第5話 吸血魔法
「それで、ヴァニラはどんな魔法が使えるんだ?」
木々が立ち並ぶ道を歩きながら、涼しげな様子のオリビアとは対照的に、俺は焦り口調で問いかける。
ヴァニラの後をついて、のこのこ街から離れてきてしまったけれど、ここはあのオークをはじめとしたモンスター達の生息域だ。
距離だけなら、昨日よりも街から離れている気がする。
いつ再びあのおぞましいモンスターと出会うか分からない。
前回だって生きて帰ってこれたのは奇跡みたいなものなのに。
俺は気分を落ち着けようとすればするほど、短刀を握る手に力が入ってしまう。
「ここまで聞かずについて来たのじゃ。もうしばらく我慢するのじゃ」
「いやいや、もう我慢の限界なんだって!」
「どうしたのマサツグ。トイレ行きたくなっちゃった? あの辺の草むらあたりなら目立たないと思うけど」
「そうじゃねーわ! ここはモンスターが出現する危険なエリアなんだぞ!」
「それがどうしたって言うのよ?」
依然としてポカンとしたままのオリビア。
ダメだこいつ、全然理解してない。
「だから。昨日死にかけたのをもう忘れちゃったのかよ! 今度あれクラスのモンスターに遭遇したら、さすがに生きて帰ってこれないんだぞ」
「またまたマサツグったら。そんなに何度も強いモンスターに出会うわけないじゃない」
「ちょっ、お、お前っ、そのセリフは⋯⋯」
オオオォォォォ
突如、どこからともなく雄叫びが聞こえると、周囲の木々を揺らして鳥達が一斉に飛び立つ。
俺たちは、周りを警戒して腰をかがめる。
周囲の見渡して視線を前方に戻すと、木々の間からこちらを見つめる二つの目。
忘れるはずがない。
間違いなくオークのものだ。
「ひぃぃ、ねえマサツグ、あれってオークじゃないのっ! どうするのよ、私たち昨日死にかけた時と能力はほどんど変わってないのよ! それなのに、またここに来るなんてバカなの、死ぬのっ⁉︎」
「さっきからずっとそう言ってるだろうがよっ!」
後退りをしながら、ワナワナと口を震わせているオリビア。
だめだ。こんなバカに統治されてたのかと思ったら、急にこの世界の住民が不憫に思えてきた。
しかし、そんな女神の醜態とは裏腹に、先頭にたたずむヴァニラからは余裕さえ感じられる。
「気をつけろよ、ヴァニラ。そのオークは俺たちがかなり手こずった相手だ」
「クックックッ⋯⋯我を誰と心得ておるのじゃ。この程度の相手なんぞ、たったの一撃で終わりじゃ」
「マジかよ! どうやら実力は確かみたいだな。おいオリビア、お前もよく見とけよ」
ふと後ろを振り返ると、オリビアは俺とヴァニラからさらに距離をとった位置まで後退している。
よし、あいつはパーティーから外そう。やる気が一切感じられんからな。
「我が一族にのみ許される吸血魔法。それは⋯⋯って、うにゃあっ!」
ふんぞり返ったヴァニラを抱えて、間一髪のところでオークの攻撃をかわす。
「な、何なのじゃこやつは! 我がせっかくかっこよく語っておるのに、無視して攻撃してきおったぞ!」
「相手は言葉の分からないモンスターなんだぞ。いちいち説明を待ってくれるわけないだろ!」
「むぅぅぅ」
口を尖らせて不満そうな態度を示すヴァニラ。
「さてはお前⋯⋯モンスターと戦闘したことないな」
「あるもん」
「ないだろ」
俺の言葉を無視するようにゆっくり立ち上がってワンピースの袖を払うヴァニラ。
「コホン、とりあえず魔法を発動するまで時間がかかりそうじゃ。それまで足止めを頼むのじゃ」
こちらに投げかけられる視線は真剣そのもの。
どうやら本気らしいな。
「よしっ、そういうことなら任せておけ。ただし⋯⋯なるはやで頼むぞ」
そうして俺は短刀を握りしめて、一日ぶりにオークと対峙した。
「我が一族のみに代々継承される秘伝の吸血魔法。それは他の者の血を吸うことで魔力を吸収し、自身の魔力と組み合わせることで、とんでもなく強い魔法が使えるようになるのじゃ!」
俺はオークの攻撃を短刀で受けて右に流す。
「聞いたことがあるわ! でもそれって、吸う相手が強かったり特殊な人じゃないと力を発揮しないから『だったら、その強いやつが直接戦ったらよくね?』ってことで廃れてしまった魔法じゃなかったかしら?」
はるか後方で、オリビアが叫ぶように呼応する。
「ち、違うもん! みんな難易度が高度だから扱えないだけだもんっ!」
俺はオークの攻撃を短刀で受けて左へ流す。
「そうだったのね! 知らない間に随分と変わったのねー」
オリビアの声がこだまする。
「クックックッ⋯⋯昔から何も変わっとりはせんのじゃ。吸収魔法は最古にして最強なのじゃ」
「いいから、はよ使えやー!」
あとオリビアはこっち来て手伝えや!
「刮目せよ。ではマサツグ、そなたの血を分けてもらうとしようかのぅ」
「ん、俺の血を⋯⋯って、うぎゃゃゃ!」
首筋にちくりと痛みを感じると、急激に身体の力が抜けてくる。
かすかに感じるのは、背中に押し付けられたヴァニラの薄い胸くらいだろうか。
ぼーっとしていると、視界にはオークがこちらに近づいてくる姿が見える。
「うむ。これくらいでよかろう」
「ヴァニラ。ちょっと身体に力が入らな⋯⋯へばぁぁぁ!」
オークの振りかざした棍棒が、俺の頭部にヒット。
受け身を取るでもなく、俺は地面に叩きつけられた。
「生きておるか、マサツグ」
おそらく俺を盾にして、オークの攻撃を回避したであろうヴァニラから声がかかる。
てか、俺がやられたのはお前のせいだと思うんだが。
「う、うぅぅぅ、俺は大丈夫だから、早くこいつを倒してくれ」
「分かったのじゃ。ん? なんじゃこれ、マサツグの魔力はどこかこの世界の者とは異なる力を感じるのじゃ。これは期待大なのじゃ。我、血の盟約にのっとり命ずる⋯⋯」
「いいから早く魔法を使えーーー!!!!」
「ひっ、ひゃい。 いっ、行くのじゃ! マテリアル・インフェルノ!!」
ヴァニラが呪文を唱えた途端、あたりが不自然なほどにしんと鎮まりかえる。
次の瞬間、オークの頭上に向かってはるか天空より一筋の黒い閃光が駆け抜ける。
オークに到達した閃光は、まるでその凝縮していた力を解き放つように強烈な光を放つと、耳をつんざくほどの轟音をたててオークを跡形もなく消しとばした。
オークを消してなお有り余った力は周囲に拡散され、凄まじい暴風と共に辺りの木々をなぎ倒す。
ヴァニラやオリビアは悲鳴をあげながらも、両手で顔を庇って、その場に留まろうと足に力を入れている。
俺はというと、風の吹くままにコロコロと、まるで下り坂を転がるおにぎりのごとく、どこまでも転がっていった。
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