第6話 そして仲間へ

「やばい、ふらふらする⋯⋯」


足取りのおぼつかない俺は、二人に肩を貸してもらいながら、何とか前に進んでいる。


ヴァニラの魔法は想像以上の威力だった。


そして吸血魔法とやらの代償も、俺の予想をはるかに上回っていた。


吸血された直後は全身の血の気がさーっと引いて、完全に意識を失っていた。


こんなことを続けていたら、命がいくらあっても足りない。


しかも血を吸われた首筋にはまだチクリとした痛みとヴァニラの唇の感触が残っている。


「吸血魔法の力は十分に分かったから、今後はピンチの時以外は使わないことにしようぜ。あの程度のモンスター相手にあの威力はやりすぎだ」


ヴァニラに向けた言葉だったが、肝心の本人はそっぽを向いている。


「⋯⋯のじゃ」


誰に言ったのかも分からない言葉。


「なんて言ったんだ?」


俺はヴァニラの顔を覗きこむように問いかけると、こちらを見据えてキッパリと言い放った。


「クックックッ⋯⋯じゃから、我は吸血魔法以外は使わんのじゃ!」


「リアリィ?」


「うむ、死にかけのヒキニートごときが、そう何度も同じことを聞くでない」


「誰のせいで死にかけたと思ってんだよ!」


思わず声を張り上げてしまったせいで、また頭がクラクラしてきた。


話す気力もなくなった俺に代わって、オリビアが口を開く。


「どうして吸血魔法以外は使わないの? こんなマニアックな魔法よりも、普通の火炎魔法とかの方が消耗も激しくないからいいと思うけど」


火炎魔法って、呪文を唱えたら炎が吹き出してくるやつのことだろうか。


今ひとつ魔法を理解してない俺にオリビアが得意そうに説明してくれる。


「魔法の基本は火や水などの属性魔法よ。この世界だと学校でひと通りは勉強して習得しているはずなの。だからこそ、わざわざ血を吸われた者がゾンビになるリスクのある魔法なんて使わなくてもいいと思うのよ」


「⋯⋯今、血を吸われた者がゾンビになるって言った?」


オリビアは俺の質問には耳をかさない。


「それに術者だってなかりの魔力を消費するはずよ。おまけに血を吸われた者がゾンビになるリスクもあるし」


「非効率的な魔法ってことなんだな。⋯⋯ところで、血を吸われた者がゾンビになるってところを詳しく知りたいんだか」


俺の発言をかき消すようにヴァニラが高笑いをする。


「クックックッ⋯⋯我は誉れ高きヴァンパイアじゃぞ!そんな有象無象が使っておる低脳な魔法なんぞに興味はないのじゃ」


ヴァニラの力のこもったセリフからは強い意志を感じるさせるが、俺は血を吸われた側のことが気になってしょうがないのだが。


「そもそも、よく考えてみるのじゃ。例えば、この世界の女神が、こんな片田舎の街で、フリーターとして日銭を稼いでおったとしたら、みんなはどう思うじゃろうか。きっと幻滅すること請け合いじゃ。じゃからこそ、ヴァンパイアを名乗る以上は、吸血魔法以外は使ってはならないのじゃ! それが矜持というものじゃとは思わぬか?」


オリビアが涙を流しながら、何度も頷きを繰り返している。


「そうよ、そうよ、そうよ! 私が間違っていたわ。私はヴァニラに気付かされたわ。効率的に生きることが全てじゃないってことに。これからは女神らしく、マサツグをこき使っていくことを誓うわ」


俺を挟んで二人はうんうんと頷き合っている。


待て待て待て待て。


ただでさえ、女神らしからぬポンコツフリーターがいるのに、それに加えてヴァニラまで加わろうものなら⋯⋯。


俺の身体を悪寒が駆け巡る。


「いやー、やっぱりヴァンパイアの考えることはすげーよな。俺たちみたいな駆け出し冒険者じゃ、全然釣り合わなねーわ。まあ、なんだ。ヴァニラの今後益々のご活躍を祈るとして、街に帰ったら解散しようぜ! またどこかで会ったら、その時はよろしく頼むな」


そう言って、肩から手をのけようとする俺に反して、ヴァニラがぐいっと身を寄せて来る。


「クックックッ⋯⋯愚かなる冒険者よ。我がおらねば、お主らはとうの昔にオークに陵辱されておったこと間違いなしじゃ。全く世話のかかるやつらじゃ。しょうがないから、しばらくは一緒におってやろうぞ。感謝するのじゃ」


「そんな、そんな。俺たちはしがないヒキニートとフリーターなんだぜ。ヴァニラみたいな高い志もなければ、強力な魔法も使えないんだしさ」


笑顔で答えながらヴァニラを引き離そうとするが、胴に巻き付けられた腕は一向に力が緩まらない。


ちょっ、なんつー腕力だよ。


「気にするでない。我もまだ完全ではないのじゃ。これは言うなれば、下積み時代と言ってもよいじゃろう。⋯⋯⋯⋯じゃから、私の腕をふり解こうとしないでほしいのじゃ」


「おい、しつこいぞ! 魔法使うたびに瀕死になるのなんてごめんだから。それに俺は、さっきからずっと、血に吸われたらゾンビ化するってところが気になってしょうがないんだよ!」


「待つのじゃ。次はちゃんと吸う量をかげんするから問題ないのじゃ。あと吸われた者についてじゃが、あれは一時的に脳に行く血流が減ることで、人によっては廃人になるというだけのことじゃ。安心せい、ゾンビなんぞにはならん」


「いかにも不器用そうなお前に、加減ができるとは思えねーんだけど。あと、廃人って何だよ、廃人って。それってほとんどゾンビと一緒じゃねーかよ! そんなリスク背負ってまで冒険者なんかやってられるか! 分かったら、早く離せって!」


「頼むのじゃ。我を仲間にしてほしいのじゃ! 誰も相手にしてくれなかった我と冒険に出てくれたのは、マサツグたちだけなのじゃ!」


涙目になりながら懇願するヴァニラ。


ぐっ⋯⋯美少女にこうもお願いされると、少しだけ気持ちが揺らいでしまう。


だがここは心を鬼にするんだ、マサツグ。


お前ならできるはずだ。


「あら、ヴァニラちゃんじゃない。そちらの方々は広場で一緒にいたお仲間かしら⋯⋯ってどうしたのそんなに涙目になって」


街の中を歩いている途中、おばさんが声をかけると同時に怪訝そうな目をこちらに向けて来る。


まずい。これは完全に誤解されているかもしれん。


ヴァニラもこれを好機と捉えたのか、俺にだけ見えるように口の端を吊り上げて八重歯を光らせる。


「ひぐっ⋯⋯えぐっ⋯⋯今度は言うこと聞くから許して下さい⋯⋯」


おーい、何言ってるんですかねヴァニラさん。


「えっ、ちょっと! あなた一体、ヴァニラちゃんに何をさせたのよっ!」


おばさん特有の大きな声は、結果的に周りの人たちの注目を集めてしまった。


「おい、あいつあんな幼い子に何かしたらしいぞ!」


「しかも、あの可愛い子泣いてないか?」


やばい、やばい、やばい。


完全にヴァニラのペースに持っていかれている。


ここは何とか俺のペースに⋯⋯


ふと目の合ったヴァニラからは「これが最後の一押しじゃ」と言わんばかりの視線。


「ひぐっ⋯⋯えぐっ⋯⋯今度はちゃんと吸う量を調節するかr」


「ヴァニラは俺たちの仲間だ。うん、間違いないな!」





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