ? って、リリア! なんでここにいるのじゃ?」


ヴァニラが動きを止めて、引き攣った顔で答える。


なんだ、なんだ。何が起こっているんだ。それよりこの美少女、リリアって名前なのか。それにヴァニラのことを「姉さん」って言ってなかったか。


すらっと伸びた背丈と大人びた雰囲気からは、むしろリリアの方が姉さんに相応しい気がするのだが。


「何でじゃないわよ。心配したのよ! 噂じゃ名前にクズがつく男に連れ去られたって」


「誰がクズだよ! それはオリビアたちが勝手に言い始めただけで、俺の名前はマサツグだわ」


姉妹の会話の最中、思わず声を張り上げてしまった。


リリアがこちらをキッと睨みなが口を開く。


「あなたが例の⋯⋯マサクズね」


訂正したのに、思いっきり引っ張られてんじゃねーよ。


もういい、このままだと話が進まないから、そこには触れないでおこう。


「それで⋯⋯リリアはヴァニラを連れ戻しに来たってことか?」


「いいえ、違います」


キッパリとした口調でリリアが答える。


「しょうがないなー! おーい、ヴァニラ。残念だけどお前との旅はここまでみたいだ⋯⋯」


そこまで言って、俺の口元が動きを止める。


「え? ちょっと、えっ? 違うってどう言うこと?」


「ぜひとも、私も仲間に加えてほしいです!」


食い入るような視線でこちらとの距離を詰めるリリア。


おい、ちょっと、そんなに近づいたら、あれが当たっちゃいますよー!


「いやいや、おかしいだろうが! 普通は、姉さんがクズ男に付き纏われているならそこから引き離すのが筋ってもんだろ」


俺のセリフを受けて、リリアはより一層こちらに密着してくる。


「いいんです。姉さんは、ずっと仲間と冒険したいって言ってたので、その夢を壊すなんて私には出来ません。⋯⋯それに、私も冒険仲間を探していましたから!」


おかしい。こんなの絶対普通じゃない。


「落ち着けリリア。自分で言うのも何だが、俺はクズと呼ばれているようなやつなんだぞ! そんなやつと一緒に行動するなんて、絶対にやめた方がいいに決まってるだろ」


「そんな⋯⋯クズだからいいんです」


「えっ?」


リリア、今お前なんつったよ。


「私、年の割に大人っぽく見られることが多かったの。そのせいで、今まで参戦した冒険ではムッツリスケベたちにいやらしい目で見られて嫌な思いをしてきたの。だから私は決意したの。だったらいっそのこと、名前からもクズが滲み出る程のカスと一緒に冒険したら、そんな苦しみを内に秘める必要はないのかなって」


なんだろう、あらぬ誤解を受けている気がするんだが。


そして何より、思考回路がぶっ飛んでいる。


見た目の大人っぽさに惑わされていたのかもしれないが、中身は完全にポンコツだ。


グイグイ迫ってくるリリアから顔を背けながらヴァニラへ視線を送る。


頼むヴァニラ、こいつを何とかしてくれ。


お前は痛いやつだが、こいつのお姉ちゃんだろ。


リリアを止めることができるのはヴァニラだけだ。


しかし俺の期待とは裏腹に、ヴァニラは頬をポリポリと掻きながら気まずそうに口を開く。


「その⋯⋯なんじゃ。我が妹は見た目は大人びてるんじゃがの⋯⋯中身はものすんごくバカなのじゃ⋯⋯」


打つ手なしと言った表情のヴァニラ。


⋯⋯そうか、そうか、分かったぞ。


これは神様が俺に意地悪をしているとしか考えられない。


きっと、俺に世界を救済させないようにしているんだ。


俺はオリビアとヴァニラ、そしてリリアを順番に眺めると、人生史上最も大きなため息をついた。




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